253 悠人、語る
魔法放送は、物理的な映像をそのまま放送するものというよりは、誰かの精神に映った光景を放送するという仕組みになっている。
人間の精神そのものを受像機にできると説明したが、送信機もまた人間の精神で代用可能だ。
だが、今回は正確性が命だからな。
この世界の純粋な科学技術で造られた撮影機材で映像を撮り、その映像の転送だけシャイナがオペレーターとなる魔法放送の送映装置から発信する。
ただし、現在の装置のスペックでは、魔法放送が可能な範囲は半径5~10キロ程度でしかなく、全国一律の放送は不可能だ。
その部分は、万能の願望実現装置であるこの「逃げる」クリスタルで補う。
スキル「全体化(極)」の構成を研究したことで、俺は「特定の効果を特定の条件を満たす対象すべてに与える」システム上の関数を特定した。
純粋な技や魔法を定型化したものとしてのスキルは、世界システム上ではデータベースや関数を使った未知のプログラミング言語で実装されている。
プログラミング言語、というと、自然言語に比べて意味が厳密でルールがはっきりしてる印象があるんだが、この「世界の」プログラミング言語はそうではない。
ほとんど自然言語のような――いや、それ以上に曖昧で冗長性が高く、文法的にも地球上の言語には見られない複雑な規則のある言語らしい。
俺やほのかちゃんの持つ「魔法言語」を下敷きに、「神」としか思えない超常の存在がアイデアの迸るままに描き殴ったスパゲティコード……というのが研究科解析班の見解だ。
ゆくゆくは解明したいところだが、今はそんなことをしてる場合じゃない。
ともあれ、「全体化(極)」を直観的にリバースコンパイルした俺は、魔法放送の送影装置の「効果」を全国――世界システムが「日本」の国内であると定義している範囲(マナコインが円に両替できる範囲)――に対して拡大する。
もしこれができなければ、「逃げる」クリスタルに貯め込んだリソースを大量に注ぎ込むことで放送用の強力な魔力波を生み出す必要があった。その場合には、日本全国に届くだけの出力の魔力波を生み出すだけで、クリスタルの大きさが半減するほどのリソースが必要になる計算だった。「全体化(極)」が取れたおかげでリソースが節約できたというのはそういう意味だ。
俺は、送影装置のコンソールに座るシャイナと、舞台袖に腕組みして偉そうに立ってる大和にうなずきかけて、放送を始める。
『日本に居住する皆さん。このような形で失礼する。俺は「黒天狗」、「召喚師」などと呼ばれる探索者だ。政府には属さず、隷属させられた異世界人の保護を行っている』
以前、はるかさんに探索者は堂々としているべきだと注意されたことがあったよな。
シャイナにも「王たるもの常に堂々としているべきだ」と同じようなアドバイスを受けた。
逆に言うと、普段の俺はどんだけおどおどして見えるんだって話ではあるんだが……。
ともあれ、今の俺は「核ミサイルすら撃墜するこの国の抑止力」なんだ。
あまり下手に出て舐められてしまうと、この後の話を聞いてもらえなくなる。
ナチュラルに偉そうに振る舞える奴って、世の中にはいるよな。
近しい人間からは嫌われそうだが、こういう場面ではそういうタイプのほうが力を発揮するんだろう。
政治家や経済人、芸能人なんかを見てても、遠目に見てる分にはともかく、お近づきになったら大変なんだろうな、と思う奴が多い気がする。
俺はそういうタイプじゃないので、こういう演技はむずがゆい。
『まず、この映像は魔法によって精神に直接送らせてもらっているものだ。心配かもしれないが、この魔法放送に人体への悪影響がないことは確認済みだ。もし今、車を運転中の人や危険な作業をしてる人がいたら、いったん自分の身の安全を確保してほしい。仕事中の人も多いと思う。仕事を邪魔して申し訳ないが、今から話すことはこの国の行く末に関わる重大な問題だ。関心を持って聞いてもらいたい』
こういう注意をしておかないと、魔法放送のせいで交通事故を起こした! その責任をどうしてくれるんだ! なんて話が出てきかねないからな。
なお、人の精神に許可なく映像を送りつけることが犯罪になるかどうかは微妙なところらしい。
『単刀直入に言おう。現在、国民の多くに「作戦」という特殊な状態異常がかけられている。この状態異常は通常のステータスでは確認できない。確認するには、「詳細鑑定」という「鑑定」の上位互換のようなスキルが必要だ。「鑑定」すら十分には普及してない現状を考えると、「詳細鑑定」の持ち主は、いてもごく少数だろう。俺以外にはいないという可能性すらある。俺はこの状況を憂えている』
クリスタルルームに設けられた複数枚の大型ディスプレイのひとつに、街の様子が映った。
映像は渋谷のハチ公前スクランブル交差点か。
道行く人々が歩道に集まり、半眼になって、あるいは目を閉じて、自分の精神に直接浮かぶ「映像」に集中してるようだ。
「な、なにこれ⁉」「わかんないけど、ヤバ!」なんて若い女性の声が聞こえてきた。
『だから俺は、全国民に対し、スキル「詳細鑑定」を贈与することにした。このクリスタルを見てくれ』
俺は背後にある「逃げる」クリスタルを身振りで示す。
『スキルの贈与は「スキル贈与」というスキルを使えば簡単にできる。「スキル贈与」も珍しいスキルだから、知ってる奴は少ないかもしれないな。ただ、「スキル贈与」には「そのスキルを取得するのに要したSPの半分を支払う必要がある」という条件がついている。俺は、このクリスタルに、国民全員に「詳細鑑定」を「スキル贈与」するに足るだけのSPを貯め込んだ。それを今から放出して、国民全員に「詳細鑑定」を与える』
「スキル贈与」のスキルは、アサイラムの活動の中で条件を満たして取得した。
それ以前にも「スキル付与」というアイテムにスキルを付与するスキルはあったが、他者にスキルを贈与するスキルはなかったからな。
スキルを贈与すると、当然俺のステータスからはそのスキルがなくなるが、その場ですぐにSPを払って再取得すれば済む話だ。
そして、再取得したスキルをさらに贈与――ということを繰り返す。
『国民全員に、というのは正確じゃないな。厳密には、この国に居住している人族――異世界出身の人間、エルフ、ドワーフ、獣人なども含まれる。エリアで指定する都合上、この国に暮らしている外国籍の人々も対象に含まれる。申し訳ないが、今現在日本国外にいる人は今回の付与の対象外になってしまう。さまざまな問題のある措置だと思うが、それだけの緊急事態が起きてるってだと理解してくれ』
俺はクリスタルに向き直った。
両腕をかざし、クリスタルと俺の精神とを接続する。
これによって、クリスタルに蓄えた膨大なリソースを、戦闘機の増槽タンクのように自分のものとして使うことができる。
『「全体化(極)」――「スキル贈与」――「詳細鑑定」』
贈与してなくなったスキルの再取得はマクロ化してある。
神取桐子が取得してたスキル「スキルマクロ」を自分でも取って、今日の事態に備えていたのだ。
俺の中からゴリゴリとMP・SPが削れていく。
と同時に、クリスタルから蓄えたリソースが流れ込んでくる。
流れ込むリソースは必要に応じてMP、SPに分化し、スキルの発動・贈与・再取得へと自動的に注ぎ込まれていく。
「逃げる」クリスタルは、みるみるうちに小さくなっていく。
その光景を、アサイラムのスタッフは少しせつなそうに見つめていた。
あのクリスタルはアサイラムの象徴みたいなものだったからな。
あれが消える時がアサイラムがなくなる時だ――と思っているのだろう。
実際、俺はアサイラムを一時的な待避所以上のものにしようとは思ってない。
ディスプレイに映し出された各地の様子が変わった。
ハチ公前スクランブル交差点では、スキル取得の「天の声」を聞いた人たちが驚きの声を上げている。早速ステータスを開いて確認したり、自分に「詳細鑑定」を使ってるものもいるようだ。
この調子なら、すぐに凍崎にかけられた「作戦」の存在に気づくだろう。
エキチカにほど近い新宿駅西口付近のカメラでも、道行く若者や会社員たちが急に降ってきた強力なスキルに驚き、あちこちでざわめきが起きている。
信号が変わっても横断歩道を渡るものは少なく、駅やビルの壁際に寄って、あるいは迷惑にも歩道のど真ん中で立ち止まって、今手に入れたスキルの性能把握を始めてる。
路肩に停車しようとする車が多いせいで、あちこちでクラクションが鳴っていた。
探索者協会内部に設けたカメラからは、所属の探索者たちが右往左往する様子がうかがえた。
協会の職員に何が起きているのかと詰め寄る探索者もいるが、職員は答えられずに困るのみ。
俺にも見覚えのあるギルド所属の探索者たちが、厳しい顔で自分たちのギルドルームへと駆け込んでいく。
他にも要所に用意したカメラから、問題なく「詳細鑑定」が贈与できたことが確認できた。
『このスキルがあれば、今この国に何が起きているかを知るのは容易だろう。だが、これだけでは、総理大臣・凍崎誠二によってかけられた「作戦」を解除することはできない。したがって、今からスキルをもうひとつ贈与する』
俺は再びクリスタルに向き直ると、
『「全体化(極)」――「スキル贈与」――「強制解除」』
「強制解除」は、ステータスに表記された効果をひとつ強制的に解除できるというスキルだ。
一種の状態異常回復魔法と言えるかもしれないが、普通の状態異常回復魔法と違うのは、ステータスに表記されてさえいればどんな効果でも打ち消せるということだ。状態異常の回復にも使えるが、敵のステータスからバフを解除することもできる。
「作戦」は必ずしもデメリットばかりをもたらすものではない。むしろ、どちらかといえばバフのはずだ。精神への副次的効果と引き換えに戦闘に有利な強力な強化効果を与えるというのが、「作戦変更」の本来の建てつけのはずだ。
だから、悪い状態異常を取り除くスキルやアイテム――それこそ万能薬やエリクサーを使っても解除できない。
全国民――正確には今現在「天の声」が日本の国内と認識している範囲にいるあらゆる人間・人族――に2つ目のスキルを贈与し終えた時。
「逃げる」クリスタルは、もう一抱えできるほどにまで小さくなっていた。
――本来の予定では、ここまでで終わりのはずだった。
だが、俺は気づけば思いの丈をぶちまけていた。
「ひとつだけ言っておく。凍崎誠二の『作戦変更』を受けてたんだから、これまでの言動は自分の本意じゃなかった、自分はなんにも悪くない――そう言い出すやつもいるかもしれない。だが、『作戦』はあくまでも元からあった傾向を極端にするにすぎないものだ。言ってしまえば、ごく表層的な洗脳――いや、洗脳とすらいえない誘導だ。その誘導を跳ね除け、踏みとどまってるやつだってたくさんいる。なぜ自分は踏みとどまれなかったのか――そのことを一度顧みてみてほしい」
大和がスケッチブックに何かを書き殴って俺に見せる。
今、国民を批判しないほうがいい!
そう書かれているが、俺の口は止まらない。
「凍崎によって、この国の人々が心のうちに封じてきた黒い部分が引きずり出されたのは事実だろう。ある意味、今の状態こそがこの国の人々の混じり気なしの本音なのかもしれねえな。表立っては言えない本音を、凍崎は『作戦』によって引き出した。それこそがこの国の本当の意味での『民意』なのだと言われたら、否定するのは難しい」
言葉を切り、俺は息を吸い込んだ。
「だが、表立って言えないってことは、内心ではやましさを感じてるってことなんじゃないか? 自分が得したいっていうのは誰もが思うことかもしれないが、同時に他人を思いやる気持ちもあるのが人間だ。自分の利益のためだけに、他人の自由を奪い、虐げ、奴隷のように働かせて恥じることもない――この国の人間は、そこまでは腐ってないはずだ! 誰もが幸せに暮らせる社会を目指して、それぞれの持ち場でがんばってる奴が大半だろう! 俺の考えは間違ってるか⁉」
俺の言葉に、大和が掲げていたスケブを下ろした。
その口の端には苦笑とも微笑ともつかないものが浮かんでる。
魔導装置のオペレーターをやってるシャイナは、俺をまっすぐに見つめたまま滂沱の涙を流していた。
「俺からは以上だ。俺はこの国の民主主義を正しく機能させるために必要な道具を用意した。あとはあなたたち一人ひとりの問題だ。皆の賢明な判断を期待する」
俺はそう宣言して、魔法放送を終了した。
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