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140 ひと夏の思い出

 夏の旅行については、いろんな候補が持ち上がった。

 「セイバー・セイバー」は、いまや押しも押されもせぬSランクパーティだからな。

 当然、俺たちの懐には余裕がある。

 その気になれば高級リゾートを貸し切って豪遊するなんてことも十分可能だ。


 だが、


「高校生らしい……いえ、高校生にしかできないような、忘れられない夏にしたいです」


 と紗雪が言って、ほのかちゃんもそれにうなずいた。


「えええ、ゴージャスな水着美女でいっぱいの高級リゾートの夢が……!」


 ……紗雪とほのかちゃんに冷たい目を向けられてもそんなことが言えるのは大したもんだとは思う。


「俺も紗雪の意見に賛成だ」


 もうとっくに成人してる俺には、紗雪の言ってることの意味がよくわかった。

 俺だって、高校生活が充実してるなら、それに越したことはなかったさ。

 まあ、ダンジョン出現前の元の世界の俺じゃ、たとえ一連の事件がなかったとしてもそんな夢のようなバカンスはなかっただろうけどな。

 前にも言った通り、芹香は高校からは別だし、当時は連絡も取り合ってなかった。

 ……今にして思えば、勇気を出して芹香を誘ってれば案外OKをもらえたんじゃないかとも思うが、当時の俺にそんなことがわかるはずもない。


「なんだよ、悠人。おまえもそっち側かよ。いいじゃんか、普段これだけ稼いでるんだ、夏休みくらい派手にいこうぜ」


「そういうのは大人になってからでもできるだろ。高校生にできる範囲であれこれ考えるのもいいと思うぞ」


「鬼パンみてーなこと言ってんじゃねえよ」


 鬼パンってのは、俺と春原のクラス担任である鬼瓦先生のことだな。

 二十代半ばくらいのキツめの美人。

 すらっとした脚線美をパンツスーツで惜しげもなく見せつけてるから鬼パンだ。

 クールなようだが責任感が強く、生徒思いでもある。

 もっとも、スキル世界では俺へのいじめに有効な手を打てなかった教師でもあるのだが。


 ……まあ、たしかに、今のは説教くさかったかもな。


 ともあれ、そんな方針でまとまって、俺たちは伊豆半島の一角にある小さなビーチに行くことになった。


 昔の文豪が泊まったという旅館は、高校生にはやや高級なのだが、紗雪がその文豪のファンだというのでそこに決めた。

 ついでにいうと、夏の宿泊料金はどこも驚くほど割高だった。

 しかしそこだけは金の力を借りることにし、パーティとしての探索や学業に影響が出にくい日程を組むことにした。


 当日、旅館の最寄りの(ひな)びた駅に降り立つと、


「うわぁ……風情のある街ですね!」


 と、ほのかちゃんが声を上げる。

 大きな麦わら帽子と純白のワンピースというシンプルながら男心をくすぐるファッションだ。

 ワンピースの紐とは別にもう一組肩に紐が見えてるのは水着らしい。


「うう……暑いです」


 逆に、ちょっとテンションを落として紗雪が言う。

 パーカーにキャミソール、デニムのスカート。

 彼女にしては開放的な格好だ。

 日焼け対策で日傘を差してるな。

 紗雪は「海より山で静かにすごしたい」という意見だったが、多数決により行き先はあえなく海になった。

 宿泊先が紗雪の好みに合わせたものになったのはその埋め合わせという面もある。


「早く荷物置いて、海行こうぜ、海!」


 今にも駆け出しそうなテンションで春原が言う。


 俺たちは文豪ゆかりの旅館に行くと、自分たちの部屋に荷物を置き(といっても大半はマジックバッグに入れているのだが)、さっそくビーチへ。

 俺と春原で先に行って、場所を取ってパラソルを立てる段取りになっている。

 パラソルも人数分のチェアもマジックバッグに入ってるんだから楽勝だ。


 穴場的なビーチだと聞いてたが、思ってたよりは人がいる。

 それでも広さには余裕があるな。

 小さいながら海の家なんかも営業してる。


「お、お待たせしました」


 後ろからかけられた声に、俺と春原が振り返る。

 そこにいたのは、


「ひゅー! 二人ともかわいいねえ!」


 ……声こそ上げなかったが、俺も春原に全面的に同意である。


 ほのかちゃんはパレオ付きのスカイブルーのビキニ。

 紗雪は胸元の開いたヴァイオレットの大胆なワンピース。

 二人とも恥ずかしそうにしてるのがまたかわいい。


「に、似合ってますでしょうか……?」


 と上目遣いにほのかちゃんが訊いてくる。


「あ、ああ。すごく似合ってる」


「おい、それだけかよ?」


「これ以上どう言えってんだよ……。ええと、水着の色がほのかちゃんの髪や瞳の色に合ってるし、ビキニの大胆さにパレオが清楚さを添えてるっていうか……」


「……先輩、何を分析してるんですか。こういうときは『すごくかわいいよ』でいいんです」


 呆れた声で紗雪につっこまれてしまう。


「うん、他に言いようがない。すごくかわいいよ、ほのかちゃん。最高だ」


「えへへー。ありがとうございますっ、悠人さん!」


「先輩、私にはコメントはないんですか?」


「……いや、彼女の前で他の女子を褒めていいものかと」


「紗雪ちゃんなら許します!」


「むっちゃかわいいよ。あとエロい」


「え、エロ……っ!? ち、ちょっと大胆すぎたかな、とは思いますけど……!?」


「むぅー。紗雪ちゃんの胸は反則ですよっ!」


 ぷくっと頬をふくらませてほのかちゃん。


「……ここに来るまでに変なのにからまれたりしなかったか?」


「同人誌じゃあるまいし、そうそう変な人なんていませんよ」


 と紗雪。


「いや、同人誌って」


 夏の海効果か隠れオタ(あまり隠れてもなかったが)を露呈した紗雪に苦笑する。


「だいじょうぶです! 紗雪ちゃんのおっぱいを見る男の人たちの意識は、テレパスの技能で別方向に逸しましたから!」


 えっへん、と自慢そうに言うほのかちゃん。

 ……いや、ダンジョン外で探索者としての力を人に使うのはれっきとした不法行為だからな?

 まあ、紗雪はそういうのに免疫なさそうだからグッジョブだと思うけど。


「ふふっ。先輩が気にしてるのは私じゃなくてほのかちゃんのほうでしょ。ほのかちゃんを見てる人も結構いたと思うけど。……っていうか私より全然多いですよ。だから海は嫌だって言ったのに……」


 最後だけぼそっと紗雪が言った。


「まあまあ。さっそく泳ごうぜ! それともビーチバレーからいっとくか?」


「せっかく海に来たんですから、まずは海に入りましょうよ」


「だな」


「いいですよー」


 波打ち際に向かう高校生の男女四人の上で、真夏の太陽が輝いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の波打ち際に〜のあたりに主人公の「この日を迎えてしまった感」が出てる気がする…深読みしすぎかな?
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