01 それは良くある底辺の
「何で貴女がここに居るのよ? 用が無い時はアタシの傍に近寄らないでって何度も言ってるでしょ! そんな事も分からないの?」
どしゃっ!
黙々と厠の掃除をしていた薄汚れた子供の背を蹴り飛ばし、ゆるふわ薄桃色髪の美少女が金切り声を上げた。
その整った顔つきには、弱者をいたぶる絶対強者の歪んだ優越感がありありと浮かんでいる。
蹴り飛ばされた子供は、薄汚れて灰色だか茶色だか分からない素肌、ガリガリに痩せて貧相な身体つき、元の色が何色なのか分からない腰まで伸びたグレーのザンバラ髪、怯えたようにハの字で固定された眉……いかにも栄養不良であるらしく、ギョロギョロと、目だけが妙に大きく見えた。
「嫌だわ~、くさい、くさい! 『ゴミまみれ』がここに居るからこんなにくさいのよ」「あんたのせいでキャシーヌ様のおみ足が汚れてしまったじゃない! さっさとこの汚れを【吸着】しなさいよ!」「そーよ、そーよ! それしか能のないゴミ吸着女!」
「……」
キャシーヌ、と呼ばれた桃色髪の美少女を取り巻く三人の少女達が、蹴り飛ばされ、トイレの床にうずくまった子供を嘲る。
『ゴミ吸着女』というからには、このうずくまる子供も、少女……なのだろう。
女らしい曲線など一切無い、カカシのような身体の少女は、眉根をハの字に寄せ、困ったようにニコニコと笑っている。
そして、これがココでの処世術だと言わんばかりに小さく頷くと、キャシーヌ一行に逆らう事無く、神様から彼女に与えられた唯一のスキルである【吸着】を発動させた。
ぺぺぺしっ!
その途端、キャシーヌの足に付いていたちょっとした汚れやゴミが、『ゴミ吸着女』と呼ばれていた少女の身体に張り付く。
さらには、便ツボの中にたまっていたのだろう糞尿もビチャビチャと音を立てて引き寄せられ、彼女の足に張り付いた。
汚れの一切が彼女に吸われて行くせいなのか、汚物が転がった直後であるはずの床は、今まさに洗いたてのようにピカピカしている。
どうやら彼女のスキルは、自分から一定範囲にあるゴミや汚れを自分自身に吸い寄せる能力のようだ。
困ったようにニコニコしていた少女も、糞尿が素肌に張り付くのには驚いたのか、思わず笑みを忘れ、ぽかん、と異臭を放つ自分の足を見つめた。
その、ある意味マヌケな行動を確認すると、美しくも残酷な少女達は、良く乾いた藁に火が付いたように、勢いよく笑いだした。
「きゃーっ!!」「『ゴミまみれ』じゃなくて、『クソまみれ』ね!」「きゃははははっ!」「いやー! アンタなんか、絶対、聖女になれないわよ!!」
キャラキャラと少女特有の甲高いはしゃぎ声を響かせ、何故か勝ち誇った顔で、笑いながらトイレから去って行く。
ぽつん、と一人取り残されたゴミまみれの少女は、それでも気丈に、へにゃり、と顔に笑みを浮かべたのだった。