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95 一時撤退と整理と

 「エバック」――ダンジョンからの脱出スキルを使った。

 このスキルは戦闘中は使えないが、さっきの状況なら問題ない。


 ダンジョンから脱出した俺の前に、黒い水鏡があった。

 奥多摩湖ダンジョンの入口ポータルだ。


 時刻的にはもう真夜中。

 黒いポータルは夜闇に紛れる時間だが、今に限ってはそうではない。


 水鏡は、激しく沸騰していた。


 その沸騰が限界に達し――ポータルが内側から砕け散る。


 そこから「闇」としか言いようのないものが爆発的に溢れ出す。


 俺ははるかさんを抱えたまま奥多摩湖上の浮橋を「闇」から遠ざかる方へと駆けていく。

 敵を背にして逃げるのはお手のものだ。

 背後で湖面が「闇」に呑み込まれ、浮橋も後ろから沈んでいく。


 かろうじて俺のダッシュのほうが速かった。

 湖上から湖畔へと移って振り返る。

 ダンジョンの入口ポータルのあった場所を中心に、巨大な闇の球が生まれていた。

 周囲の水が呑み込まれ、球を中心に湖に渦潮のようなものができている。

 夜の空気も球を中心にうなりを上げながら渦を巻いていた。


 それはさながら、闇を中心に抱く小さな台風。

 これだけ大きければ、気象用の衛星画像にも映るだろう。


「ダンジョン崩壊……! まさか、この目でまた見ることになるなんて……」


 はるかさんが青い顔でそう言った。


「まだ大きくなりそうだな」


 最初ほどの勢いはないが、球は徐々に膨張している。


「湖の上だったのがさいわいね。これが人口密集地帯だったらと思うとぞっとするわ」


「どうやったらあれを止められる?」


「と、止めるつもりなの!?」


「ああ」


「無理よ……あれは人間にどうにかできるような現象じゃ……」


 俺とはるかさんが話してると、いきなり球の一部から何かが飛び出した。

 太陽のフレアのような勢いで飛び出したそれは、


「――クダーヴェ!」


『おい悠人! 置いていくとは酷いではないか!』


 自力であれを脱したらしいクダーヴェが、すぐに俺を見つけて降りてくる。


「すまん、すっかり忘れてた」


 「エバック」の前にクダーヴェの召喚を解除すればよかったんだが、はるかさんを助けるのに必死でそこまで頭が回らなかったんだ。

 まあ、クダーヴェなら自力でなんとかするだろうってのもあったけどな。


「……そいつは?」


 と俺が聞いたのは、クダーヴェが片足の爪で挟んでるもののことだ。

 見覚えがある。

 ていうか、クローヴィスの使役してたサンダーグリフォンだよな。


『いつまでも失神しておるから持ってきたまでよ』


「意外と親切なんだな」


『助けられるものを助けない道理はあるまい? 悠人とて、大した義理もないのにそこなエルフの娘を助けたではないか』


「義理がないってことはないだろ」


 俺だって、困ってる人がいたら誰でも助ける、なんて信条を持ってるわけじゃない。

 そりゃ、簡単に助けられるなら助けるけどな。


 って、この話を始めると、またはるかさんが恐縮して事態がこんがらがりそうだよな。


「いったんほのかちゃんと合流しよう」


 と、話を逸らす俺。


「あの子が来ているの!?」


「はるかさんの気配を追ってくれたのはほのかちゃんだよ。安全なところに隠れてもらってる」


 俺は意識を凝らし、源内(からくりドクター)の気配を探す。

 ちょっと離れた山の頂上付近だな。

 なんとか思念が届き、からくりUFOがこっちに向かって飛んでくる。


 俺は闇の球体に目を向けて、


「……あれをどうにかするにしても一時撤退か」


 はるかさん、ほのかちゃんに加え、クローヴィスから救出した物品化された探索者たちのこともある。

 クローヴィスが死んだ今、どんな悪影響があるかもわからない。

 安全な場所で早急に人間に戻してやるべきだろう。


「クダーヴェ、すまないが俺とはるかさんを……そうだな、天狗峯神社まで運んでもらっていいか?」


『おまえはともかく、エルフの娘にはしんどかろう? このサンダーグリフォンを起こしてやり、エルフの娘はそれで戻れば良い』


「言うこと聞くのか?」


『エルフは魔獣の使役に長けておる。もし言うことを聞かなければ、俺様がひと睨みしてやればよいだけよ』


 というわけで、俺たち(俺とほのかちゃんとはるかさん)はそれぞれクダーヴェ、からくりUFO、サンダーグリフォンに分乗して天狗峯神社に戻ることになった。






 天狗峯神社に戻ると、


「悠人!」


「芹香!?」


 境内には、なんと芹香の姿があった。

 芹香だけじゃないな。パラディンナイツか他の所属か、数十人もの探索者が境内にいる。

 顔見知りを探してみるが、見当たらない。

 灰谷さんは都内の協会本部で指揮だろうか。


「都内のフラッドは?」


「私が向かったところは無事終息したよ。残ってたフラッドも、奥多摩湖ダンジョンの……崩壊? と同時に鎮まったみたい」


「そうか」


 他のダンジョンをフラッドさせていたエネルギーも奥多摩湖ダンジョンの崩壊に吸い取られたってことだろう。


「それより、どういう事態なの!? 翡翠ちゃんや皆沢さんから聞いてはいるけど……」


「説明するよ。っと、その前に」


 俺はアイテムボックスから物品化された探索者のキューブを取り出した。


「ほのかちゃん。疲れてるところ悪いけど頼めるか?」


「もちろんです、悠人さん。このままにしておくなんてできません」


 ほのかちゃんが俺からキューブを受け取った。


「それが、物品化されたっていう人たちなの?」


 芹香がキューブを見て聞いてくる。


「ああ。知り合いの人が協力してくれると助けやすいみたいなんだ。行方不明の探索者と顔見知りの人がいたら集めてほしい」


「わかった!」


 芹香が他の探索者に声をかけ、その探索者たちが他の探索者に声をかける。


 そっちのほうはほのかちゃんと探索者に任せ、俺は芹香と数名の探索者に事情を話す。


「……にわかには信じがたい話だな」


 と、初めて顔を合わせる探索者がうめいた。

 四十絡みのがっちり体型の男性探索者だ。

 有名ギルドのマスターらしい。


「でも、奥多摩湖ダンジョンは崩壊したと、『天の声』が明言しています。彼の証言に矛盾はないかと」


 三十代くらいの魔術師ふうの女性探索者が冷静に言う。

 この人も別の有名ギルドのマスターだ。


 その二人に芹香が、


「今は彼の証言の信憑性をうんぬんしているばあいではないはずです。どうしても保証が必要なら、パラディンナイツの朱野城(あけのじょう)芹香が請け合います」


「聖騎士にそこまで言われたら信じるしかねえな」


「私は元から疑ってないけどね。この状況で芹香さんのところの探索者がでまかせを言うはずがないもの」


 肩をすくめる二人に、芹香が続ける。


「『天の声』の避難勧告は奥多摩湖ダンジョンから半径40キロ圏内――とてつもなく広いです。これは、都内の青梅市、神奈川県の相模原市、埼玉県の飯能市、秩父市、山梨側では甲州市を含む広大な範囲です」


 芹香が触れた「天の声」は、俺たちがここに飛んでくるあいだに出たものだ。

 十二時間以内にこの範囲からあらゆる人間を避難させ、該当地域を無人にせよ――そんな無茶振りにもほどがある勧告だったらしい。


「避難など……無理に決まっている!」


 男性探索者が歯噛みする。


「そうよ。しかも猶予はたった十二時間しかない。地域内の人たちはあの危機感を煽る『天の声』を聞いてパニック状態よ。幹線道路は大渋滞、あちこちで事故も起きてると言うわ」


 女性探索者も厳しい顔だ。


 奥多摩湖を中心に40キロか。

 奥多摩湖自体は東京都の西のはずれにあるとはいえ、40キロ圏内には芹香が列挙したような大きな地方都市がいくつもある。


 俺は召喚しっぱなしのクダーヴェに聞く。


「クダーヴェ。おまえの力であれをどうにかすることはできないのか?」


 俺の質問に、探索者たちの目がクダーヴェに向いた。

 探索者たちがクダーヴェに向ける目にあるのは、恐れと畏れ。

 二人の探索者は芹香と同じくSランクだと聞いている。

 それでもなお、「格」がちがう。

 そう思わせてしまうのがクダーヴェなのだ。

 この圧倒的な力を持つ幻竜ならばあるいは……と、彼らの顔に希望が宿る。


 だが、


『いくら俺様でもそれは無理だ』


 クダーヴェが首を振る。


「どうしてだ?」


『ダンジョンの崩壊というのはな、世界に大きな穴が空いたようなものだ。俺様の力を持ってすれば、同じように世界に穴を空けることはできなくもない。だが、空けるだけだ。それを塞ぐのは俺様の力では難しい』


「壊す専門ってことかよ」


『だが、今回のダンジョン崩壊は、クローヴィスによって意図的に引き起こされたものだ。これは、ただの穴じゃない。あの思い上がったエルフが生身のままで向こうと行き来できる――少なくとも向こうへ帰ることができるよう、穴に細工が施されておるのだな。その細工のせいで、ダンジョンの崩壊としてはおとなしい規模で済んでいるともいえる』


「こ、これでおとなしい規模だというの!?」


 と女性探索者。


「穴に細工っていうのはどういうことだ、クダーヴェ?」


『覚えておらぬのか? クローヴィスは奥多摩湖ダンジョンに集めた力を用い、元の世界から界竜シュプレフニルを召喚しようとしておったろう。シュプレフニルこそが、穴の先を元の世界に固定するための(しるべ)であり、穴を安定させるための細工でもあるのだ』


「どういう細工なんだよ?」


『シュプレフニルは「繭でくるむもの」という意味だ。界竜の名の由来も、世界の境界を守り、監視し、維持する存在であることから来ておる。クローヴィスはその一部を穴経由でこちらの世界に引き込むことで、本来は不安定な穴をシュプレフニルの繭で「舗装」し、「通路」に変えようとしておったのだ』


「ただの穴じゃなくてトンネルってことか」


 この世界とあっちの世界を行き来できるトンネルか。

 そんなものができたらどんな混乱が起きることか。


『うむ。だが、逆に言えばそこが弱みでもあろう。崩壊の規模を抑えた結果、あの穴には問答無用で世界を平らげるほどの勢いはない。むろん、これから先、多くの魂があれに呑み込まれれば、勢いは一気に加速することになろうがな。東京といったか、あれほどの人の多い都市が呑まれれば、崩壊はもはや制御不能になるであろうな』


「た、大変じゃないか!」


 男性探索者の顔色がさらに青くなった。

 一方、女性探索者は、


「ちょっと待って。弱みっていうのはどういうこと?」


 クダーヴェのセリフの前半を聞き返す。


『本来であれば、崩壊は魂を呑み込みながら広がり、世界そのものを滅亡の危機に陥れる。だが、クローヴィスは穴を通路にする都合上、その規模を抑えた。そして、穴にシュプレフニルの一部を引き込み、穴の内壁を舗装した。しかし、舗装が必要ということは、舗装がなければ穴は潰れるということだ』


「子どもが砂場に作ったトンネルみたいに、か」


 クダーヴェのおかげで、話がだいぶ見えてきた。


「要するに、崩壊した奥多摩湖ダンジョンの穴に流れ込んだ界竜シュプレフニルを元の世界に押し戻せばいいんだな?」


『そのとおりだ、悠人。クハハハ! 俺様とおまえにふさわしい大舞台ではないか!』


「……そんな舞台には一生立ちたくなかったよ」


 はあ……と、俺は大きなため息をつくのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 ヒャッハー!人質救出のあとは暴力の時間だー! [一言] 誰を殴ればいいって分かり易いってのは大事。
[良い点] 熱い展開! いまから強いヤツを倒せばOK!なんてわかりやすい
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