第三話 シオンの想い
■シオンの見る世界
「あの小娘の様子はどうだった」
任務から帰還するなりそう尋ねてきたのは私の上司のクライブだ。ハゲに眉毛まで剃って厳ついったらありゃしない、そんな中年男だ。
そんな上司に対し、私は若干砕けた風に報告をする。それが出来るくらいには私達は仲の良い上司と部下の関係だった。
「別に、いつもどおり終始ニコニコしながら掃除や洗濯、料理に裁縫をしていて、愛しの旦那の帰りを待つ若奥様を眺めている気分だったわ。男の方も可愛い若奥様にデレデレする馬鹿そのものだしホントお熱いことだわ」
「はっはっはっ、彼氏もいないお前には目の毒だっただろうな」
「彼氏がいてもアレを見たらなんとも言えなくなると思うわよ」
「違いない」
私の仕事は表向きにはリリィという少女の護衛だ。しかし、実際にはいまやこの都市に無くてはならない存在となっているレンという青年を繋ぎとめる為、リリィという名の足枷をうまく機能するように観察し導くという任務がある。
中にはあの少女を捕らえて、脅して戦わせれば良いと主張する過激派も存在するが、あの男の強さを一度でも見た事がある者は、口が裂けてもそんな事は言えなかった。
はっきり言ってあの男は化物だ。
私と同じ現在では希少な魔法の使い手である事もあり、元々その活躍にはかなり期待がされていたけど、彼の場合はその実力が常識を逸脱していた。
それを証明するあの男の逸話は多々ある。
あらゆる攻撃を弾くと思われた程の強固な肉体を持った魔物を蹴りの一撃で粉砕し、人間を塵も残さず蒸発させる程の攻撃を眉一つ動かさず防ぎ、百の魔物を剣の一振りで死骸の山に変える。そんな御伽噺のような偉業の数々だ。
この逸話について、大都市のお偉い様方は信じていないようだけど、現場で実際にその様子を目撃した人間と、彼と手合わせした私はその話が誇張ではないと理解していた。
あの男と戦った時の事を思い出すと今でも身震いする。
それまで私は、時間を停止するという規格外な魔法を扱えるという事で、個人戦においては最強の魔法使いと呼ばれていた。
私はその事を誇っていたし、正面から戦って自分に勝てる人間なんて存在しないと思い込んでいた。
それなのに、あの男は、私が停止した時間の中を平然と歩き、「何をしているのかと思ったら時間を止めていたのか。こんな魔法もあるんだな」と感心するように言ってきたのだ。
その時、私は本当の強者という者がどういったモノか理解した。真の強者とは人間を超越した化物なのだ。私はそんな化物が自分に牙を向けてくる瞬間に恐怖し、自らあの少女の護衛を引き受けた。
自分がミスをして殺されるのも怖いが、適当な人間に任せて、知らぬ間にあの化物が暴れだす事はもっと恐ろしいと思ったからだ。
まあ、幸いあの男は意中の少女の身の安全が確保されている限り人間に対して害を成す事はないし、私は進んで少女に媚を売る事である程度の信頼関係を築く事ができたので、今では多少安心して生活を送れていた。
「それにしても楽しそうだな」
「どういう事?」
私があの二人の事を考えていると、クライブが意味不明な事を言ってくる。楽しい? 私が?
「なんだ気が付いていないのか? お前、あの二人の事を話す時随分と可愛い笑顔を見せているんだぞ。普段お前を怖がっている部下達に見せたいくらいだ」
「はっ、冗談――」
「そう思うなら見てみろ」
「は――」
そう言って差し出されたのはその場の光景を保存する機能を持った魔道具だ。
それを見せられた私は、勝手に撮るなと声を荒げようとしたが、そこに写っていた自分がまるで自分では無いかのように幸せそうに笑っていたので何も言えなくなってしまう。
私はこんなに楽しそうに笑っていたの?
両親と妹が死んだあの日から、心から笑える日なんて来ないと思っていたのに。
「まあ、任務の内容を考えれば自然に楽しんでいた方がやり易い時もあるだろうが、あまり深入りするなよ」
「わかっ……たわよ……」
その時の私にはそう声を絞り出す事しか出来なかった。
ずっと恐怖から媚を売るように接していたと思っていたのに、私は本心ではあの子といるひと時を幸せだと感じていたのかもしれない。
そう自覚してしまうと、あの子と過ごす時間がまるで妹と過ごしていた時間のように幸せなものだと思えてしまう。
そんな私の考えをクライブは見抜いていたのだろう。だから釘を刺してきたのだ。
私の任務はあの子を使ってあの男を縛り付ける事。でも、もしそれが不可能となる様な状況になったら、あの子を人質にしてでも、あの男を何とかしなければならなくなる。
今まで私は自分にはそれをする覚悟があると思ってきたけど、改めてその時の事を想像すると、あの子の笑顔と悲しそうな顔が思い浮かんで胸が締め付けられるように感じてしまう。
(ああ、クライブは本当に余計な事を言ってくれたわね……)
心の中でそう文句を言いながら、私はまた次の依頼が来るまでに自分の感情を抑えられるよう勤めるのだった。