182 ステータスという名の武装
「探索者を集めてる? その男児会と女自会が、か?」
俺の反問に、芹香が答える。
「そうなんだよ。最初は女自会からだったよね?」
「はい。女自会は、自衛のために女性は探索者になるべきだと言っていますから」
女自会の正式名称は……「男の暴力を規制するための自衛する女性たちの連絡会議」、だったか。
自衛する、というからには、(一部の)男性から身を守るための手段を身につける必要がある。
ダンジョンなんてもんが出現したこの狂った現代において、いちばん手っ取り早いのは探索者になることだ。
「探索者になれば肉体的な性差は無視できるもんな」
単に護身術を身につけた程度では、筋力で勝る男性から自衛するのは難しい。
だが、探索者になれば話は別だ。
「厳密に言えば、それでも男性が有利とは言われてるんだけどね」
「そうなのか?」
「ええ。探索者の能力に男女で差はないというのが一般的な理解ですが、個別の能力値には性差があります。男性のレベル1のときのHPの平均は、女性のそれに比べて1.1高いというデータがありますね。ただし、女性のレベル1時のMPの平均は男性より0.9高く、魔力や精神力も高い傾向にあります。ですので、すべての能力値の平均を取ると、男女で有意な差はないといわれています。ですが……」
「ああ、HPが高いってのは若干有利な要素だよな」
「そういうことです。HPは、探索者にとって最重要の能力値ですから。HPの基本値で探索者になるかならないかを判断するとしたら、探索者の男女比は男性側に大きく傾きます」
「なるほど」
まあ、俺みたいにHPが低くてMPや魔力が高い男もいるわけだけどな。
だが、平均値が低いということは、男性と比較したときに、探索者としてやっていける最低限のHPに達しない女性が多いということだ。
その「最低限のHPに達しない」一例である俺としては、スキル構成次第でカバーできるんじゃないかと思わなくもないんだが。
「それに加えて、ダンジョン内は自衛が原則の無法地帯です。たとえHPが高かったところで、女性が探索者になるのは男性の場合よりはるかに危険です」
「探索者になるような男は、それこそ粗暴な奴とか食い詰めた奴とか前科持ちとかも多そうだもんな」
そんな連中が命の危険と隣り合わせの穴ぐらでモンスターと戦ってるんだ。
女性にとって危険な環境だってことはまちがいない。
「ですので、女自会は前科のある男性が探索者になることを禁じるべきだ、とも主張していますね。最終的には放電機能付きGPS装置をすべての男性に装着すべきだ、という例の主張に行き着くわけですが」
「……前科のある奴が探索者になるのを禁じるのは一案ではあるよな。実行できるかどうかは別として」
日本国内だけでも三万ものダンジョンがあるらしいからな。
そのすべてで入場制限をするのは不可能だろう。
「男児会のほうはどうなんだ? なぜ探索者を集めてる?」
「理由は大きく二つです。一つは、『羅漢』の元探索者と男児会の親和性が高いこと」
「ああ……『羅漢』の奴らも、『漢を見せろ』だのなんだの言いたがるもんな」
「男児会の賛助会員として受け入れた人たちがたまたま元『羅漢』だった、という面もあったかと思います。しかし、この手の活動をするのに元手は必要ですからね。探索者を会に取り込むのは経済的な意味でも合理的です」
「もう一つの理由は?」
「女自会に対抗するためです。男児会は、女性が探索者となって力を持ち、男性を脅かすことを恐れているようです」
「……そりゃまた、立派な日本男児もいたもんだな」
ある意味ブレない行動原理には呆れるしかない。
「ちなみに、男児会は探索者という危険な仕事が男性に押し付けられていると主張し、女自会は探索者という特権的な仕事が男性に独占されていると主張しています」
「言ってることが真逆じゃないか」
大半の女性は、男性に探索者をやれと押し付けたことなどないと言うだろう。
同じく、大半の男性は、探索者という仕事を独占して女性を排除したことはないと言うはずだ。
だが、男性に押し付けられている/男性に独占されているという論法を持ち出されたら、そんなような気がしてくる部分もある。
「ただの政治的妄言ならともかく、それぞれが探索者を抱えてるとなると、協会としても手をこまねいてるわけにはいかない、か……」
「ええ。組織の息のかかった探索者を増やすということは、『戦力』を持つということでもあります。男性による暴力を批判している女自会ですが、自らが有効な戦力を保有していることに気づいたときにどう出るか……。公権力は男性の手先だ、制度化された男性暴力の体現者だ、とかねてから主張していますから」
「自分たちの主張が世の中に受け入れられなくて、言葉では埒が明かない、なんて思う可能性もあるな」
「ゲリラ的な武装闘争路線を選ぶおそれはありますね」
「今の日本でゲリラ戦か?」
「地上では非現実的ですが、ダンジョン内でなら簡単です。ダンジョン内で男性探索者を闇討ちすればいいだけです」
「おいおい……」
「もちろん、男児会にも同じことが言えます。ただでさえ、ダンジョンの中は無法地帯に近いんです。一度どちらかの陣営から犠牲者が出れば、全面的な抗争にまで発展しないとも限りません」
ダンジョン内で殺人を犯すと、ステータスに表示される名前が赤くなることは有名だ。
だが、止めをモンスターに刺させるなどの方法を使えば、レッドネームを逃れることもできてしまう。
モンスターを他の探索者に擦り付けるいわゆるモンスターPK(元はMMOの用語だが探索用語として定着した)なら、発覚しても事故だと言い張ることもできるだろう。
「ダンジョン内はもちろん、地上で街宣活動を続ける男児会に対し、女自会はカウンター活動を行っています。これまでは、言論……ともいえないような、決めつけと罵詈雑言の応酬でしたが、双方に探索者のステータスを持つものが混じっていたら、偶発的な戦闘が生じかねません」
「そうなったら機動隊が出動するような騒ぎになるよ。機動隊でも収拾できなかったら、協会の監察局が出ることになると思う。探索者の起こした騒ぎを探索者が鎮圧する……非探索者の人からすれば法治主義を脅かす事態だよね」
と言って、芹香が大きなため息をつく。
「しかも、その双方に『羅漢』の残党が絡んでる、か……」
知らないあいだにそんなことになってたとはな。
「にしても、ちょっと無理筋に思えるけどな。もともと筋の通らない極論しか言わないような連中なんだろ? いくら力を手に入れたって、支持者を得られなければ意味がない。どっちの組織もクーデターを起こせるような規模じゃないよな?」
「ええ。私の率直な感想を言うなら、どちらの組織も、日常生活で鬱憤の溜まった男女が、わかりやすい敵を見つけて日頃のガス抜きをする機能を果たしているだけです」
と、灰谷さんがばっさり両者を切り捨てる。
ほんとに率直だな。
「でも、そんな連中が伸びてくるほど景気が悪いわけでもないよな。むしろダンジョンのおかげで景気はいいって聞くんだが……」
ダンジョンから算出するマナコインによって、経済は適正なインフレ率が保たれ、GDP成長率は上向きだ。
探索者という大口の「雇用」が発生したことで失業率も歴史的な低水準にあるという。
日本の中央銀行は日銀ではなくダンジョンだ、日本の財政政策を行ってるのは財務省や経産省ではなくダンジョンだ、なんてことを、テレビでよく見るエコノミストが言っていた。
しかし、俺の疑問に灰谷さんが首を振る。
「いえ、全体として見れば好景気なのですが、所得の偏りが大きいのです。経済的な格差を示すジニ係数が年々悪化していて……」
「悪い、経済の話はよくわからない」
「……儲けている人は儲けているものの、関係のない人には余沢がないばかりか、貧富の差で相対的に貧乏になっているということです。最後の頼みの綱である探索者になろうにも、最初のステータスの段階であきらめざるをえない人も多いですから。以前はそういう人たちを『羅漢』が吸い上げていたのですが……」
「……その受け皿がなくなった」
その一件に噛んでる俺としては、他人事のようには思えないな。
「……蔵式さんは悪くありません。人を酷使して死地に追いやるようなギルドを『受け皿』とは呼べませんので」
 





