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我が最強は、無力な君の為にある  作者: 姫神さくや
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第六話 甘えん坊な少女

 魔物の大群との戦い以外の場所で負った心の傷を、リリィの笑顔を見て癒していると、リリィの後ろでシオンが苦虫でも噛んだような表情でこちらを見ている事に気が付く。なんでこいつはこんな顔をしているんだ?


「何かあったのか?」

「別に……」


 それっきりシオンは視線を逸らして口を閉ざした。その事をリリィに聞いてみても、同じように何もなかったという答えが返ってきたので、俺は深くは追求しない事にした。

 あれだ、きっと男には話し辛い事なのだろう。俺がそう納得していると、リリィが話題を変えてくる。


「それで、今日はどうだったの?」

「なかなか大変だったな。ここに来てから一番の大仕事だった」


 俺が大変と言った瞬間、シオンが嘘だろとでも言いたげな表情でこちらを見てくる。いや、確かにまだまだ余裕はあったが、大変だったのは間違いじゃないんだぞ。


「そっかー、じゃあ今日はゆっくり休んでね」


 そう言いながらリリィがニコニコと笑いながら背伸びして、俺の頬を撫でてくる。それだけで俺は、疲れが吹っ飛んでしまったような気になってくる。


「はいはい、イチャイチャするのは私が帰ってからにしてもらえるかしら」

「悪いな。仕事の時はまた頼むよ」

「バイバイ、シオンさん」

「……ええ、それじゃあ失礼するわ」


 そう言うとシオンは、何か言いたげな表情をしつつも、そそくさと退散して行く。

 その歩く速度がいつもよりも若干早いようにも感じたが、きっとシオンにも用事があるのだろうと思い、気にせず玄関の扉を閉める。

 すると、突然背中にやわらかいものが押し当てられ、後ろから手が回されてくる。


「おい、リリィ……!」

「ごめんねレン……。おねがい、少しだけこうさせて……」

「……分かった」


 俺は突然抱きついてきたリリィの小さな手を握りながら、リリィの好きなようにさせる。

 リリィはしっかりしているように見えてもまだまだ15歳の少女だ。

 その上、あんな出来事で親を失い、今も魔物を狩るような危険な仕事をしている人間が保護者では、精神的に不安定にもなるだろうし、意味もなく不安を感じる事も多いのだろう。

 こんな事でその不安が和らぐならば安いものだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は背中に当たるやわらかいものの感触に意識を集中する。

 ああ、リリィも成長したな。主に体の一部分が。そんな雑念塗れの状態がしばらく続いてから、急に背中に当たる感触が離れて行く。

 俺は、リリィの気が済んだのだと判断して、リリィの方へと振り向いた。


「――チュッ」

「なっ!」


 振り向いた瞬間、リリィが少し跳びはねながら俺の唇に自分の唇を当ててくる。

 俺とリリィには頭一つ分程度の身長差があるので、リリィが背伸びしただけでは唇には届かない。だからジャンプする事になったのだろうが、唇と唇がギリギリ触れ合う絶妙な間合いでのキスだった。もう少し高く跳んでいたら今頃歯と歯が衝突して悶絶しているところだ。

 いや、そんな事はどうでもいい。それよりも今は何故こんな事をしたのか聞かなければならない。


「おい、リリィ――!」

「これはいつも優しくしてくれるお礼だよー」


 俺の言う事を聞かず、リリィはそれだけ伝えてきてキッチンに向かう。

 俺はその様子を見て、なんだか改めて聞くのも恥ずかしくなり、悶々としながら先に風呂で汗を流してからテーブルにつく。

 こういう時、リリィは特別何かを言わなくても俺が風呂を出る調度に食事の準備を終わらせてくれる。今日もそれは変わらない。


「今日は疲れてるだろうし、ご飯は精のつく物を用意したよ」

「おっ、こりゃすごいな」


 並べられた料理は肉や匂いの強い食材も多く、普通なら女の子は作るのを避けそうなものだが、リリィは俺のために態々そういった食材を使って料理を用意してくれたのだ。自分の事よりも俺の事を考えて料理を用意してくれる事を俺はうれしく思った。


「いただきます」

「いただきます」


 俺は手を合わせてから食事を味わい、そんな俺をリリィが微笑みながら見つめてくる。


「何か良い事があったのか?」

「何で?」

「うれしそうだからさ」


 そう聞いた瞬間、リリィの表情が一瞬変わったような気がしたが、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。いや、たぶん気のせいだったのだろう。リリィはいつもどおり可愛いままだ。


「ふふふ、私はレンが無事に帰ってきてくれればいつでもうれしいよ」

「そう言ってもらえるとこっちもうれしいな」


 その後、俺は今日出かけられなかった分、明日どこかへ出掛けようと話しながら食事を終わらせた。おいしい食事に満足した俺は、リリィが洗い物をしている間に、剣の手入れを始める。

 まあ、この剣は特別製で今までどんな無茶な使い方をしても刃こぼれ一つした事がないし、汚れは魔法で消し飛ばしているので手入れをする必要も無いのだが、なんとなく酷使した後は手入れ用の布で優しく拭いてやる事にしていた。


「レンってその剣、凄く大切にしてるよね」


 念入りに拭いていると、洗い物を終えたリリィがやってくる。流石に刃物を持っている時は危ないので、突然抱きついてきたりはしない。


「そうだな。この剣は俺が斬魔流戦闘術の奥義を習得した時、師匠から譲られた物で、免許皆伝の証みたいな物だからな。大切だよ」

「へえ」


 質問をしながらも、リリィは剣についての情報にはそれほど興味が無いらしく、それ以上話を聞かずに胡坐をかいて座っている俺の脚の間に上半身を乗せて横たわる。

 その姿はまるで子猫のように愛らしいが、足に美しくやわらかい髪が当たり、股間近くにリリィの頭が来ているので大変によろしくない。


「どうしたリリィ。今日はなんだか甘えん坊だな」


 普段からリリィは俺に甘えてくるが、ここまで触れ合いを求めてくるのは珍しい。やはり、俺が大変だったと言った所為で不安を感じさせてしまったのかもしれない。


「いや?」

「嫌ではないな」

「なら良いでしょ」


 そう言いつつリリィは更に体をこすり寄せてきて、そのまま暫くするとスヤスヤと寝息を立て始める。そんな事をされれば剣の手入れなどしている余裕も無く、俺は剣を静かに鞘に納めてから床に置いた。


「やっぱり寂しい思いをさせているんだろうな……」


 流石にキスまでされた時は焦ったが、あれはリリィにとって俺への感謝の気持ちくらいのものだったのだろう。どうせシオンが何か余計な知識を教え込んだに決まっている。

 そうなると、こんな風に唇を奪ってしまった事に罪悪感を覚える。いや、奪われたのは俺か。

 とにかく、俺はこんな純粋で愛らしく、無垢で寂しがりな少女に湧き上がる欲望をぶつけるなんて下種な事はできず、一人悶々としながら、リリィの寝顔を眺めるだけの時間を過ごした。

 しかし、リリィがどれだけ軽くても、そのままの状態で長時間過ごすのは辛く、だんだんと足がしびれてくる。

 俺は何とかリリィを起こさないように、リリィの頭を持ち上げてその場から抜け出し、その後リリィを抱きかかえてベッドまで運び、自分も自分用のベッドで眠るため、リリィからゆっくりと離れる。


「おやすみ」


 眠るリリィにそれだけを告げて、俺はリリィの部屋から出る。

 その時、扉の向こうでリリィが起き上がる気配がする。ああ、やっぱり起こさないように運ぶのは無理があったみたいだ。

 そう思っていると、扉の向こうで溜息を吐くような音が聞こえてくる。

 いつの間にか眠っていて、時間がかなり過ぎてしまっているとそんな気分になるだろうなと思いつつ、俺はそれ以上立ち聞きするのも悪いと判断して自分の部屋へ向かった。


「今日はやばかったな……」


 その途中、俺の頭の中は愛らしいリリィの姿でいっぱいになる。ああ、本当に我慢するのは大変だ。

 俺は、いつ自分の理性が限界を迎えるのか、恐ろしく思いながら眠りについたのだった。

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