258 最強
俺の感想を言っていいか?
「おまえの自殺に俺を利用するな」
これに尽きる。
こいつの境遇はわからないでもないが、だからと言って人を殺していいわけじゃない。
結果的に凍崎は殺さずに済んだことになるが、シャイナたちから聞いた話では、こいつはシュプリングラーヴェンでは相当に暴れてる。
向こうの世界で「自由契約の首輪」の工場を作り、日本へ連れて来る人材の供給ルートも確立した。
その過程で村を焼き、国を滅ぼし、故郷や国を失った人々に契約を突きつけて、奴隷同然の条件でこの国に連れてきた。
その目的が、勇ましく戦って死にたかった?
こういう言葉は好きじゃないんだが……甘ったれてるとしか言いようがない。
「俺を殺せよ、蔵式! 俺は妄想じみた野望のために総理大臣を殺した政治犯だぞ! 俺を殺してもおまえを責める奴は誰もいない! 俺が憎くないのか、殺せ、殺せよ、蔵式ぃぃぃっ!」
俺がこいつを殺しても責められない……か。
まさかとは思うが、そのためにこんなことをやったのか?
実際、凍崎を殺さずとも(死なずに済んだが)、俺を呼び出すだけならできたはずだ。「召喚師」の正体を暴露すると脅せばいいんだからな。
だが、それだけでは俺の側に勇人を殺していい理由がない。
だからこいつは、自ら殺人犯に成り下がることで、俺に本気で戦える理由を与えようとした。
国内レベルランキング1位の探索者が暴れ出したら、それを止められるのはおそらく俺しかいないだろう。
俺が呼び出しに応じなかったとしても、遠からず俺はこいつと対決せざるをえない状況になってたはずだ。
もし俺がここに現れなければどうなっていたか? 俺が駆けつけるまで手当たり次第に人を殺したり、街を破壊したりする気だったのかもしれないな。
ともあれ、俺がこの場に駆けつけたことまでは、こいつの計算通りに運んでいた。
だが、最後までこいつの計算通りとはいかなかった。
その原因は……俺があまりにも強すぎたことか。
強くなれることが楽しくてここまで夢中で駆け抜けてきたが、現時点で俺は国内最強――いや、ひょっとすると世界最強の探索者だろう。
それもおそらく、2位に圧倒的な大差をつけての最強だ。
もし俺にもう少し力がなかったら、こいつと死闘を繰り広げた末に、やむなく望み通りの死を与える結果になってたのかもしれないな。
俺はひとつため息をついてから、
「アメリカにはいるんだってな。銃を人前で撃って見せて、警官に射殺してもらうことで確実に死のうとする奴が。おまえのやってることはそれと同じだ」
「ぐっ、それは……」
「戦うことでしか生きる実感が得られないって? そりゃ、お気の毒様だな。だが、その後始末を他人に押し付けるのはやめろ。押し付けられた側が苦しまないとでも思ってるのか」
俺も時々、悪夢にうなされることがある。
光が丘公園ダンジョン(*1)の最奥で、探索者ギルド「羅漢」の探索者たちが反乱を起こし、凍崎純恋をボス部屋に蹴り込んで殺させるということがあった。
俺はあの時、その気になれば探索者たちを止めることもできただろう。
ボス部屋に乗り込んでダンジョンボスを倒し、純恋を救うことも絶対にできなかったとはいえない。
だが、俺がリスクを冒してまで助けることはないと思った。
恨み骨髄の相手だった、ということを差し引いても、探索中の事故は自己責任だ。
俺が殺気立った「羅漢」の探索者たちと揉めるリスクを冒さねばならない理由はない。
当時の俺の実力では現実的な懸念だったと今でも思う。
そう納得してはいるんだが、それでも「凍崎純恋を見殺しにした」と言われれば、それを否定することは難しい。
殺されて当然の悪人だった、とすっぱり割り切れるような性格なら、人生こんなにこんがらがったりはしていない。
破れかぶれになって銃を振り回す人間を射殺した警官だって、職務だからといってすっぱり割り切れるわけではないだろう。
実際、そうした警官がPTSDに苦しむ事例があると、何かのニュースで見たことがある。
「おまえのそれは、本当に『戦う』ことなのか? 戦いの中に逃げ込んで、自分の命からも逃げようとしている。そんなのが運命だって? 馬鹿も休み休み言ってくれ」
「よく言う。『逃げる』ことが専門のおまえが……」
「専門だからこそ言うんだよ。いつも思うぜ。逃げることは正しいことなのか。世間的にはノーであることが多いだろう。学校から、職場から、大事な局面から逃げ出せば、他人に迷惑をかけるのは確実だ。社会の安定した運行にも差し障る。社会全体からすれば、逃げる奴は迷惑な奴だ。だから、みんな口を揃えて言うんだ。『逃げるな』ってな。それこそ、そこのソファで倒れてるブラック企業の経営者なんかが、な」
ちらりと後ろを見やって、俺は言った。
「おまえが俺に、逃げるなと言うのか?」
「いや、そうじゃない。戦うって言うなら戦えよ。人に迷惑をかけないなら、応援してやってもいいくらいだ。だが、逃げる勇気がなくて、戦ってるポーズを取り続けてるだけなら、こんなにくだらないことはない。自分をごまかしてるだけじゃないか」
「俺が……自分をごまかしてるだと?」
「おまえは、逃げたかったんだろう?」
「っ……」
「だが、周囲の逃げるなという圧力に逆らえず、いつしか自分の本心に蓋をした。そんな状態で生きてれば、そりゃ、刹那的にもなりそうだよな」
「……心理学者かカウンセラーみたいなことを言うんだな」
「自分の心を見つめてうじうじすることに関しては、俺の右に出るものはそんなにいないと思ってるんでね」
「俺は戦いたかったんだ。この世の理不尽と。それはおまえも同じなんじゃないか、蔵式? おまえは一時ひきこもりだったと聞いてるぞ」
「そうだな。だが、理不尽ってのは、どうしようもないから理不尽なんだ。理不尽と戦うよりは、逃げ道を探すほうがずっとましだ。戦うばかりが方法じゃない」
「俺も逃げるべきだったというのか……?」
「逃げるなら、逃げろよ。安全なところまで逃げるんだ。おまえは戦うことと逃げることは正反対だと言ったな。俺はそうは思わない。逃げることもまた戦いだ。しかも、名誉の得られない、屈辱まみれの戦いだ。おまえは、その辛さを引き受けるのが怖いから、雄々しく戦ってるふりをしてただけだ。だが、戦ってるポーズを取り続けることも辛くなり、いっそ戦ってる状態のまま誰かに殺されてしまいたいと願うようになった。異世界の魔王では力不足だったようだがな」
「じゃあ、おまえが殺せ。いや、殺してくれ。戦うこともできなくった俺に、おめおめ恥をさらして生きろというのか?」
「だから、他人に殺させようとするなよ。だが、別の意味でなら、おまえを『殺して』やってもいい」
「……なんだと?」
俺はアイテムボックスから一抱えほどの大きさのクリスタルを取り出した。
「逃げる」クリスタルは例の放送時のスキル贈与によって俺の頭くらいまで小さくなってしまった。
だが、この大きさでもまだできることはある。
「元々ははるかさんのために研究してたことなんだけどな」
俺の言葉に、背後のはるかさんが反応する。
「私のために?」
「ああ。長く生きているエルフは徐々に精神が摩耗するんだってな」
「どこでそれを……。ああ、あのときね。本当にあの男は余計なことばかり……」
奥多摩湖ダンジョンの最奥でクローヴィスにさらわれたはるかさんを助け出す前に、俺はクローヴィスとはるかさんのあいだで交わされた話を(不可抗力で)盗み聞いた。
「このクリスタルがその答えだ。いや、正確には、残りのリソースを使ってこれから起こすことが答えなんだけどな」
「……どういうこと?」
「エリクサーで治療できるのは、HP、MP、状態異常、身体的な怪我だ。だが、状態異常ってのはなんだろうな?」
「それは……システムによって定義された不正常な心身の状態、かしら。元の世界にはなかった概念だけれど……」
「ああ。システムによって定義されたってのがミソだよな。逆に言えば、システムが定義してない心身の不調はエリクサーの効果の対象範囲外だってことになる」
一般的な病気の中にも、エリクサーによって治るものと、そうでないものとがある。
そのせいで、難病の子どもの親が借金を重ねてエリクサーを手に入れたにもかかわらず、子どもの病気を治すことができなくて、借金だけが残るようなことも起きてるらしい。
「じゃあ、システムに働きかけて、これまで状態異常とはされていなかった心身の不調や障害を新たな状態異常として登録することができるとしたら?」
「そ、そんなことが可能なの⁉」
「簡単ではないが、できなくはない。まあ、俺はいろいろ特殊な条件があるからできるんであって、誰にでもできるようなことではないけどな」
この発想に至ったきっかけは、実はあのロシアの外交官――ウスペンスキーの固有スキルによる攻撃だ。
「ストーリーテラー」は、対象について知っていることをもとに架空のストーリーをでっち上げ、相手をその妄想の世界に閉じ込める、というかなり危険な固有スキルだ。
諜報活動を通して相手の情報を調べられるウスペンスキーには格好のスキルでもあった。
そのウスペンスキーがでっち上げた「架空の未来の俺」のストーリーの中に、おもしろい着想があった。
ダンジョン探索中に「封印」なる未知の状態異常にかかった俺がステータスを発揮できなくなった――という設定だな。
現在知られている状態異常の中に、「封印」というものは存在しない。
ステータスをオンにできなくなるなんていう探索者殺しの状態異常があるとも考えにくい。
「封印」という状態異常はウスペンスキーの創作と見て間違いないだろう。
後で調べてみたところでは、ウスペンスキーはロシアの現代文学ではその名を知られた文学者でもあったらしいしな。
俺がおもしろい着想だと思ったのは、「封印」そのもののことじゃない。
未知の状態異常を創作したという点だ。
もちろん、ウスペンスキーの創作は、妄想の中での創作にすぎない。
実際に「封印」なる状態異常を創り出したわけではない。
だが、新しい状態異常を「創る」ことは本当にできないのだろうか?
アサイラムの研究科でもこのテーマについて研究してもらってたんだよな。
雲を掴むような話だったと思うんだが、研究科の人たちからはいくつも有益なヒントをもらってる。ステータスというシステムが存在しないシュプリングラーヴェンの人たちのほうが、この点についてはどうやら思考が柔軟らしい。
……こんな能力を持った人たちを一律に探索者として使い潰そうっていうんだから、本当に愚かとしか言いようがないよな。
「……待て。それが俺を『殺す』という話となんの関係があるんだ?」
春河宮勇人が、焦りを滲ませて言ってくる。
俺はそれには答えず、
「やってみればわかるさ」
クリスタルがふわりと宙に浮く。
俺はクリスタルとのあいだにパスを繋ぎ、蓄えられた膨大なリソースにアクセスする。
「知ってるか? スキルってのは、最初から用意されたプリセットじゃないんだ。スキルは、必要に応じてシステムが生成してる。特殊条件なんてのはまさにそうだ。スキルが生まれるたびにこの世界のルールが修正され、ダンジョンシステムはますます日常化していく」
まあ、最初からあらゆるケースが想定されていたと考えるよりは、そう考えるほうが自然だよな。
おそらくだが、ダンジョン内で特異な現象が発生すると、それを検知してそれに見合った特殊条件が設定されるという順序になっている。
一度設定された条件は新たなルールとして固定され、以降は最初から条件が存在していたかのように見えるということだ。
裁判で判例が積み上がっていくのと似たような感じだろう。
「だから、俺は新たな状態異常を定義する。精神が摩耗し、生きる気力を失った状態のことを、状態異常『アパシー』と定義する。『混乱』などとくらべて軽度の慢性的な精神症状を伴う精神系の状態異常だ。今、はるかさんがかかってるもののことだ」
現実の「サンプル」があったほうがよいのではないか、というのはシャイナからのアドバイスだ。
俺の言葉とともに、クリスタルに貯えられたリソースが一挙に枯渇した。
俺の身体を通して吸い上げられたせいで、激しいめまいと悪心に襲われる。
クリスタルはついにそのリソースを使い切って消滅した。
「そしてこれが、俺が編み出した状態異常『アパシー』を治療する回復魔法だ。『リゲイン・エンジュージアズム』!」
熱意を回復する治癒魔法、と言えばいいだろうか。
この魔法自体はさして高度なものではない。大怪我を治すような回復魔法のほうが構成が難しくなりがちだからな。
まあ、オリジナルの魔法を創るということそのものが普通は不可能なわけなんだが。
俺を中心に暖かい波動が拡がり、はるかさんを、春河宮勇人を呑み込んだ。
「心が……温かい。こんな感情は何年ぶりかしら……」
はるかさんは胸を押さえ、温かな涙を流しながらうずくまる。
逆に、
「やめろ……俺の心に入ってくるな! 俺の虚無を……俺の空虚を奪うな、俺の心を癒そうとするなぁぁぁっ!」
春河宮勇人は暴れ、もがき、俺の魔法を拒もうとする。
俺の放った影の分身が、春河宮勇人から軍刀を取り上げた。
「やめろ、死なせてくれ! 今さらこんな気持ちを覚えさせられて、俺に何をしろって言うんだよぉぉぉっ!」
勇人はアイテムボックスから別の剣を取り出し、逆手に握って自分の喉を裂こうとする。
もちろん、影の分身がそれを阻む。
「東堂さん。彼を確保してください」
「くっ、俺の任務は『召喚師』の捕縛だが……」
「仮にも警察官なんでしょう? 殺人未遂の現行犯を逃がしてどうするんです?」
「わかった、わかったから俺たちを放せ」
影から解き放たれたECRTの隊員たちが、影に取り押さえられた勇人に近づく。
「春河宮勇人。おまえを殺人未遂の現行犯で逮捕する」
*1 書籍では平和の森公園ダンジョンに変更しています。
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