63 はるかさんの真意は?
「ふふっ。悠人さんを驚かせられるなら、私の『隠密』も捨てたものじゃないわね」
はるかさんが悪戯っぽく微笑んだ。
「ダンジョンの外では『索敵』は使ってないからな」
不用心だと思うか?
でも、いくらダンジョンなんてものがあるとはいえ、ここは現代の日本なのだ。
普通に暮らしてる分には「敵」に出くわす機会なんてまずないだろう。
逆に、外で「索敵」や「気配探知」を使ったら、人の気配が多すぎて、それだけで神経が参ってしまう。
そもそも、探索で得たスキルはダンジョンの外でみだりに使ってはならないという不文律があるらしいからな。
「索敵」や「気配探知」を逆探知する方法は知られてないが、絶対にないとも言い切れない。
しかし、はるかさんは首を左右に振った。
「それはいけないわ」
「いけないって……?」
「常日頃からスキルを常用することで、スキルを身体になじませておくべきよ。とくに『索敵』や『隠密』みたいな気配にかかわるスキルは、どこまで感覚的にスキルを使いこなせるかが重要だから」
と断言するはるかさんに、俺は眉をひそめた。
「だけど、いくらスキルになじんでも、スキルレベルが上がるわけじゃないだろ?」
たとえば、ファイアアローを百万回使ったとしても、「火魔法」のスキルレベルが上がることはない。
スキルレベルが上がらなければ、魔法の威力も上がらないし、新しい魔法を使えるようにもならない。
そのスキルレベルは、貯めたSPを消費することでしか上げられない。
スキルの練習に意味がないとは言わないが、そんな時間があったらモンスターを倒してSPを稼いだほうが手っ取り早い。
……まあ、本当に百万回もやったら何か特殊条件でもありそうだが。
「本当に厳しい戦いの中で最後に頼りになるのは、単にレベルの高いスキルではないわ。百鍛千錬の果てにおのが身体に染み込ませた術や技なの。身体に染み込んだスキルレベル1の『剣技』が、鍛錬を怠ったスキルレベル5に打ち勝つこともありえるのだから」
そういうものか。
歴戦の探索者であるはるかさんが言うならそうなのだろう。
「覚えておくよ」
スキルが取り放題に近い俺は、放っておくと器用貧乏になりそうだからな。
選択肢を広げるのも大事だが、これはというスキルを鍛え抜くのも大事だろう。
「ところで、何か心境の変化があったようね? ふふっ、ひょっとして、芹香さんとの仲に進展でもあったのかしら?」
「……よくわかるな」
隠してもしかたなさそうだったので素直に認める。
「面差しが以前よりすっきりした気がするわ」
「自分ではわからないな」
ほのかちゃんも俺の様子から何かがあったことを読み取っていた。
俺からするとエスパーにしか思えない。
「すみません、やっぱり俺は芹香のことが……」
「謝ることはないわよ。最初からわかってたことだから」
「ほのかちゃんにはどう伝えたらいいんだろうな」
「気遣いは必要だけど、難しく考えることはないわ。はっきりと告げてあげてちょうだい」
「……はるかさんにも言ったほうがいいのか?」
「あら、嬉しい。でも、私のことはお気遣いなく。もともと、娘の初恋を応援しながらあわよくばという話だったから」
「あわよくばではあったのか。からかわれてるだけかと思ってた」
「芹香さんもほのかも真面目で奥手なタイプだからね。一人くらい前のめりな女性がいたほうがおもしろいじゃない?」
「……ひょっとして、自分を当て馬にして俺たちのことを煽ってた?」
「ふふっ。どうかしらね。そうこうするうちに本気になりかけてたのは事実よ」
「ほのかちゃんの身の安全だとか、エルフの掟だとかも方便だったってことか?」
「それも嘘じゃないわ。母親はいろいろなことを同時に考えるものなの。私がそうやって外濠を埋めておけば、ほのかは自分の想いに専念できるじゃない? あの子の最大の魅力は、あの邪念のない一途さでしょう。あの子に打算が見え隠れしてしまったら、万に一つも芹香さんには勝てないわ」
「……まあ、芹香は俺には過ぎた相手だと思うよ」
まだ恋人になったわけじゃないけどな。
「ともあれ、おめでとう、悠人さん」
「……そう言ってくれるのか」
少し気の早い言葉だが、訂正するのも藪蛇になりそうだ。
「ええ。悠人さんと芹香さんがくっついてからが本番だものね」
「まさか、ほのかちゃんを二番目の恋人にしてくれとは言わないよな?」
「あら、いいじゃない。もちろん、ほのかの気持ち次第だけど。悠人さんならほのかを大事にしてくれると思うし」
「俺に複数の女性を平等に愛す器用さなんてないよ。ほのかちゃんもはるかさんも、一人の大事な友人ってことじゃだめなのか?」
「悠人さんにはそれだけの力があると思うわよ? 愛の形は人それぞれ。この世界でも珍しいことではないわ」
たしかに、重婚が認められてる国もあれば、事実婚や複数の恋人を持つことが容認されてる文化もある。
本人たちがそれでいいなら口を挟むつもりはない。
でも、
「俺は芹香を独占したいからな。だったら、芹香にも俺を独占させないと不公平だろ」
恋人が他の男と関係を持っても気にしない、それもまた女性の自由で、愛の形だ……という考えは、俺にはちょっと無理だろうな。
俺は浮気をしたくないし、相手にもしてほしくない。
恋人を束縛する男にはなりたくないが、その部分だけはなんと言われようとも束縛する。
「ふふっ。芹香さんは幸せ者ね」
「どうかな。なんでよりにもよって俺なんかを選ぶんだか……」
おっと。そういえばはるかさんに聞いてみたいことがあったんだった。
「はるかさんは幻獣って知ってるか?」
「知ってるわ。元の世界では一度だけ見たこともあるわね」
「どんな存在なんだ?」
「難しい質問ね。霊的な力を高めた末に物質の世界から半歩抜け出した超常の存在、といったところかしら」
「言葉からイメージする通りってことか」
召喚できれば強力な戦力になりそうだな。
「まさか、悠人さんは幻獣召喚の儀式に臨むつもり?」
「いや、『幻獣召喚』というスキルを手に入れてな。今日こっちに来たのも、天狗峯神社ダンジョンのボス部屋でスキルを試すためなんだ」
「幻獣の召喚すら、この世界ではスキルになってしまうのね。元の世界ではエルフの秘儀のひとつだったんだけど」
「秘儀ってことは、危険があったりするのか?」
「きちんとした手順を踏みさえすれば危険はないわ。幻獣を冒涜するような真似さえしなければ大丈夫よ」
「失敗することもあるのか?」
「召喚者の力が足りず契約不成立となることはあるわね。その場合でも、幻獣に敬意を払い、丁重にお帰り願えば、とり殺されることはまずないわ」
「スキルで召喚する場合でも同じかな?」
「おそらくは。元の世界の魔法や儀式に比べれば、この世界のスキルは誰が使っても平均的な結果が出せるようになってるから。スキルの説明文に『できる』と書いてあるのなら、まず間違いないと思っていいはずよ」
「その言い方だと、はるかさんの世界の魔法はこの世界のスキルとは違うってことか?」
「ええ。この世界のスキルはこの世界のゲームによく似てるけど、元の世界の魔法は超能力のような個人の技能だったわ。その分、同じ魔法でも個人差が大きくて、技術を磨くにも特別な訓練と才能が必要だったの。この世界のスキルのほうがお手軽ね」
「SPさえ貯めればすぐ取れるわけじゃなかったんだな」
「ほのかが挑戦しようとしてる修行もそうしたものよ。この世界のスキルにしても、鍛錬によって感覚を研ぎ澄ますことは無駄じゃないわ」
「なるほどな……」





