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日常の文学シリーズ

間抜けな怪盗

日常の文学シリーズ⑧(なろうラジオ大賞 投稿作品)

指輪がない。

何もついていない自分の左手の薬指を見て愕然とした。仕事から家に帰るまでに、どこかに落としてきてしまったらしい。バッグの中やポケット、財布の中までひっくり返した。帰り道をたどってもみた。しかし見つからない。


とりあえず家に戻って、この後の対応を考える。悪い癖なのだが、こういう時私は素直に謝ることではなく、言い訳やごまかしを考えてしまう。


ただなくしてしまったとは言えない。どうにかうまい言い訳はないだろうか。盗まれた?脅された?もともと指に合ってない指輪を買ったあなたが悪いとか?一生懸命探したけどなかった、みたいな同情論に持ち込もうか?いっそのこと新しい指輪を買おうか。同じものではなくても似たような色合いのものをとりあえず買って、見つかるまでごまかそうか…

反射的にそんな卑怯な手段が頭に浮かんできてしまう自分の汚さにうんざりする。そんなことは彼への裏切りにしかならない。


指輪を受け取った時のことはよく覚えている。赤坂のレストランで、彼の雰囲気でその日何を言われるかを察して、恥ずかしさを紛らわせようとワインを飲んでしまって、酔っぱらいそうになる私に彼が慌てて取り出した指輪。彼の震える声と、それでもぶれない視線が私をとらえた。私もさすがにはぐらかせなくて、まっすぐ返事をしてしまった。彼の安心した顔が、まだはっきりと思い出せる。

だから、なおのこと指輪をなくしたことは言えない。どうにかして見つけなきゃいけなかった。


 玄関で音がした。彼が帰ってきた。私は上ずった声で「おかえり」を言った。悪いことをしているときは、どんな細かい仕草でも怖くなる。なんだか全部見透かされているような気がしてしまう。

「どうかした?」

 明らかに挙動がおかしい私を見て、彼が声をかけてきた。

「あの、そのね?」

言わないと。何か言わないと。

「家に怪盗が出たの…」

 なんだそりゃ?!と脳内でセルフツッコミをしてしまった。ごまかすにしたってこれ以上ないくらいひどいやり方だった。なんで怪盗?泥棒じゃなくて?などと的外れな指摘が脳内で聞こえた。

しかし彼は怪訝そうな顔をするでもなく、なぜかにやにや笑っていた。

「そうか、よっぽど間抜けな怪盗なんだろうな。盗んだものを落としていくなんて」

彼が差し出した手には、見覚えのある指輪が銀色に光っていた。

私は体中から力が抜け、力なく笑った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これはまさか日常シリーズのタイムスリップの2人で会ってますか……? [一言] どうしても言い訳を考えてしまう気持ちすごい分かる…… とってもチャーミングな怪盗さんでしたね!w
[良い点] 面白いです! 心理描写がしっかりとしていてリアリティがありますね。 すぐに言い訳を考えてしまうのも、それに嫌悪感を抱くのも人間らしくてとても面白いと思います。 [気になる点] 文頭に一つ…
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