第七話 楽しいお出かけ
「三人で出掛けよう!?」
「そんなに驚く事か……」
大量の魔物を撃退した次の日。俺は依頼が来た訳でもないのにシオンを呼び出した。理由は、リリィがシオンも連れて三人で出掛けたいと言い出したからだ。
何故二人でないのかが気になったが、あまり我侭を言わないリリィが久しぶりに求めてきた事だ、なるべく叶えてあげたい。
「何で私がそんな疎外感しか感じないであろうイベントに参加しなくちゃいけないのよ!」
「俺に言わないでくれ……」
それは俺も思う。俺が逆の立場なら絶対に参加したくない。しかし、俺はシオンがこの申し出を断る事が出来ないと確信していた。
「駄目かな……シオンさん……」
「うっ……! しっ、仕方が無いわね」
「やったー」
なんだかんだ言いつつ、シオンもリリィには甘い。可愛いリリィの上目遣い涙目のあわせ技をされたら逆らえるはずも無い。
シオンはまだ何か文句を言っているが、俺は話を進める。
「それで、どこに行くんだ?」
「ええとね。最近出来たプールっていう施設があって、そこに三人で行こうと思って」
「プール?」
聞いた事の無い名前だ。いったいどんな場所なのだろう。そんな事を考えていると、シオンがわなわなと震えだす。
「ちょっと待って、プールに行くの? この男と一緒に!?」
「何だよその反応は。もしかして男は行っちゃまずい場所なのか?」
「レン、プールは水遊びをする場所だよ」
「水遊び?」
詳しく聞いてみると、プールというのは魔道具で有名な科学者が造らせた施設で、巨大な入れ物に水を流し込んで、そこで水浴びをする施設らしい。
正直言って、何が楽しいのか分からない。
「プールではみんな水着っていう濡れても大丈夫な格好で遊ぶんだよ」
「水着か……、そんなもの持ってないぞ」
「大丈夫。ちゃんと施設で貸してくれるから」
その後、リリィに説得されてシオンも嫌々ながら参加する事を受け入れ、三人でプールに向かう。目的地に着くまでの間もリリィは楽しそうにしているが、シオンの方はなんだか元気が無い。
「どうしたんだシオン?」
「あんたには分からないでしょうね……」
いや、本当に分からない。何がこいつをこんなにも苦しめるのだろう?
そんな事を考えていると、プールと呼ばれる場所に辿り着いた。
「じゃあ、ここからは男女に分かれて着替える事になるらしいから。あとで合流しようね」
「うう……」
「分かった」
往生際が悪いシオンを連れて、リリィは女性用の部屋へと向かう。それに対して俺は男性用の部屋へ向かったのだが、意外と人が多くて驚いた。
「お客様は初めてですか」
「ああ、そうだな」
「でしたらこの施設についてご説明させていただきます」
俺に話しかけてきたのはこの施設の従業員らしく、色々とルールを教えてくれる。
まあ、ルールといっても難しいものではなく、水着を借りるか買うかして着替え、荷物と服は鍵付きの箱に入れておき、後は一般的なマナー関係の話になったので適当に聞き流した。
「ではごゆっくりお楽しみください」
「ああ? ありがとう」
この施設は水浴びをする施設なんだよな。いったい何を楽しむんだと思ったのだが、着替え用の部屋から出て、なるほどと納得した。
そこはほとんど下着と変わらないような格好をした女性達と、同じく下着のような格好をした男達が、水を浴びながら楽しげに語らい合う場所だった。
この水着というものは分厚い布になっているので透ける事などは無いが、肌の露出部分が恐ろしく多いので、会話などしなくても目を楽しませてくれる空間が広がっている。
中には、それはただの紐ではないかというような物を付けているだけの女性もいるので、思わず目が吸い寄せられてしまう。これは、確かに楽しめる場所ではないか。
「変態……」
「レンったら」
「もう来たのか」
俺は平静を装い二人の声に返事をする。何故だろう。後ろを振り向くのが恐ろしい。というか、女性というものは着替えに時間がかかるものじゃなかったのか。二人とも予想以上に早いじゃないか。
「二人とも、こういう場所なら先に説明……を……」
さて、先程の不審な行動をどうやって説明しようと考えながら振り向くと、そこに予想以上に魅力的な二人が並んでいたので、言葉を失ってしまう。
「どう? 可愛いかな」
「あ、ああ。可愛いぞ」
「よかった」
まず、リリィの格好は、真っ白な布面積の少ない上下に分かれたリボン付きの水着で、普段は隠れている真っ白な雪原のような肌が惜しげもなく俺の目の前に晒されていた。
その中でも俺の心と掴んで離さないのは胸だ。その大きな胸は身長が小柄で、他が痩せている事で更に大きさが強調され、俺の心を鷲掴みにする。
しかもその大きなものが、身体を動かす度にふよふよと揺れるので、思わず目が吸い寄せられていく。
俺はこれ以上はまずいと思い、鋼の精神力で視線を横に逸らす。
「何よ……」
「そうだな、似合ってるぞ」
「ふーん」
そこにいたのはシオンだ。
シオンは黒く、下の部分がスカートの様になっている上下に分かれた水着を着ており、堂々としているリリィとは違って、恥ずかしそうにしている。
シオンはリリィと違い、とてもスレンダーでなだらかな胸をしているのだが、その分色々と引き締まっていて、リリィとは違った魅力がある。あと、恥ずかしそうにしている姿が意外で悪くない。
ただ、この事を口に出そうものならリリィにどんな目で見られるか分からないので黙っておく。
「まあ、きっと希望はあるさ」
「どういう意味よ!」
「ごふっ!」
場を盛り上げようとした俺の冗談に対し突然怒り出したシオンは、俺の大事な物目掛けて容赦なく蹴りを放つ。
素足でそんな事をすれば、蹴った方にも感触が伝わってしまうのではないかと思ったが、案の定シオンは汚物を踏んでしまったみたいな顔をしている。失礼だろ。
「大丈夫レン……」
「ああ、大丈夫だ……」
正直に言うと、シオンの攻撃は魔力による強化で殆ど効いていないので、先程声を出したのも演技である。ただ、こういう時はこうした方が話がうまく纏まるので効いたフリをしていた。
しかし、俺は予想していなかった不測の事態に遭遇した。
しゃがみ込んだ俺を、リリィが心配して身を低くして声をかけてきてくれているのだが、何故か俺の正面で屈んでいるので、うまい具合に胸が俺の眼前にやってきているのだ。
ただでさえ魅力的なモノが目の前にやってきて、しかもリリィが俺の身体を擦るので、魅力的なモノがふよふよと目の前で揺れ動く姿を見せ付けられ、俺の相棒は大丈夫だったのに大丈夫ではなくなりそうになる。
「ふー、ふー」
「えっ、そんなに痛いの? ごめん……」
「もう、やり過ぎだよ。シオンさん」
すまないシオン。本当は別な意味で苦しんでいるのだが今は説明している余裕は無いんだ。悪いが利用させてもらう。
「ふう、何とか落ち着いた」
「大丈夫? もう少し擦ってあげようか?」
「いや、遠慮しておこう」
「そう?」
何とか相棒を静めた俺は、二人の前に立ち、これからの予定を聞いてみる。
はっきり言って、ここで二人と何をすれば良いのか俺には判断出来ないのだが、二人は行きたい場所の目星を付けているらしく、率先して案内してくれた。
「まずはここだよ」
「なんだこれは?」
「ウォータースライダーって物らしいよ」
目の前にあるそれは、水が流れる……確か滑り台とかいう遊具だ。その遊具に座った人は、ある者は一人で、ある者は二人で滑ってはしゃいでいる。
「まずはレンとシオンさんで滑ってきて」
「はあ! なんで!」
「お願い……」
「……っ、行くわよ」
「おい、良いのか?」
「良いの!」
なんだシオンの奴は、いくらなんでもリリィの言う事を聞き過ぎだろう。何か弱みでも握られているのか?
そんな疑問を感じつつ、俺とシオンはウォータースライダーの頂上に辿り着く。使用している人間も多いが、数も多いので、殆ど待ち時間などは無かった。
「行くわよ……」
「おう……」
いったい何がシオンをそうさせるのか。特に嫌がる事も無く、シオンは俺の後ろに座り、身体を近づけてくる。
シオンの意外にも滑らかで柔らかい身体が素肌に触れると、変に意識してしまう。
「はい」
「ああ」
そんなぎこちない会話をしながらウォータースライダーを滑ったのだが、この遊具の楽しさについてはいまいち分からなかった。
隣の列で女と滑っていた男が、迫力がどうたらと熱く語っているが、迫力だったらこの場で俺が垂直跳びして持ち上げてやった方があるだろうなと思う程だ。あの男はいったい何に興奮してあんなに顔を赤くしているんだろう。
「お帰り。どうだった?」
「何が楽しいのか分からん」
「そろそろ許して……」
何故か疲れているシオンを置いて、次はリリィと二人で滑る事になった。俺はまたさっきと同じ事をするのかと単純に考えたが、その考えは甘かった。
「じゃあ、座るね」
「ああ、――っ!」
リリィが後ろに座った瞬間、俺の背中に極上のやわらかいものが押し当てられる。シオンの時は一緒に滑ったといっても、若干身体が離れているような状態だったのだが、リリィは俺を力強く抱きしめる勢いで身体を密着させてくるのだ。
それにより、リリィの胸は俺の体のラインに合わせて形を変えて、恐ろしいまでに優しく、やわらかく俺の背中を包み込む。
それに加え、シオンと同じように密着している部分も感触だ全然違う。シオンは弾力のあるやわらかさだったのに対し、リリィの身体は抱きしめたら壊れてしまうのではないかというほど儚いやわらかさだった。
これは不味い。色々な意味で不味い。取り合えず早く終わらせないと大変な事になる。
「行くぞ」
「うん」
シオンの時とは別の意味でぎこちなくなった俺は、この幸福で辛い時間を終わらせる為、前に進む。すると、リリィは更に俺にしがみついてきて、俺はそのリリィの身体の迫力に打ちのめされた。なるほど、女と二人で滑った後の男が言っていたのはこういう事か。今なら彼の気持ちが理解できる。
「たのしかったね」
「悪くないな……」
俺は少し長めに終着点の小さいプールに浸かってから陸に上がった。危ない危ない、もう少しで社会的に死ぬところだった。
「ああ、分かった。私は比べられる為に呼ばれたのね……。ははは……」
シオンがよく分からない事を言いながら、何やら遠くを見ながら笑っている。大丈夫だろうか?
その後も俺達は様々な遊具で遊んだり、水に浸かったり、やたら高額設定なのに大してうまくもない飯を食ったりして一日を終える。
途中体力の無いリリィは何度も休憩をする事になったが、その間はシオンと近況を話し合って時間を潰したので、特に暇になる事も無く遊ぶ事が出来た。
まあ、正直なところ休憩中はリリィを眺めているだけでも十分に暇を潰せるのだが、その姿は間違いなく不審者になってしまっただろうから、シオンがいてくれて助かった。
もしかすると、リリィはこの為にシオンを呼んだのかもな。
「シオンさん、今日は一緒に遊んでくれてありがとう。なんだかお姉ちゃんが出来たみたいで楽しかった」
「……そう」
別れ際、リリィのそんな一言を聞いて、シオンはうれしそうな表情をしながらも、どこか悲しそうな目をしていた。
その理由がなんなのかは俺には分からないが、何故か俺はその表情を見て、普段は言わないような本心を口にする。
「シオン。俺はお前がいてくれて本当に助かっていると思っている。もし、嫌じゃなければこれからもよろしく頼むよ」
「レン……。そうね……、うん、こんな関係が続けられるなら……悪くない……かな」
そうしてシオンは喜びと悲しみを混ぜたような表情のまま帰っていく。
シオンが何故そんな表情をしたのかは、これからも付き合って行くうちにいつかは分かるかもしれない。俺はその時が来るのを信じて待ち続ける事にした。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
「うん!」
そう元気よく返事をして、リリィは俺の手に自分の手を絡めてくる。
その握り方は所謂恋人繋ぎというもので、人前でするのは小恥ずかしいと思いつつ、たまには良いかと思い手を握り返す。
するとリリィはとてもうれしそうに笑い、俺はその笑顔を見ているだけで、世界で一番幸せなのではないかと思えたのだった。