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夢と天王寺

作者: ポパイ

 ミュージシャンになりたいという気持ちを押し殺しながら別の将来を探し続けていた。別に誰かに何かを言われた事もない。歌は上手い。

 それなのに、自分の頭の中に出てくる22歳の私はスーツを着て沢山の履歴書を書いて沢山の企業に行き、面接している姿。それを否定するわけではない。でも、恐らくだが私が1番分かっている。

 全員が夢を叶えられるわけがない。ましてやこんな普通の大学に通ってる一人暮らしの私が。だからこういう風な就活を経て世の一般人に染まっていくのかと感じる。

 ある日の事、将来の就職先を考えながらとにかく外へ出ようと天王寺の街を散歩していた。家にいると不安で押しつぶされそうだったから。周りの同い年の大学生は就活に前向きな気がした。少なくとも私より。

 天王寺の駅を散歩していると、ある子供がお母さんにわがままを言っている。内容は天王寺動物園に行きたいみたいだ。そういえば私も動物園に行ったのは10年も前の事だな。そんな事を考えながら散歩していると天王寺動物園の前に居た。

 家族連れ、カップル、老人。そんな人達が楽しく過ごしているこの空間に大学生一人で居る事に少し恥ずかしくもなりながら動物を見ていた。久々に動物園に来ると少し面白くも感じる。でも、ある動物の前で私は足がすくんだ。日本語を話すライオンがいた。何を言ってるのか分からないだろうが、日本語を話すライオンが居たのだ。普通のライオン、というかライオンは普通ガオーやグワーみたいな吠える声だと思う。けれど、この動物園に居たのは、〈眠い、腹減った〉という声を上げるライオンなのだ。怖すぎる。ライオン特有の怖さではなく、霊的な怖さ。

 そのライオンがずーっと日本語を話すのだ。そんな訳ないと思うだろう。でも1番そう感じている私が納得せざるを得ないくらい日本語しか話さないのだ。その時、ライオンはこう言った。

「あの女、ずっとこっち見てるやん。」

いや関西弁!!!!!!嘘やん!!と自分の中の小籔がツッコミを入れていた。日本語を話すのですら恐怖を覚えていたのに。でも関西弁を聞いて少し、ほんの少しだけ笑えた。

「いつまで俺の事見てるねん、はよ次の動物見に行きや。」

と言っている。ただ、この時に気付いたことがある。このライオンは自分の日本語が人間に伝わってないと思っている。そして周りの人もライオンの日本語の声を聞こえていない。つまり私にしかこのライオンの関西弁は聞こえていないという事。

 少し自分を落ち着かせて私はこのライオンに話しかけてみる事にした。

「ライオンさん、日本語話すんですね。」

その言葉を聞いたライオン。ただひたすらにこっちを見つめている。恐らくこのライオンに疑心暗鬼という四字熟語を植え付けた瞬間だった。何も言わないのでもう一度声をかけた。

「そこのライオンさん、お腹すいたんですか?日本語話せるんですね。びっくりしてます。」

その声を聞いたライオンは急に驚き始めた。あたふたしながら

「なんでや!なんで俺の声聞こえてんねん!お前だけやぞ俺の声聞こえてんの!お前やばいって、怖っ!」

いや、全部こっちの台詞。あんたの方が怖い。そんな気持ちを抱えながら会話する事にしてみた。

「いや私も分からないんですけどなんか声聞こえるんですよ。」

「んなアホな。俺の声今までお客さんは当たり前、飼育員ですら聞こえた事ないねんぞ!俺が生きてきた15年間、誰一人として!!」

「いやだから私もびっくりしてます。日本語話すライオンとかファンタジーでもないですよ。恐怖です。」

「恐怖感じてる割にはよーさん喋ってくれるやん。まあええわ、暇やねん話し相手になってや。」

「分かりましたけど、ライオンと話す内容無いんですけど。」

「そんな冷たい人間なんかお前。せっかくの機会やんか、楽しもうや。そーや!週一でいいからここの飼育員になって俺の世話してくれや!」

「嫌です。」

「、、、なんでや。」

「そんな暇じゃないです。」

「一人で動物園来るのは相当暇やろ。」

図星だ。でも絶対に動物園の飼育員はやらない。こんなにはっきり日本語(関西弁)を話すライオンが居る事を受け入れる事が多分できない。今は柵という境界があるお陰でお客さんと動物。だから耐えれている。

言い訳を考えている間に次々とこのライオンは話してくる。

「あんた、一人で動物園来るって事は相当悩んでるんやな。多分大学生やろ、恋愛か将来の事や。けど彼氏おるようには見えへん、俺の計算からしたら将来やりたい事を捨てて就活したいけど何したいか分からない。ちゃうか?」

なんじゃこいつ。ズバズバ当ててくる。しかもちょっとディスられた。腹立ちながらも続けた。

「その通りです。気持ち悪いくらいにズバズバ当ててきますね。」

「いやそんな褒めんといてーな、照れるわ。ライオン界のDaiGoと言ったら俺の事やからな、お見知り置きを。」

「褒めてません。気持ち悪いです。」

「、、、まあええわ。どしたんや、相談乗ったる。」

「あ、遠慮しときます。」

「ええから、してみ。」

そこからあまりにしつこく聞いてくるので相談してみた。相談相手は、勿論ライオン。馬鹿馬鹿しい。

「将来の就職先が決まらないんですよね。どっかの会社入りたいとかも無いですし、私何かに突出してる訳でもないので。」

「それ今やろ?」

「本当にやりたかった事は何や。」

え。その時に私の脳天を何かがぶっ刺してきた。

「ミュージシャンです。」

「なんでそれ目指さへんねん。」

自分の核心を突かれた勢いで若干イラつきながらこう言った。

「いや無理でしょ。世の中でミュージシャン目指してる人どれほど居ると思ってるんですか。しかも私も上手いって言ったって周りと比べたら上手いだけでプロになれるレベルじゃないんですよ。」

「ならプロになれるレベルまで努力したらええやん。その努力もせんとプロになれる訳ない。目指してる人が多いからなんや。自分以外の全員より上手くなったらええやんけ。」

「だから無理に決まってるじゃないですか!私みたいな普通の大学生は就活するのが日本では普通なんですよ。小さい頃から歌の才能ある人が頑張って努力してなるのがミュージシャンの世界なんです。」

「そんなに言うならミュージシャンになる為に努力したんか。ミュージシャンにはどーせなられへんって自分で決めつけて何も努力してないのはお前やろ。努力してから無理って言えや。」

普通に説教を食らった。ライオンに。そんな事は薄々分かってた。けど自分に才能がないと思うのが怖かった。ミュージシャンが憧れの世界のまま終わる方が良かったから逃げ続けていたのもある。そんな事を全て分かったかのように、容赦なく言ってくるライオン。

「結局逃げて逃げて私には無理です、それは損や。やりたいことがほんまにそれなら目指して無理なら違う道に行ったらええやん。やりたいのに目指さんのは勿体ない。思わんか?」

「分かりましたよ!今日から死ぬ程努力します!そしてそんなにボロカス言ってきたあなたに認められる為に絶対ミュージシャンになって見せます!日本武道館に立ってみせます!」

泣きながら私はこう言った。私は悔しくもあったが、背中を押されている事に涙していた。

「頑張れよ。」

ライオンはこの一言を残して裏の寝床に戻って行った。


約五年が経った。

ひたすら歌に向き合った。レッスンは勿論、路上ライブも何百回とした。自分で作詞作曲もして、初めてのCDも作った。東京に場所を移してさらに自分を高めた。そこから何曲か作った。そして六枚目のCDが50万枚近く売れた。正直驚きすぎて実感はなかった。けれど事務所からスカウトもされた。ライブも行った。ファンクラブもできた。そして自分は着々と日本のミュージシャンとしての地位を確立していった。

 日本武道館でのライブが決まった。正直言うと、自分みたいなものが日本武道館に立っていいのかと思う。勿論努力はした。結果もついてきた。だが、元々はミュージシャンは諦めて就活しようとしていた人間だ。とてつもなく不安になった。勿論楽しみもある。自分のライブを楽しみにしてくれている人達がいる。それだけでも頑張れる。けれど、ここまで来れるなんて思ってもいなかった。そう思うと、私の足はある場所に向かっていた。

 私が向かっていたのは天王寺動物園。何を隠そう、あのライオンに会いに行く為だ。五年前にあの約束をしたからだ。私がミュージシャンを目指したきっかけでもあり、目指してからも心が折れなかったのはあのライオンの言葉があったからだ。どんな顔をしてくれるだろう。なんと言ってくれるだろう。そんな事を思うと、大阪へ向かう新幹線もあっという間に感じた。

 天王寺動物園に着いた。緊張した。私にとっての神様だから。ゆっくりゆっくりライオンのいる場所へ向かった。何一つ変わらない風景。あの五年前の何も努力していなかった私の人生を変えた場所。そして、その場所についた。しかし、そこに居たのはガオーと吠えるライオンだった。ライオンの寿命は15年くらいらしい。

 そして私は一曲作った。日本武道館で歌う為だけに作った。私にとってとても大切な曲にしたかったから。夢は諦めるな、目指せ、そんな綺麗事ばかりの世の中じゃない。そう思っていた私があのライオンと出会って。綺麗事でもいい、努力は裏切らない、そう教えてくれた。作り終えた時、私は号泣した。

 

 日本武道館でのライブ。もう終わりかけで最後の一曲になった。私の音楽を聴きたいと思ってくれたこの1万人近くのファンに感謝すると共にこれからも努力し続けようと誓った瞬間だった。

「それでは最後の一曲聴いてください。」

「夢と天王寺」





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