184 ダンジョンデート(前編)
芹香と灰谷さんから気の滅入るような話を聞いた後、俺は芹香と一緒に新宿中央公園にやってきた。
新宿駅周辺にはAランクダンジョンが二つある。
新宿中央公園ダンジョンと新宿御苑ダンジョンだ。
もう少し南に行けば代々木公園ダンジョン、渋谷まで出れば渋谷ハチ公前ダンジョンもAランクだな。
ちなみに、同じ渋谷にあるモヤイ像前ダンジョンはBランクらしい。
再開発で地下空間の広がった渋谷駅だが、新宿駅とは異なりまだダンジョンにはなってないという。
そんな新宿近辺のダンジョントリビアはさておくとして。
今日、協会のギルドルームにやってきたのは、さっきの話のためだけじゃない。
むしろ、さっきの話のほうがついでなんだよな。
俺がギルドルームに顔を出した理由は――今日の夜、「パラディンナイツ」の歓迎会があるからだ。
え? 誰を歓迎するのかって?
もちろん、俺なんだよな……。
そういう席が苦手な俺はあれこれと理由をつけて断ろうとしたんだが、さすがに同じギルドに所属しながら顔合わせもしてない状況を正当化することはできなかった。
「……緊張するな」
中央公園を歩きながらつぶやく俺に、
「まだ言ってるの? だいじょうぶだよ。みんないい人ばかりだから」
芹香は明るくそう言ってくれるが……油断はできない。
芹香の性格を考えると、世の中の人の半数くらいが「いい人」判定になっててもおかしくない。
いろいろこじらせた性格の俺から見れば、世の中の過半数の人間は、いざとなれば敵になると感じてしまう。
実際、学校でも会社でも、一見「いい人」に見えた奴らが俺に何をしてくれたかと言うと……な。
「おまえが『パラディンナイツ』に相応しいかテストしてやる! なんて言って模擬戦をふっかけられたり……」
「ないない」
「俺たちの代表をたぶらかしたのはおまえか! とか言って集団でボコボコにされたり……」
「ないってば」
「じゃあ、みんなであらかじめ示し合わせて、歓迎会のあいだ俺をひたすら無視し続けるとか……」
「だからないってば! っていうか、それ全然歓迎会じゃないよね!?」
穏やかに俺を宥めようとしてくれてた芹香だが、俺のあまりのネガティブさにとうとうキレた。
「……私が選んだメンバーなんだよ? 私は胸を張って最高のメンバーだって言える人たちを選んだと思ってる。悠人は私の判断を疑うの?」
「い、いや……そういうわけじゃないんだが」
でも、たしかにそういうことだよな。
「すまん。持病のコミュ障を発症しただけだ」
公園の時計を見ると、時刻は二時半を過ぎたところだ。
「あ、悠人。あれがダンジョンの入口ポータルだよ」
と、芹香が進行方向にあるナイアガラの滝を指さした。
新宿中央公園といえばここ、といった感じの人工の滝の真ん中らへんに、見慣れた黒い水鏡が浮かんでいる。
観光客が黒い水鏡とツーショット(?)の記念写真を撮ってるな。
撮り終えてからスマホを覗いて首を傾げてるのは、ダンジョンのポータルが写真に映らなかったからだろう。
ナイアガラの滝前の広場には、休憩中の探索者らしき人影もいくつかある。
「よし。緊張をほぐすためにさくっと攻略するか」
「……いや、そんなノリでさくっと攻略できるダンジョンじゃないんだけど」
と、芹香がジト目で俺を見る。
ランチから歓迎会までは時間がある。
灰谷さんは「芹香さんとデートでもしてきたらどうですか?」と言うが、急に言われてもデート先が思いつかない。
そもそも、その後に歓迎会というコミュ力を必要とするイベントが控えてるのに、その前に恋人になりたての相手とデートをするとなると、俺の一日のキャパを余裕で超えている。
どこか静かで人がいない場所でのんびり過ごして充電したいな……と考えて、俺ははたと閃いた。
静かで人がおらず、のんびり過ごせる場所――あるじゃないか。
そう、ダンジョンが。
「ちょっとひとっ走りダンジョンを踏破してくる」と言い出した俺に、灰谷さんが呆れた顔をしたのは言うまでもない。
だが、これは我ながら良案だと思うんだよな。
なぜって、今の俺は――
「……悠人がパーティを組んでも大丈夫になったっていうのはほんとなの?」
ダンジョンの中に入ったところで、芹香が改めて訊いてくる。
「ああ。詳しく話すとかなりややこしいんだが、ジョブを五重にセットした今の状態なら、敵を全滅させても経験値はゼロなんだ」
「……なんかもう、ツッコミどころが多すぎて突っ込む気も起きないんだけど……」
一応芹香にはジョブ世界で俺が経験したことを話してはいる。
だが、この世界とは異なるシステムが生まれたパラレルワールドに紛れ込んだ、なんて話に実感が持てないのは当然だ。
「歓迎会の前に、今の実力を芹香には見せておく必要もあると思うしな」
そんな理由から、芹香と一緒に手近なところにある新宿中央公園ダンジョンにやってきた、というわけだ。
さっきも言ったように、新宿中央公園ダンジョンはAランク。
モンスターのレベル帯は550から620までで、Aランクの中ではミドルクラスのダンジョンだ。
公園の広さを反映してか一階層が広めだが、階層数は5と少なめだ。
出現するモンスターは、コボルト、オーク、リザードマン系が中心。オーソドックスなラインナップと言えるだろう。
ただし、それぞれのモンスターの亜種のバリエーションが豊富なことと、亜種の中にたまにエリート種が混ざってるのが特徴だ。
一般的な探索者にとっては、シンプルに地力が問われるダンジョンだな。
探索者協会本部から近いこともあって、初めてパーティを組むAランク探索者同士が互いの連携を確かめるのに使うことも多いという。
「あっ、あのリザードマンの群れ、エリートがいるよ」
ダンジョンの奥を指して、芹香が言った。
「エリートは女性型に見えるな。リザードパーソンって呼ばなくていいのかな」
男性型と女性型がいても、モンスター同士で生殖して増えることはないはずだ。
モンスターはダンジョンが生み出すものであり、地上の生物のように自然に繁殖するわけじゃない。
はるかさんやクローヴィスの元いた世界ならどうかは知らないけどな。
女性の社会進出が進んだ大企業が密集する新宿であることを汲んで、ダンジョンが女性型のモンスターを出すことにしたんだろうか。
なんとなくだが歳上の男性社員を苦労してまとめるエリート女性管理職といった雰囲気を感じなくもない。
「まさか、女性型だからやりにくい……なんて言わないよね?」
「まさか」
ここが現代の日本であることを考えると、多くの探索者がモンスターを倒す――いや、「殺す」ことに忌避感を覚えないのは不思議に思える。
モンスターは生まれながらに凶悪で、仲良くなる可能性など皆無の存在だ。
それでも人間は、人間の形をしたものに人格を投影してしまうものだよな。
そう考えると、人型のモンスターを倒すことにもうちょっと抵抗を覚えても良さそうなものだ。
この辺の感覚に違和感を覚える人は、まれにだがいるらしい。
俺もちょっとだけだが引っかかる。
配下として生み出したミニスライムたちはかわいく思えるのに、敵として出現するスライムと戦うことに抵抗はない。
ダンジョン探索を続けてこられたのは、戦ううちに良心の呵責が鈍ったから――ではなく、感覚そのものが誤魔化されてるからではないかと疑ってる。
そもそもダンジョンなんてものが出現したこと自体がおかしいのに、それを指摘するとこっちがおかしいように思われるんだからな。
探索者はダンジョンに潜ってモンスターを倒す存在である――それがこの狂った現代の常識の一部だってことなんだろう。
「本当に一人で大丈夫なの? エリートのいる群れはけっこう手強いよ?」
「連携を取ってくる敵には慣れてるんだ」
光が丘公園ダンジョンのホビットに始まり、ジョブ世界でもレッドケープとレッドキャップゴブリン、最後には俺を除く「セイバー・セイバー」の三人とも戦った。
このリザードパーソン部隊があのときのほのかちゃんたちより高度な連携をしてくるはずがない。
いや、もし連携ができたところで、あまり意味はないんだよな。
だって、
「――スーペリア・インフェルノ」
慎重に気配を殺して接近し、長い呪文を唱え、魔王の広域殲滅魔法を発動する。
俺にはSランク簒奪者の気配隠匿技能があるからな。
この程度のモンスターに先に気づかれることはない。
ちなみに、連れてきたミニスライム(ラケシス)は芹香に預かってもらってる。
ラケシスも「隠密」「ステルス」を持ってるが、レベル的にはまだAランクダンジョンのモンスターには気づかれるかもしれないからな。
前方を埋め尽くす紅蓮の炎に、
「うわっ!?」
と芹香が驚く。
リザードマンの群れは、灰すら残さず消滅した。
ダンジョンの床や壁、天井までもが飴色に半分溶けた状態だ。
ダンジョンの床や壁は、傷つけられないというのが常識だ。
そのダンジョンの床や壁が溶融してることからだけでも、魔王の魔法技能の桁違いの威力がわかるよな。
「とまあ、こんな感じだ」
「……聞いてた以上にとんでもないね」
半分ひきつった顔で、戻ってきた俺を出迎える芹香。
ぷにぷにともてあそんでいたラケシスを俺に手渡してくれながら、
「これじゃ私の出る幕がなさそうなんだけど……」
「それなら交互にやってくか?」
「……一緒に戦うって選択肢はないんだね。まあいいけど……」
そう気軽に請け合うだけのことはあり、次に出会ったオークの群れを、芹香はあっという間に平らげた。
芹香が実際に戦うのを見たのは初めてだが……強いな。
下手をすると、俺と融合する前のジョブ世界の俺’よりも強いんじゃないか?





