151 譲れないもの(6)降伏勧告
「あきらめろだと……」
春原が分身した影夜叉の奥でそう呻く。
「俺たちは……最高のチームなんだ。この世界だけじゃねえ、他のどんな世界にだって、俺たち以上のチームなんかありっこねえ」
「春原……」
「俺は……絶対に認めねえ。おまえは俺たちに向き合おうともしなかった。そんな奴のわがままのために『あきらめろ』だ? 本気でそう言ってやがるのか?」
「……そうだな。すまないと思ってる」
そんな言葉ではなんにもならないだろう。
それでも言わずにはいられなかった。
「なあ、異世界の悠人さんよ。おまえは結局……怖かったんだろ?」
「……なに?」
「この世界の悠人として過ごして……ほのかちゃんや紗雪、俺と一緒に冒険して……。このままじゃ、これも悪くないんじゃないかと思ってしまいそうで……怖かったんだ」
……そういう面も、ないとは言えないか。
元の世界への帰還があまりにも難しく、あまりにも多くを犠牲にするのなら……。
俺一人が現状を受け入れたほうが、トータルで見て不幸になる奴の数が減る。
いや、受け入れることさえできれば、俺だって不幸にはならないはずだ。
最大多数の最大幸福なんて話を持ち出すまでもなく、客観的に見てそっちのほうがマシな選択だろう。
「……俺にだって、譲れないものくらいある」
「それは……俺たちよりも大事なことなのか? 俺たちと生きる明日よりも価値のあることなのかよ?」
「たしかに、この世界の俺は恵まれてるよ。それは否定しない。元の世界の俺より、よほど幸福で、幸運で、輝かしい人生を送ってるな」
「じゃあなんで……!」
「それでも、俺は俺がこれまで生きてきた現実を否定したくない。はっきり言って、ろくでもないことばかりの人生だったよ。こっちの俺とどっちが幸せかって? 比べるまでもない。こっちの俺のほうが確実に幸せだ」
「なん、だよ、それは……。じゃあおまえは、みすみす不幸だとわかってる世界に戻ろうってのか?」
「ダサくて、かっこ悪くて、恥ずかしくて……多くの人を傷つけて、迷惑をかけて……そうして俺は生きてきた。おまえにわかるか? 絶望ってのは、明日が信じられないってことだ。先がまったく見えなくて、時間が経てば経つほど状況が悪くなってくってのわかってる。それでも、俺には打つ手がないってことだ。なすすべもなく、現実にばっくり開いた虚無の前に立ち尽くすってことだ。いつその中に身を投げ出して死のうかと思い詰めながらな」
「……わかるかよ、そんなの」
「地獄だったさ。もがき苦しんだよ。何度死にたいと思ったことか」
「……あっちの世界でよろしくやってたわけじゃねえってことか?」
「全然よろしくなかったぞ。客観的に見て、こいつの人生詰んでるなって感じだったんじゃないか? この世界と違って、ダンジョンが出現したのも遅かったしな」
「あ? どういうことだ?」
「スキル世界の俺は、この世界の俺よりけっこう歳上なんだよ。時系列が合ってないんだ」
いや、正確には違うか。
「ダンジョンが出現してからのおおよその時期は一致してるな 。ひょっとしたら日時がぴったり合ってる可能性もあるか。まあ、あっちの世界でダンジョンが正確にいつ出現したのか、俺の記憶にもないし、ニュースを漁ってもわからないんだけどな」
「俺らより歳上? 社会人ってことか?」
……答えにくいことを聞かれたな。
今は探索者なんだから社会人と言えなくはないのだが。
「そのわりには随分セコい真似するじゃねえか。力で俺たちをねじ伏せ、自分の望みを通して満足か、おっさん」
「まだおっさんなんて歳じゃねえよ」
だが、精神年齢で俺がこの三人より上かって言われるとなんとも言えないな。
「悪いが、大人になるとダサいかどうかなんて気にしてられないばあいもあるんだよ。なりふりかまってられないんだ」
「そんな大人にはなりたくねえな」
「そうだな。それには同意する」
俺の言葉に春原が首を落とす。
あきらめてくれたのか。
一瞬そう思ったが、
「……なら、遠慮はいらねえな」
伏せた顔を上げたとき、春原の目には爛々と輝く赤い光が宿っていた。
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