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病弱少女に恋をした。

作者: かずロー

 十月下旬――


 ここは病室の一部屋。

 部屋には病院特有の消毒液や他の薬の匂いが入り混じった匂いがして、思わず鼻が曲がりそうになる。この匂いには一生慣れることはないだろう。


 俺――南雲宗介(なぐもそうすけ)は、昨日からとある理由で病院に入院している。


 その理由というのはなんとも情けないものだ。

 昨日の夕暮れ時、家の近くで自転車を漕いでいると段差にタイヤが引っかかり横転。その際に持ち手が運悪く鳩尾に入って、数秒だが肺が圧迫されて息ができない状態になった。


 このとき、俺の母親を含めたご近所さんたちが集まってお喋りに勤しんでいたことが幸いして、苦しんでいる俺の元に駆け寄って急いで病院に連絡。二十分ほどして到着して、俺は救急車に運ばれた。


 その後色々と検査をするも、臓器に軽い傷がついたくらい、それも生活に影響を及ぼすものでもないもので問題はなかったのだが、告げられたのはニ週間の入院だった。


 初めは学校を休めてラッキー程度に考えていたが、初日、二日と経っていくたびにそれは退屈な日々へと変わっていった。


 部屋にいるのは全員高齢の人たちだ。

 孫のように可愛がってはくれたのだが、そのときの俺にとっては正直つまらなかった。


 平日なので、学校の友達が来てくれるわけでもなく、親も仕事でお見舞いに顔を見せてくれる程度。


 寂しくて、何も楽しくない入院生活。

 そう思っていた。


 ある日。

 俺は一人で病院内を歩いていた。少しはこの病院のことを知ろうと思ったのと、ずっとベットにいるのが退屈になったからだ。


 一階、二階と見て回るも、気分が晴れることはない。


 (もう帰ろうかな……)


 既にそう思い始めていて、最後に図書室を覗いて帰ろうと、図書室に寄ってそのドアを開けた。


 声が飛び交っていたさっきまでの空間とは一転して、そこは静かな空間が広がっていた。図書室だから当然なのだが、病院特有の匂いもせずに居心地がいい。


 しばらく歩くと、俺はそこで立ち止まった。


 三人掛けのソファーの真ん中で絵本を読んでいた少女。

 年齢は俺と変わらない。長い黒髪はとても美しく、その下にあるくりくりとした瞳は絵本に目が向けられている。透き通っていると思わせる白い肌に身体は華奢で身を包んでいる患者衣は少し大きそうに見える。


 まるで絵本から出てきたお姫様みたいで、その視線が少女に集中する。


「可愛い……」


 無意識でポツリと本音が漏れる。それだけ心を奪われていたのだろう。その声は少女にも届いていて、絵本を見ていた綺麗な瞳をこちらに向けて、俺は慌てて視線を逸らした。


 対して運動をしているわけでもないのに、鼓動がうるさくなって、それは収まるどころかどんどん早くなる。


 その少女は絵本を手に持って、俺の方までゆっくり歩いてくる。そしてその絵本の表紙を俺に見えるようにして一言。


「……一緒に読みますか?」


 その少女は可愛らしく首を傾げて、聞いてきた。なんだかとても気恥ずかしくて顔が熱くなっていると感じながらも、


「……うん。読む……」


 これが、少女との出会いだった。


 ☆ ★ ☆


「名前は……?」


「宗介……」


「そうすけ……じゃあそーくんだね」


 俺にそーくんと、あだ名を付けた少女の名前は朝比奈美月(あさひなみづき)

 俺と同い年だ。


「わたしのことも、みづきって呼んでいいですよ」


「分かった……みづき」


「うん。そーくん……」


 他に同年代の子供がいなかったためか、俺たちはすぐに仲良くなった。


 美月は他の子供よりも身体が少し弱いらしく、今は体調崩してしまったので入院をしているそうだ。だが、ある程度の制限はかかっているものの、軽い運動はできるそうだ。


 ちなみに俺が入院している理由を答えると、美月に笑われてとても恥ずかしかった。


 そこから図書室で集まるようになっては一緒に絵本を読みながら小声で話すようになって、病院生活が楽しくなった。


 だが、始まりがあれば終わりがある。

 退院の日になり、楽しかった美月との時間は終わりを迎えることになった。


「みづき……」


 お別れの日。

 いつもの図書室で、弱々しい声で美月に声をかける。


「そーくん。退院おめでとう。今度は……自転車で転んだら……ダメだよ……」


 最初は笑顔だった美月の笑顔が崩れ始めて、涙目になって嗚咽しそうな声を必死に抑えていた。


「みづき……」


「これ……」


 美月から渡されたのは一枚の髪切れ。


「わたしの家の住所……もう会えなくなるかもしれないから……手紙送ってね……」


「……ゔん。絶対に送るよ……」


 俺は何度も首を縦に振って、こぼれそうな涙を拭いながら鼻声で言う。


「これまでのこと……絶対に忘れないから……そーくんも……忘れないでくださいね……」


「絶対に忘れない……それじゃあ……またね……」


「うん。バイバイ」


 こうして俺は退院して、美月と過ごした病院生活を終えた。  


 退院して早速、手紙を送ってみた。

 美月はまだ入院しているのでしばらく返ってこないだろうと思っていたが二週間後、美月からお返しの手紙が届いていた。


 お互いの近況報告をしながら手紙のやり取りを繰り返していく日々。


 だが、それはそんなに長くは続かない。

 学校で過ごす友達との時間を優先してしまい、手紙を送る頻度は徐々に減っていく。それは向こうも同様のようで、二週間、一ヶ月と空いていき、そしてやりとりは途絶えた。


 このとき、俺がまだ七歳のころの話だ。


 きっとお互いにやりたいことを見つけたのだろうと、そう思っていた。何度か手紙を送ろうと思ったが、どうしても送れなかった。


 そして月日は流れて――

 俺は高校生になった。


☆ ★ ☆


 この学校の図書室には妖精がいる。


 誰かが言ったその言葉は瞬く間に広がった。


 毎日決まった時間に決まった椅子に座って読者に勤しんでいる妖精がいるらしい。

 妖精という表現が正しいかどうかは分からないが、相応しい言葉だとは思っている。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、教室と廊下が騒がしくなり始めるなか、俺は帰り支度を整えてある場所に向かう。


 図書室だ。

 俺は図書委員に所属していて、毎週当番が決まっている。木曜日の放課後が俺の担当だ。

 だが、俺自身当番がない日も放課後は図書室に寄っては課題に手をつけたり読書をしている。


 入院していた頃、ある少女に出会ったことがきっかけで俺は本が好きになりのめり込むようになった。


 中学、高校と図書委員に所属しているのも、少しでも本と触れ合いたかったから……という理由が一つ。


 そして、やはり俺の中でその少女のことが忘れられなかったからだ。

 だが、続いていたやりとりはいつの間にか途切れてしまい、その少女の名前すら忘れてしまった。


 全く、最低な人間だと思う。

 本と触れ合うきっかけをくれた少女の名前すら忘れてしまったのだから。

 身体が弱いと言っていたが今は大丈夫なんだろうか。俺と同い年ということは、今は高校生。ちゃんと高校に通えているのだろうかと、名前も覚えていない少女の心配をしている俺自身に苦笑する。


 ガラガラ、と図書室のドアが開く。

 現れたのは誰かが言った噂通りの、妖精だった。


 その妖精はカウンターに座る俺の方を見ると、小さく会釈してきたので、俺も返す。


 図書委員をしている日に限らず、図書室にいる俺とときどき目を合わせてはすぐに逸らしたり、さっきような反応を見せてくる。


 何故だかもの凄く懐かしいような気がして、もしかしたら……と思うときもあるのだが、この関係はずっと続いているので、やはり人違いかと思い断念してしまっていた。


 だが今日こそは――、と心に決めて図書委員の仕事を忠実にこなしていく。


 しばらく時間が経って図書委員の仕事も終わり、というところで、その妖精は立ち上がると鞄を担いで歩き出す。


 彼女に声をかけようとした――

 が、その彼女は俺の元まで歩いてきて、一枚の髪を渡すとそそくさと図書室を出て行った。


 その一枚の紙に目を通せば、


『校門前で待っています』


 と、可愛らしい丸文字で書かれていた。


 時間になって急いで校門前で向かうと、彼女が待っていた。


「ご、ごめんなさい。急に呼び出してしまって……」


「いや、俺は全然。むしろ俺の方こそ話したいことがあったっていうか……」


 まるで初めて話したとは思えないほどの空気だった。むしろ懐かしく思えるほどに。


「えっと……もしかして……そーくん?」


 そう呼ぶのはあのときの少女しかいない。


「……やっぱ、美月か……?」


「うん。美月です。あのとき一緒の病院で絵本を読んでいた美月……です」


 彼女は頷いた。


「ご、ごめん!手紙こと……やりとりしようって約束してたのに……」


「ううん。わたしの方も……また身体のこととかで忙しくなって、返す暇がなくって……」


「そ、そうなんだ。身体の調子はどうなの?」


「今は安定していますよ……激しい運動はまだやらないでってお医者様から言われていますけど……」


「そ、そうか。良かった……」


 同級生で身体が弱い子がいることは知っていた。だがそれがあのときの美月とは思わなかった。同じ名前の別人の可能性だってあり得るし、何より雰囲気があの頃とはまるで違うのだから。


「わ、わたしも……もしかしたらって思ってたんですけど……あのときのそーくんだってことが分かって……本当に良かった……」


 美月も安堵の息を漏らした。


「そ、それでね……もし良かったら……今日は一緒に帰りませんか?今まで話せなかった分、たくさん話したいって思ってて……」


「も、もちろん!」


 夕陽がそれを真っ赤に染め上げる中、俺たちはあの頃に帰ったかのように、昔話に花を咲かせた。


☆ ★ ☆


 病院のベットで小さな寝息を立てる美月の手を握り締めながら、俺は罪悪感に襲われていた。


 あの日のこと。

 俺と美月は遊園地に遊びに訪れていた。美月の楽しそうな笑顔に釣られて、俺も心が躍っていた。

 少し調子に乗っていたところもあって、いろんなアトラクションに乗ってははしゃいでいた。


 それが災いしたのか、美月が高熱を出して倒れてしまった。すぐに救急車に運ばれて適切な治療のおかげで、今の美月の体調は問題なくただ眠っている。


 だが、彼女の親にはとんでもなく叱られた。

 殴られそうなほどの勢いで来られたのだが、そうなるのは仕方ないと受け止めていて、殴られなかっただけマシだろうと思っている。


 だが、美月とは今後関わらないでほしいと言われた。俺といる美月はとても楽しそうだが、それと同時に無理をしていたらしく、帰ってきては微熱になっていたことを聞かされた。


 なんでそんなことにも気が付かなかったのだろう。

 俺の我儘で美月を連れ回して、辛い目に合わせたのだと、罪悪感で押し潰されそうになる。


「んっ……」


 美月が目を覚ます。そして虚な目を向けて、


「そーくん……」


「美月……良かった。体調はどうだ?苦しくないか?」


「大丈夫……ごめんなさい……わたしが倒れてしまったばかりに……せっかくの……」


「美月が気にすることじゃないよ」


 自分を責める美月に俺は首を振る。


「それでな。美月。言わなきゃいけないことがあるんだ……」


「ん……」


 声が震えそうになるがそれを必死に堪えて、


「美月がまだ眠っているとき、ご両親と会ったんだ。それで……美月とはもう会わないでくれって言われたんだ……」


「えっ……」


「そうだよな。大事な愛娘を熱が出るまで連れ回してたら、そりゃそう言いたくもなるよな……ごめんな。全然気づいてやれなくて……美月の身体のことは、俺が一番知ってるはずなのに……」


「ち、違うんですそーくん……」


 美月は必死に否定の言葉を口に出すが、俺は続ける。


「ご両親の言う通りだと思う。だから俺はもう……」


 美月とは会わない、そう言うつもりだった。

 だがそれよりも早く、


「違うって言ってるでしょ!」


 初めて聞いた美月の叫ぶような声が聞こえた。この部屋は俺と美月しかいなかったのが幸いだろう。


 美月の目には涙が溜まっていた。


「違うんです……そーくんの、そーくんのせいじゃないんです……」


「でも……」


「そーくんと病院で別れてからもわたし……身体が強くないからっていつも家にいたんです……外で遊ぶみんなが羨ましくて……でも、そーくんと高校でまた出会って、心なしか元気になって……そーくんと外で遊ぶことができるようになって、家に帰ったら熱が出るけど……今まで苦しいだけだったけど、そこに楽しさもちゃんとあって……」


 耐えきれなくなったのか、溜まっていた涙がポロポロと頬を伝っていく。


「わたし、そーくんと過ごす時間がなによりも楽しいんです。放課後の図書室で過ごしたり、一緒にスイーツを食べに行ったり、カラオケや遊園地に行った時間が何よりも楽しいんです…点滴を大好きなんです……だから……大切なあなたとの時間を……奪われたくない……もっともっと一緒にいたいんです……」


 気がつけば、俺は美月から流れる涙を拭っていた。


「俺も……美月と過ごす時間は楽しい。ずっと続いてほしいって、そう思うよ」


 ご両親が言っていたことは至極当然のことだ。

 娘を想う親として、当たり前の行動だ。


 だが、彼女を想うこの気持ちだって本物だ。

 だからこそ、それを証明するために俺は言わなければいけない。


 美月を安心させるために、俺は今できる最高の笑顔を見せて、


「俺は、美月のことが好きです。付き合ってください」


 初めて出会ったときのような鼓動が鳴り響く。


 美月は顔を赤く染めながらも、俺の言葉に何度も小さく頷いて、


「わたしも、宗介くんのことが好きです……これからはあなたの恋人として……一緒にいたいです……」


 壊さぬように、美月の身体を優しく抱きしめる。美月も小さく華奢な身体を目一杯使って抱きしめ返してくる。


「ご両親になんて説明しようか……」


 美月に想いを伝えたのはいいとして、問題はご両親の説得だ。あれだけ言われた手前、付き合っていると言えばなんと言われるか……


「大丈夫です。わたしも一緒に両親に伝えますから……」


 美月は涙を流しながら、笑みを浮かべる。

 彼女のその笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも美しかった。


☆ ★ ☆


 数ヶ月後――


 俺は白い息を吐きながら、待ち合わせ場所に立っていた。


 あのあと、ご両親に挨拶をしに行った。

 最初は反対されたが、俺の熱意と美月からの頼みもあってか、なんとか交際を了承してもらえた。


「そーくん」


 振り向くと、元気な彼女の姿があった。


「それじゃあ行こうか」 


「はい」


 俺たちは手を繋ぐ。


 これからも大変なことは多く襲いかかってくるだろう。ときには逃げ出したくなるようなことだってあるかもしれない。


 だが、美月が傍にいてくれれば不可能なことだって可能に変えられるような気がする。


 確証なんてない。

 ただ一つ言えるのは、この手に感じる温もりがこれまでも、そしてこれからも俺に力を与えてくれるのは間違いないと強く思える。


 あの日、あの場所で彼女と会えて良かったと、俺は小さく笑って、美月の手を引くように歩き出した。

宗介が入院したきっかけになった自転車の一件。

あれは作者の身に起きた実体験です。

そこから一週間ほど入院しました。


病弱美少女とは出会えていません。



お読みいただきありがとうございます!

甘々!この二人の関係がいつまでも続いてほしい!と思っていただけたらブクマ、評価等よろしくお願いします!

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