流れ星に込めた二人の願い事
十一月二十五日 木曜日 学校
「─ねぇ、しってる?お願いするとなんでも叶う流れ星って」
いつも通りの退屈な授業でつい、ボーっとしていると楽しげに耳打ちをしてきた。
「何それ、そんな事がありえるの?」
「ただのウワサだし、あったら面白いな〜ぐらいで聞いてよ」
そのまま彼女は嬉々揚々と聞いた噂を語り出した。
どうやら、『願いが叶う』と言う流れ星は一際目立ち、一際綺麗に輝いていて、目にした者は空いた口が塞がらないらしい。
それだけでは無く、願い事は人を幸福にする事しか叶わないとか。それじゃあ、なんでも叶うとは言わないじゃないか。
そんな噂話の矛盾を聴き流しながら彼女の話を聴いていた。
「黒宮さん、桜木さん!これで何回目ですか!?」
怒号が教室に響く。
教室に居た生徒は肩をビクつかせて震えた。
「すみません。」「ごんなさ〜い」
慣れた様に言葉を返すと、教師は呆れて言う。
─そんなんじゃ、大人になってもダメなままですよ。
そんなの、なってみないと分からないじゃないか。
何を根拠に話しているんだ。教師とは勝手な事しか言わない。
自然と口から溜息が漏れた。
それから十分程が経過し、鐘が鳴った。
「はぁ、君のせいでまた怒られた。」
「なに?わたしのせいなの!?」
「そうだろ!!」
と言っても、話をそのまま聞く自分も自分だ。
そう思いながら下校の準備を整え、コートを持つ。
今週の掃除当番じゃなくて良かった。今週はいつも以上に冷える予報だ。
「そろそろ冷えて来たね〜」
「そりゃそうだ、もう秋も終わりだからな」
他愛の無い話をしながら足並みを揃えて廊下を歩く。
コツコツと上靴の音が廊下中に鳴り響く。
この音は悪くないな。落ち着くと言うか─────
「ねぇ、ちょっと帰りに本屋寄ってってもいい?」
「僕も行くつもりだったよ」
「以心伝心?」
「なわけ」
下駄箱に着くと冷えに冷えきった靴に履き替えて門まで向かった。
「徹、星の話信じる?」
「あぁ、なんでも願い事が叶うってやつか。僕は信じない」
「なんでよ〜、どーせなら信じた方が楽しくない?」
「人の価値観だろケチを付けるなよ」
そう言うと彼女は厶〜っと唸って徹の目を見つめる。
「そんなんだから彼女が出来ないんだよ」
痛いところを突かれて沈黙が流れる。
その沈黙を断ち切る様に彼女が質問した。
「叶うなら何を願う?」
「そうだな、明確な願い事は無いけど、少なくとも大きな願い事はしないかな」
「大きな願い事?」
「うん、例えば、亡くなった人を生き返らせるとか」
実際、どうなのだろう。
なんでも願い事が叶うなんて有り得るのだろうか。
流石になんでも叶うと言うのは神の御業ってやつだ。起こり得るはずが無い。
神様が面白半分でやってるのか?だったら有り───────
「ねっ、どこ行こうとしてるの?本屋寄ってくんでしょ?」
考えてる内に本屋に着いたらしい。一度考え始めると、周りの事が見えなくなる。昔からの癖だ。
「ちょっと考え事してた、さぁ、入ろ」
本屋に入ると特有の匂いと雰囲気が肌をなぞる。
「たしか、新刊コーナーは・・・」
新刊コーナーを探そうと、辺りを見渡す彼女を見てふと、可愛らしく思った。
思い返せば幼稚園の頃からずっと一緒に過ごして来たな。
可憐な黒色の髪。整った顔。華奢な身体。
歳は同じなはずなのに妹のように接しているが、結局は一人の異性として見てしまう。
そしてパッと願い事を思い付いた。
必ず叶う願いならば僕は葉月と───────
「あったあった、柊さんの本。楽しみだったんだよね〜」
「『最期の人生』...ちょっと痛々しいタイトルだけど、予想もつかない展開が面白いんだよね」
「そうそう!やっぱり徹は分かってるね〜」
本のあらすじをサラリと確認すると、レジに持っていき、会計を終わらした。
外に出ると暖かい店内と反対に寒風が吹いていて、手が凍りそうだ。
帰る方向が同じ二人は自宅付近まで一緒に帰った、いつも二人が別れる十字路まで。
十字路に着く頃には空は茜色に染まっていて、影も伸びていた。
「じゃあね〜」
「また明日」
互いに手を振り合ってお別れを言うと、足早に帰宅した。
「ただいま〜」
「お帰り、寒かったでしょ?珈琲入れる?」
リビングから母親の声が聞こえた。
「飲みたーい」
リビングに届くように大きな声で返した。
靴を脱ぎ、すぐに洗面所に向かい手を洗おうとすると、着信音が鳴った。
「もしもし〜?徹?」
「どうしたの?」
「いや〜、どうやら今週の土曜日に流星群が降るらしくて」
「願い事が叶う流れ星を探したいって?」
「えっ、エスパー!?!?」
叫び声にも近いその声は、洗面所に響く。
「うるさっ、まぁ、何となく察してた。大した用事も無いし、見に行くか」
「やった〜!約束だよ!!」
彼女は無邪気な声で喜んだ。
そんなに見たかったのか?
「寒くなるだろうから、防寒対策はちゃんとするんだぞ?」
「あったりまえよ〜、寒いのは好きじゃないからね」
十一月二十五日 木曜日 帰宅後
なんでも叶う流れ星。心のどこかで有り得ないって分かってるのにどうしても信じたい。
どうしても叶えたい願いがあるから。
決して軽い願いでも無いし、重たい願いでも無い。
わたしは小さい頃から一緒に過ごして来た人が居る。
頼りになるし、優しいし、面倒見良いし、それで居てかっこいい。
暇な時があると、どうしてもその人の事を考えちゃう。
昔はこんな事無かったのに。こんな事とは無縁だと思っていたのに。
好きなんかじゃない。大好きなんだ。
この気持ちに気が付いたのはいつだったかな。
思い返せば高校生になってからかもしれない。
一緒の高校に志願して、一緒に受験勉強して、合格発表の時に両手を合わせて喜んで。
『とーる・・・』
十一月二十六日 金曜日 自宅
明日・・・なんだよな。
星を見に行くって、まるでデートじゃないか。
葉月と星を見ると言う約束を考えながら身支度をした。
リビングに行くと暖かい部屋とトーストと目玉焼きが僕を待っていた。
「早く食べた方がいいんじゃない?」
「大丈夫だよ、母さん。走れば間に合う 」
「それじゃ、ダメでしょ!余裕もって行動しなきゃ」
「はいはい。」
このやり取りも何度目だろうか。なんなら毎日してる気がする。
このトーストもいつもと変わらない。
上手い具合に表面だけ焼けていて、中はしっとりとしている。
トーストだけで食べるのも良いのだが、そこにスライスチーズ乗せて焼くことで、外側はパリッと、内側はもっちりしっとり食感が出来る。
目玉焼きも良い焼き加減のベーコンに乗せられていて、適量の塩胡椒に程よい風味。
そして何より、このご飯に合う美味しい珈琲。
心地良い。こんなのんびりとした時間がずっと続けばいいのにな。
ご飯を食べ終えた余韻に浸っていると、葉月と待ち合わせしている時間に遅れそうな事に気が付いてリビングから飛びたじ、急いで靴を履いた。
「いってきます!!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね〜」
扉を開けると異常的な寒さが身体を覆う。
反射的に扉を閉めると後ろに居た母に大笑いされた。
少し恥ずかしくなり、颯爽と家を飛び出す。
『走れば間に合うはず!』
そんな思いを胸に出せる限りの力を使って地面を蹴った。
途中、靴紐が解けている事に気づいたが、そんな事を心配している時間も無く、そのまま走り続ける。
「と〜る〜!遅い〜!!」
「ご、ごめん」
膝に手を付き、荒い呼吸を整えながら言葉を返す。
心臓がこれでもかと鼓動する。その音は嫌に頭の中で響いた。
「ちょっと、休憩・・・してもいい?」
「仕方ないな〜。ダメ。」
「ダメなのかよッ!!」
「ツッコミするヨユーがあれば行けるよね」
時々に思う。葉月は悪魔なんじゃないかと。
悪魔じゃないにしても、悪魔の末裔か何かだ。
とは言え、急がないと遅刻してしまうのも事実。
自分のせいで葉月も遅刻するのは何だか癪に障る。
ここは自分に鞭を打つしかないな───────
「─ふぅ、なんとか間に合った」
「そ、そうだね」
フルスピードで走り続けていた二人は完全に息が切れていて、まるで会話出来る状況では無かった。
しかし、早く授業の用意をしなければ。と言う気持ちが無理にでも二人の身体を動かす。
一息ついて椅子に座ると、丁度のタイミングでホームルームが始まった。
「号令」
「起立、礼、着席。」
また暇な時が流れるのか。ほんとに無駄だ。意味が無いのにも関わらず何故このような事をするのか。
まずまず、勉学と言うのは───────
「─以上でホームルームを終わります。」
「一時間目から体育ってマジかよ」「最悪だよな」
担任が教室から退室すると、すぐに声が上がった。
たしかに、一時間目から体育ってのはどうも気乗りはしない。
面倒臭いと言うかただ単に気が向かないだけだ。
でも体育ってのは端で適当に何らかをやってればそれでいい。他の授業よりはマシだな。
早く着替えよ。
外に出ると無論、風が吹いている。
吹く度に誰かしらが「寒い」と声を上げた。
運動も必要だと思うけど、こんな寒い中やる意味あるのか?
でも考えてみれば、『健康的な心身を作る』と言う学校の謳い文句には沿っているか。
寒いと無駄な事をいつも以上に考えてしまう。
そんなことを自覚しながらも思考は止まらない。
やはり、身体が動かしにくい分、使わない力は全て頭に回っ────
「今日の授業は、と言いたいところだが、こんだけ寒い中授業なんてロクに出来ないだろ?」
体育教師が笑いながら言った。
すると生徒達は素直に首を縦に振る。
こんな感じに首を振るおもちゃがあったな、と思い老ける。
「よし、じゃあ楽しい楽しいドッチボールでもやるか?」
その言葉が鼓膜を通じ、脳で理解した瞬間、男子生徒の大半は雄叫びを上げた。
徹はそっと目を閉じて考えた。
『面倒臭いやつだな、これ。』
今までは端でやっている風を装っていればどうにかなっていた。それも"ドッチボール"と言う競技では通用しない。
「そうだ、星に願おう。この世からドッチボールを消してもらおう。そうしよう。最適解だ。」
「なにバカなこと言ってるの徹」
「葉月・・・そう思わないのか?」
「なんでそんなに深刻そうな顔してるの」
葉月に笑われた。
自分より圧倒的に知能指数が低いのに。笑われた。
可愛いな───────
何故か全てが許せる。他のやつに笑われたら多少なりとも不快感を抱くはずなのに。一切の不快すら覚えない。
その笑顔を見ると、なんでも許せてしまう。
「ドッチボール、男女混合だってさ」
「二倍だ。」
口から意図もしない声が漏れた。
そう、女子生徒も混ざることで、唯でさえ面倒臭いことが二倍になる。
「めんどくささが?」
「そう、男子だけでも面倒臭いなら女子が入ることで単純計算で二倍になるだろ?」
「そーかなぁ・・・でもさ──────」
「面白さも二倍。って言おうとしたでしょ?」
「やっぱりエスパーだ!類稀なる力を持ちし英雄だよ!!」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ。まずまず、僕は運動が嫌いなんだ」
そう言って葉月から目を離してコートを大急ぎで作ってる男子生徒達を見た。
誠に馬鹿らしい。運動がしたいならもっと効率的な方法があるだろうに。
「はは〜ん、この葉月さん解っちゃいましたよ。徹の全てが!!」
彼女は堂々とした佇まいで人差し指を彼に向けた。
その目は確信と自信に満ち溢れている。
「徹。運動音痴なんでしょ〜?素直に言いなよ可愛いな〜」
左手で態とらしくニヤついた口元を隠し、右手人差し指で徹の鼻をツンツンと突く。
「ちっ、ちが!僕が運動音痴?絶対に無いね!」
「だったら、ドッチボールで最後まで生き残って見せなよ」
「うっ・・・いや、良いだろう!その勝負受けて立つ。これで勝ったら以降、僕のことを運動音痴と呼ぶなよ!」
上手く言いくるめられた気もした。が、徹の中でそんな事はどうでもよかった。何故なら、今はただ、『勝利』を自身の手で掴み取る事だけを考えていたから。
熱く燃える男の心。何年ぶりかに着火した心の灯火。
勝負をする関係上、葉月とは別チームになった。
ふ、ふふふ。都合がいい。この手で倒してやる。この手で!!
「お、おい。アイツってあんなに燃えるたちだったか?」「いや。あそこまで燃えてるの初めて見たかもしんねぇ。」
男子高校生、急遽変わった授業内容、それに、大半の男子が好きな競技。
これじゃあ、連携もあったもんじゃなさそうだ。
各個人で倒そうとしてるのか?そんなんじゃ、負けるかも知れないじゃないか。
そうだ、そうだよ。僕がサポートする立場に回れば──────
直後、視界が真っ黒く染った。それと同時に耐え切れないような痛みが顔全体に広がる。
意識が遠のいて行きそうだ。一体、何が起きて───────
「いったぁぁあああ!!!」
遅れて悲鳴を上げる。
無様に、惨めに、そして不格好に地面をのたうち回る。
痛い、痛いと叫び声を上げながら服が汚れることも気にせず、ただ痛みを嘆いた。
今まで人間として生きて来た上で、この上ない激痛。
勝利に燃えていたその心には、哀しくも勝利の女神は微笑まなかった。
もし仮に笑っていたとしたら、それは『嘲笑い』だろう。
今までのクールな雰囲気から打って変わって、まるで五歳児の様に可愛く泣き喚いた。
「ぷっ、はは、あはははは」
葉月の声だ。葉月の笑い声がする。
葉月は大丈夫だったのか?何が起きたんだ?僕はどうなった?
痛い、痛い、痛い。
そしてその時、理解した。
ボールが顔面に直撃した事実を───────
徹は辛うじて動く両手で顔を覆った。
パッと涙も止み、流れるのは目からの水では無く、酷く毛穴から吹き出る滝のような水。冷や汗。
「ひ、ひや。ひやうんだ!ほくは、ひょっとゆだんしたひゃけで」
「いい断末魔だったよ」
この時にはもう、前は見えるようになっていた。
徹の瞳に写ったものは葉月の顔と大空だけ。
瞳に綺麗に写り込んだ葉月の顔は今までに見たことがないほどに、ニヤけていた。
でもやっぱり徹は思ってしまった。
例の感情は変わらない。
結果から言えば、勝負は持ち越しとなった。
なんで顔面にボールが直撃したか、それは笑いながら葉月が説明してくれた。
まぁ、簡単な事だ。考え込んでいる内に当てられた。
ただそれだけの事。
豪速球で投げられたボールは見事に徹の顔面にクリーンヒットして頭から倒れ込んだらしい。
と言っても、後ろに居た人のお陰で地面に頭が打ち付けられることも無く、無事、跡傷無く済んだのだが。
体に跡傷は無くても、心には───────
悔しい・・・な。
その日はその後、葉月に疲れる程弄られ続けて帰宅した。
疲れから、死んだように眠れた。本当に眠れた。快眠だった。
明日が楽しみだ。
朝はいつもより早かった。
気分も良く、カーテンの隙間から朝日が射し込む。
眩しいのに、それが心地良い。自然の温かみを感じる。
「今日、なんだよな・・・」
朝になると実感が更に湧いてきた。
楽しみで楽しみで仕方無い。日常で行う行動の一つ一つすらも楽しく感じてしまう。
恋と言うのはなんて素晴らしいものなのだろう。
今まで小説の中だけでしか無いのだと、どこか感じていた。
だがそれは違った。勘違いだった!嬉しい勘違いだ!
朝から軽快なステップを踏んでリビングに入る。
これだけ朝早いとご飯も出来ているはずも無く、母が鼻歌を歌って目玉焼きを焼いていた。
朝に父と会うのも久しぶりな気がする。
新聞を両手で広げて、今か今かとご飯を楽しみにしているように足を揺らしていた。
「あら徹、早いのね」
「うん、今日は用事があって」
「なんだ彼女か?夜の流星群でも見に行くか?」
父が茶化すように笑いながら言った。
『彼女』、そんな存在になってくれると嬉しいな。
最近、頭の中が少女漫画見たいだ。
「残念ながら彼女では無いけど、流星群を見に行くのは正解」
「きゃ〜、父さん名推理〜」
「そうだろう、そうだろう」
我ながら思う。うちは家族仲が相当に良い。
一人っ子だから寂しくならないように無理して盛り上げているのは重々承知しているが、それでもだ。
↓時間不足の為ここで終わりとさせて頂きます。↓
こんないい所で終わるのも駄目だと思いますが、時間は待ってくれないので仕方無いと感じております。
正直なところ、時間はあったにはあったんですけど、良い感じのインスピレーションが浮かばず、中々自分が思ったものを書けませんでした。
ここまででも「面白かった」と思う場面が一つでもあったならコメでも何でも残して頂けると嬉々として発狂します。