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我が最強は、無力な君の為にある  作者: 姫神さくや
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第四話 魔物襲撃

「また出動要請か……」

「申し訳なくは思うけど、今回は緊急事態なの。お願い」

「分かった」


 次の日、今日はリリィと外に出かけようと計画していた俺の元にシオンがやって来た。

 俺の仕事は魔物討伐であるから、依頼が来るのも不規則なのは仕方が無い。だが、せめてもう少し余裕を持って連絡して欲しいものだ。これじゃあ、気軽に出掛ける事も出来ない。


「レン、お仕事なの?」

「リリィ……」


 俺に仕事が入り、少し悲しそうな表情をしているリリィが部屋から出てくる。

 俺はそんなリリィの頭を撫でながら、一緒に出かけられない事を謝ったのだが、リリィは笑顔で仕事だから仕方が無いと言ってくれる。

 その笑顔を見て俺が癒されていると、シオンが呆れたという表情をしながら俺を家から追い出した。ここは俺の家なんだがな。


「いってらっしゃい、レン」

「ああ、いってきます。リリィ」

「良いから早く行きなさい」


 こうして俺は、今日もせっせと仕事に勤しむのだった。


   ◆◆◆


 ――第三小都市防衛ライン。


「説明は受けたが、実際に見るととんでもないな」

「はい、これだけの数が同時に現れるのは今までにありません……」


 出動要請を受けて、中央大都市の転移装置を使い、歩くと二日はかかる距離にある第三小都市へ一瞬で向かった俺は、同じく呼び寄せられた奴らと共に第三小都市の防衛隊から現在の状況を説明された。

 そこで語られたのは、約一万の魔物の群れが第三小都市に向かってきているという情報だった。

 その話を聞いた他の奴らは、どうせ大げさに言っているだけだろうと笑っていたが、実際に目の当たりにすると信じない訳にはいかない。


「数が多いだけじゃ無く、大型の魔物まで結構いるな」

「はい、偵察部隊の話では、後方には体長二十メートルを超える蜘蛛型の魔物までいるそうです」


 メートルと言うのは魔道具を製作している科学者が考えた距離の単位だったか。リリィに教えられていたので何となく分かったが、実際に見てみないとイメージしにくかった。

 ただ、その蜘蛛がどうとか以前に、見える範囲でも凶悪そうな魔物は数多くおり、それだけでも普通の人間には絶望的な光景だろう。

 現にその光景を見て、周囲の奴らは青ざめた表情をして、中にはカタカタと音を立てて震えている者もいる。しかし、俺は他の奴と違って自分が高揚感を覚えている事を感じていた。


 この都市郡に来てからというもの、魔物との戦いは数え切れないほどしてきたが、一度に攻めてくる魔物の数は精々千体ほどで、数が多くなるほど一体一体の強さが落ちるのが常だった。

 それに比べ、今広がっている光景はどうだ。目の前には数えるのが嫌になる程の魔物が跋扈し、今まで戦ってきた中でも強者と呼べる魔物が平然と溢れかえっている。

 ああ、なんて戦い甲斐があるのだろうか。俺はリリィとの生活が幸せで、こんな感覚は無くしてしまったと思っていたが、やはり心の底では戦いを求めていたらしい。

 もっと強い奴と、もっと沢山の戦いを繰り広げたい。俺の中で失っていたそんな感情があふれ出してくる。


「何がそんなにおかしいのですか……?」


 どうやら感情が抑えられず、表情に出てしまっていたらしい。隣にいた男が怪訝な表情を向けてくる。だが、もうそんな視線すら気にならない。俺は戦いたくて仕方が無いのだ。


「いや、沢山殺せるなと思ってな」

「なっ……!」


 ああ、興奮しすぎて言葉選びを間違った。これじゃあ、まるで俺が頭がおかしい奴みたいじゃないか。

 しかし、実際他人から見れば俺は頭がおかしい。だって魔物が大群で押し寄せて来ている今、こんなにも幸せを感じているのだから。


「……やはり化物……という事ですか……」


 男は小声で言っているが、俺の耳にはしっかりと届いている。

 どうやら俺は、同業者達からは影で化物と呼ばれ恐れられているらしく、この男以外からも化物と呼ばれた経験が数え切れないほどある。

 最初のうちは言われる度に腹が立つ事もあった。俺はただ戦っているだけなのに何故そう呼ばれなければならないんだと詰め寄った事もある。

 ただ、最近ではそう呼びたくなるくらい俺が強いと認めてるって事だろ、といった具合に解釈して受け流すようになっていた。俺も大人になったものだ。


「それで、作戦はお伝えしたと思いますが、本当に大丈夫なんですか」

「俺の事は心配しなくて良い。化物らしく暴れまわってやるよ」

「――っ。よろしくお願いします」


 相手が大群だった事もあり、偵察部隊が早く発見したので、魔物の群れが第三小都市に辿り着くまではまだ余裕がある。その為、今回の作戦内容はしっかりと全員に伝わっている。

 だが、その作戦内容は単純で戦略性など欠片もないものだった。


「全員用意は出来たな! それでは魔物討伐作戦を決行する!」


 偉そうな男が、約二千人集まった防衛部隊の先頭に立つ。

 中央大都市からの救援部隊を合わせて結構な数になっているのだが、目の前の魔物の群れに比べれば少ないこの人数ではまともに戦えばかなりの被害が出るだろう。

 その為、この偉そうな男はとてもとても素晴らしい作戦を俺達に用意してくれた。


「作戦は簡単だ! そこのレンとかいう男を単独で魔物の群れに突っ込ませ、残った人間全員で遠距離から攻撃を行う! 魔物が接近後は臨機応変に対応し殲滅! 以上だ! この作戦の為に遠距離攻撃可能な魔道具まで貸し出しているんだ! 失敗は許さんからな!」


 要するに、俺一人に囮をやらせて、他の奴らは安全圏から攻撃をするという事だ。

 そんな事をすれば、流れ弾が確実に俺に向かうという意見も出たが、化物ならそれくらい何とかするだろうという事でその意見は無視された。

 そんな作戦を説明され、周囲の奴らの中には俺に哀れみの視線を向けてくれる者もいるが、実際貸し出されている魔道具程度の攻撃なら簡単に防げるので問題は無かった。むしろ、気兼ねなく暴れられる環境を用意してもらった事に感謝したいくらいだ。

 ただ、こんな命令を容赦無く出来てしまう俺カッコイイと言わんばかりのドヤ顔をしている偉そうな男は殴り倒したいと思った。


「では作戦開始!」


 そう言いながら、偉そうな男は俺に視線を向けてくる。はいはい、とっとと突っ込めって事だろ。分かってるさ。


「我が身、魔を絶つ剣となれ!」


 自分自身の肉体を、魔を持って魔を絶つ剣に変える斬魔流戦闘術の力を解放した俺は、魔物に向かって駆け出した。

 後方からは気の早い奴らの砲撃が始まっているが、流石に遠すぎて魔物まで届いていない。まあ、それだけなら問題ないのだが、中には明らかに俺に向かって飛んできている魔力弾も存在する。

 大した威力の無いそれらは、身体に纏った魔力で簡単に霧散するので何のダメージも無いが、やはり気分が良いものではない。

 俺はそれらによって与えられた不満を、取り合えず目の前の魔物どもにぶつける事にした。


「切り裂け!」


 魔力を纏わせた剣を横薙ぎに振るうと、切断効果を持った魔力が放たれ、それにより先頭にいる魔物の身体が引き裂かれる。

 その一撃で命を失った魔物の数は百を優に超え、目の前には一瞬で死体の山が出来上がった。しかし、魔物達は臆する事無く死体の山を乗り越えてこちらに向かってくる。


「吹き飛べ!」


 接近する魔物の群れに向かって、俺は魔力の衝撃波を打ち込む。

 密集した魔物はその一撃を回避する事が出来ず、体重の軽そうな魔物を中心に面白いように空を飛んだ。そして、俺は衝撃波を耐え切った大型魔物達に剣を突き立て、その命を奪っていく。

 その頃になると、攻撃が届くようにやや前進した後方部隊の攻撃が周囲に降り注ぐようになっており、小型の魔物が次々と倒れていった。

 だが、後方部隊の攻撃は大型魔物には殆ど効果が無い為、正直言って雑魚の数減らしと足止め程度の効果しかない。


「グオオオオオオオオ!」


 俺が大型魔物を狩っていると、巨大な虎型の魔物が上空から飛び掛ってくる。

 人間の五倍はあるであろうその巨体に向かって、俺が剣を下段から救い上げると、虎型の魔物は真っ二つに裂けて、左右に分かれて大地に転がる。

 左右に分かれたお陰で体にはあたらなかったが、落下時に周囲に血が飛び散り俺の服が真っ赤に染まる。まあ、こいつの血だけでなく俺の身体は既に返り血で殆ど赤く染まっている。

 普段なら返り血もある程度避けているのだが、これだけの数を相手にすると、流石に返り血まで気にしていられなかった。


「うわああああああ!!!」

「ひいい!!!」

「撃て撃て撃て!」


 その時、後方から叫び声が聞こえてくる。飛び掛ってきた犬型魔物の頭を掴んで地面に叩きつけ、砕きながらそちらの方を見ると、上空から後方に向かって巨大な鳥型の魔物が飛来しているのが見えた。

 なるほど、空からか。流石に自分に向かってこない飛行型の魔物は倒しきれないな。そう思いながら俺は、剣を鳥型の魔物に向かって投擲した。

 投擲された剣は寸分違わず目標の頭を撃ち抜き、その身体は勢い良く地面に落下し、周囲には血肉が飛び散る。


「ギイイイイイイ!」


 俺が剣を手放したと見るや、鉄巨人型の魔物が俺に向かって飛び掛ってくる。こんなデカブツに飛び掛られても全くうれしくない。せめて美少女になってから出直して欲しい。

 そんな馬鹿な事を考えつつその一撃をひらりと避けると、地面に激突しめり込んだ鉄巨人型の魔物に向かって足を振りかぶり、そして、足に魔力を収束させその巨体を蹴りぬいた。

 その瞬間、金属同士がぶつかるような大きい音が鳴り響き、鉄巨人の巨体が砕けながら宙を待った。

 斬魔流戦闘術は剣技では無く自分自身を剣とする技だ。それ故に剣が無くともこの程度は可能だった。


「なっ!」

「あの鉄の塊を……!」

「本当に化物じゃねーか!!!」


 その光景を目の当たりにした奴らが後方で騒いでいる。言っている方は距離が遠いので聞こえていないと思っているのだろうが、今の俺は聴覚も強化された状態なので全て聞こえていた。全く、後でどんな顔をして話せば良いか分からなくなるのでやめて欲しい。


「来い!」


 俺が右手を掲げて叫ぶと投擲した剣が跳ね上がるように飛翔し、運悪く通りがかった子鬼の頭を、熟れた果実を潰す様に跳ね飛ばしてから俺の手に収まる。

 うわ、柄が血塗れじゃないか。危ないな。そう思いながら俺はいったん全身と剣に付着した血を魔力で消し飛ばした。

 本当は戦闘中に魔力を無駄遣いしたくないのだが、ここまで来ると戦闘に影響が出るので仕方が無い。


「ガアアアアアアアアア!」

「ギュイイ!」

「グルル!」


 俺が血を消す為に立ち止まったのを確認した魔物達が、チャンスだと思ったのか全方位から一斉に群がってくる。おお、態々集まってくれてありがたい。

 俺がそう思いつつも、剣の魔力を解放してその場で一回転すると、群がってきていた魔物は一斉に両断され、肉片になって地面に転がる。

 そして、それにより俺の周囲が血の噴水で埋め尽くされてしまった。おいおい、折角綺麗にしたのに台無しじゃないか。仕方が無い。これからは柄の部分だけを綺麗にして、他はそのままにしておこう。


「キシャアアアアアアアアア!!!」

「おっと」


 俺が魔物を一掃すると、うなり声と共に何かが飛来してくる。それは白くベトベトした糸状のもので、糸の先は声の方向へと伸びていた。


「あれが噂の巨大蜘蛛か……」


 そこにいたのは魔物を踏み潰しながら高速で近づいてくる、全長二十メートル程の巨大な蜘蛛。黒光りする身体を一見細い八本の足で支えて、カサカサとこちらへ近付いてくる様子は、虫が苦手でなくてもゾッとするものがある。

 その蜘蛛型魔物は糸の垂れ流した大きな尻を持ち上げでこちらに向けてくると、そのまま上空に糸をばら撒いてくる。しかも今度は一本ではなく、上空で拡散させて撃ち出して来た。

 こうやって撃ち出すという事は、これは相手を絡めとるタイプの技なのだろう。なら、このまま受けるのはまずい。

 衝撃波で吹き飛ばす方法も考えたが、糸が風で飛ばしきれるか分からなかったので、肉体の強化率を上昇させ走り抜ける事で回避し、ついでにすれ違いざまに蜘蛛型魔物の足を斬り付けた。


「なっ!」


 こんな細い足なんて簡単に斬れると思ったのだが、予想を圧倒的に上回るほど蜘蛛型魔物の身体は硬く、俺の剣はこの戦いが始まってから初めてその動きを阻害された。

 その隙を狙ってか、周囲の魔物が一斉に集まってくる気配を感じた俺は、その場から跳び上がり、空中で蜘蛛型魔物の目に剣を投擲する。


「キシャアアアアアア!!!」


 剣はそのまま蜘蛛型魔物の目に突き刺さり、蜘蛛型魔物は奇声を上げるが、まだしっかりと立ち上がりこちらに向かってくる。


「よっと……、おっ……!」


 着地した俺は、足元に蜘蛛型魔物がばら撒いた蜘蛛の糸が散らばっている事に気が付く。恐る恐る足を上げようとすると、案の定、蜘蛛の糸が足に絡みつき、地面に足が固定されている。

 馬鹿か俺は。こんな有様じゃ師匠にぶん殴られてしまう。


「グオオオオ!」

「キヤアアアアア!!!」

「ガアアアア!」


 周囲の魔物達はこのチャンスを逃さないとばかりに飛び掛ってくる。

 俺はその魔物達を殴り、掴んで叩きつけ、投げ飛ばし、握りつぶしてから剣を呼び寄せ、背後に迫った魔物を脇から背後に剣を突き出して串刺しにする。

 そうして魔物を蹴散らしていると、片目を再生させていく蜘蛛型魔物の姿が確認できる。固い上に再生持ちとは厄介な事だ。

 俺はコイツには魔力節約や手加減などしている余裕は無いと判断し、まずは足元の蜘蛛の糸を魔力を爆発させ吹き飛ばし、拘束から逃れると次に剣に今まで以上の魔力を収束させる。


「キシャアアアアアア!」

「魔力収束」


 剣が纏う魔力が増幅したのを感じ取った蜘蛛型魔物が、その巨体をこちらに投げ出し跳び掛ってくるがもう遅い。こちらの準備は完了している。

 俺は圧縮した魔力を爆発させ、光を纏った剣を超加速させて縦に振り抜いた。


「切り裂け!」


 加速した剣は止まる事無く振り抜かれ、俺の眼前に迫っていた蜘蛛型魔物の身体を両断する。そして、蜘蛛型魔物は二つに分かれて落下した後、ビクリっと身体を揺らし、そのまま動かなくなる。流石にこの状態から再生する事は無いだろう。


「ふう……」


 俺が大物を仕留めてホッとしたのも束の間、怒り狂ったような猿型魔物がこちらに跳びかかり、上から大きな拳を叩きつけようとしてきている。

 俺はそれを横目で流し見てから適当に両手を斬り落とし、その首を跳ね飛ばした。その時の俺にはそんな猿よりも気になっている事があったのだ。


「おいおい、何で攻撃が止まってるんだよ……」


 正直言ってあまり意味は無いように思えたが、ある程度魔物の注意を引いてくれていた後方からの攻撃がいつの間にか止まっていた。どおりでさっきから魔物が俺の周囲に集まってきていると思った。あいつら牽制の仕事すらも放棄しやがったのか。


「グアアアアアアア!」

「キヒヂイアイイアアアア!」


 後方からの攻撃が止まった事により生き残った全ての魔物は、眼前の脅威である俺を排除しようと襲い掛かってくる。

 最も脅威だった魔物を排除できたと言っても、残っている魔物の数はまだ半分以上であり、決して楽に倒せる相手ではない。それなのに、後方の奴らは攻撃をやめただけではなく、更に後ろへと下がっていっている。

 要は逃げているという事だ。


「はあ……」


 俺はその姿を見て、あいつらにはもう何も期待できないと理解する。そして、同時に残りの魔物は全て一人で倒さなければならないのだと分かった。

 俺はふつふつと湧いてくる感情を込めて、飛び掛ってきた狼型の魔物を殴る。

 ああ、この程度の魔物ならあいつらの攻撃でも倒せていたのに、こいつらさえ俺が倒さなければいけなくなった。まったく……。


「ははは……」


 楽しませてくれるじゃないか!

 これだよこれ!

 戦いというものはこうでなくてはいけない!

 沢山の敵! 手強い相手! それら全てが俺を狙ってくる!

 まったく、最高の状況じゃないか!


「はははははははっ!」

「オガッ!」

「ゴブ!」


 俺は笑いながら目の前の大鬼型魔物の心臓を剣で貫き、引き抜いた剣の柄頭で後ろにいた子鬼型魔物の頭を砕く。

 そして、更にその反動を利用してその場で回転し、周囲の魔物を切り裂き、飛び上がって上段から回転する様に猿型魔物を一刀両断し、上空の鳥型魔物に剣を投擲して串刺しにする。そして、地上の亀型魔物の身体を甲羅ごと蹴り砕き、蛇型魔物の頭を握り潰し、上空から剣を呼び寄せ、降ってくる速度を利用して大鹿型魔物の頭を粉砕し、一瞬止まるのを狙ってきた虎型魔物の頭を剣で串刺しにてから蹴り飛ばす。

 それらを流れるような動作で行ってから、俺は次の魔物の集団に飛び込み、同じように流れるような殺戮を繰り返す。


 それをいったい何度行っただろうか、俺がただ目に付く魔物を殺すだけの時間を過ごしていると、ある瞬間から魔物が見当たらなくなる。

 俺は残りの魔物はどこだと周囲を探すが、視界にも魔力による索敵にも魔物の反応は無い。それはつまり、いつの間にか全ての魔物を駆逐してしまった事を意味した。

 俺が達成感と、もう少し戦っていたかったという物足りなさを感じていると、後方の方で逃げ出した奴らが騒いでいるのが聞こえてくる。


「化物……」

「魔物なんかよりあの化物の方がよっぽど危険じゃないか……!」

「おい! 今なら疲れているはずだ! 殺そうぜ!」

「馬鹿か! 相手はあの化物だぞ! まだ余力を残しているかもしれないだろ!」

「化物化物化物……」


 俺は、ガタガタと身体を震わせながらそう騒ぐそいつらに、なんと言っていいか分からない。

 自分の仕事を放棄し、人に押し付けておいて、こっちが一人でやりきったら恐れて忌み嫌う。そんな事をされたら俺はいったいどう対応すれば良かったんだ。お前らに助けでも求めれば良かったのか?


「……帰るか」


 俺はどうすれば良いのか判断できず、取り合えずこの場から離れる事にした。

 途中、偉そうにしていた男に帰る事を伝えると、偉そうな男は足を震わせながら、「ははは、お前ならしっかりと仕事をこなすと信じていたのだ。私の判断は正しかっただろう」とまくし立ててきた。どうやら撤退命令を出したのもこいつらしい。

 俺は何か言うのも面倒になり、「そうだな」とだけ呟いてその場を去った。


「ふぅ……」


 色々とモヤモヤとした感情を抱えながら中央大都市にある自宅の前までやって来た俺は、玄関の前で溜息をつく。こんな風に仕事を指示通りにこなして恐れられるのは、実は初めてではないのだが、あの人数に一斉に怯えられるのは心に来るものがある。


「ただいま」


 そんな感情を抑えながら玄関の扉を開くと、その瞬間、部屋の中にいたリリィが満面の笑みを浮かべてこちらに向かってくる。ああ、なんて綺麗な笑顔なのだろう。俺はその笑顔を見ているだけで、嫌な事を忘れて幸せをかみ締める事が出来た。


「おかえりなさいレン、今日もお疲れ様」


 この一言を聞く為なら俺は、どんな理不尽な事でも耐えられる。心からそう思えた。

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