257 彼は強敵か
「迷惑だな」
それが俺の感想だ。
「へっ、そんなことを言ってられるのも今のうちだ。行くぞ、蔵式!」
春河宮勇人が吠えた直後、その存在感が膨れ上がる。
《春河宮勇人はスキル「神降ろし」を使った!》
《春河宮勇人に神霊「素戔嗚尊」が降臨した!》
「はははっ! やっぱり使えた! 使えやがった! 最高だ、蔵式! おまえは俺にとっての『強敵』らしいな!」
金色のオーラに包まれた勇人の背後に、かぶさるようにして男の霊が憑いている。
髪を角髪に結い、弥生時代風の貫頭衣をまとった精悍な男だ。
あれがスサノオなんだろうか。
スサノオをその身に降ろした春河宮からは、Sランクダンジョンのダンジョンボスをも凌ぐような強烈なプレッシャーが溢れている。
「『神降ろし』か……」
俺も所持してるスキルだが、相当にレアだ。
それこそ、俺以外には誰も持ってないと思ってたんだけどな。
「神降ろし」は、
Skill──────────────────
神降ろし
その戦闘中、神の力をその身に降ろす。このスキルを使用するには敵が強敵である必要がある。降ろせる神はその時々によって変わる。一度「神降ろし」を使用した後、再び「神降ろし」を使用して別の神を降ろすと、前の神からペナルティを課されることがある。ペナルティはこのスキルの使用間隔が短いほど苛烈なものになりやすい。使用時に神の名を指定すると呼びかけに応えてくれることもある。
────────────────────
というスキルだ。
神取との戦いの時に使ったな。
スキルの使用条件は、敵が強敵であること。
国内レベルランキングトップである春河宮勇人の場合、この条件を満たす相手は稀だろう。
《蔵式悠人のターン。コマンド?》
固有スキル「戦う」が行動を促してくる。
「神降ろし」は発動だけで1ターンか。
俺も「神降ろし」を使って対抗するという手もあるが……
そう意識したところで、俺は気づく。
「……ん?」
「どうした、蔵式」
「ふっ、はははっ!」
思わず、笑ってしまった。
「な、なんだよ。何がおかしい⁉」
「そりゃおかしいだろ、こんなの……。散々運命だのなんだの言っておいて、こんなもんかよ」
「な、何……っ?」
「まあ、俺はおまえが運命の相手だなんてかけらも思っちゃいなかったけどな」
「どういう意味だ!」
「……教えてやってもいいか。俺も使おうとしたんだよ、『神降ろし』を」
「ほう! さすがは蔵式だ! おまえも『神降ろし』のスキルを隠し持ってやがったんだな!」
と、喜びすら浮かべてテンションを上げる春河宮に、俺はゆっくりと首を振る。
「たしかに持ってはいるよ。だが、使おうとしても使えなかった」
「……使えない、だと?」
「ああ。『神降ろし』の使用条件は、『敵が強敵である』ことだ。俺はてっきり、条件を満たしてるもんだと思った。神をその身に降ろした国内レベルランキングトップ探索者が敵なんだからな。だが――満たさなかったんだ」
「な、に……?」
「神を降ろしたおまえであっても、俺にとっては『強敵』ではないらしい。なんだよ、構えて損したじゃないか。異世界帰りだとか言うから、ステータスにどんな秘密があるのかビクビクしてたってのに。馬鹿らしい」
場合によっては、「逃げる」をスキルレベル5に上げることすら覚悟していた。
スキルレベルを5にすると、「現実から逃げる」の発動時間である(S.Lv-5)秒がゼロ秒になってしまう。
この世界と切り離された亜空間に呑み込まれ、帰ってこれなくなるリスクがあることから、本当に最後の手段だと思っていた。
だが、「神降ろし」が強敵と判定しないような相手に、そんな最後の手段は必要ない。
「強敵じゃ、ない……この俺が?」
「『戦う』が俺の『逃げる』と対になるスキルだって? こんなもんは簡単に解除できるんだ」
俺は身体から魔力を溢れさせる。
膨大な魔力にものを言わせて、世界のルールを力づくで破る。
もともと、「戦う」で造られた「空間」は、特殊なものだけに脆かった。
ガラスが割れるような音を立てて、青いグリッドラインが砕け散った。
「ば、馬鹿な……」
呆然とする勇人と入れ替わるように、
「蔵式悠人ぉっ!」
執務室の入口から特殊部隊風の装備の男たちが飛び込んできた。
「東堂さん……少しは空気を読んでくれ」
俺は自分の影を分裂させ、突入してきたECRTの隊員たちを拘束する。
シェイドローパーのアビリティ【射影分身】だ。
「くそっ、動けない!」
「勘違いしてるのかもしれないが、凍崎総理を殺そうとしたのはその皇族さまだからな」
「そんなことは知っている!」
ならなんで俺の名前を叫んで突入してきたんだよ。
「なぜだ……どうして俺の『戦う』が破られた⁉」
勇人の叫びに、俺は答える。
「おまえが格下だからだよ」
「格下、だと……」
「俺に何を期待してたのか知らないが、残念だったな」
『勇人、そいつはやばいぞ! 俺の力ではどうしようもない!』
と、警告したのは、勇人に降りたスサノオか。
「冗談だろう? おまえはこの国の英雄神じゃないか!」
『わかっている! だが、こやつは……! 漠然たる神が見込んだ者がまさかこれほどの力を持っているとは……!』
「『神降ろし』で呼び出す神は、神話時代ほどの力を持ってるわけじゃない。ダンジョンの出現で揺らいでるとはいえ、今は現代だからな」
俺は「強制解除」を使って、勇人の「神降ろし」を解除する。
「こ、こんな簡単に……」
「春河宮勇人。おまえが破滅願望みたいなもんを抱えてるのはわかってるよ」
膝をつく勇人に、俺は言う。
「はっきり言ってやろうか。くだらないな」
「何だと?」
「知り合いの有能な雑誌記者が調べてくれたよ。春河宮家は、皇位を継承できない弟宮であることに戦前から不満を抱えていたらしいな」
「それは……」
「おまえの爺さんも、親父さんも……皇族に生まれながら『皇統の控え』でしかないことに忸怩たるものを抱いていた」
「その言葉を……俺の前で言うな」
「べつに、いいと思うけどな。人にはそれぞれ生まれ落ちた場所がある。その場所にふさわしい役割が――」
「わかったようなことを言うな!」
「……まあ、いいさ。たしかに、皇族に生まれて、いろいろ面倒な制約だけはつきまとうのに、天皇や皇太子にはなれないってのは思うところもあるんだろう」
皇位に就くことだけが偉いわけじゃないと思うけどな。
「つまらない人生だ。最初から何もかも決められていて、逃げられない」
「そう思うのはおまえの勝手だ。おまえなりに苦悩があったんだろうさ」
「贅沢な悩みだとでも言いたいのか?」
「さあな。どんな悩みなら贅沢じゃないのかなんてわからない。悩みの程度なんて人それぞれだろ」
「じゃあなんだよ」
「俺が最高にダサいと思うのは、おまえが自分の頭で考え抜いてないことだ」
「なんだと……?」
「おまえの悩みは、その実、おまえの悩みじゃない。おまえの父親や祖父から脈々と受け継いできたものだ。おまえはそれを疑うこともなく受け入れてるくせに、さも自分だけが苦しんでるかのように振る舞ってる。おまえの父親や祖父は、おのれの役割に疑問を持ちつつも、皇族として立派に振る舞ってきたと聞いてるが、おまえにそういう気はないみたいだな」
「わかったような口を……。ただ『血』だけを有難がられる身分がどれほど惨めかおまえにわかるか! 妹たちはまだいいさ! 結婚すれば皇族の身分から逃げられるのだからな! 俺はどうだ! 子どもを残せ、それだけが仕事だと言われながら、女に興味を持てない俺がどれだけ苦しんできたと思っている!」
女に興味を持てない、か。
春原の調べで、その「疑惑」について知ってはいた。
春河宮勇人は性的な能力がないか、異性に興味がないかのいずれかだという噂があると。
もちろん、そのこと自体は何も悪くない。
ただ、血を遺すことを求められる皇族としては葛藤があったことだろう。
本人の中でも、家族との間でも。
春原によれば、皇族に長らく男子がいなかった影響で、春河宮家では男子を望む声が強かったらしい。
男子さえできれば、春河宮家は悲願である天皇家への「成り上がり」に成功する。
勇人の直面していたプレッシャーは、俺なんかには想像のつかないものだろう。
「異世界に召喚されてわかったよ。俺の魂は戦いを望んでいる。平和で戦う余地のない現実の中で、俺は窒息しかかっていたんだ。俺は礼儀や行儀なんかより、剥き出しの暴力、溢れる血潮に惹かれるんだ。女の柔肌なんかより、男の筋張った身体に惹かれるんだ。日本の皇族にだけは生まれてはいけない人間だったんだよ、俺は……」
「だからといって……」
「許されることではない、だろ? そんなことはわかっている! だが、こうとしか生きようがないならしかたがないだろう! 俺は異世界で戦い、そのまま戦いの中で死ぬつもりだった! ところが、俺には戦いの才能があった! 戦い抜いたよ! 魔王を倒した! だが、そこで俺は気づいてしまった! 俺に倒され消えていく魔王が、満足げに微笑んでいることに! 俺はああなりたかった! 俺より強い奴に殺されて勇ましく死にたかったんだ! なぜおまえはそれを叶えてくれなかった、蔵式悠人!」





