06 聖女様は生贄です
はくはく、と、思わず口をぱくぱくさせている間にも、ひょいっと荷物の様に担ぎ上げられ、両足首も一つに纏めあげられた。
「うぉほんっ! そうだな……聖女マリクルシアよ、せめてもの情けだ。仮に、冥界の大穴にたゆたう穢れを全て【吸着】できたなら、そなたは自由にしてよいぞ」
神官長が、ニヤリと笑って宣言すると、どっと祭壇室中に笑い声が響いた。
「あははははは!! さすが、神官長様は慈悲深い!」「そうそう、可能性はゼロではありませんわ」「きゃははははっ、そんなこと、絶対無理に決まってるわ!」「まぁ、そういうなって」
ちょ、ちょっと待って!?
でも、確か『ライト・ヒール』って熟練者にならないと、大きな傷は癒せないんじゃ……?
神殿内の図書館で読んだ魔術書の記述が脳裏に蘇る。
ここの神殿であまり人が寄り付かない古い図書館は、数少ない私の避難場所の一つだった。
咄嗟にそれを伝えようと、首をぶんぶん振って、声を出そうとしたら、抵抗の意思有りと思われたのだろう。
誰かの【強制睡眠】のスキルにより、私の意識は刈り取られ……気づくとそこは冥界の大穴の直前だった。
冥界の大穴はこの国と隣国との境の山間部にぽっかりと開いている。
ここまで来るのも結構大変だったのだろう。
どうやら私は、あのまま両手両足を縛られて、お神輿のような担ぐ棒の付いた棺桶に詰め込まれ、複数名の男性神官がその棺桶神輿を担ぎあげての登山だったらしい。
私の役割は『生贄』。
生きてさえいれば、多少の怪我は構わないとばかりの乱暴な扱いだったに違いない。
ガタン、ガタン、とあっちにぶつけられ、こっちにぶつけられ……至る所に擦り傷や打撲の痕がズキズキと存在を主張している。
「さあ、ここで祈りを捧げよ」
まるで、井戸みたいに、ストンと切り取られたような垂直の壁。
広さは直径100メトルもあるだろうか? 今まで暮らしてきた神殿がすっぽり入ってしまうような広大な広さの大穴だ。
そこからは、黒いモヤのようなものがモクモクと湧き上がって来ている。
後10数メトルでこの絶壁を乗り越え、溢れ出しそうだ。
こ、これが穢れ……なの?
私は、プールへの飛び込み台みたいに、穴の上へとせり出している祭壇に置き去りにされると同時に、唐突に両手足の拘束が解けて消えた。
これも誰かのスキルだったのだろうか?
沈黙の首輪だけは、神殿を出る前に取り払われていたみたいだ。
真下は、全て漆黒が覆っている。
これがどのくらい深いのか……想像もつかない。
それでも、ゆっくりと穢れを【吸着】し、キラキラに変えていけば、何年……いや、何十年か後には、【吸着】し終わるかもしれない。
昔、何のスキルも無い男が、1本のノミで世界一の山にトンネルを掘り切ったように。
私は、一縷の望みを込めてスキルを発動させた。
「……【吸着】」
その途端、真下の大穴から、私めがけて黒い、ドロドロヌルヌルするナニカが、まるで無数の腕のように伸びて来る。
だが、私のところに届くには、バラバラでは力が足りないのか、結局、複数の腕がねじれ合い、もつれあい、1本の縄のように引き延ばされ伸びて来た。
「ひっ!?」「な、何だ!?」「け、穢れが上がって来る……!」
この量なら、ゆっくり消して行けば……
私がそう思った時だった。
「そ、そやつをさっさと放り込むんだ!」
「聖なる風よ、【突風】!」
ぶごわッ!!
「え?」
一緒にここまで登って来た神官長さん達は、その黒いモヤが昇って来る様子を見ると顔色を変えて私の身体を祭壇から、大穴に向かって突き落とした。