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我が最強は、無力な君の為にある  作者: 姫神さくや
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第二話 幸せな日常

 俺は魔物討伐の依頼を達成し、自宅として借りている家に帰宅した。


「ただいまリリィ」

「レン、おかえりなさい」


 あの廃墟となった街での出来事から六年、俺はいまだリリィと一緒に行動している。

 最初は他の街に着いたら孤児院にでも預ける予定だったが、リリィが俺と離れたくないと駄々をこねたのでそのままズルズルと一緒に行動していた。

 もしかすると、俺も無意識に人の温もりを求めていたのかもしれない。リリィとの生活は暖かく幸せなもので、今ではもう俺の方もリリィと離れたくないと思っていた。


「今日もお疲れ様」


 そう言って、リリィは俺の短く切り揃えられた黒髪を撫でてくる。

 何でもこの地方では黒髪に黒目の人間は珍しいらしく、リリィは俺の髪の毛を撫でるのが好きらしい。街中でもすれ違う人に見られている事が多いし、みんなあまり見た事の無いものが気になるのだろう。


「リリィはちゃんと留守番出来てたか?」

「うん!」


 そう元気に返事をしながら、リリィは腰まで伸びたサラサラとして美しい金髪を揺らしている。

 リリィは本当に綺麗になった。

 この六年で身長は俺の首元ぐらいまで伸び、顔立ちも美しくなり、体も女性らしくなっている。特に胸は女性の平均は超えているだろう。

 そんな愛らしい少女が、まるで良く懐いた子猫のようにじゃれついてくるのだ。俺も男であるし正直言って反応してしまう。

 しかし、リリィに手を出すような事はしていない。

 彼女にとって、俺はこの世で唯一の頼れる人間なのだ。そんな人間に迫られれば嫌と思っていても捨てられない為に断る事が出来ないだろう。

 俺は彼女にそんな無理強いをさせたくないと思い、ただその欲望を抑えていた。

 しかし、もしも彼女の方からはっきりとそういう関係になりたいと宣言されたら、その時は理性を抑えることは無理だ。俺はそこまで紳士的な人物にはなれない。


「はいはいイチャイチャは私が帰ってからしてよね」

「いつも悪いなシオン」

「まあ、お金貰ってやってる事だから感謝しなくても良いわ」

「それでも言わせてくれ。ありがとう」

「はいはい、どういたしまして」


 リリィに続いて俺を出迎えたのは、俺がいない間リリィを守っていてくれるシオンという女性だ。

 彼女は赤く鋭い目つきに、肩までで切り揃えられた赤髪を持ったスレンダーで勝気そうな女性なのだが、見た目と言動に反して面倒見が良く、頼んでもいないのにリリィに勉強まで教えていてくれる。

 彼女のお陰で、リリィはきちんと教育機関に通っている人間よりも勉強が進んでいるので、感謝してもしきれない。

 そんな彼女は、とある理由で現在俺達の暮らす都市から直接派遣されており、俺に依頼を伝えつつ、そのままリリィの専属護衛を勤めてくれている。いつも信頼できる同じ人間にリリィを任せられると言うのは俺からしたら有難い事だ。


「んじゃ私は帰るから、また依頼があったらよろしく」

「ああ、よろしく頼む」

「またね、シオンさん」

「はーいまたね、リリィ」


 そう言って手を振りながらシオンは帰っていく。

 本当なら一緒に食事でもしたいところだが、彼女にとって俺とリリィの前で食事をする事は途轍もなく疎外感を覚える行為なのであまりしたくないそうだ。

 俺はそこまでしているつもりは無いのだが、傍から見ると俺達はただのバカップルらしい。


「あっ、そうだ。お帰りなさい旦那様、お風呂にします? 食事にします? それとも私を味見しますか?」

「……何をやってるんだリリィ?」


 俺がシオンを見送ってから振り返ると、突然リリィが愛らしいポーズを取ってそんな事を言い始める。その行動と言動があまりにも可愛くて、俺の理性が崩壊寸前なのでやめて欲しい。


「えっと、男の人はこうしてあげると喜ぶってシオンさんが……」

「まあ、間違ってないけど……、俺以外には絶対にするなよ」

「大丈夫だよ、私が喜ばせたい男の人はレンだけだから」

「……ありがとう」

「えへへ」


 片手で口元を押さえた俺は、その時自分でも分かるくらいに顔を真っ赤に染めていた。

 なんというか、見た目はしっかりと成長しているのに、内面がまだまだ無邪気で無垢な子供のように思えるリリィは俺の心臓に悪い。

 そこに更に、調子に乗ったシオンが余計な知識を教え込むので破壊力が半端ではない。シオンには今度、そういった事を教えないように言及する必要があるかもしれない。

 しかし、前にこの事で注意した時は、「でも、うれしかったんでしょう?」と言われてしまい、その通りだったので何も言えなくなってしまったし、もう止めるのは不可能なのかもしれない。


「ところで、私を味見するってどういう意味なのかな?」

「それよりも風呂に入らせてくれないか。食事をする前に汚れを洗い落としたい」

「ん? 分かった。それじゃあ、お風呂に入ってる間にご飯を用意しておくね」

「頼む」


 そうして俺は、リリィが用意してくれた着替えを持って風呂に向かう。

 俺の故郷では、風呂は水を汲んで薪で暖めるものだったが、この地方は誰でも魔法のような現象を起こせる魔道具というものが発達していて、簡単な操作をするだけでシャワーというものから魔力で作られたお湯が流れ出してくる。

 時間がある時はこのシャワーで浴槽にお湯を溜めてゆっくりするのだが、今日は食事もあるのでシャワーから出るお湯で全身を洗って終わりにする。

 それにしてもこの地方には便利な物が多い。故郷にいた頃はこんな快適な生活は考えられなかった。まあ、その分この地方は魔物が異常なほど多いので、全ての人間が快適に暮らせる場所であるかは難しいところではあるけどな。

 そんな事を考えながら風呂を出ると、ちょうど良いタイミングでリリィが食事の準備を終わらせている。


「ちょうど準備が終わったところだよ。今日のご飯はパンとシチューと魚のバター炒めです」

「おお、うまそうだ」

「えへへ、私の愛情がたっぷり入ってるからね」

「ああ、いつもありがとう」


 出てきた料理は店で出しても良いくらいの物だった。

 正直言ってリリィは戦闘に関する才能が一切無い。体力は人並み以下だし、戦闘センスは皆無だし、魔法に関しては全てにおいて一欠けらの才能も無い。

 でもその分、こういった家庭的な才能は豊富で、家の仕事ならば何でも平均以上にこなす事が出来た。

 戦えない分、一人で家にいさせる事すら不安なのだが、もし世の中が平和そのものならば、家をしっかり守ってくれる良い嫁さんになれた事だろう。


「いただきます」

「いただきます」


 いただきますというのは、この地方で魔道具を開発している科学者が広めた食事の前の挨拶らしい。どんな意味があるのかは知らないが、みんなに合わせて食事の前に俺達も言うようになっていた。


「最近のお仕事はどう?」

「そうだな、少し物足りないな」

「シオンさんがレンが物足りなさを感じなくなったらおしまいだって言ってたよ」

「ははは、あいつは大げさなんだよ」

「そうかな?」

「そうだ」


 俺達が今暮らしているこの場所は、中央に大都市、その周囲に六つの小都市が存在する都市郡の中央大都市だ。

 この都市郡は外周の小都市が魔物に対する囮となり、それを中央都市から転送装置で送られた援軍と共に倒すという仕組みで成り立っている。

 この仕組みの中で、俺は常に一番の危険地帯に送られこき使われているという重要な役割をこなしている。実力を認められているからこその役割ではあるし、誇らしい事なのだが、その分金を稼ぎすぎて一部の奴らに妬まれているという問題があった。


 自分一人ならそんなのはどうでもいい事なのだが、仕事中はリリィを一人にしなければいけないので何かされないかと不安で仕方が無かった。そんな不満を口にしたら、いつの間にか専属護衛としてシオンがやってきた。

 ここまでの高待遇を受けると文句も言えず、それから俺はどんなに理不尽な仕事でも言われるがままするようになっていた。

 しかし、どれだけ仕事こなし、幸せな日々を送っても、俺には一つだけ心残りがあった。それは、修行の為にこの地方に来たにも関わらず、こんな一箇所で根を張るような生活をしても良いのかという事だ。


「それでね、シオンさんが――」

「あいつは時々変なテンションになる時があるからな」

「だよね」


 だが、俺がその心残りを解消しようとすれば、リリィと俺の関係は終わる。

 この都市郡に来るまでの旅でも、リリィは頻繁に体調を崩していた。今はある程度身体が育っているが、リリィの身体は今でも旅に耐えられるほど頑丈ではない。ましてや修行の為と言って自ら危険に飛び込むような旅には連れて行けない。

 だから俺は、この事はなるべく考えないようにして、リリィとの楽しいひと時をただ楽しんでいた。


「レン、また何か悩んでる?」

「いや、別になんとも無いぞ」

「本当? またあの顔してたよ……」


 俺はそう思っていたのだが、リリィには俺がそんな気持ちを押さえ込んでいるのがすぐに感付かれてしまう。それは、リリィが俺を良く見ている事の証明であるのでうれしくも感じるが、同時に何もかも見透かされているような恐ろしさを感じる。


「それはきっと、少し疲れてるからかもな」

「さっき物足りなかったって言ってなかった?」

「それでも疲れる時は疲れるんだよ」

「ふーん」


 リリィはそんな調子でしばらく追撃を仕掛けてくるが、毎回ある程度話すとそれ以上聞いて来なくなる。たぶん、これ以上聞いても無駄だと分かっているからだろう。


「そういえば今日はデザートも作ったんだ」

「おう、それは楽しみだな」


 リリィが話題を変えると、この話は終わる。そして、俺達はお互いに少しの不満を抱えながらも幸せな時間を過ごす。

 こんな風に俺達の生活は全てが幸せという訳ではない。だが、それでも俺はリリィとの幸せな時間を過ごす為、今日も明日もこの都市郡での生活を続けるのだった。

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