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ハズレスキル「逃げる」で俺は極限低レベルのまま最強を目指す ~経験値抑制&レベル1でスキルポイントが死ぬほどインフレ、スキルが取り放題になった件~  作者: 天宮暁
第五章「分断」

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203 千日手

《Bランクダンジョン「神取桐子の左眼球硝子体ダンジョン」でダンジョンフラッドが発生しました。》


《Bランクダンジョン「神取桐子の左眼球硝子体ダンジョン」のフラッドによりカスケードが発生しました。》


《Cランクダンジョン「神取桐子の左胸鎖乳突筋ダンジョン」でダンジョンフラッドが発生しました。》


《Cランクダンジョン「神取桐子の右手舟状骨ダンジョン」でダンジョンフラッドが発生しました。》


《Bランクダンジョン「神取桐子の十二指腸ダンジョン」でダンジョンフラッドが発生しました。》


《Cランクダンジョン――》



 仰向けに倒れたままの神取の身体が震えるたびに、フラッドを告げる「天の声」が鳴り響く。


 その「天の声」が聞こえたのは俺だけじゃない。

 男児会の探索者たちの顔色は、恐怖すら通り越して蒼白だ。


 神取の身体の震えは、あきらかに、痙攣とかいうレベルを超えている。

 白衣に隠された腕がぼこぼこと脈打ち、顔の造作が不規則に歪む。


 神取の右腕の白衣が、内側から破れた。


 そこから現れたのは、剥き出しの右腕――ではなかった。


「うげっ!?」


 生白いチューブのようなそれは、道中の水没箇所で見たチューブワームそっくりだ。


 よく見ると、さっきまではポケットに突っ込まれてた神取の指先は、生白いチューブに赤い突端という、チューブワームそのものの「指」だった。


 腕以外にも、ズボンやシャツも引きちぎれ、足や胴の太さに合わせたチューブワーム状のものが覗いてる。


 かろうじて人間らしいのは顔だけだ。


 深海生物特有の色味のない生白い「肌」の上には、無数の黒い点が散っている。


 おかしな比喩だが、光を吸い込む黒い星のような点だ。


 そのひとつひとつがダンジョンの入口ポータルなのだろう。


 神取のステータスを「詳細鑑定」で見た時に、つっこみ忘れたことがある。



Status──────────────────

神取桐子

チューブワームマザールート

レベル221309

……

────────────────────



 人間の探索者のステータスは、通常、名前のすぐあとにレベルが続く形式になっている。


 だが、神取のステータスでは、名前とレベルのあいだに「チューブワームマザールート」という項目がある。


 聞いたことのない言葉だが、まず間違いなくモンスターの種類だ。


 モンスターを鑑定すると、この場所にはそのモンスターの種類が表示されるからな。

 たとえば、


アトロポス

ミニスライム

レベル297


 みたいな感じだ。


 これがモンスターだけの仕様なのか、それとも人間の場合のみ「人間」が省略されるのかはわからない。

 クローヴィスのステータスでは、偽装されてる方では「ハイヒューマン」、本当の方では「エルフ」となっていた。

 はるかさんのステータスを見たことはないが、たぶんエルフと書かれてるんだろう。

 エルフの血を引くほのかちゃんがどうなってるかはわからないけどな。


 その辺のことはともかくとして。

 ステータスを額面通りに受け取るなら、神取はもう人間じゃない。

 チューブワームマザールートというモンスターだ。


 「詳細鑑定」では、



Status──────────────────

チューブワームマザールート

膨大なDPをそのうちに蓄えることで肥大化したチューブワームが、さらなる繁殖のために生み出したチューブワームの母茎。ダンジョンの床や壁面の奥に食い込みながら地下茎を広げ、地下茎からダンジョン内に、枝となるチューブワームを展開する。ダンジョンそのもののDP循環を急速に侵食し、最終的にはダンジョンをおのれの体内へと変えてしまう。

────────────────────



 とまあ、解説の要もなくヤバいとわかる説明文になっている。


 ダンジョンフラッドの連鎖によって、神取の身体が不気味に脈動し、皮膚の下から黒い星が現れる。


 生白いチューブワームの表面を、徐々に黒い星が覆っていく。


 黒い星の喩えで言うなら、黒い星雲といったところか。


 その黒い星雲が、白く霞んだ。


 その霞に、脅威は感じなかった。


 少なくとも魔王のユニークボーナス「自分を殺しうる攻撃を事前に察知することができる」が反応する気配はない。


 だが、だからといって放置していいとも思えない。


 その白い霞を簒奪者の技能で鑑定すると、



────────────────────

スライムマクロファージ Lv3

────────────────────



「えっ?」


 一瞬戸惑ったが、すぐにわかった。


 ――ダンジョンフラッド。


 ダンジョンの氾濫にともない、ダンジョン内にいられなくなったモンスターが溢れたのだ。

 神取がマクロで命名した名前になってないのは、溢れたのはダンジョン内のモンスターであり、神取が「分裂」で作り出しダンジョンを攻略させていたモンスターではないからか。


 この白い霞は、溢れ出した無数のスライムマクロファージの「雲」なのだ。

 実際、鑑定し直してみると、



────────────────────

スライムマクロファージ Lv92

────────────────────



 となり、さっきとは別の個体を鑑定したことがわかる。


 ともあれ、


「フレアストーム!」


 俺が無詠唱で生み出した火炎の嵐が、スライムマクロファージを吹き散らす。


 レベルが個体ごとにばらついてるとはいえ、神取の体内にあるダンジョンはCランクがほとんどだ。

 B、Aとランクが上がるごとに数が減り、今のところ「天の声」にSランクは出てこない。

 おそらくだが、神取のやり方ではAランクダンジョンまでが限界なんだろう。

 Sランクダンジョンなんて、国内でも数えるほどしかないわけだからな。


 Aランクダンジョンまでなら、レベルの高い個体でも1000を超えることはないはずだ。

 今の俺なら無詠唱で威力の落ちた魔法でも蹴散らせる程度の雑魚にすぎない。


 だが、


「ダイヤモンドダスト! サンダーストーム! ストリームレイ! ……キリがないな!」


 倒すことは簡単だが、カスケードで連載的にフラッドした神取の全身のダンジョンからは、休む間もなく白い霞が溢れ出す。


 毎回魔法の属性を変えてるのは、たまに撃ち漏らしが発生するからだ。

 神取が持ってたのと同じ「魔法吸収」が運良く(悪く)発動した場合と、「火属性無効」みたいな特殊なスキルを持った個体がいた場合だな。

 どちらもかなり高レベルの個体に限られるようなので、絶対数としてはごくわずか。

 属性を切り替えつつ範囲魔法を連打してればすぐに死ぬ。


 そんな場合ではないと思いつつも、「魔法吸収」やら「火属性無効」やらいう強力なスキルが羨ましい。

 スライム400体連続撃破を最初のダンジョンで満たしてしまったのはやはりもったいなかったんだろうか?

 いや、「自己再生」が早くに手に入ったおかげでずいぶん助けられたのも事実なんだが。


 そんなことはさておき、打開策を考えないと。


 考える時間を確保する上で最も強力なのは「現実から逃げる」だが、今の状態では使いにくい。

 連続使用にデメリットがあるのもネックだな。


 その代わりに、俺は魔剣士のユニークボーナス「MPを消費することで思考を加速することができる」を使うことにした。


 このユニークボーナスの元となったスキル「思考加速」は、


Skill──────────────────

思考加速1

危険が迫った時に(S.Lv×3)秒間思考速度を加速する。

────────────────────


 という効果。


 一方、「魔剣士」のユニークボーナスは、MPを消費するというデメリットこそあるものの、「危機が迫っ」てなくても使うことができる。


 スライムマクロファージが俺と比べて「弱い」せいで、危機が迫ってるという感覚は薄い。


 「現実から逃げる」も、今の状態では現実から逃げたいという確固たる意思を固めにくい。


 その点、ユニークボーナス版の思考加速は、スキルの「思考加速」に比べてはるかに使いやすくなっている。


 無詠唱で範囲魔法を白い霞に浴びせながら、俺は遅く感じる時間の中で、この事態の打開策を検討する。


 まずは、撤退の可能性からだ。


 このラボに散らばった男児会の探索者たちをなんとかして回収し、外へと逃げる。

 べつに俺一人で神取をどうにかしなくちゃいけないわけじゃないからな。


 だが、行動不能状態の探索者十人以上を一度に運び出すのは難しい。

 一時的にパーティに入れてダンジョンマスターのユニークボーナスでダンジョンから脱出(エバック)する?

 でも、一パーティは六人までだから、この場に半数近い探索者を置き去りにすることになってしまう。


 じゃあ、「逃げる」でリセットをかけて状況を最初からやり直す?

 いや、今の状態ではそれも無理だ。

 雲霞のごとく押し寄せるスライムマクロファージを抑えるには、範囲攻撃魔法を撃ち続ける必要がある。

 スライムマクロファージの拡散速度は、現在の俺の感覚ではそんなに早くは感じない。

 だが、普通の時間感覚なら、数秒で部屋全体に拡がりかねないくらいの勢いはある。


 もうとっくにご存知の通り、「逃げる」の最中に他のアクションを取ることはできない。

 白い霞を無視して15秒も無防備な体勢を取り続けるのは危険だろう。

 今の俺のHPなら耐久できる可能性もあるが、それは最後の手段にしておきたい。


 そんなような理由で、今は「逃げる」の出番ではない。


 だが、それと同時に、今は逃げるべきときではないという強い感覚が、俺の心に生じてる。

 理屈ではなく、肌で感じる感覚だ。


 これは、



Skill──────────────────

戦場勘

攻め時や引き際といった戦況に関する判断が正確になる。ただし、元となる判断能力は、あくまでもスキル所持者自身の経験に基づくもの。

────────────────────



 このスキルが反応してるんだろう。

 自分でも言語化しきれてない漠然とした経験に基づく直感が、今は押すべきだと言っている。


 この感覚は信用できるのか?

 スキルの説明文には、あくまでも「判断が正確になる」とあるだけだ。

 その判断が絶対に正しいという保証はない。

 所詮、俺の経験ベースの判断なんだからな。


 だが、理由もなく無視していいようなものでもないはずだ。

 本来の俺が下しうる判断より、いくらかマシな判断にはなってるはずだからな。


 じゃあ、この事態を積極的に打開することを考えてみよう。


 なぜ今、キリがない状態、将棋なんかでいうところの千日手じみた状況に陥ってるのか?


 それは、スライムマクロファージの霞を生み出す元凶――神取の身体中にあるダンジョンを潰す手段がないからだ。

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