あなたのいないもしもの世界
ブランクに加えて短編書くのは初めてだから読みづらいかもしれない( ̄▽ ̄;)
高校二年生になって迎えた初夏、じりじりと上がり始める気温に頭を抱える季節。
ノートにペンを走らせるよりもスマホのスクリーンに指を滑らせることの方が多い少女、四ノ宮 紫音は今日も机にうなだれてノルマをこなしていた。
ノルマとはもちろん自習ではない、各ゲームに課せられたデイリークエストのことだ。
色鮮やかな画面、多彩な効果音がヘッドホンを通して無機質に紫音の耳をすり抜ける。
「もうすぐ夏休みかぁ……ヤバいな、花のJKなのに夏休みのスケジュール空っぽじゃん」
紫音はスマホのアプリからリマインダーを選ぶと、その内容にうんざりした。
ほとんど何も書かれていないのである。せいぜい書かれていることといえばゲームのイベント日時だけ。
今時の女子高生なら友達との約束や、家族との旅行でスケジュールが埋まっていても不思議ではない。
「百歩譲って女子校だから彼氏がいないのは仕方ないとして、これはいかんでしょ」
「何ブツブツ言ってるの? ていうかあなた、お昼はもう済ませたの?」
教室から半分くらいの生徒がいなくなった頃、端の席でうなだれる紫音に一人の生徒が話しかけてきた。
リボンの色から三年生であることが窺える。
三年生の生徒はだらしない紫音の目の前に、薄紫の巾着で包まれた弁当箱をおいた。
「あ、つくちゃんはろしおー」
「学校ではその呼び方やめてって言ってるでしょ? 他の生徒に示しがつかないじゃない」
「今更じゃん……あ、お弁当いつもありがとねー」
つくちゃんと呼ばれた三年生の生徒は、紫音の通う学校の生徒会長、小夜倉 月夜。
いわゆる"いいとこのお嬢様"で、他生徒からは堅物で近寄りがたいとされている。
「放課後スケジュール空いてるわよね? って聞くまでもないか」
「失礼だなー、まあ確かにスケジュール空っぽだけどさ」
「いつもの時間に集まるから準備しておいてね」
「あいよー、他の皆には声かけたん?」
「ももにはまだ、これから行くところよ」
「んじゃうちが声かけとくよ、隣のクラスだし」
「ありがとう、それじゃあもう戻るわね」
「おけおけ、お弁当いただくねー」
側から見れば見知ったはずのクラスメートが、堅物で有名な生徒会長と親しく話している異様な光景というふうに映るだろう。
しかし紫音は月夜と中学生からの友達、おまけに同じ学校の中等部に通う月夜の妹とも仲が良い。
クラスメートからよくどういう関係かと聞かれることも珍しくはない、だから紫音はいつもこう返答するのだ。
「ん、友達だよ?」
ただしただの友達ではない、孤独だった頃に手を差し伸べてくれた親友だ。
月夜との出会いは四年前、現在高校二年生の紫音が中学生に進級したばかりの頃のこと。
両親の離婚が原因で小学校の卒業と同時に引っ越し、友達一人もいない慣れない環境に身を置かれた少女が学校で孤立するのは想像に難しくない。
「あの子、今日も一人だね」
「なんか話しかけづらいね」
紫音は他より少し頭が回るタイプだった。そして紫音自身もそれを自覚していた。
何事にも器用で人の心を読むことにも長けていたし、少し顔を見るだけで相手の気持ちを読み取れる。
だからクラスメートが自分に対してどんな印象を持っているのかも、たやすく理解できた。
異物、それがクラスメートが紫音に抱いているもののすべてだ。
「はぁ、つまんないの……今日もゲーセン行くかな」
母は夜遅くまで仕事で紫音はほぼ一人暮らし状態、頼れる人も気心知れた友人もいない。
そんな紫音がのめり込んだのがゲームだった。
ゲームセンターに設置されているアーケードゲーム、もちろん例外は存在するが基本的には純粋な腕前のみでスコアを競うものが主となる。
課金要素に左右されないアーケードで自分の腕をぶつけることが、紫音にとって唯一無二の発散方法。
……のはずだった。
「満たされない……ハイスコアなのに、どんなに記録塗り替えても満たされない」
ただひたすらに上を目指した。積み上げた百円玉が尽きるまでただひたすらにプレイした。
でも何度やっても満たされなかった。
自覚はしていた、何をやっても満たされないということは。
日頃のストレスをぶつけていただけ、それが本当に欲しかったものではないことなど自分が一番よく知っている。
それを誤魔化して押し込んで、今日もこうしてゲームセンターに通い詰めているのだ。
「お腹すいた……帰ろ」
「あなた、ほんとにゲームが上手いのね」
「……そんなこと、ないです」
紫音に話しかけてきたのは同じ学校の制服を着た少女、黄金色の瞳が強く輝いている。
透き通った金髪は地毛だろうか、見る限り染めている様子はない。
「私も毎日ここに通ってるの、あなたもでしょう?」
「まあ、暇なんで」
「ふーん……よかったら勝負しない? あなたが好きなのでいいわよ」
「なんでそんなこと……うち、じゃなくて私もう帰るとこなんですけど」
「まあまあそう言わずに、プレイ代は私が持つから相手してよ」
その日、紫音は初めて敗北を経験した。
勝負に負けたら店の前にある自販機のジュースをおごる、というありきたりな安い賭け。
紫音が選んだのはいつもよく遊んでいるリズムゲーム、同じ曲をまったく同じ条件でプレイしてよりスコアの高かった方が勝利というルール。
"同じ条件"という勝負、運の介入する余地のないルールである以上、紫音は自分が負けるなどということはほんの少しも想像すらしていなかった。
「私の勝ちね、それじゃあジュースおごりで」
「負けた……別に手は抜いてなかったのに」
「勝負に対する情熱ってやつかしら、あなたさっきのゲーム楽しんでた?」
なんとなく、核心に触れられた気がした。
ゲームを楽しむ、そんなあまりにも当たり前すぎることを忘れていた。
ゲームはただ自分のストレスを発散するための道具でしかないと思っていた。
「ごちそうさま、それじゃあね」
「あの……待ってください」
呼び止めた。何故自分が彼女を呼び止めてしまったのか、それは紫音自身にも分からなかった。
「名前、教えてください」
そんなことを聞いてどうする、と紫音は自分で自分の言葉に疑問を抱いた。
「月夜、小夜倉 月夜、同じ学校の二年生よ」
「小夜倉先輩、明日も勝負してくれますか?」
「いいわよ、でもジュース代忘れないでね」
彼女はいたずらっぽく微笑むと、ゲームセンターを後にした。
初めて誰かと約束をした。最初はくだらないと切り捨てたはずの勝負を今度は自ら持ちかけた。
それは紫音が、先ほどのくだらないはずの勝負に価値を見出したということに他ならない。
「次は勝つ、絶対に」
それが紫音と月夜の、初めての出会いだった。
行きつけのゲームセンターで初めて敗北して以来、紫音は毎日のように月夜と勝負を繰り返していた。
最初こそ完敗していたものの、回数を重ねるごとに勝敗は重なり合い、今や二人の実力は完全に拮抗していた。
「結局今日も引き分けちゃったわね、ちょっとは先輩を敬ってジュースおごりなさいよ」
「先輩こそ後輩のために大人になってジュースおごってください」
今では憎まれ口を叩き合うような仲になり、月夜は紫音を下の名前で呼び捨てるまでになった。
意外にも紫音にできた初めての友人は、紫音が初めて敗北した相手だったのだ。
「そういえば、先輩はなんでここに通ってるんですか?」
「なんでって、そんなの家がつまらないからよ。あなたはどうなの?」
「うちもそんな感じです。先輩とゲームしてる時が一番楽しいかも」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない、そうだ! 今度私のうちに来る? 四歳下の妹がいてね、あなたの話をすると会ってみたいって言うの」
「先輩のうち? それに妹さんですか……いきます」
当時十歳になったばかりの月夜の妹と会うことになった。
学校では学年が違うので、互いに顔を合わせる機会はゲームセンターでしかない。
なのでゲームセンター以外で会うのも、友達の自宅に呼ばれるのも、その妹と会うのもすべて今回が初めての経験だった。
「ここが先輩の家、豪邸じゃん……」
ゲームセンターに通い詰めていると言うからてっきり自分と同じような家庭環境なのかと思いきや、想像以上の光景に紫音は唖然としていた。
予定の時刻より少し早めに到着、紫音は恐る恐るインターホンに指を伸ばした。
『ようこそ、今迎えに行くわね』
少し重みのあるインターホンの音とともに、月夜らしき声が答えた。
そして自宅の眼の前にいて、迎えに行くと言うワードを聞くとは思わなかった。
「先輩ってお嬢様だったんですね」
「そんなに大したものじゃないわよ、ついてきて。妹の他にも紹介したい子がいるの」
「妹さんの他に? お姉さんとかかな……」
招かれた門の向こう側には、当然のごとく大きな屋敷が待ち構えていた。
普通なら家柄のいいお嬢様が放課後に一人でゲームセンター通いなど、許されるはずはない。
はずはないのだが……
「ついたわ、ここが私の部屋」
「玄関から部屋までが地味に遠かった……」
「るな、この前言ってた紫音が来てくれたわよ」
月夜がそう言うと、二人が立つ扉の奥からドタバタと明らかに慌てている様子が窺えた。
そして数秒後、重々しい扉を蹴飛ばすがごとき勢いで妹は登場した。
「紫音さん! ほんもの!?」
「ど、どうも初めまして、紫音です。……先輩、なんかすっごい羨望の眼差しで見てくるんですけど」
「ああ、私と何度も引き分けるくらい凄腕なのよって言ったらあなたに憧れちゃったみたいで」
「初めまして、るなです! うわーほんものの紫音さんだー♪」
「これじゃあうち芸能人じゃん……」
るなに手を引かれるまま入室すると、そこにはもう一人の少女がゲームをしていた。
厳密にはポーズされたゲーム画面を見ていた。コントローラーが二つ繋がれているところを見ると、先ほどまでるなとゲームしていたのだろう。
「もう一人紹介するわね、この子はもも」
「百瀬 ももだよー、新人さんー?」
桃色の髪に白い肌、まったりとした喋り方が特徴的な少女は紫音を品定めするように見つめてくる。
「うんうん、よろしくねー」
「え? なんだったの今の……」
「ああ気にしないで、こういう子だから」
「こういう子ってなに……ま、まあよろしく」
それから月夜の紹介で同じ趣味を持つ友達も増え、紫音はようやくクラスメートと馴染むこともできた。
もしあのとき、月夜に出会わなければ紫音はずっと一人だったのかもしれない。
だから月夜は紫音にとって、友達という言葉だけでは足りない恩人なのだ。
だから、もしもあなたと出会わなかったら……。
〜〜〜
父親はいない、母は夜遅くまで仕事。
引っ越し先の学校では友人はできず、イジメとまではいかなくても異物のように扱われる。
放課後、行きつけのゲームセンターでストレスをぶつけるときですら心は休まらない。
相手プレイヤーはねじ伏せる、ハイスコアを塗り替えていく日々。
紫音にとってゲームとはストレスを発散するための手段であり、自分を受け入れてくれない者たちへの攻撃手段でもあった。
相手をねじ伏せることだけが快感だった。積み上げられたハイスコアを塗り替えることだけが達成感だった。
そんな日々を過ごしていくうちにクラスメートはだんだんと紫音に近づかないようになり、紫音もまた心に壁を作って一人でいることを決めた。
人との関わりを、自ら切り捨てた。
「つまらない、もっと歯ごたえのあるやつ……」
いつしかこんな噂が広まるようになった。
とあるゲームセンターに一人の凄腕プレイヤーがいると。
そのプレイヤーは未だ負け知らずで、対人戦においては無類の強さを誇ると。
それはゲームセンターの中だけではなく、SNSを通じて瞬く間に広がった。
「アレじゃね? 噂のプレイヤー」
「マジで女子じゃん、噂が確かなら対戦受け付けてくれるんじゃね? 挑戦断らないらしいし」
面白半分で噂のゲームセンターに赴き、挑戦してくるプレイヤーは後を絶たなかった。
SNSで拡散された噂、話題好きなら食いつかないわけがない。
その噂には尾ひれや背びれがついたが、ただ一つ本人の腕前だけは噂に違わぬものだった。
「マジで、勝てねえ……」
「対戦ありがとうございました、それじゃ」
紫音は対戦を断ることはなかった。勝利による報酬も敗北によるペナルティもない、ただの勝負。
だが紫音にとっては対戦することそのものが目当て、勝つ気満々で挑んできたプレイヤーをねじ伏せることが紫音の日課となっていた。
やがて噂のプレイヤーを見つけ、挑むこと自体がステータスとなり、本気で紫音に勝とうとする者は一人もいなくなった。
「つまんない……」
いつからか紫音は、負けたいと思ってプレイするようになった。
スコアを塗り替えることをやめた、もう塗り替えずとも誰もスコアを超えられないから。
対戦は続けていた、ただの暇つぶしに。
本気で挑戦してくるプレイヤーはいない、ただステータスが目当てで挑んでくる者ばかり。
それでも対戦はやめなかった、いつか自分を負かしてくれるプレイヤーがいるかもしれないと思っていたから。
もしあなたと出会わなかったら、うちはずっと孤独だったのだろう。
高校二年生の現在、少し遡って中学一年生の四年前。
そして同じく四年前の、もしもの世界線を描いてみました。
「〜〜〜」
から下がもしものお話ですが、わかりづらかったかな?w