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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さわ×冬子。

長いかもしれません。

連載にするには短じかそうなので短編としました。

ふと目が合った。


世の中、これだけの人がたくさん生活しているのだ街中だけでなくどこでも歩けば目が合うこともある。

人と接点を持ちたくないと目をそらして歩いているというのであれば別だけれど。


入った喫茶店はイスがほぼ埋まっていた。

足を踏み入れて少し後悔していたが、頼んだ飲み物を持ってしまっていたので座る場所を探していた時だ。

まあ、喫茶店で相席など皆快くは思っていないだろうとは思っていたが案の定声をかけるのをためらう雰囲気がある。


「よかったらどうぞ」


その人は私に言う。

隣のイスに置いてあった荷物をどかして。

その他の客は自分の荷物をおいて平気な顔で過ごしている。

「ありがとう、でも迷惑なのでは?」

「全然。あ、でも見ず知らずの私と隣が嫌やっていうなら別だけど。」

彼女はいたずらそうに笑う。

「いえ、大丈夫です。」

緊張していたが少し溶けた。

柔らかい調子の声と、笑顔だったからだろうか。

私にしては珍しい。

私は窓側のカウンターテーブルに着いた。

「雨宿り?」

頼んだ紅茶を一口のみ、ほっとしていると席を譲ってくれた彼女が声をかけてきた。

「え、あ、いえ。時間調整で。」

このあと、映画を見る予定である。

まだ少し時間があった。

「日本はあまり喫茶店では落ち着けないから困る。」

彼女は言った。

「時間帯によると思います。」

私は見渡した。

腹時計と同じようなものなのか、この時間はお茶の時間だと義務のようなものなのか。

「今日は雨宿りでいつもは入らないお店に入ったんだけど・・・席を探すのに辟易した。」

私も同じだったので笑う。

「喫茶店もたくさんあるのにやはり雨が降ると近場ってなってしまうみたい。」

「確かに、美味くもないコーヒーを飲む羽目になる。」

彼女はカップを持ち上げた。

自然と私たちは話していた、偶然となり同士になって。

でも、普通はこんなにフレンドリーにはならない。

やはり見知らぬ他人なのでそらぞらしくなってしまうのだが彼女とはそうならなかった。

「さっき日本は、って外国に住んでいらしゃった?」

ひっかかったので話がてら聞いてみた。

「少しだけね。でも、すごしやすかった。」

「海外が過ごしやすいって思えるのはすごいですね、私なんて英語もろくに話せないから・・・」

「一応、英語圏の血が混じっているのでね。」

「え」

見た目からは分からなかった。

はっきりとしたハーフともクォーターとも。

「とはいえ、私の時には結構薄まっているかな。」

考えるように上を向く。

見とれるような白い喉をしていた。

なぜそんな風に見て、感じたのかは分からない。

引き寄せられたとしか言いようがなかった。

私ははっと自分に気づき視線を逸らすように紅茶を飲む。

「ここまで話ちゃってなんだけど、映画までの時間つぶしにつきあってもらってかまわない?」

私の方に上体を向かせながら聞いてきた。

映画までは1時間以上あった。

いつも一人で時間をつぶしているけれど、知らない他人とはいえここまで話が弾んでしまったのは初めてだった。

苦手なひとでもなさそうだし、断固としてひとりで時間待ちしたいわけでもない。

そして、断る理由もなかった。

「でも、何かしていらっしゃるんじゃ・・・」

手元にはノートとシャープペンシルがある。

「大したことじゃないからいいの。」

笑ってそれをバッグにしまう。

「OK?」

「はい。時間まででよければ。」

私たちはそれから時間まで話し込むことになった。




本日は晴天なり。

空は青空、風も心地いい。

私は空を仰ぎ、空気を吸い込んで歩きだした。

待ち合わせは朝9時に上野駅 公園口改札前。

少し早すぎるだろうけれど、休日の博物館は混むので開館前に着いて並んでいるのがいい。

特に特別展があると開館後1時間になるとはすごく並んでしまうのである。

電車に揺られ、シートには座らずに窓から見える景色を眺める。

わずか30分程度だけれど、線路沿いの景色はいつも新鮮に見えた。

数年前からその景色に、ひときわ大きなタワーが加わった。

そう、スカイツリー。

まだ、行けていないから今度彼女を誘ってみようと思う。


「さわ。」


駅の改札を出てすぐに声をかけられた。

彼女を探す間もない(笑)。

目の前に彼女が現れる、モデルかと思われる細身に薄いコートとマフラーを巻いている。

「西島さん。」

「冬子でいいよ、ほんとはさわの方が年上なのに。」

喫茶店で席を譲ってくれた彼女は西島冬子という。

冬に生まれたから冬子と名付けられたらしい、分かりやすくていいのに本人は気に入っていないようだ。

私より2歳年下ということが後で判明した。

出会った時、私より大人びて見えたから知った時は驚いたものだ。

しかし、早くから外国に行くというのは人を成長させるものなのかもしれないと理解する。

私なんて日本語の通じるこの安全な日本でゆったりくらしているから年相応に見えないのかもしれない。

「まだ、慣れないの。」

「そう? もう、出会って半年も経つよ?」

笑って歩き出す。

目的地は国立博物館 平成館の特別展。

チケットはすでに買ってある。

「やっと寒くなってきたね」

今年は夏が短く、例年より秋が長かった。

紅葉を楽しめたのは良かったけれど。

「ここらへんの銀杏の葉も落ちてからから。」

黄色く色づいていた銀杏が枝だけになって寒々しい。

「それも、冬の風情じゃない?」

「そうね、寂しさもあるけど冬っぽい。」

公園をつっきって行くと中央の大きい広い場所に出た。

右側を見ると、遠くに大きな和風の建物が見える。

日本で一番有名で、大きな博物館。

国立博物館 東伯。

所蔵量も、もちろん日本一である。

「お、来た来た。あれが見えると来たって思うな。」

「ええ。」

「並んでるなー、やっぱり。早く行こう。」

「冬子ー」

冬子は手袋をしている私の手を取って足を早めた。

出会ったときより、子供っぽくなったように感じるのは私だけだろうか。

列は並んでいるとはいえ、数十人くらいだった。

私たちは敷地内に入り、チケットを持っている列に並ぶ。

並んでいたのはチケットを購入する人の列だったらしい。

「チケットを買っておいたのは正解だね。」

「時間は効率的に使わないと・・・」

冬子のマフラーがほどけてしまっていたので巻き直してやった。

彼女の方が背が高いので私が少し背をのばさないといけなく、身体が密着する。

「あ、ありがとうー」

「どういたしまして。」

私は別に気にしていなかったけれど、冬子は嫌だったのか少し離れてしまった。

人には他人に触られるのが苦手な人がいるから冬子もそういう人なのかも、次回からは注意しよう。

10分程度待って私たちも中に入れた。

開館してすぐなので中は混んでいない、展覧会をゆったり楽しむことが出来そうだった。



さくさく。


足下で枯れ葉を踏む音がする。

紅葉が終わってしまった東伯の庭だけれど、庭園として鑑賞することはできる。

2時間、文化財を満喫して私たちは庭を歩いていた。

春にはいろいろな種類の桜が咲き誇って綺麗で、上野の桜見には穴場的な存在。

「つかれた? 若いのに。」

「さわが、健脚すぎ。展覧会と庭の散策だなんてキツすぎる。」

冬子は苦笑しながらも付いてきた。

私は会社までは歩きで毎日通勤しているから普段、交通機関を使っている人とは少し違うのかもしれない。

歩きながら町並みを見るのが好きで、寄り道も好きだ。

閉まってしまった店もあれば、新しくオープンする店もある。

ほかの友人は歩くグーグルと私のことを言うのだけれど(笑)

「冬子、あなた普段あんまり歩いていないでしょう?」

「歩く必要がないし。」

「勉強・研究も大事だけど、身体も資本よ?」

ガリ勉ではないのだろうけれど大学院に行っているという冬子はよく研究の話をする。

内容はちんぷんかんぷんなのだが、生活のほとんどが研究といってもいいのではないかという印象を受けている。

大学院生とは、驚いたけど。

出会った時の雰囲気から、就職している社会人だと思っていたのだが・・・。

「はいはい。」

「おざなりに返事するー」

「おなか空いた。」

「それには同感ね、何食べようか?」

私がそう言うと待ってましたとばかりに笑顔になって寄ってくる。

ゲンキンなんだから、まったく。

「大人のランチが食べたい。」

私の腕に掴まってねだる。

「・・・こういうときだけ?」

「院生っていっても貧乏学生なので。」

「私より、お金持ちでしょ?」

「儲けはみんな、貯金中。もっと貯まったらさわにお返しするから、ね?」

いいとこのお嬢様であり、その頭脳で株取引もしているらしい冬子。

お金に困っているところは見たことがない。

そんな彼女が貧乏学生と言うとは・・・苦笑した。

「それに、私って社会人オーラないから一人で入る度胸ないし。」

「よく言う。」

私はそう言いながらも足をお店の方向に運び始めていた。

「さわと知り合いになれて良かった、入りたかったお店にも入れるし。友人は学生ばっかりだしね。」

「私はお店に入るための知り合いなの?」

笑って言った。

「違う、言葉の例え。大事な友人のひとり・・・」

あわてたように訂正する。

別に私は気にしていなかったのだけれど。

「そうね、私も冬子と友達になって交友も趣味も広がったし。」

「騒々しいのに引き込んで申し訳なかったけど・・・」

いつかの大学のサークルの飲み会の話を思い出す。

「面白いひとたちよね。」

一生懸命勉強しながらも遊ぶ大学生。

遊びばかりはどうかと思うけれど、学生生活などそんなものだ。

「さわ。」

「うん?」

私は冬子を見上げ、聞く。

「あのー」

「なに? 別なお店に行く?」

気が変わったのかもしれない。

「そうじゃなくて・・・その・・・」

「?」

立ち止まる。

彼女には珍しくはっきりしない物言いだった。

「どうかした? 冬子。」

「・・・軽蔑するかもしれない。」

「え?」

視線を合わせないまま言う。

いつもなら目を見てきちんと言う彼女がだ。

「軽蔑? なにかしたの?」

意味が分からない。

今日のいままでの行動でのことだろうか。

「私、」

そこでやっと顔を上げて冬子は私を見る。

「うん?」

でも、やっぱり目をつぶってあきらめたように何も言わなかった。

「やっぱりいいー・・・止めとく。」

「言った方がすっきりすることもあると思うけど?」

私が言うと苦笑した。

「さわってさ、鈍いって言われない?」

雰囲気を変える、冬子。

私もこちらの方がいい。

直前までのあの冬子はなんだったのだろうか。

私には分からない・・・彼女の言うとおり鈍いのかもしれない。

「自分では自覚してないけど・・・時々言われるかな・・・『お前、鈍すぎる』って何度も言われた。」

「誰に?」

「2つしか年、変わらないけど色々あるのよこの年になると。」

オブラートに包む。

彼氏だったり、その他の男性にだったり。

「・・・モテたんだ。」

「意外?」

「正直ながら意外。」

割と人並みにモテました。

「冬子は?」

聞かれたので聞き返してみた。

でも、その質問は彼女を狼狽させてしまった。

表情はすぐに何気なくなったけれど、一瞬見せたその狼狽は私にその質問をしたことを後悔させるのに十分だった。

「ごめんなさい、冬子ー」

なぜだか謝ってしまう。

謝ってしまうくらいの狼狽だったのだ。

聞かれるのは嫌だった質問だと言うことが分かる。

なぜか、と思う余裕もないほどに。

「あ・・・ううん、いい。ちょっと思い出しただけだからー」

言葉切れが悪かった、気まずい雰囲気が流れる。

「ごめんね」

「さわは悪くない。」

「気を取り直して、ランチにしようか。」

「うん。」

冬子は表情を無理に明るくして頷いた。





はしっ。


腕をつかまれた。

歩いているときに掴まれるのは痛い、歩いている方向とは逆の方向に引っ張られるから。

キャッチなど歩いていなかったのに、と不審に思って相手を見ると知り合いだった。

元、だけど。

「佐和子。」

「軽部君。」

もう、名前で呼ぶ仲でもないからつき合う前に呼んでいた名前で呼ぶ。

「変わらないな、相変わらず。」

目の前の角刈りのスーツ姿のサラリーマンの元彼は苦笑して言った。

見た目がってこと?

苦笑する理由は分からないけれど。

「そう? あなたは痩せたみたいね。」

少し顔の肉が落ちた感じで。

働くサラリーマンは毎日が戦場だから私が気づいた変化もたいしたことではないのかもしれない。

「5キロ落ちた。」

5キロはすごいな、とダイエット方面で感心してしまった。

「で、どうしたの?懐かしい顔があったから呼び止めたの?」

嫌味では言っていないつもり。

彼とは円満に別れたのだ、私の方にわだかまりはなかった。

でも、彼の方はそう取らなかったようだ。

あまりうまくいっていないのかもしれない、今の彼女とは。

「きついな。」

「きつい? 私は別に嫌味を言ったわけじゃないんだけど。」

「・・・・・」

別に好きな子ができたから別れてくれと言ったから、負い目を感じているのだろうか。

まだ。

私の方はとっくに気持ちを切り替えているのに男はどうしてこういつまでも・・・なのだろうか(苦笑)

「ごめんね、軽部君。私、ひとと待ち合わせているから」

「あ、ああ、すまんー」

素っ気なくて申し訳ない。

目の前のあなたより、大事な用なのである。

私は掴まれている腕をすっと引き寄せると早足で急いだ。




「痕になってる。」


冬子は顔をしかめた。

私も少し困った顔になる、痛いからだ。

夕飯の為、待ち合わせたお店で腕が痛むので袖を少しめくったらくっきり指の痕がついて内出血していた。

「もう・・・きつくつかみすぎよ、軽部君。」

袖を戻しながら文句が口から出る。

「・・・キャッチとかじゃなかったの?」

「私もそう思ったんだけどね、まさかの知り合い。」

家に帰ったら冷やして、湿布を貼ろう。

「元彼とか?」

「そんなところ。」

ウエイターが注文を聞きに来たのでメニューを開いて注文した。

冒険はしないので大体いつもたのむメニューが決まっている私たち(笑)。

頼み終えると先に注文していたビールが運ばれてきた、ベルギービール。

「腫れてない?」

「大丈夫だと思う、まだ少し痛みはあるけど・・・」

「帰り、湿布買って貼って帰った方がいいよ。」

「んーそうする。」

乾杯をして一口飲む。

のどを泡と冷えた液体が流れ、胃に流れ落ちる。

ぷはーっとやりなくなるのを我慢して大人しくした。

「冬子は1杯にしといた方がいいからね。」

「そうする、弱いし。おいしいのに残念だけどー」

「その分、料理をたくさん食べて。」

私のじゃないけど、ここのお店の料理はリピートするくらい美味しいのだ。

だから何度も通っている、マスターとも気心もしれているし。

「ねえ、さわ。」

「なに?」

「今度、さわの料理食べてみたいな。」

ビールの瓶を持ったまま言う。

「私の?」

「そう、手料理。」

「どうしたの、急に。」

「さわってグルメだから、自分でも美味しいもの作れそうだから。」

「グルメって言っても、さほどじゃないよ。人並みにつくれるくらい。」

「その人並みが出来ない人間がここに一人。」

にゃりと冬子。

にゃり、としている場合じゃないでしょうに。

「出来ないんじゃなくて、しないんでしょう?」

「どちらも。」

「えばることじゃありません。」

「食べたいな、さわの手料理・・・きっと美味しい。」

断言する。

まずくはないとは思うけど・・・期待はずれだった時のがっかり感はハンパないぞ。

「考えときます。」

「検討、よろしく。」

冬子は私に軽く敬礼をした。

お店の料理はいつ来ても私たちを満足させた。

そして幸せな気分で帰路につかせてくれる。

夜も遅いので私は徒歩ではなく、電車で帰る。

駅までの道すがら冬子に好きな食べ物を細かく聞いた。

私の料理が食べたいといったからだ。

「カレー、ハンバーグ、プリン。子供みたいな嗜好ね。」

私は少し笑って意外な冬子の好物を口に出した。

見た目からは想像も付かない、へたしたら私より年上、落ち着いて見える彼女。

「小さい頃、あんまり食べられなかったからね。その反動かな。」

良いところのお嬢様らしいのに意外だった。

豪華なものを食べられても小さい子には美味しいとは感じられなかったのだろう。

小さい頃からの本物志向も良いけれど、それも大概だ。

「だから、今、ジャンクフードにもはまってる。」

「動物性のものはカロリーが高いのよ? まあ、冬子には影響はないみたいだけどね。」

私は冬子を頭の先から足下まで見て言う。

食べても太らないなんてうらやましい体質だ。

「私の場合は、痩せ過ぎっていわれる。」

私は笑った。

「じゃ、都合がつく日が分かったら連絡して。」

駅に到着する。

冬子とは反対の方向に向かう電車に乗るからここでお別れ。

駅には、夜遅いというのにまだ人がたくさん居た。

私たちもその帰路に就く人たちに紛れる。

「ん。気をつけて、さわ。」

「そっちもね。」

私は軽く手を振って乗るべき電車が入線するホームに向かった。

いつでも会えるのだから、名残惜しげに長く手を振ったり、いつまでも話しているのは時間の無駄だと私は思っている。

しかし、その日はふと気になってちらりと後ろを振り返った。

私にはそういう習慣はないので珍しいことだがその日はそうした。

見れば、人混みに紛れてこちらを向いている冬子が見える。

私がみえなくなるまで見ているつもりなのだろうか。

バイバイと別れて互いに別々のホームに向かうと思っていた私は、その気にならなければ振り向かない自分が冷たい人間のように思える。

冬子が笑って軽く手を挙げ、くるりときびすを返すのが見えた。





「さぶさぶっ」

「ごめん、待ったでしょ?」

マンションの玄関の前で冬子はダウンジャケットを着ているものの、身体をちぢこませて寒がった。

「おっそいよ、凍え死ぬかと思った。」

「ごめんなさい、用事が長引いてしまって。ほんとに冷たいー」

私は冬子の頬に触れる。

見事に冷たかった。

「でしょ?」

彼女は私の暖かい手をつかんで頬にすりすりする。

「あったかすぎ、少し分けてもらいたいくらい。」

「早く、中に入りましょ。」

私は彼女を招き入れ、すぐに暖房をつけた。

本日は以前、話に上がった冬子の好きな食べ物をごちそうする日。

準備は出来ていたけれど、緊急の用事が出来て午前中は仕事のために出勤して昼過ぎの今に帰ってきたのだ。

昼とはいえ、冬場は寒い。

玄関の前で早く来た冬子は中に入れずに寒さに震えていたというわけ。

「こ・た・つ!」

一目散に目に入ったこたつに冬子は潜り込む、まだ電源も入っていないのに(苦笑)。

「こたつ!いいよね、アメリカに居るときも欲しかった。」

「アメリカじゃ、床で生活しないでしょ。」

「まあね、それがネック。よほど広い家じゃないとこたつ置けないし、家具の方が上の位置になるからねえ」

こたつ布団にもっさり入り込んでにこにこする。

「こたつのスイッチ入れるから、ジャケット脱いで。」

「あ、忘れてた。」

もそもそと脱ぐ冬子。

「みかんもあるね。」

「こたつといえば、みかんでしょ?」

「食べてもいい?」

「お昼と夕飯、食べられないから。」

「大丈夫、大丈夫、さわの作ってくれるご飯だから完食する自信があるよ。」

私がいいとも、だめとも言う前にもうみかんの皮をむいていた。

その光景に私は苦笑しながらも、ひさしぶりに自分以外の人間を家に入れて楽しさを感じていた。

冬子をこたつとみかんに相手をさせて少し遅めの昼食を作ることにした。


お昼は軽めにうどんとする。

私の父が四国出身なので小さい頃からうどんをよく食べた。

毎日食べても飽きないくらい。

うどん、卵、ほうれん草、ナルト、ネギを乗せる。

付け合わせにお付けもの。

「いい匂い。」

出されたどんぶりから香るだしのにおいをかいぎながら冬子が言う。

身体はすでにこたつと一体化したかのように馴染んでいる。

「関西風、薄すぎないと思うけど・・・薄かったら言って。」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。関西風、好きだよ私。」

ぱきっ。

割り箸を割る。

箸もあったけど、洗ってあるとはいえ皆使った箸なのでコンビニの割り箸。

「はー、見るだけでも美味しそうって分かるけどね。」

「どうぞ、食べて。」

「いっただきますー・・・美味しい!」

そう言いながら間髪入れず食べ続ける。

見ていてうれしい食べっぷり。

「お店のみたい。」

「向こうの人はみんなこんな風よ、小さいことから食べてるから。」

「うらやましい、こんなの毎日食べてるなんて。」

「たかがうどんだよ?」

「されど、うどんです。美味しすぎる。」

ここまで喜んでくれるとは思わなかったので少し照れる。

うどんでこれなら食べたいと言っていたハンバーグとかカレーとかを作るとどうなるのか(苦笑)

それは夜のお楽しみだった。



ことことこと。


カレーは昨日から煮込んでいる特別製のお手製カレー。

ひと掬いして、味見をすればかなり良さげだ。

あまり辛くはしない、冬子は辛いのが苦手な舌をしているから。

本来なら、キッチンの方のテーブルで食べるところだけれどこたつが気に入ってしまった冬子のためにこたつで食べようと思う。

当の本人はうどんでお腹がいっぱいになり、こたつで暖められて心地よくなったのかずっと横になって寝ている。

大学の方も色々忙しいのかここ2・3ヶ月は会うことができなかった。

私も今日は仕事が急に入って中止かと焦ったのだけれど何とかトラブルを処理し、無事に帰って来られてホッとしている。

こたつに寝ている冬子は子供に見える。

作業がある程度、終わったので彼女を起こさないように自分もこたつに入った。

ほうー

ほっとする。

暖かいし、横になったら私まで寝てしまいそうだった。

こたつの魔法である。

人間ならずも犬も猫もこたつの前ではその魔法にかかってしまうのだ。

静かに寝息を立てながら冬子は肩を上下させている。

それを見ながら私は何も考えずにこたつに入り、この静かな時間の経過に身を委ねることにした。

ひとりではなく、二人で居るのにこんなに静かな時間は久しぶりだった。

この部屋に自分以外の人間が来るのも久しぶりだし、誰かのために料理を作るのも。

決して一人が寂しいわけではないけれどやはり自分以外にひとの気配があると暖かい感じがした。




「起きた?」


私は寝ながら背伸びをした冬子に声をかけた。

「う・・んん・・・よく、寝たー」

「よく寝てたよ、3時間くらい。」

「そんなに?」

「余程こたつが良かったみたいね、冬子。」

彼女が上体を起こすと、短い髪に寝癖がついていた。

「気持ちよすぎる、うちにも買おうかな。」

「こたつはひとをだめにするわよ?」

私は笑い、立ち上がって今度は夕飯の用意をする。

「私も手伝おうか?」

リビングから声が聞こえる。

「いいの、冬子はお客さんだからそのままで居て。」

「なんだか悪い気がする。」

「気兼ねしないのよ、私がいいって言っているんだから。」

ここは私のエリア。

冬子には悪いけど、手伝われるとよけいに使い勝手がわるくなるから遠慮してもらおう。

「また、いい匂いがする。」

「ハンバーグよ、カレーもあるし。」

「ほんとに作ってくれたんだ、どちらも主食だけど。」

「はい、ご希望通りに。」

「うれしいな、さわの手料理なんて。」

こたつにほぼ、身体を入れるようにして座った冬子は本当にうれしそうに見える。

「作ってもらったことないの?」

「無い。つき合った人で料理が上手い人が居なくてさ。」

「冬子が作ってあげたらいいじゃない。」

煮込んだハンバーグをスパゲッティとキャベツを添え、ご飯を付けて出した。

「料理できないの知ってるでしょ?」

「そんなの、回数をこなせば上手くなるわ。私だって最初はこんなに上手くはなかったもの。」

「過去の彼氏に嫉妬する。」

「え?」

「こんな美味しそうなの、食べさせてもらってたんでしょ?」

「まずいのもあったわよ、たぶん。」

思い出せないけど。

浮気をされてわざとまずく作ったこともあったような気がする。

「さわのこと、家政婦さんにしたい。」

「家政婦さん? 高いわよ、私。」

キッチンに戻り、色々作った料理を持ってこたつに運ぶ。

「うち、金持ちだからいくらでも払えるからね。」

「そうね、忘れてたわ。」

冬子は自慢気に言ったわけではなく、軽口程度で言ったので私も言い返しはしなかった。

気分が悪くなる言い方でもない、ほんとうにさらっと流れる水のように。

「いただきますー」

二人で言う。

夜は洋風だ。

ワインなんかつけて、おしゃれにね。

でも、こたつだけど(笑)。

「この、デミグラスソースこくがあって美味しい。」

「秘密があるのです、内緒だけど。」

「まあ、作れないから秘密を聞いても私にはしかたがないけれど。」

冬子はすねたように言う。

「付け合わせのスパも、いいねー学食のハンバーグランチを思い出す。」

「学食かー大学時代を思い出したな、安くてボリュームがあるのがたくさんあった。」

「今は、高級・豪勢だよ。自分で言うのもなんだけど。アメリカと比べたら月とすっぽん。毎日ハンバーガーとか、あれじゃ太って当然。」

「日本人はそういうところも、いかに楽しめるか、いい大学生活を送れるか考えて改良するから・・・いいのか悪いのか。」

夕飯はゆっくり落ち着いて食べながら私たちは話をした。

しばらく会っていなかったから話すことはたくさんある。

マシンガントークとまではいかないまでも、途切れることはなくそれと比例してワイン、アルコールも減っていった。




「あ、もう10時。」


ふいに冬子が部屋の掛け時計を見て言った。

「もう、そんな時間なのね。随分と集中して話したわね。」

今はまったりコーヒーと紅茶を飲んでいる。

それと、みかん。

「帰らないと。でも、こたつー離れたくないーー」

こたつにしがみつく冬子。

「また、来ればいいでしょ。いつでも歓迎するわ。」

私は飲み終わった空のカップを片づけようと立ち上がった。

「このくらいの洗い物はしてく、立ったついでに。」

冬子も立ち上がる。

「いいわよ、冬子は最後までお客さんでいて。」

「なんか、悪いし。」

「いいのよ、気にしないで。」

それでも私の後ろを付いてくる冬子。

「美味しいものを食べさせてくれたお礼くらいさせてよ。」

「じゃあ、今度どこか美味しいお店につれていってくれればいいわ。または美術館。」

「そんなんでいいの?」

「そんなのでOKよ。」

気にし過ぎ、冬子は。

「あ!」

「え?」

受け取ろうとしていたカップを会話に気を取られていて手が滑った。

派手な音を立てて、カップが床に落ちて割れる。

紅茶のカップ、お気に入りの。

「あぁ・・・もう」

私はため息をついてしゃがみ込む。

「ごめん」

「謝らないで、冬子のせいじゃないわ。」

彼女のせいじゃない、私が集中していなかっただけ。

ああ、もう・・・と言ったのは自分に言っただけだ。

飛び散った破片を集めるのを冬子も手伝ってくれた。

結構、こなごなになってしまい、破片があちこちにある。

「終電、大丈夫なの? 冬子」

片づけながら聞く。

後始末くらいなら私だけで出来るので彼女には帰ってもらってもかまわない。

「大丈夫、これだけ片づけよう。」

「ええ。」

箒は頭になかった。

手でかけらをひとつひとつ集めた。

手を切らないように気を付けていたつもりだったけれど・・・・

「あ・・っつ」

鋭い破片があったらしく、指を切ってしまった。

一瞬で痛みは無かったけれど、そのあとからジンジンとくる。

「さわ!」

冬子は驚いて私の手を取る。

「大丈夫?! 切った?」

「大丈夫、少しだけよ・・・」

見ると切ったところから血が水滴のように溢れてきている。

水で洗おうとシンクに掴まれたままの手を移動しようとした。

「冬子」

しかし、冬子が私の切った指の部分に唇を当て、吸い出す。

思ってもみなかった行動。

驚くよりもむしろ呆然とそれを見ている私。

よく、TVドラマとか映画とかマンガとかでは見るけれど実際に見たのは初めてだった。

少し心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「冬子ー」


私が二度目に名前を呼ぶとハッと顔を上げた。

「ご、めんー・・・変なことした。」

謝る。

けれど、私の手は離さない。

「流水で流したのに・・・衛生上、良くないわ。」

「うん・・・」

冬子が頷く。

「あとで傷口の処理はしておく、冬子は帰って。」

「手先、包帯をひとりで巻くのは大変だけど?」

指先からはまだ、血が溢れて来ている。

随分と深く切ってしまったらしい。

また冬子は私の指を口に持っていき、吸った。

今さっき、衛生上良くないと言った私に頷いたのに。


「冬子」


「さわ」


冬子は出てくる血を吸い、ゆっくり顔を上げた。

「聞いてなかったの?」

「聞いてるよ、衛生上良くないんでしょ?」

「なら、何で・・・」

「・・・ほんとにさ、さわって鈍いよね。」

目の前の冬子は苦笑する。

「・・・・」

まだ私には鈍いの意味が分からない。

私の鼓動の早さに関係するものなのか、なんなのか。

「普通、こんなことしない。他人の切った指から血を吸い出すなんてしたくない。」

「じゃあー」

「さわ、だから。」

「えっ」

冬子は指をつかんでいた手を変え、私の手全体を取る。

視線はそのままに。

その表情はいつになく真剣だった。

そして手の甲に唇を押し当てた。

さすがにここまですれば鈍いと言われる私にだってようやく分かった。

ここまでされなければ分からないのもどうかと思うけれど。


「・・・冬子」


私はそれしか、言葉が出なかった。

いきなり、というのもあるのだろう。

なんとか、絞り出したという感じで。


「私は、さわのことが好きだよ。」


ああ・・・


まだ頭が混乱する。

言っていることは分かっているけれど、言葉が頭の中でぐるぐる回って居る状態。


「私はー」


なんとか言葉を出そうとするけれどそれ以上出てはくれない。

でも、はっきり分かるのは私も冬子の事は好きだということだ。

ただ、その「好き」という感情は冬子の私に感じている好きとは違う部類のものなのかもしれない。


「初めて会った時から。」


言葉を継ぐ。


「・・・その、「好き」なのね」


私を恋愛対象としての「好き」なのだ、冬子は。


「私にそんな風に思われて嫌・・・? 気持ち悪い

?」


表情が少しだけゆがむ、冬子。

彼女がどれだけの人に言ったか私には分からない。

どれだけつらいことなのかも分からない。

本心を言って、去ってしまった人も、拒否した人も居るだろう。


「・・・ううん、不思議と嫌な感じはないけど・・・少し驚いてる。」


「だよね・・・いきなりだし、こんな告白・・・でも良かった。」


「なにが?」


「すっきりしたから。ずっともやもやしてて胸につかえてて苦しかったー」


見れば、すっきりした顔をしている。

私もその表情にその場を救われた。


「さわに告白したけど、さわがこのままでって言うのなら、私はこのままの関係でもいい・・・側に居られるならー」


このままで。


混乱している頭ではよく考えることはできない。

「好き」の種類を考えなくてはいけないし、自分の気持ちも考えないといけない。

私の「好き」は冬子に応えられる「好き」なのかどうかも自問自答したかった。

「保留ね。」

「・・・検討してくれるんだ?」

「私の中では、冬子に告白されて嫌ではなかったみたい。」

「それは期待してもいいってことかな?」

彼女の顔に少し笑みが浮かぶ。

「どうかしらね、まだなんとも・・・」

自分の気持ちがまだ分からない状態では即答できない。

中途半端な気持ちで彼女の思いを受け止めるのは、真剣に告白してくれた冬子に失礼であるし。

「拒否されなかっただけでも良かった、ありがとう。」

冬子はハンカチを出し切った指の部分に当てた。

「最初から、こうしたら良かったのに。」

ハンカチがあったのなら。

「引き寄せられたんだよ、切ったさわの指に・・・もう、とっさの感情だったし、行動だった。」

押し当て、ハンカチを結ぶ。

「・・・さわ、すっきりしたから帰るね。」

「ええ、気を付けて帰って。女の子なんだから」

大人とはいえ、安全大国日本とはいえ最近は物騒になった。

「女の子、っていえる年じゃないけど。」

「まだ許容範囲よ、冬子は。」

「さわも、だよ。」

冬子はにっこり笑うとキッチンを出ていった。






冬子に告白されてから何かが変わるかと思ったけれど何も変わらなかった。


いつも通りに会って、お茶したり仕事や大学の研究の話をしたり美術展にかよったりして二人で過ごすことに違和感はない。

あれ以来、冬子は答えをせかすこともないので私はそのままにしていた。

そのままの状態の方がいいのかもしれない。

冬子にしてみたら不満かもしれないけれど。

「さわ。」

冬子が手を上げて私を呼んだ。

本日は映画を二人で見る。

映画館の前で、すでに当日券を手に彼女は私を待っていた。

「ごめんなさい、遅れてしまって。」

「いいよ、気にしてない。」

映画館のまえは待ち合わせスポットなのか、人が少し多い。

「お金、あとでもいい?」

「全然。あ、急いで来すぎた?」

「え?」

遅刻は嫌だったので少し走った。

それでも待ち合わせには遅れてしまった。

冬子は手を伸ばして、私の髪を撫でて整えてくれる。

「乱れてるよ、さわ。」

笑う冬子。

「ありがとうー」


どきり。


心臓が大きく動いたのを感じた。


 ああ・・・


自覚したくなく、その動きを私は封じ込めた。

鼓動が跳ね上がった理由はもう分かっているはずなのに私は見て見ぬ振りをする。


このままの状態がいいー


そう、決めた。


このまま進んだらどうなるのか、見当もつかない。

正直、不安でしかたがなかった。


冬子がいいと言ったのだから、このままでいよう。

「さわ?」

「あ、えっ?」

「なにぼーっとしてるの、早く入ろう。」

「あ、ええー」

考えごとをしてしまった。

頭の中でそんな事を考えていた私の手を取って冬子は映画館に入る。

自然と、なんの抵抗もなく彼女は私の手を握った。

私の方が気にし過ぎなのかもしれない。

告白されてから、なにかしらに反応してしまう。

彼女が私にするどんな小さなことにも。

「アクション、楽しみだな。」

ポップコーンとジュースを買い、席に着くと冬子は楽しそうに言う。

「気分が晴れるしね。」

「さわ、鬱憤たまってるの?」

「まあ・・・色々とね。」

会社での事もあるし、「横の人の事」もあるし(苦笑)。

「じゃ、発散して帰らないと。」

「そうね。」

今日は映画を存分に楽しむことにした。

最悪、映画を見ている間はそれに集中できるから冬子との

事は考えなくても良かった。






冬子と会ってもう3年が経った。

まだ3年だし、もう3年ともいえる。

私は未だに彼女に返事をしていなかった。

彼女も、答えを求めることはないし、その素振りもみせないからだ。

ただ、私たちの間にあった距離だけは近づいているのを感じていた。

それは心地いいい距離感で私たちを麻痺させているのかもしれない。

どちらも傷つかずに居られるー・・・・

しかし、3年目の秋に変化が訪れた。

「国道さんって、つき合ってる人居るの?」

九州の支社から転勤してきた若い青年。

兵藤 拓摩は3ヶ月目にして外でランチに出た際に私に言ってきた。

「それ、セクハラっぽくない?」

つき合いなど詮索されてうっとうしかったけれど、邪険にセクハラっていうと角が立つのでやんわりと言う。

「セクハラかなあ? 彼氏が居るか聞いてるだけなのに。」

そう言い、カツ丼を食べる。

「人のプライベートよ? 聞かれていい感じはしないわ。」

「それはごめん。でもさ俺、国道さんのこと気になるんだ。フリーならつき合いたいって思って。」

「はい?」

カツ丼を食べなからあっさり言う事じゃないだろう!?って心の中でつっこんでしまった。

冬子とは違って呆れてしまう。

「どうかな? 俺、有望株だと思うけど?」

そう言う時だけちらりと、どんぶりから顔をのぞかせる。

「ぷっ」

笑ってしまった。

こんな告白もあるとは。

「考えといてよ、俺本気だし。」

「でも、いずれは九州に帰るんでしょう?」

転勤組だから、ずっと本社に居るわけではない。

本人は本気だって言っているけれど、九州に彼女が居ないという確証はない。

現地妻は嫌である。

「まあ、まだ先のことだよ。若いから結構長く居ると思う。」

「確証はないでしょ?」

「信用無いなぁ、俺。」

「慎重なの、私。」

「そんな、国道さんが好きだな俺。」

とん、とどんぶりが机に置かれる。

もう食べきったらしい、男の人は食べるのが実に早い。

「ありがとう、兵藤くん。」

不思議とどきどきはしなかった。

本気にしていないからかもしれない。

「本気ですよ、俺。」

「うん。」

とうとう彼は肩をすくめてお茶を飲む。

「絶対、あなたをものにしますから。」

最後、そう宣言すると私のランチのレシートをつかんで席を立った。




「さわ。」


「うん?」


私は今日は冬子のマンションに来ていた。

本日は彼女の家で料理を作る予定である、今は下準備が終わり休憩中。

リビングで彼女が買ったこたつに入ってまったりしていた。

「バイブ、ずっと鳴ってるけど?」

「あ、ああ、ごめん、気になる?」

バックに入れて置いてるけれど振動が激しいのかブーブーと聞こえているのは分かっていた。

offにすればいいのだろうけれどそれは難しい。

「少し。」

「ごめんね、ちょっと迷惑メールが・・・」

「迷惑メール設定できないの?」

「できるけど・・・」

していなかった。

すればいいのだろうけれど、なんとなく出来なかった。

冬子には罪悪感を感じていた。

迷惑メール設定をしない自分に。

しなければいけないのに、する事が出来なかった。

「最近・・・さわってば変。」

「え・・・変?」

「うん。」

自分では分からない、変化が。

「ちょっと、綺麗になった。」

「・・・ちょっとなの?」

まあ、自分が美女とは思わないけれど。

ちょっと、といわれると微妙。

「ごめん、ごめん元から綺麗だけど、何かあった?」

「なにもないわ。」

じっと、冬子に見つめられた。

探られるような瞳に私は目を逸らしそうになる。

勘ぐられることは何もしていない。

ただ、このバイブの原因だけ・・・・

「気になるなら出たらいいのに。」

「気になってないわ。」

「そうかな、放っている割にさわってば、時々気にして見てる。」

観察されていたらしい。

「気になる人でもできた?」

その、冬子が何気なく言ったひとは私をどきりとさせた。

彼女には分からないはずなのに、知られていたような衝撃を受ける。

「そんな人、居るわけ無いでしょ。」

狼狽、衝撃をぐっと押し殺して答えた。

どうか、私の変化を悟られません様に・・・

「・・・女の私は分が悪いからなぁ・・・」

こたつに顎を乗せ、冬子はつぶやく。

「居ないって言ってるでしょう?」

「・・・でも、さわとはまだ付き合ってない。私より男が現れたら勝てる気がしないもの。」

「・・・・・」

今まで答えを延ばしてきた私への不満なのかやんわり言われた。

「さわに振られるなら、早めの方がいいな私。」

「冬子ー」

感づいているのだ、冬子は。

私に近づく男性の影を。

私がそれについて嫌がっていないということも・・・

胸が締め付けられるように痛くなった。

冬子の事も好きだけれど、兵藤くんの事も気になっている。

どちらかを遠ざけるという選択が私には出来なかった。

卑怯なのは分かっている、どちらかにしなければならないということも分かっているのに・・・私には出来なかった。

「さわは私のこと、好き?」

「・・・ええ、好きよ。」

本心から。

嫌いなわけはない。

「でも・・・私の「好き」は、さわの事をどうこうしたいっていう好きなんだけどそれでも好き?」

嫌悪は無かった。

ただ、その先にある不安だけ。

さすがに私も同性とは付き合った事もないし、そういう行為をしたこともない。

でも、冬子ならひどいことはしないと信頼している。

「好きよ。」

「不安」のために冬子を受け入れることが出来なかった。

ずっと引き延ばしにして、今度は私と冬子の間に本来付き合うべき男性が入ってきてしまった。

私はその間で悩んでいる。

どうすべきかを。


「私は男なんかにさわを渡したくない。」


冬子の手が私の手に触れる。


「冬子。」


その思いがわかる、伝わってくるのに私は踏み出せない。


「3年待ったのに、あっさり鳶にさらわれるバカに私はなりたくない。」


「ごめんなさい、冬子ー」


「どういう意味の謝罪なの?」


少し、とげのある言い方になる冬子。

これまで私の前で怒った事は一度もなかった、周りにも私にも。


「・・・ごめん、強く言い過ぎた。」


自分でも分かったのだろう、すぐに謝ってくる。


「自分でもイライラしてるのが分かってる。でも、どうしようもなくて・・・」


私のせいだ。

どちらかに決められないからー・・・


「いつも考えてた、このままさわの事、押し倒せたらって・・・後のことはどうなっても構わないからってね。」


手がもてあそばれる。


「でも、出来ない。さわの事・・・好きだから」


「冬子」


視線が絡む。


 ああー


私を誰よりも好きでいてくれるひとが側に居るのに私は・・・


「帰る。」


「冬子」


冬子はすくっと立ち上がった、この場から逃げようとするように。


「冬子ー」


私も立ち上がった。

けれど、私の動きと彼女の動きのスピードは違ってとなりに立つことはできなかった。


「このまま居たらどうにかなりそうだから、帰る。」

 

後ろを振り向かないで冬子は玄関を出ていった。

私は、なにも言えずただ見送るだけしかできなかった。

怒っていないだろうけれど、なにも言わない背中は私にはずっと答えを保留にしている私への抗議とも感じた。

背後からはテーブルの上で私のスマホがぶるぶると振動している音が聞こえた。




冬子のことは好きだ。

多分、彼女が私にしたいと思っていることも受け入れられるくらいに好きだと思う。

そのことへの不安はない。

ただ、その後のことだ。


今以上に彼女の事が好きになると思う。


好きが昇華されて「愛する」という感情に変化するのが自分でも目にみえていた。

そして、感情を持ちすぎて彼女が私から離れた時の不安をすでに考えてしまう。

男性と付き合ってもこんな不安はなかったのに・・・

それだけ自分の中でも重要な位置を占めているのだ、冬子はーーー

ならば受け入れても、付き合っても構わないのに。

しかし、私は社会人として外見を重んじてしまっていた。

昨今、やっと同性愛は市民権を得てきてはいるがまだ多くの偏見があるのが現状だ。

その感情への不安も少しばかりあるのだった。


「国道さん。」


「ーはい?」


今は、仕事中だった。

頭の片隅にそういう事は追いやって集中しなければならないのだが、最近冬子から連絡が来なくなって久しい。

そのことが頭にあって、集中出来ていない。

「大変そうすね、手伝いますか?」

忙しそうにしていても、自分のペースがあるし順序というものがあるのでせっかくの申し出は断ることにした。

「ありがとう、でも大丈夫よ。見た目とは裏腹に効率よく出来るから。」

「国道、ほんとに無理なときは自分から言ってくるから大丈夫さ、兵藤。」

一つとなりの同期、佐藤君が言う。

「そうそう、ありがとね。」

資料片手にPCに向かいながら言った。

「そうすかー」

いかにも残念そうに彼は言って引き下がる。

私は横目でその様子を見ては少し笑ってしまったのだった。

冬子から連絡がない代わりに、兵藤君が私に関わって来ることが多くなった。

あの時のランチの様に強引には来ず、やんわりとさりげなく接してくる。

有望株な上、見た目もいいので女子からは人気があるのですぐに噂に上がってしまった。

「これ、狙ってたの?」

どこにいくにも見られるはめになった私はひょんなことで休憩室で二人きりになった時、兵藤君に言った。

「狙ってないですよ。そんな打算的な事は俺には出来ないし、国道さんも嫌いでしょ?」

苦いコーヒーが飲めない彼は自販機のココアを飲む。

「最初あんなに強く言ってきたら、そうなのかなって思ってた。」

「引かれたかって思って、途中で作戦変更したよ。イケイケってある意味危険だし。」

「でも、既成事実を作りつつある。」

「国道さんは嫌?」

この後に及んでも私への気配りは変わらない、今時随分と好青年なのだ彼は。

そして私への思いも本物だと分かる。

・・・分かる。

分かるけど、私にはそれを受け入れることはできない。


冬子ー・・・・


「私には好きな人がいるの。」

「ですよね。」

兵藤君は分かっているように言う。

「でも、付き合っていない。」

とも。

「どうして分かるの?」

「”好きな人がいるの”って、普通言わないですよ。付き合っている人がいるのって普通言いません?」

「・・・そう言えば。」

今、彼に言われて納得した。

冬子には告白されたけど、付き合ってはいない。

今自分も、好きな人がいるのとしか言っていなかった。

「複雑なのよ、色々と。」

仕事では円満なのに(苦笑)。

「妻子持ちとか?」

「どうしてそうなるの。」

予想外の問いに少し、気分を悪くする。

「好きな人、って言うから思いが届かないのかなっておもっただけです。気にしたらすみません。」

缶をテーブルに置いて謝ってきた。

「兵藤君には悪いけど、両思いなの。ただ・・・色々とね。」

話せない事情があるのだ、私はため息をつく。

「両思いー」

「あなたはいろどりみどりなんだからわたしより若い子とか、かわいい子付き合うべきよ。」

つぶやいた彼に促す。

早く、私なんかから目をそらして自分を思ってくれる彼女を作るべき。

「それができればいいんですけどー」

彼の口からため息が漏れる。

促したのにその気にはならないようだった。

私は振り出しかという残念さと、うれしいという矛盾を感じた。


「俺、二番目でもいいっす。」


「え?」

何だか、変なことを聞いた。

「二番目って・・・」

「二股でも、俺は気にしないです。」

ちょっとまて、それは私がそうとうひどい奴になるということじゃない?(苦笑)

さすがにそれはまずい。

彼が良くても、冬子には絶対容認できないことだ。

「いくらなんでも、そこまで?」

呆れて言った。

「それだけ、あなたと付き合いたいですもん。」

もん、って・・・子供か。

「ドラマじゃないのよ? 分かってる?」

「僕なりに色々考えた結果です、どうしても独り占めできないならあなたの二番目でもいいって。」

表情が本気っぽい。

「冒険するなら、他の人にして。私にはそんな事出来ないわ。」

悲しむ人が出てしまう、きっと幸せにはならない。

そう思い、話を終わらせることにした。

「なら、一度だけでいいからー」

席を立ったところで腕を掴まれた。

私は彼を見上げる。

「だめよ、そんなこと出来ない。嘘は必ずバレる。」

「あなたのことが好きなんです!」

誰もいない休憩室に彼の声が響く。

「世の中、どうにもならないことはあるわ。そうでしょ?」

「・・・・・・」

「私はあきらめて。」

きっぱり言わないといけない。

今までははぐらかしてきたことを、今ここで。

その方が彼にとってもいいことだ。


「お願い、兵藤君。」


懇願に近い、人に想われることはいいことだけれど、彼にここまで想われる資格は私にはない。


私には冬子がいる。


冬子の顔が思い浮かんだ、唐突に。

ばらく会っていない彼女に会いたくなった。


「・・・いやだ。」


「?」


掴まれている力がゆるんだので離してくれるものと思った私は甘かった。

作戦を変更したといった彼を信じていた部分もあり、油断していた。

一瞬の間に私は腕ごと彼の体に引き寄せられ、唇を塞がれた。

なにが起こったのか、すぐには理解できなかったけれど滑り込んで来た舌にやっと事態を察知して彼を突き飛ばした。


「・・・ひどいわ」


よろけながら、狼狽する兵庫君。


「こ、国道さんー」


「触らないで。」


どなりはしなかったけれど、私の声が低く彼を拒否した。

失望感が胸を抉る。


目の奥が熱くなってきた。

信頼していた彼にされたことで悔しさが込み上がってきたのか・・・・


「もう、私に構わないで。お願い。」


片手と全身で彼を拒否すると、私は落ちようとする涙を抑えながら休憩室から出た。




その日はどう家に帰ったか分からない。

号泣しなかったのは生きてきた年数分経験を積んでいたからか。

しかし、ショックのあまりずっと、感情を貯めてしまっていた。

いつ、崩れ落ちてもおかしくない状態だった。


 冬子に会いたいー


自分でも都合のいい事とは思っていた。

自分が欲する時だけ、側に居て欲しいと思うなんて自分はワガママなのだろう。

自己嫌悪にも陥る。

心身状態は最悪である。

それでも、彼女に会いたい。

あの笑顔を見せて欲しいと強く思った。


「さわ。」


そんな追いつめられた私に聞こえるはずのない声が聞こえた。

ハッとする。

自分は玄関のドアノブを掴んでいる。

今直前まで、自分がなにをしているのか自覚出来ていなかった。

声をかけられて初めて自分がドアノブを掴んでいることを知る。


「とう・・・こ?」


そんな都合のいいことはない、そんなことはない、空耳かと思ったが自然に口から声の主の名が出た。


「そうだよ。声かけたのに、大丈夫?」


よく見れば、ドアノブを掴んでいる手に手が添え得られていた。

伸びている方を辿ると、彼女が心配そうな顔で私を見ていた。


冬子だった。


今、とてつもなく会いたかった彼女がすぐ側にいる。

優しく私に寄り添う彼女に、私は抑えていた感情が崩壊しだすのを感じた。



「もう、大丈夫だよ・・・さわ。」


ソファーで冬子が私を抱きしめ、髪を撫でながら言った。

私はもうずっと泣いていた。

最初は号泣であったけれど、徐々に落ち着きを取り戻して今はしくしくと慰められていた。

これではどちらが年上か分からなかったけれど今は彼女に甘えていたかった。

「・・・さわに会わなきゃって思ったー」

ぎゅっと抱きしめてくる。

「最初は研究が忙しくてしばらく会ってなかったからかも・・・って思ってたけど胸騒ぎがして、来てよかったよ。」

「・・・もう、怒って来なくなったのかって思ってた。」

「そんなわけない、この間はちょっと私も大人げなかったから・・・今は反省してる。」

会話がまた途切れる。

その方が心地よかった。

私も心が落ち着くし、なによりも冬子がすぐ側で私を抱きしめてくれていることが嬉しかった。

私たちはそのままじっとして夜が通り過ぎるのを待った。



いつの間にか私はベッドに寝かされていた。

いつ、寝入ってしまったのだろう。

泣きすぎて腫れてしまった目はぼんやりとしか部屋の中を映してくれない。


今日は出勤は無理そうー


仕事はたまっていたがこんな状態では出勤しても仕事にはならないだろう。

時計を見ればまだ、出勤時間にもなっていない。

いつも通りの朝時間、ただ違うのは明らかに身体が出勤を拒否しているということ。

だるく、身体が重い。

「・・・冬子?」

思い出す。

彼女は昨晩は私のすぐ側に居てくれた。

いつの間に帰ってしまったのか。

居ないことが悲しくなった。

冬子にも研究があるし、生活もあるのだから私の世話までしていられるわけでもないのだけれど。

また内から涙が溢れそうになり、なんとか押し止める。

私はこんなに弱くはなかったはずなのにー・・・


うっ


弱く、嗚咽が漏れた。

我慢しても出てしまう。

止まらない。

会社に電話をしなければいけないのに。


「さわー」


すっと、襖が開いた。

怪訝な顔をして冬子が顔を出す。


「どうしたの? 大丈夫?!」


すぐに私の側に来て、ひざまづいた。


「嫌な夢でもみた? さわ。」


顔をのぞき込んでくる。

帰ってはいなかったのだ、ただ別の部屋に居ただけ。


「ううん、違うわー」


私は彼女が居てくれたうれしさでぎゅっと抱きついた。


「ごめん、ちょっと用事があって電話してた。帰ってないよ。」


私に抱きつかれ、声をくぐもらせながら言う。


「冬子」


私は強く抱きしめた。


「私ーー」


「分かってる、さわが良くなるまでここに居るから。」


柔らかく、優しい声が私の耳に入ってくる。

それだけでだるい身体が少し軽くなった気がした。


「私はさわを傷つけない、ずっと好きでいる。」


「・・・・・」


朝からまた私は感情を崩壊させてしまった。

昨日から何年分泣いたのか分からない、それだけ涙をながしたらもうしばらくは流さなくてもいいかもしれない。






冬子の研究が大詰めらしい。

忙しくて、なかなか会えなかった。

けれど、その忙しい中で電話だけは毎日かかさなかった。

1日、たった1本だけれどその1本が私には嬉しい。

 あと1ヶ月は会えないけれどひと段落つけば、会えるらしいので楽しみにして待っていようと思う。


会社ではあの兵藤君とはあまり接点が無くなった。

良心の呵責に苛まれたのか、自ら移動願いを提出した。

私と会うのは相当つらかったのかもしれないが、最終の日には私に謝ってくれた。


「すみませんでした、あんな事をして。訴えられても仕方がないことだし、あなたがそういしたいならしてください。」


土下座までしようとした彼を私は押し止めた。

彼にはそんなことはして欲しくない。

確かに、してはいけないことだったけれど彼の行動が私の背中を押してくれたようなものだ。

彼は被害者と言ってもいい。

「謝るのは私の方、あなたに変な気を持たせてしまったんですもの。最初からきっぱりと断っていればあなたもこんな嫌な思いをしなくても良かった。」

「・・・嫌な思い出じゃないです。俺、あなたのことを好きになって良かった。」

「兵藤君」

「短かったけど、楽しかったっす。」

「変な感じだけど、私もよ。」

二人ではにかみあった。

「次の場所で、がんばってね。」

「はい、すみませんでした。」

「もういいのよ。」

私はもう、彼にも笑うことができるようになった。

彼はまぶしい笑顔で私に手を振り、離れる。

どうか彼の行く先にいいことがありますように、私はそう心の中で祈ったのだった。






「じゃん」


冬子は玄関を開けた私に1冊の冊子を見せた。

おかげで彼女の顔が見えない、けれどドヤ顔なのははっきりと分かる(笑)。


「この本が、どうしたの?」


さっさと入ればいいのに玄関前でやりとりをする。


「科学雑誌だよ、あの。」


よく見れば、たしかにあの有名な科学雑誌。

しかも、英語版。

ピンクのふせんが貼ってあったのでそこを開く。

「ここ、うちの大学の研究結果が載ってる。」

嬉しそうな顔をし、人差し指で記事を指した。

有名な雑誌に研究結果が載った、それは彼女と仲間にしては大変すごいことなのだというのは分かる。

しかし、一般的な私には今少しピンとこなかった(苦笑)。

それでも、お祝いであることには違いない。

「おめでとう、冬子。」

「うん、がんばった甲斐があったよ。」

少し泣いているようだ、うれし涙。

「ここ、玄関よ。泣くなら中に入って。」

「うん、うん。」

子供のように喜ぶ彼女をみて私も嬉しい気持ちになった。

3ヶ月ー

本当に久しぶり、一番長い期間会わなかったと思う。

声だけ聞いていた、3ヶ月だった。

会っていなかったし、以前迷惑もかけたので手の込んだ料理を作ろうと思って食材は豪華にしている。

「手伝うよ。」

キッチンに居る私のそばに寄ってきた。

「大丈夫よ、もう大体出来ているから。」

料理は全く出来ないというわけではないことは分かったけれど今日は冬子がメインなのだ、手伝わせるわけにはいかない。

「手伝わせてよ、キッチンはさわのプライベート空間だって知ってるけど、もう認めてくれないかな? 私のこと。」

「認めてるわ。」

「認めてくれてないよ、まだお客様扱いしてる。」

冬子は私の目をじっと見てきた。

「ふたりで作りたい。私はずっとさわが好きだって言ってきた、それは今もこれからも変わらない。約束する。」

「・・・なにそれ、プロポーズ?」

の、ようなものに近い。

「・・・みたいになっちゃったけどー」

頭をかく。

そして改めて私を見て言った。

「私はさわが欲しい。」

ずっと言えなかった事だろう、彼女には。

私だって分かっていて知らないふり、気づかない振りをしていたのだ。

「認めて欲しいのじゃないの?」

私はこの後に及んで彼女に意地悪をする。

「認めて欲しいのと同様に、だよ。」

「急に欲張りね、雑誌のせい?」

「ずっと、我慢してた。研究が終わったら言おうって。」

彼女なりに頑張っていたのか。

仕事で功を成して、自慢できるようになったら私に言おうと。


「さわ。」


あらゆる準備が整っての告白だったようだ。

私は一息、吐く。


「もう、準備は終わったから先に行ってて。」


「さわ!」


「慌てない、悪い癖ね。今日はあなたの良き日なのだからあなたの好きにしたらいいいわ。」


私の言うことの意味を計りかねたような表情の冬子。


「どういう・・・」


「鈍いのね、こういうことよ。」


私は少しだけ背の高い冬子のために、つま先を伸ばした。

彼女と私の唇が触れ、重なる。

目をつぶり、初めてのキスをした。

冬子が動揺しているのが分かったけれど私は止めない。

彼女がおちついて、私に応えてくれるまで続けた。





あのあと冬子は自分のマンションを引き払い、私のマンションに引っ越してきた。

彼女の荷物は驚くほど少なかったのでびっくりしたものだ。

私たちは一緒に住むようになって事実上、恋人同士になった。

色々紆余曲折があったけれど、めでたしめでたしで良いかと思う。

私はOLを続け、彼女は某製薬会社に勤め始めた。

冬子はあの研究の成果によるところが多い、あの研究の内容は未だ持って理解できていない私だけれど(苦笑)。


「今日のお昼はペペロンチーノ?」

「そうよ。」

日曜の昼下がり、ふたりとも重なった貴重なお休み。

「いい匂い、お腹が鳴る。」

そう言い、冬子は私を後ろから抱きしめながら耳元にささやいてくる。

何度も、止めてと言っているのだけれど止めない。

まあ、邪険にするほど料理の邪魔にはなっていないので私も強くは言わないのだけれど。

「さわも、食べたいよ。」

「・・・もう十分、でしょ?」

昨晩も、その前も、今朝も。

新婚さんじゃないっていうのに。

ペペロンチーノが出来上がった、いい加減重いのでどいてもらいたいところ。

「十分じゃないよ、さわって魅力的なんだもん。」

「煽ててもダメ、今はお昼ご飯よ。」

フライパンからお皿に移しながら冬子の相手をするのは大変だ。


「さわー」


ぐいっと、首が向かされる。

冬子が私の唇を強引に塞いできたのだ。

いつものこと、とはいえ・・・私は仕方なく彼女に応える。

これだから、つけあがって言うことを聞かないんだろうな。

そう思いつつ冬子のキスに身体が熱くなって来る。


とん。


シンクに背中を押し当てられ、両頬を挟まれて逃げられない。

朝からあんなに激しくキスをして求め合ったというのにまたお昼にこんなことをしている。

「さわ・・・っ」

「・・・ぁっ」

キスと互いの吐息がキッチンに響く。

妖しいことこの上ない、しかしそれが私たちの心体を昇華させる材料であることも事実なのだけれど。

「ス、パが・・・とうー」

「さわのはのびても、さめても美味しいよ。」

「そんなわけ・・・ぁっ」

手が服の裾から入ってきた。

「我慢できない・・・さわ。」

唇が離れ、額をくっつけて冬子は欲情を隠さない声で言う。

「だ、め・・・こんなところで・・・」

「じゃあさ、ベッドに行こう。」

肌を探って挑発してくる。

「お、おひるは・・・どうするのー」

「今日は1日、時間はたっぷりあるから。」

離してくれそうにない。

「冬子ー・・・」

私は諦め声で彼女の名を呼んだ。


「そう、覚悟してよ? さわ。」


にゃりと笑うと冬子は再び私に深く口づけたのだった。

苦し紛れのタイトルですみません。

相変わらず、タイトルをつけるのが大変です。

いつも本文が先で、タイトルはあとなので。

最後の方で少しやってしまいました(笑)

本当は18Rにしようとしたのですが、一人でも多くの人に読んでもらいたくて全年齢対応にしました。気に入って頂ければ幸いです。

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