231 逃亡者・蔵式悠人(3)
「大人しく同行せよ。抵抗すればどうなるかは……わかるな?」
露骨な脅しだった。
銃口を直接突きつけてこそこないものの、彼らがいつでも構えられる姿勢を取ってることは見ればわかる。
と同時に、彼らが非常に緊張していることも、気配を読むまでもなく察知できる。
黒天狗だの召喚師だの、俺にまつわる噂を聞いてるんだろう。
俺がこの場で暴れ出したら制圧できるかどうかわからない――そんな不安が見て取れるな。
せっかくだ。もう少し情報を引き出そう。
「へえ。その古くさい銃でこの俺をどうにかできると?」
最初から気になっていたのだ。
特殊部隊員が持つのなら、室内での取り回しと連射性の高いサブマシンガンが一般的だろう。
だが、対探索者という意味でなら、地上の武器でしかないサブマシンガンは、一定以上のレベルの探索者にはあまり効果がないはずだ。
「意外に不勉強だな、蔵式」
「なんだと?」
「ゲティスバーグ郊外にあるダンジョンで銃のドロップアイテムが確認された、というニュースを知らないのか?」
「銃が?」
ダンジョンから銃のアイテムがドロップすることはない――これは業界の常識だ。
俺も久留里城ダンジョンを攻略した時に思った。
からくりドローンやからくり戦車はガトリングガンや大砲を使うくせに、銃や大砲をドロップしないんだな、と。
代わりに(?)あそこで手に入れたドロップアイテムと言えば「連射弓」だ。
ロマン武器かと思われた「連射弓」だが、クローヴィスが「人間物品化」でアイテムボックスに収納していた探索者たちを救出(強奪)する時には役立ってくれた。
もしアイテムのサブマシンガンがあったとしたら「連射弓」よりよほど便利なはずだ。
いや、リボルバー式の拳銃ですら、連射できる遠距離武器としてかなりぶっ壊れた性能になるかもしれない。
だが、
「銃は歴史が浅いからアイテムにはならないんだって話じゃなかったか?」
剣や弓といった「伝統的な」武器に比べ、銃は開発されてからの歴史が浅い。
それが、銃がダンジョンでドロップされない理由だと言われてる。
まあ、その説が正しいかどうかなんて調べようもないけどな。
「銃とて、歴史が浅いとは言い切れまい。とくにアメリカには植民時代以来の長い銃の歴史がある。銃とアメリカの歴史は切っても切り離せない。よくも悪くも、な」
アメリカには、西部劇に描かれるような、ガンマンの活躍する開拓時代があった。
現代の日本人にとって剣や弓で戦うことがロマンだとしたら、アメリカ人にとっては銃で戦うことがロマンになる面があるのかもしれない。
血なまぐさいインディアン(ネイティブアメリカン)との戦争や、国を二つに割っての南北戦争など、ダンジョンの素地になりそうな歴史的な背景も存在するな。
俺にはひとつの仮説がある。
ダンジョンのドロップアイテムは、そこに潜る探索者の願望を反映するのではないか、というものだ。
今になってみるとおかしいと感じるのは、俺の地元、黒鳥の森水上公園ダンジョンのボス・ギガントロックゴーレムが、三枠目とはいえエリクサーをドロップしたことだ。
正確には「強奪」を使って盗んだんだが、枠に設定されていたことは事実である。
Cランクでしかない水上公園ダンジョンでエリクサーがドロップするというのは、他のエリクサーのドロップ例と比較すると、かなりバランスが悪いらしい。
じゃあ、どうしてあそこでエリクサーが手に入ったのか?
はるかさんを想うほのかちゃんの気持ちが強く反映された――ってだけだと美談すぎるかもな。
あの時、ほのかちゃんは不法探索者たちに騙され、水上公園ダンジョンのボスがごくまれにエリクサーをドロップするという話を信じ込んでいた。
のちに固有スキル「感応」を発現するほのかちゃんの精神的な特質も絡んでるのかもしれないな。
そんなもろもろの要因が重なって、「非常に手に入れづらいボスの三枠目のドロップアイテムにエリクサーが設定し直された」――なんて可能性もあるんじゃないか?
何の根拠もないが、俺はそんなふうに思ってる。
俺は世界の穴から流れ込む空隙に世界の規則を書き込むなんていう無茶振りをさせれられたこともあるからな。
俺たちが自明と思ってる世界は、案外人間の意思に左右されてるんじゃないかって感覚もある。
世間的には随分と評判の悪いアメリカの銃社会だが、あれだけ悲惨な事件が起こっても銃規制が進まないのには、それなりの事情があるんだろう。
自分の権利を最後の最後で守るためには、銃で武装している必要がある、というような。
思想的には、女自会の連中が、探索者として「武装」することで、男性による「迫害」から身を守ろうとしたのと似てるかもな。
昔の侍が帯刀を身分の証としていたように、アメリカの銃所持者は銃を持つことに自分が独立した人間であるという象徴的な意味を見出してるのかもしれない。
それはいわば、銃への「信仰」ともいえるだろう。
あるいは、ダンジョンシステムがファンタジーRPG的なお約束を踏襲しているように、ゾンビ映画やホラーゲーム的なお約束がダンジョンに銃を作らせたという可能性もあるな。
「だからアメリカで銃がドロップしたってわけか。で、あんたらの持ってるそれがそうだと?」
そのわりには、あまりアメリカっぽくない銃なんだよな。
古さで言えば、南北戦争で使われていた銃だと言われても納得できなくはないんだが。
案の定、東堂は首を左右に振った。
「いや、違う。不見識だな、蔵式。この銃を見てなんとも思わんのか。この銃に注がれた皇民の血を想って涙が滲んでこないのか?」
これまで職務一辺倒だった男が急に饒舌に喋りだす。
涙が滲むとか、こんないかつい男に言われてもな。
それに、
「は……? コウミン?」
「この銃は、かの三十年式歩兵銃がアイテム化したものだ。日露戦争当時の制式採用歩兵銃として近代日本に栄光をもたらした銃であり、多くの皇軍兵士の血を啜った銃でもある。のちのノモンハン事件でも多くの皇軍兵士がこの銃に命を預けた。皇軍兵士はこの銃を握りしめてソ連の機甲部隊を相手に勇敢に戦い、華々しく散っていったのだ」
随分と熱の籠もった口調で東堂が語る。
「その銃が国内のどっかのダンジョンからアイテムとしてドロップしたってわけか」
現実に存在する武器と、ダンジョンからドロップするアイテムとしての武器と。
この二つは明確に違う。
RPGに出てくるロングソードは、言ってしまえばただの鉄製の剣のはずだ。
もしダンジョンからドロップする「ロングソード」がただの鉄剣なら、現代の技術でならいくらでも量産できるってことになる。
だが、工業技術で造り出した鉄の剣と、ダンジョンドロップの「ロングソード」は別物だ。
ただの鉄の剣はBランクダンジョンのモンスターが相手であっても傷一つつけられない。
もちろん、「ロングソード」を現代科学で分析する、ということは、これまで世界中の研究者がやってきた。
しかし、「ロングソード」をいくら科学的に分析しても、ただの鉄の剣と違うところが見つからない。
物質的には完全にただの鉄の剣にすぎないという。
そのただの鉄の剣にダンジョン的ななんらかのメタフィジカルな効果が付与されたのがアイテムとしての「ロングソード」なのではないか――そんな風に言われてる。
そういえば――と思い出す。
俺がかつて一度だけ握った草薙剣も、もとを正せばただの古代の宝剣にすぎないはずだ。
あの草薙剣が神器としての力を得ていたことと、ダンジョンがただの物質的な武器にアイテムとしてのメタ効果を付与していることには、何か通じるものがあるのかもしれない。
「国内でも銃がドロップし始めたのか……これから荒れるな」
もともと銃社会であるアメリカなら、そこまでの混乱はないだろう。
地上の武器の銃であれ、ダンジョン産の銃であれ、一般人に致命傷を与えうるという意味では大差がないからな。
だが、この国では話は別だ。
銃が規制され、簡単には手に入らないこの国で、ダンジョンから銃が手に入るとなったらどうなるか。
もちろん、探索者がその探索者としてのステータスをオンにして犯罪行為をおこなうことも問題ではある。
でも、それに関しては、これまで協会の監察局をはじめとする官民の組織がそれなりのルール作りをやってきた。
お世辞にも抜け穴がないとはいえないが、社会秩序を乱すほどの混乱を防ぐことはできている。
探索者としての能力は、本人の倫理性の問題として、従来の犯罪の延長線上にある問題だったといえる。
言ってしまえば、プロボクサーや柔道の金メダリストがその力を犯罪に使ってはいけないというのと理屈としては同じなんだよな。
じゃあ、探索者の能力とアイテムとしての銃では何が違うのかって?
探索者の能力は他人に譲渡したり売却したりできないが、アイテムとしての銃なら簡単だ。
もし銃が多くのダンジョンでドロップするようになれば、それが探索者以外にも転売されるのは確実だろう。
銃刀法違反でしょっぴこうにも、探索者としていくらかSPを稼ぎさえすれば、「アイテムボックス」のスキルが取得できる。
「ふっ。やはり貴様には、国の命運を左右するほどの力を持つだけの器がないようだ」
国内が荒れる、という俺のつぶやきを拾い、東堂が侮蔑するように言ってくる。
「なんだと?」
……いや、べつにそんな器なんていらないけどな。
「銃の氾濫による治安の悪化など、現今の国際情勢を鑑みれば、大事の前の小事でしかない。重要なのは、アイテムとしての銃が国内のダンジョンで手に入るということ。来るべき戦争のことを思えば、素直に喜ぶべき事態のはずだろう」
「……そういう判断は内閣に任せてるんじゃなかったのか?」
「判断は任せるが、俺にも思うところはある」
「凍崎が国を好きなようにしようとしてることにも、思うところがあってほしいんがな」
「あの男はこの国に必要だ。あの男の理想に、俺は深く共鳴した。俺の中の何かが変わったと言っても過言ではない。そもそも、民主的な選挙によって選ばれた総理大臣に従うのは国家公務員として当然のことだ」
「そうかよ」
選挙の結果はともかく、奴が自政党の総裁となった過程には疑問の余地があるけどな。
党内での権力掌握に「作戦変更」を利用した可能性は高いだろう。
そうでなければ、小選挙区で有権者にノーを突きつけられた政治家が、比例当選から総裁になるのは難しいはずだ。
「さて、蔵式。おしゃべりはここまでにしようか。われわれに連行されるのがそんなに怖いか?」
「怖い? いや……」
連行されたところで、今の俺ならいざとなれば刑務所からだろうと脱走できる。
問題は、
「……悠人さん」
俺の後ろにいるほのかちゃんのことだな。
ほのかちゃんの身柄が当局の手に落ちれば、はるかさんはいよいよ凍崎の言いなりになるしかない。
かといって、俺がほのかちゃんを連れて逃げたとしたら、ほのかちゃんの社会的な立場は今以上に危うくなりかねない。
思わず俺は、ほのかちゃんに、「どうしたい?」と訊きそうになった。
だが、すんでのところで呑み込んだ。
こんな大事な判断をほのかちゃんに任せるのは無責任だと思ったのだ。
ほのかちゃんの意思を尊重するという言葉を免罪符にして、その実、責任を伴う判断から逃げる結果になりかねない。
俺は、ほのかちゃんを保護すると決めて、ここに来た。
そもそも、ほのかちゃんは既に抵抗の意思を示している。
はるかさんと引き離されて「保護」されていた場所から「逃げる」という形で、な。
その上で俺に連絡を取り、助けてほしいと言ってきた。
この状況でこれ以上ほのかちゃんの意思を確かめようとするのは、「助けきれないから諦めてくれ」と間接的に言ってるようなものだろう。
背中にほのかちゃんをかばいながら思い出すのは、昔のことだ。
高校時代、凍崎純恋から紗雪をかばったときのことだ。
あの選択は、俺の人生にとって最悪のものだったと言っていい。
その後の苦難の大半を決定づけたのはあの選択だ。
それだけの犠牲を払って守ろうとした紗雪も、結局は失った。
それでもなお、俺はあの選択を悔いていない。
そのあとの地獄も含め、このどうしようもないありのままの俺を、俺はそのまま肯定する。
ジョブ世界での恵まれた俺ではなく、今のこの、不器用で、逃げるべき時に逃げそびれる俺を、な。
……悪いな、芹香。また心配をかけることになりそうだ。
俺の中の譲れないものが、俺に覚悟を決めさせた。
俺の様子に何を見たのか、
「まさか抵抗するのではないだろうな? やめておけ。こんな場所であの幻竜を呼べば、どんな被害が出ることか。その程度のことがわからないわけではあるまい」
最初からそうだが、俺を宥めたいのか煽ってるのかよくわからない言い方だよな。
まあ、警察官の「説得」というのはそういうものかもしれないが。
でも、いちばん引っかかったのは別のことだ。
「は? 幻竜だって?」
「とぼけるな。おまえが件の『召喚師』であることはわかっている」
「いや、そうじゃなくてだな……」
とぼけようとしたわけじゃない。
「その発想はなかったな」
「だろうな。義侠心溢れる黒天狗に、民間人を巻き込むことはできまい」
やや安堵した様子で東堂が言った。
だが、そういうことでもない。
自分が義侠心溢れる正義のヒーローだなんて思ったことは一度もない。
俺が思ったのは、もっと単純な問題だ。
「おまえら程度の相手にあいつを喚び出すだって? 鼻で笑われちまうよ。くだらん用件で喚び出すな、もっと喰いでのある敵を用意しろってな」
俺の言葉に、東堂の身体が強張った。





