機構の歌姫
「正直ノリと勢いで描いた節はある。」
「あんまり深く考えないで読んで欲しいのです。」
「ちょっと長めなのはいい所で区切れなかった我らのせいじゃ…。」
今日も私は歌います。『私はここに居る』と。たとえ誰にもこの声が届かなくとも。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そこは薄暗い洞窟でした。いくつかの機械のライトだけが光り、“太陽の光”が差し込むことはありません。そんな場所で私は目が覚めました。
(ここは何処だろう。)
ぼんやりとした頭で周りを見ます。知らない場所、知らない機械、何かしらの薬品、書類。本当に記憶にありません。
(なにかおかしい。)
違和感がありました。ぼんやりとした世界の中でなにが今までと違うのでしょうか。自分の身体を見下ろします。白く小さな手足が見えました。ふっくらとした手はぷにぷにで、まるで幼児のそれの様でした。可愛らしい足は歩いたことも無いように丸く、こちらもぷにぷにでした。咄嗟に顔を触ります。ぷにぷにして可愛らしい、小さな顔、のようです。
(まってそれは無い。)
慌てて記憶を確認します。そう、えぇと私の最後の記憶は……。………。なにもありません。思わず愕然としました。そう、何も覚えていなかったのです。両親の顔も、自分の顔も。兄弟はいたのかいなかったのかすら覚えていません。というか自分の名前、容姿、性別すらも覚えていません。そんなことがあるのでしょうか。
(いやいや本当におかしいですよこれ…。)
これは……あ、転生ですか? 小説でよく見る異世界転生的な……。神様に会うタイプではなく前世を思い出す的な転生ですか? ……ではゲームや漫画の世界かもしれないですね。何か分かりやすい情報は落ちていないでしょうか。
辺りを見回します。机の上には何らかの資料が乱雑に置かれています。文字を読もうと必死に目を凝らして分かったのは“文字が読めない”という悲しい結果でした。えぇ。少なくともニホンゴでもエイゴでもありませんでしたね。
(……あれ、ニホンゴってなんだっけ。)
うん。混乱が止まりません。ニホンゴ、ニホンゴ…あぁ! 日本語ですか! 私のいた国で使われていた言語ですね! ってやっぱり覚えてるじゃないですか!? 小説の時も思い出せていましたよね!?
(……落ち着け。思い出せることと思い出せないことの差異は?)
好きなもの、読書と甘いもの。嫌いなもの、五月蝿いもしくは協調性の無い人間。趣味、歌。えぇと、では国際情勢などは………覚えていません。住んでいた国、日本。地域、覚えていません。就いていた職業、覚えていません。やりたい事、覚えていません。友人、覚えていません。……いなかったわけではないですよね…?
他には……マナー。ある程度は覚えていますね。言葉は…かなり覚えています。ただ、日本語以外はあまり出来そうもないですね。元々語学は得意ではありませんし。…あぁ運動も苦手でしたね。
(……“常識”だけある……? いいえ、個人が特定できそうなことは覚えていない?)
可能性として挙げられるのはそれくらいでしょうか。他にもなにかしら法則がありそうですが、残念ながら私では分かりませんでした。
突然、カタカタカタッと何かの音が聞こえます。思わずビクッと肩を縮めて様子を窺います。なんでしょう。身体を縮めて、動かないようにして息を殺します。
かたかたと足音を立ててやって来たのは……えぇと、その、名状しがたき機械? でした。鋏のような前足? パーツ? を動かし、触覚のような何かを、ピコピコ動かしてその辺の機械に当てています。足は6本あり、シャカシャカ動かしています。サソリのようにも見えますが。……す、素早いです。あっ、背中からブースターみたいなものが出てきました! 早いです! 凄いです! あぁ飛んで行ってしまいましたよ! これは追いかけねば!
そう思って体を動かして気付きました。
(私…浮いていません?)
からだがふわふわ浮いています。なんでしょうか…。こう、無重力的な感じではないですし……まるで水の中にいるような……。
水の中?
そっと手を伸ばします。ある程度まで伸ばすと透明なガラスのようなものに阻まれます。それに沿って下を見ると、足元の銀色の床は円形となっていました。勿論、円に沿ってガラスのようなものの壁があります。後ろを見ます。金属の壁です。私の顔が引き攣りました。
(大きな試験管の中?)
良くないです。非常に良くないですよこれは。もしかしてここはなにかしらの実験施設的なものなのでは? これ、前世の記憶を思い出した原因なんじゃないですか? つまり、私って何かの実験の被験者で、現在進行形で死にかけているのでは?
(死にたくない)
嫌です。死にたくないです。怖いです。どうしよう。どうにかここから出なければ…。考えます。考えて考えて考えて、気付いてしまいました。
(わたし、創られたのでは?)
もし、創れたはいいけどここから出したら死んでしまう、欠陥のある作品だったら。私が脱出と同時に死んでしまうような仕掛けがあるのなら。
(詰み、だ。)
そう考えてしまったのです。心が、ぽっきりと折れてしまいました。そもそも、ここを出ても私が生きていけるのか、なんて知りません。脱出した方が苦しむ気がします。……よくよく考えれば、さっきの謎の機械も全く知らない物でした。追いかけて見つかったらどうなっていたのか分かりません。何をしていたのでしょうか、私は。そう思ったらスッと心が落ち着きました。同時にプーッと音が鳴りました。
『#&“!☆◆#(&’!J‘@@;*:***』
(なんて?)
何かしらのブザー音が鳴ったかと思えば不思議な言語が聞こえました。えぇ……。ちょっと何を言っているのか分かりません。未知の言語ですよ今のは。
暫くぼーっとしていたら、ふと思いつきました。この身体、歌ったりできるのでしょうか。
異世界転生ということで実は色々試していたのですが、ステータスオープンと念じても、魔力を感じようと瞑想しても、何も起こらなかったので思考を放棄…いえ休憩をしていたのですが、よく考えたら“言葉”は試していませんでした。
「こ、ん、ば、ん、わ。」
………え、ここ水中………。……よく考えたら呼吸出来ている時点で言葉が話せるか調べろって話ですよね……。やはり慌てていたのでしょうか。声が音になるのに若干のタイムラグがある気がしましたが、歌えないことはないようです。………暇なんですよ。単純に。浮いているから楽とはいえ、絵も描けない、玩具もない、楽器もゲームもテレビも本もありません。どこの田舎ですかって真顔で心配するレベルで何もありません。そして心配していた実験も起こらないんですよ。
えぇ。あれだけ心配したのにここには誰も来ないんです。時計が無いので確証がありませんでしたが、脈拍を数えて9万までは計測できたんですよ。一日は24時間で1140分。つまり86400秒です。一秒に一回心臓が動いていると仮定すれば一日も何もなかったんですよ。時々、例の謎機械は来ましたが。もうあの子に名前付けましょうか。謎機械だからミステリー君です。
…………暇ですね。やることもないので歌いましょうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
最近のルーチンが出来ました。まずは適当なタイミングで目を覚まします。そして試験管の中で準備運動をします。運動と言っても身体を伸ばしたり縮めたりするだけなんですけどね。これは私が試験管の中にいると気付いて暫く後に気付いたのですが、私ってば全裸だったんですよね。吃驚しました。そして全裸だったことに気付かなかった自分に愕然としました。…いや普通ならすぐに気付きそうなものですが…。やはり気が動転していたのでしょうか。
話を戻します。運動が終われば発声練習をします。いくつかの練習パターンが記憶の中にあったので、恐らく私は「歌」関係の何かをやっていたのでしょう。それが仕事か趣味か、部活動だったのかは分かりかねますが。
発声練習を30分ほど行った後から好きなだけ歌います。演歌、ポップス、アニソン、ボーカロイド、幾つか合唱用の曲など満足するまで歌います。マジで私はなんでこんなに知っているんですかね…? ですが毎日何十曲も歌っているので最近はあんまり覚えていない曲も練習し始めました。音程や歌詞が違うのかどうかすら分からないのが辛いですが、同じ曲を歌うのも飽きてしまったのです。
満足する、は私の喉が嗄れる前まで歌う、です。水中でも喉って嗄れるんだと驚きました。っていうかこの試験管の中の液体って一体何なんでしょうかね? 試験管の中を隈なく調べたことがあるのですが、幾つか『穴』があり、そこには水流が発生していました。そこから液体を交換していると見たのですが、交換は一体だれが管理しているのでしょうか。…今のところの最有力候補はミステリー君ですけど。
そういえばミステリー君って複数体いるようでした。一度、私の視界内の機械が赤く光り、エラーメッセージらしきものが流れました。すると何処からともなくミステリー君が3体やって来て機械の修理を始めたのです。どうやら此処の施設内の手入れは彼らが行っているようでした。
因みに、試験管のガラス? を思いっきり叩いてアピールしたら私の方に寄ってきて頭部らしき場所を傾けていました。それは首を傾けているのでしょうか…? 会話を試みたのですが、何処まで伝わったのか分かりませんでした。言語が駄目だったのでしょうか。
『#&“!☆◆#(&’!J‘@@;*:***』
(またですか)
不安な気持ちがすっと落ち着きました。このよく分からない警告音のようなものを聞くと不思議と心が落ち着くのです。いつも悩み続けた時や、情緒が不安定な時にこのアナウンスがやってくるので、恐らく私の心を落ち着けるような言葉なんだと思います。……どうやって観測しているのかが謎ですが。
あぁ、疲れてしまいましたね。疲れたらもう眠ってしまいます。試験管の中は常に明るいのですが、眠気には勝てません。すっと眠りにつきます。初めのころはなかなか寝付けなかったというのに慣れとは恐ろしいものですね。これが一日のルーチンです。…“陽の光”が届かないので厳密に一日ではないですが、起きて寝るまでを一日を仮定すれば一日になります。……。一日を仮定すれば一日になるって何か文法が間違っている気がしますね…。
そして私は今日も、明日も、歌を歌います。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
歌を歌います。元々どんな歌だったのか、思い出すのが億劫になってきました。同じ曲でもリズムや音程を少し変えるだけで印象が変わる、という発見をしたのは良いのですが、元の音程があやふやになってしまいました。作曲者に申し訳が無いです。作曲者に会うことはないのですが。
今日も、歌を歌いました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
歌を歌います。私の声は普段は可愛らしい子供の声です。自分の身体を見た時に気付いたのですが、私はどうやら女の子の様です。しかし、ものすっごい低音も出せました。実験してみて吃驚しましたよ。HiHiCからLоwGまではイケました。嘘でしょう。本当に人間か? と思い身体のあちこちをチェックしたのですが、身体的特徴は一般的な人間のソレ…だと、思います。普段は。……こう、気合を入れると姿が変わったのですよね……。
えぇ、すごく吃驚しました。今のところ全身が羽毛に覆われ、腕が翼のように変わる形態と、身体の一部に鱗が生えて、頭から角が生える形態を確認しました。ふん! とお腹に力を籠めると変身できるんですよ。この時点で私は改造済みだったことが分かりました。そして例のアナウンスが流れて冷静になれました。
歌に飽きたタイミングで、どうにかミステリー君に身振り手振りでアピールして、幾つかの資料を見ることが出来ました。現在は未知の言語と格闘しながら資料を読むことがルーチンに追加されました。
今日も歌を歌いました。歌い終わって少し疲れたので、早速資料を解析しましょう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
歌を、歌うことに、意味はあるのでしょうか。
何度も寝て、起きて、を繰り返して、私の身体が成長しないことに気付きました。どういうことかと必死に調べていきました。ミステリー君との交渉はある日突然うまく行くようになり、辞書や簡単な文字の一覧表を入手出来ました。私の調査担当のミステリー君が出来たのが大きいです。ミステリー君一号と名付けました。一号君に日本語で指示を出すと指示通りに動いてくれるのです。彼らのAIが優秀過ぎて怖いです。えぇ……なんで伝わるのぉ。……そう質問したら、「学習完了」と紙に文字を書かれました。凄すぎませんか? 会話できる相手ということで、結構な頻度で話しかけて辞書まで用意してもらえたんですよ。
何故彼らがここまで私に尽くしてくれるのか。それを私は考えていませんでした。そして、資料を読み進めていく内に、私についても文献を見つけました。見つけてしまいました。
『
プロジェクト:GOD被験者、No.19208271について
当プロジェクトは不老を目指したものである。プロジェクトの詳細は別紙に記載している。
被験者No.19208271は優秀な成績を残している。現状、ルオ鷹目の因子とルフ竜目の因子を入れ、魔器に変形術の回路を刻むことで変身能力を獲得した。直接的に不老に近い能力ではないが結果として体内の修繕能力が高まり、老化現象が見られなくなった。現状、自我の発生は認められていないが、いずれ自我の覚醒が見込まれる。―――――』
初めは意味が分かりませんでした。ですが、読み返して気付きました。老化しない。つまりは不老。それはつまり、私は、誰かに見つけてもらえるまで、ずっとこの試験管の中にいる、ということです。
(嘘だ)
頭の中が、真っ白になりました。
『#&“!☆◆#(&’!J‘@@;*:***』
(だれか、嘘だと言って)
『#&“!☆◆#(&’!J‘@@;*:***』
信じられませんでした。これ以降の文章が頭の中に入って来ません。
『感情“!☆◆#(&’!J‘@@;*:**す。』
それでも目は資料を追いかけていきます。このままでは一生この中にいることになります。見つけなくては。私がここからでる方法を。
『感情“!☆◆#(を確認J‘@@;*:*ます。』
「次を、捲って。」
一号君が紙を捲る動作すら焦りをもたらします。はやく、はやくして。
『感情“!☆◆#を確認J‘@@機構が:*ます。』
知らない単語。一号君に指示を出して辞書を引きます。
『感情値☆◆#(を確認J‘@制機構が:*ます。』
軍事用語、でしょうか。関係ないかもしれません。……いいえ。恐らく私の実験結果を元にされた別の実験ですね。…軍事用に作ったら失敗したようです。
『感情値☆乱高下を確認J‘@制機構が:*ます。』
別の資料を見ます。……これは実験機械の説明でしょうか。………私のいる試験管に近い機材の説明があります。読み進めましょう。
『感情値の乱高下を確認。‘@制機構が起動します。』
「うそ。」
そこにはミステリー君について、こう書かれていました。【自動で実験機器を管理する当機械、(リペアラー)を開発。それらに機能を追加することで防衛用ゴーレムや施設内の点検を可能にした。また、同機体の修繕も可能である。さらにプロジェクト:GODの被験者に自我が発生した場合、被験者が暴れないように、発狂しないようにするための感情抑制機構の点検、被験者のメンタルケアも行えるよう改良した。】
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動します。』
信じたくありません。でも、しかし、恐らく、ほぼ確実に。この資料は、正しいのでしょう。機械の、冷たいアナウンスが聞こえます。私は思わず呟きました。
「なんで、いま、言葉がわかるの?」
知りたくありませんでした。…私はもう、狂うことも出来ないのでしょうか? 私はただただ泣き続けました。
私の頬には、涙が流れませんでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
歌を、歌うことを止めてしまいました。悲しいのです。私はもう、どうすればいいのか分からないです。
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動します。』
このアナウンスも聞き飽きました。一生懸命こちらにアピールする一号君に、反応するのも億劫になりました。何故私はひとりぼっちなのでしょうか。一号君は仕事でここに居るだけです。友人ではありません。そもそも触れ合えません。もう何日も何週間も何年も人を見ていません。……私が目覚めてから、ここには人が来たことはないのです。
何故、人が来ないのかは分かりません。しかし、私が一人だということは確定してます。薄暗い研究室で私は永遠を過ごすのでしょうか。それとも、ミステリー君たちが何らかの原因で全滅し、その後ゆっくりと朽ちていくのでしょうか。それすらも、わかりません。
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動します。』
歌は、止んでしまいました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今日も眼が覚めます。もう希望はありません。持つことが出来ません。それでも、眠りは途切れてしまいます。今日も一日を何も考えず、ただただ過ごします。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【死にたくない訳じゃない。でも、胸を張って生きなくちゃ。】
久しぶりに、夢を見ました。私が、だれかに、約束をしていました。
【私は私に約束するよ。辛くても、絶対に投げ出さない。最後まで足掻くんだ。】
これは…前世の私、でしょうか。
【死ぬときは胸を張って“私は生き切ってやったぞ”って思いたいんだ。】
…………………………。
【挫けるもんか。死んでやるもんか。諦めてやるもんか!!】
………………これが、私……………。
【最期まで、投げ出すもんか!!!! 絶対に切り抜けてやるからなあぁぁぁぁぁぁ!!!!】
……………そう、です。……そう、でした。これが、私の信念でした。
辛いのは嫌です。楽したいです。苦しいのも嫌です。幸せでいたいです。でも、諦めてしまうのは、嫌です。
死にたくなったこともあります。諦めたら苦しまずに済むこともあります。悩むこともなく過ごすことが出来ます。
でも、もったいないじゃないですか。
折角生きて来たのに。折角知識があるのに。折角やってみたいことがあるのに。
知らないことがあるのに。見たことないものがあるのに。可能性だってあるのに。まだ、全部見てきたわけじゃないのに。
そうです。こんなところで終わってたまるものですか。何も残さず消えてたまるものですか。出来ることがあるのに、足掻けるのに、逃げてたまるものですか!!!
辛い? そんなの死ぬよりマシです。苦しい? 本当に何もできないよりマシです。絶望した? 一人で勝手に諦めてるだけでしょうが!!!
選択肢は奪われていません。私が捨てただけです。無理だと決めつけただけです。だったらまだ、足掻きます。
歌を、歌います。私はここにいると。誰もいなくとも。きっといつかは誰かに届くと信じて。
例え、決して誰にも届かないとしても。例え、その所為で死んでしまっても。例え、滑稽に思われても。
私は諦めません。いいえ、私が、諦めません。
今日からまた、歌を歌います。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この研究室にあった資料をあらかた読むことが出来ました。お陰様でこの言語を読むことが出来るようになりました。書くのは少し自信がありませんが。
鼻歌や小さな声で歌いながら読み進めていきましたが、私というサンプル以外は中々研究が進まなかったようです。しかもその最中に世界大戦というべき大きな戦争が起こって、何かしらの兵器を起動させようとしていたことまで分かりました。その兵器についての詳細は分かりません。それでもここに誰も来ない理由を察しました。
(最悪の可能性として人類が滅亡しているのかもしれない。)
そうでなくとも大打撃を受けて文明が退行したのではないでしょうか。だとすれば文化レベルも下がり、結果として機械について何も知らないのかもしれない。そして、こんな地下に研究施設があり、今も稼働しているなんて露ほども思っていないのでしょう。
まぁ、それは私がここで考えていても仕方のないことです。ですから、私は自分の身体についてもっと理解を深めていきましょう。
私についての報告書に【魔器に変形術の回路を刻む】とありました。私はこれについて検証と調査を重ねてきました。
まずは“魔器”について。これは【体内の魔力を制御する器官であり、外の魔力にも干渉することが出来る】内臓の様です。外の魔力に干渉できるかは個人差があるようでした。外の魔力に干渉出来れば魔法が使えるとのことで、私も魔法が使えるのかと調べてみれば、なんとびっくり。魔器を改造すると高確率で魔法が使えないらしいのです。これはプロジェクト:GOD被験者、No.19208271、つまり私の実験で判明したことのようですが、魔器に魔法の式を書き込む、刻み込むとその魔法以外使えなくなるそうです。
変形術って魔法だったんだ、と感心しましたが、普通に考えて身体の作りが変化するなんてそうそう起こらないことです。魔法だったとのかと納得しました。
……これメリットとかあるんですかね? 研究者さんが何を思って変身機能を付けたのかが謎です。
私はまた今日も歌を歌えました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今日も歌を歌います。自分の身体のことは何となくですが理解しました。その上で、この試験管の中から出ることは、諦めてしまいました。
私に埋め込まれた因子である、ルオ鷹、ルフ竜の性質についての資料があったので、それを解読してみました。ルオ鷹目は鋭い鉤爪と高い飛翔能力を持つ鷹の仲間で、特筆するのはその囀り声だそうです。複雑な音を出すために気管、いえ、鳴管が複雑化しているそうです。試しに鳥人間のような形態に変身して歌を歌ってみました。細かい音どころか楽器まで再現できました。びっくりして変な声が出てきました。とはいえ、鳴き声では推定ガラスは壊せません。足に生えた爪で引っ掻いても傷一つ付かなかったので多分ガラスではないです。なんですかねこれ。
ルフ竜は亜竜門飛竜綱ルフ竜目でこちらも高い走破能力、頑丈な身体、小型ながら力持ち、だそうです。竜の姿に変身してよく見てみれば、脚が大きくなっています。デフォルトもとい幼女形態より一回り太く、長く、なっているようです。それに伴い身長も伸びています。幼児から小学1年生くらいにですが。実際に測ったわけではないので体感です。この足なら! と思い、思いっきりガラス? を蹴ってみました。がぁん!!!! と大きな音が鳴り、脚を痛めました。傷一つ付かないのですが…? 物理的破壊は不可能なのですかね?
そういう訳で脱出方法を考えながら暇つぶしに歌を歌います。あまりにも暇だったのでミステリー君に「何か、いい曲を、教えて」と交渉しました。するとミステリー君は何処からかごつい機械を持ち出してきて、私の全く知らない曲を流してくれました。言語はアナウンスのものと一致しているのですが、言い回しが独特なので少し解析に時間が掛かりそうです。
新しい曲にはワクワクしますね。それでは早速練習してみましょう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日は、何も変わらない、いつも通りの日でした。ここから出る術を持たない私は、いつも通りに歌を歌っていました。
ですが、その日は普段と違ったんです。
遠くで大きな音と揺れが起きました。それと同時に、けたたましく警報が鳴りました。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
「……え?」
しんにゅうしゃ…侵入者? 人が、いるのでしょうか。私は思わず声を上げます。そして、慌てて歌い出します。一番歌いなれた、大好きだった歌です。声を張り上げて、朗々と。この試験管の外へ、声が響くように。
それでも。
それでも、世界は。
ただただ、理不尽でした。
『侵入者の排除を確認。脱走した侵入者を記録。次回からの即時殲滅を許可します。』
歌を、止めてしまいました。……この施設の防衛機能が生きていて、そしてそれは今の人類には突破できないものなのでしょうか。
もし、彼らがここまで来ていたら。もし、防衛機能がもう稼働していなかったら。結果は変わっていたのでしょうか。私には分かりません。
それでも。それでも私は歌いましょう。彼らは希望でもあるのですから。
だって、この世界にはまだ、人類がいたのでしょうから。
だから、私は歌います。自由を夢見て。いつかこの場所から旅立つ日のために。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから、何度か侵入者がやって来ては撃退されることが続きました。同じ人物たちかは分かりません。ですが、侵入者達は何度もやって来ました。その度に私は声を大にして歌ってきました。
それでも、ここまで辿り着いた者はいませんでした。
防衛機能が思ったよりも優秀だったようです。安心するような、残念なような……。とにかく、ここに辿り着ける人はきっと強い人物でしょう。
私が恐れているのは、一見して私が幼女である、ということです。私の状況を見て、私を外に出してくれる人物でなくては、私が困るのです。人身売買組織とかだったら一巻の終わりですよ? ですから防衛機能が生きているのは助かるのですが、このままではいつまでもこの試験管の中です。本当に悩ましい状況です。
……ですが、まずはここに来てもらわなくては、いけません。だから、私は今日も歌うのです。『私はここにいる』と気付いてもらうために。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目が覚めてから、どれくらい時間が経ったのでしょう。侵入者が来るようになってからどれだけの時間が経ったのでしょう。それは、私には分かりません。
ですが、今日のことは、きっと、永遠に忘れないでしょう。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
『危険区域です。これ以上は権限の無い方は通行できません。』
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
その日はいつまで経っても警報が止まりませんでした。だから私も、ずっと歌を歌いました。あちこちで大きな破壊音が鳴っています。アラートが鳴っています。それでも“侵入者”は立ち止まらなかったようでした。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
『目標:ロスト。速やかに探知行動へ移れ。繰り返す。目標:ロスト。速やかに探知行動へ移れ。』
(隠れた……?)
この警報は初めて聞きました。まさか隠れ進んでいるのでしょうか。私のいる部屋にはミステリー君が一体だけいます。もし、ここに来てくれたのなら、何とかしてミステリー君を止めなくてはなりません。一度歌を中断し、ミステリー君にお願いします。
「部屋の、前を、警戒して。」
ミステリー君は了承したのか、移動を開始しました。これで大丈夫、でしょうか。しかし、部屋の外にミステリー君がいるなら結局見つかってしまいそうですが。
「どう、しよう。」
不安が込み上げます。正直に言えば、ここで侵入者さんが始末されたら、私は暫く寝付けないと思います。どうか。どうか無事でいて欲しいです。
ほぼ無意識に、私は大好きだったあの歌を歌います。もう癖になってしまったのです。私がここで何をしても、何も変わらないのですから。だからこそ歌うことしか出来ないのです。歌だけは外まで届くのですから。
そして、ずるっと、天井から誰かが落ちてきました。
「えっ」
どんっ! と音を立てて落ちて来た人影は、受け身を取る事無く落下しました。その身体からは、じわりと血が滲み出してきています。まるで血溜まりが出来るかのように。
「え、なんで」
警報がなります。無慈悲に。何の感情もなく。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
「やめて」
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
「止まって」
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動します。』
ミステリー君と見たことのない機械が部屋の中に入ってきます。人影はピクリとも動きません。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
「おねがい」
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動します。』
一際大きい機体が、その腕を振りかぶります。その先端には大きな刃が。
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移れ。』
「だめえぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!!!!」
『感情値の乱高下を確認。抑制機構が起動し―――。』
『侵入者を確認。排除行動に移れ。侵入者を確認。排除行動に移――――。』
機械は、止まりました。
『マスターコードを確認しました。警備を通常状態へ移行します。』
ミステリー君含め、機械たちは部屋から出ようとします。何で止まったのかはわかりません。私の言うことを聞いてくれた理由も分かりません。ですが、きっと、ここで選択を間違ったのなら、私はずっと後悔します。
「まって」
複数のミステリー君たちが止まってくれます。
「その人を、治療して」
機械たちは、動き出します。私の、命令通りに。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一体のミステリー君が医療器具を持って来て、私の部屋で治療が始まりました。丁寧に転がされた人影は、持っていた武具や荷物、服を剥ぎ取られていきました。そしてその人の顔を始めて見ることが出来ました。……犬でした。いえ、正しくは狼? です。はい。獣人? でしょうか。獣面人身で全身が毛皮に覆われている、人狼のイメージに近いです。体躯を見るに男性の様です。鍛えられたその身体には大きな穴が開いていました。一瞬気が遠のきましたが、なんとか耐えます。穴が開いているのは腹部。はやく治療を進めなくては危険です。ですが、私は何の力にもなれません。見ていることしか、出来ません。悔しいです。
私はミステリー君達による治療を見守り続けました。
ふと気が付けば、彼の治療は終わっていました。どうやら私は治療の途中で眠ってしまったようです。ミステリー君達が彼――狼の獣人の様ですから狼さんと呼びましょう――にいくつかの器具を取り付けたようですね。点滴や呼吸の補助具、でしょうか。……そこまで危篤状態だったのかと焦りますが、見たところ呼吸は安定していますし、山場は超えたのでしょうか。
……今更ですが狼さんは一体何をしにここまで来たのでしょうか? 侵入者さんが現れた時から思っていましたが、ここに何の用事でやって来たのでしょうか。…いきなり襲ってくるとは思えませんが、どうにかするべきなのでしょうか。そう簡単に対策なんて思いつきませんが。
頭の中で思考を続けます。気付けば私の口からは歌が零れていました。もう日常的に歌っていたので、考えるときも歌を歌ってしまうようです。なんだか中毒みたいで少し嫌ですね。改善していくとしましょうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
コンコン、と何かが音を立てています。その音をきっかけに私の意識は浮上します。眠気に逆らい目を開ければ、目の前に狼の顔がありました。
「わひゅ。」
「わひゅ?」
思わず声が漏れました。狼さんは怪訝そうに首を傾げます。
「言葉*分かる*?」
「…へ?」
なんでしょう。少し聞き覚えの無いフレーズのように感じました。ここで覚えた言語は基本的にいくつかの文字で一単語を表す、英語などに近い形式のものなのですが、今のはちょっと知らない言い回し、というかフレーズでした。
「え、あ、少しは?」
戸惑いながら言葉を返せば狼さんは驚いたようでした。そして眉間? に皺を寄せながら言葉を続けます。
「ここは、どこだか、分かるか?」
あ、今回の言葉は私にもちゃんと分かりました。
「こ、ここは、私が造られた実験施設だった場所です。今はもう使われていません。」
どうですか! ちゃんと伝えられました! 頑張って発声練習してきた甲斐がありました! 言葉を話すのは歌を歌うのとは違う緊張感があったのですが、ミステリー君相手に練習していたのです。
しかしながら狼さんはさらに眉を顰めます。そして狼さんが持っていた荷物を探り、その中から表紙の汚れた本を取り出して、何やら呟きながら調べ物を始めました。少し待ってとあるページを開いたまま、私の方へ本を突き出し、とある単語を指差します。
「この文字、読める?」
先程からどうして片言なのでしょうか? 不思議に思いながら指で差された単語を読み上げます。
「実験施設ゲノムツリー」
すると狼さんは顔を歪めて言いました。
「この文字は、大昔に滅んだ国の文字。……何故読める? 何を知っている?」
やはり、私を造った国は滅んでいたのでした。ショックはそこまで感じませんが、少し悲しくなってしまいました。ただ、覚悟は決まりました。
「ミステリー君、辞書を取って頂戴。」
私は、私について狼さんに話すことにしました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
狼さんの名前はロイドさんだそうです。私のことを話している内にロイドさんも自己紹介をしてくれました。ロイドさんと話している内に私も“今の”言葉に慣れてきました。
「つまり、君は大昔に創られた人造人間ということか…?」
「はい。そういうことに、なると思います。」
そうです。時代が変われば言葉も変わるのです。大きく変わってはいなかったお陰である程度学習しやすかったのが幸いでしたが、言葉が変わるほど、私の言葉が“古語”と呼ばれるほど、私が造られてから時間が経過していたのです。
「……《機構の歌姫》がまさか不老の人間だったとは……。」
「機構の…えっと、なんですか?」
ロイドさん曰く、とある事件で地盤の崩落が起きた地域の調査中、この施設が発見されたそうです。当時は只の洞窟であるとされていたそうですが、調査員が派遣されて自立型のゴーレムが多数発見されてからは、旧文明の遺跡だとされ何人も探検家、冒険家が傭兵や護衛を雇って探索を試みていたそうです。ですが今まではことごとく失敗していたとのことでした。
「俺も傭兵を仕事にしていてな、護衛としてとある研究者に雇われたんだが、道中で囮にされたんだ。こうして生きているのが奇跡みたいなもんだ。」
ロイドさんは苦笑しながらそう言います。後払いの仕事を受けると時々、依頼主が傭兵を使い潰すように動くことがあるそうです。死人に口なしという言葉が浮かんできました。
ですがロイドさんは獰猛に笑います。
「こうして生きて帰れれば、あの研究者は終わりだけどな。俺達傭兵は信用出来る依頼主じゃなければ仕事を受けねぇからな。」
これが俺達流の仕返しってやつさ。そういってロイドさんは笑いました。何というのでしょうか。世の中は複雑なのですね…? 欲をかいて自滅することは物凄く格好が悪いです。反面教師としましょう。
「ところで君は――あー、名前が無いと不便だな。本当に名前を覚えてないのか?」
「あ、はい。えっと、私は私の名前を知りません。」
「そうか。………なら名前を付けていいか?」
「えっ。……いい、のですか?」
「いいも何も名前が無いと不便じゃないか?」
「そ、それじゃあ……私の名前を考えて欲しいです…。」
ロイドさんは考え始めました。名前です。私の、名前。一人でいるときは全く気にしていませんでしたが、誰かと話せるなら、名前くらいあってもいいのでしょう。何故か無性に泣きたくなりました。私は、涙は、流れませんが。
「……そうだな。セレン、はどうだろうか? セイレーンと呼ばれる竜から取ったものだ。」
気に入ってくれればいいが、とロイドさんは言います。セレン。私は、セレン。……なんだかあたたかな気持ちが溢れてきます。いつ以来でしょうか。……それとも、初めての事、なのでしょうか。少しだけ、戸惑ってしまいました。
「竜の名じゃあ嫌だったか? なら別の―」
「いいえ! 私は、セレンが気に入りました! ありがとう! 私はこれからセレンです!」
初めて、誰かにお礼を言えました。初めて、誰かに感謝できました。それだけで。それだけで私は嬉しいのでした。
ロイドさんはほっとしたように笑みを浮かべます。
「それは良かった。……それじゃあセレン。君はこれからどうするんだ? 俺は怪我もほとんど治っているし、街へ戻ろうと思ってるんだが。」
「……。」
私は、動きを止めました。
「…セレン?」
「……すみません。それは…私にも分かりません。先程も言いましたが、私は、ここから出られないのです。出たくとも、出る方法がとんと分からないのです。だから、その……。」
私は俯きます。…言ってしまってもいいのでしょうか。これは、私の我儘なのですから。すこし躊躇ってしまうのです。悩む私を見ていたのでしょうか。近くにいたミステリー君が1体、私の試験管に近づいてきました。まるで私に寄り添うように。
だから、少しだけ、勇気を振り絞ってみます。
「また、ここに来てくれませんか? 私はもう、一人で生きるのは嫌ですから。」
顔を上げて、ロイドさんの眼を見ながら笑って言いました。笑えていたかは、分かりません。でも、お別れは笑顔でと、出来るだけ願っていましたから。湿っぽいのはもう、いらないのですから。
ロイドさんは目を見開いて、ゆっくりと閉じました。何かを吟味するように、静かに考えて、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めます。
「…出来るだけ、努力はしてみよう。…だが、その……約束は出来ない。俺は傭兵だから、仕事で各地巡っていることが多いんだ。だから…期待に沿えないかもしれない。」
「…大丈夫です。待つのは、慣れていますから。」
…そうです。待つのは簡単です。いつも通り歌っていればいいのです。なんてことはありません。また、同じ様に待っていればいいんですから。ただ、ロイドさんを信じてひたすらに。
ロイドさんは剣を手に取ります。もう、行ってしまうのでしょう。そう思っていたのですが、彼はこちらを向いて剣を構えました。その顔は何か決めたように、不敵に笑っていました。
「少し、屈んでいてくれ。」
「えっ。は、はい!」
慌ててしゃがむと、ロイドさんは剣を思いっきり振り下ろします。鞘の付いたままの剣が試験管のガラスのような壁にぶつかって大きな音を立てました。ミステリー君達が何事かとやって来ましたが、こちらを見たあと、何事もなかったように帰っていきました。
「くっ…! 話には聞いていたが硬いな!」
「わっ、はっ、えっ!?」
大パニックな私を見てロイドさんは少しだけ笑いました。
「出られない、で諦めるもんじゃねぇよ! だったら出られるように協力してやるさ! ちょっと待ってろ、すぐに外の世界を見せてやる! セレンは俺の恩人なんだからな! だからこれくらい! 任せとけ!!」
何度も剣がぶつかる音がします。何度も、何度も。罅が入らないガラスが揺れて、ロイドさんの身体から、赤い血の筋がつぅ、と流れ落ちました。傷が開いてもなお、ロイドさんは剣を手放しませんでした。だから。だからこそ。私も、もう少しだけ、頑張ろうと思えました。私を助けてくれる、この人の様に。
『マスターコードを確認、それに伴い観測を完了しました。以上を持ちまして、GODサポートシステムの全てを終了します。』
その日私は、生まれて初めて、涙を流しました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
大昔にあった文明の遺跡。美しい歌が聞こえる謎の遺跡は多くの研究者たちが調べようとしました。そして多くの探索者が調べに向かい、遺跡の機構に返り討ちにされ続けてきました。しかし、その日を境に、遺跡から歌は止み、ありとあらゆる機構は停止しました。そこには、何も残されておらず、研究者たちは今でも解明しようと躍起になっているそうです。
「ロイドさん! お待たせしました!」
「おう。それじゃあ行くぞ、セレン。」
-fin-
「制作中に起こったことを言いまーす!」
「GWはなかった」「試験管が試験官になってた」
「予測変換くん、君さぁ……。(クソデカ溜息)」
「本当に最後まで気付きませんでしたよね…。」