02 『ゴミまみれ』のマリクルシア
この『ゴミまみれ』の少女、名をマリクルシアという。
だが、その名前は神殿の中で使われることはない。誰もが彼女を『ゴミまみれ』としか呼ばないからだ。彼女に与えられた仕事は主に神殿内の清掃作業。
それもある意味、当然と言える。
神から与えられたスキル……それは自分自身の代名詞なのだから。
だが、どんなにゴミにまみれても、蔑まれても、彼女の顔には常に笑みが浮かんでいる。
「フン、気色の悪い子供だ」「いつも、うすら笑いを浮かべて……頭がおかしいんじゃないですかね?」「泣いて怯えるようならば、まだ可愛げがあるものを」
おそらく、彼女は気づいていないのだろう。
その態度こそが、加害者たちの神経を逆なでしていることに。
だが、そんな『ゴミまみれ』の少女にも、掃除以外に、重要な仕事があった。
「さあ、二人とも、この穢れも【吸着】せよ」
神官長らしき男が、左右に立つ二人の聖女見習いに声をかける。
『ゴミまみれ』の少女と、キャシーヌ様と呼ばれていた薄桃色髪の美少女だ。
「うぅ……」「大丈夫か、しっかりしろ!」「お願いします! お助け下さい、神官長様、聖女様!」
腹部に傷を負って呻く青年が、神殿に運び込まれて来た。おそらく、魔物との闘いで負傷したのだろう。
穢れを【吸着】しろ、と神官から指示を受けたゴミまみれの少女は、さすがに表情を無くして、その大きな傷を見つめている。ぎゅっと口をつぐみ、頬を染め、潤んだ瞳に浮かんでいるのは恐怖か、理不尽に対する怒りなのか。
「早くせんか」
乱暴に小突かれ、けが人の前に倒れ込む。
同時に、キャシーヌが『ゴミまみれ』の耳元で小さく何かを囁いた。
その言葉に覚悟を決めたのだろう。
引き攣ったように笑うと、彼女は能力を発動させた。
ヌズルッ!
「……ッ!!」
聞きなれない音を立て、男の『傷』がゴミまみれの少女の腹に【吸着】される。
と、同時に、部屋には明るい光があふれ出した。
「ま、眩しいっ!?」「こ、これが……癒しの光!?」
「あ、あれ……? 腹の傷が……!!」
たった今まで苦痛にさいなまれ、生死の縁を彷徨っていた青年がゆっくりと起き上がる。
「「おお……」」
その奇跡に、青年を連れて来た同行者が驚きの声を上げた。
対して、傷を【吸着】した方の少女は、笑っているのか悶えているのか分からないくらい、顔を歪ませ、ポロポロと涙と涎を零しなら「フーッ、フーッ」と荒い息を吐いていた。
じわじわと小柄な少女の腹部から滲み出す赤い血液。
当然、立っていることは出来ないらしく、腹を抑えたまま床に倒れ込むと、ビクビクと小さく体を痙攣させる。
「あれっ!? あの、この子、大丈夫なのか……?」
「問題ありませんわ、これは彼女のスキルが原因ですの。わたくしの【光魔法】で治癒を行う時に、時折お怪我を負った方と同調してしまうので、そうならないように、共に修行をしておりますの。一刻もすればケロリとしていますわ」
ふんわりと微笑む美少女の言葉に、青年たちは頬を染める。
縮こまって悶えるゴミまみれの少女にはもう興味が無いようだ。
そんな青年たちに神官らしきの男は、にっこりと営業用の微笑みを投げかけた。
「それより、お布施の金額ですが……」「あ、は、はい」
青年が退室すると、神官の男は、床に這いつくばったままの少女に軽蔑と嘲笑の混ざった声でこう宣言した。
「『ゴミまみれ』、夕食までに、貴様のくさい血と涎で汚したその床をキチンと奇麗にしておけ。さもなくば食事は無いものと心得よ」
「……ッ!」
少女は、震える身体で、必死に頷く。
少女にとって、ここは地獄に間違いないようだった。