第十三話 負けられない戦い
完結まであと二話なので、今日中に残りの二話も更新します。
中央大都市が攻撃を受けた。その事実を聞いた瞬間、俺は周囲の人間を無視して、大地を蹴って空に跳び上がった。
その時の衝撃で何人かの人間は吹き飛ばされ、その後彼らは魔物達を死闘を繰り広げる事になるだろうがもう関係ない。
俺は目の前にいる全ての人間を救うと息巻くほど善人では無い。俺には他を無視してでも助けたい、大切な存在がいるのだ。
「あああああああああああああああ!!!!!!」
俺は魔力により肉体を限界以上に強化し、空中に作り出した魔力の足場を踏み台にして、まるで飛行するように空を跳ぶ。
限界を超えた強化で肉体は悲鳴を上げて崩壊するが、壊れた肉体はすぐに魔力によって治し、ただひたすらにリリィのいる場所目掛けて飛び続ける。
強化、強化した脚力に耐えられる足場の生成、肉体の再生を繰り返す事で魔力は瞬く間に減少していくが、そんな事はどうでもいい。最も優先するべきなのは一刻も早くリリィの元に辿り着ける事なのだ。
「くそがあああああ!!!」
残り魔力が二割を切り、そろそろ一割ほどになろうかという時、中央大都市が見えてくる。しかし、見慣れたはずのそこは、防壁が破壊され、巨大な金属の化け物に侵略された姿を晒している。
そんな中、魔力による捜索と強化された視力による観察で、世界で一番大切な少女と、それを守るように背負う世界で一番信頼できる女性の姿が確認できる。
そして、そんな二人に凝縮された魔力の光が放たれようとしているのを理解した俺は、軋む体を奮い立たせ、魔力を纏わせた右の拳を目の前の存在に叩き込んだ。
「俺の女に手を出すんじゃねぇぇぇええええ!!!」
自然とあふれ出したその言葉と共に拳を叩き込めば、金属で出来ているらしいその魔物は、砕け散りながら吹き飛んでいく。しかし、その手応えは硬く、今まで戦ってたどの魔物よりも頑丈だと思えるほどだった。
硬過ぎる魔物を殴った為、右腕は魔力を纏わせていたのにもかかわらず砕け、骨が内側から突き出ている。こんな状態の腕を見せれば心配させてしまうと思った俺は、すぐに傷を治すが、それにより更に魔力が減る。
俺は回復魔法が苦手なので、回復の為に消費する魔力の量が最も多いのだ。
「二人とも無事で良かった……!」
「ちょっと……!」
「おかえりなさい、レン」
「ただいま、リリィ」
取りあえず目の前の相手を倒した俺は、二人をまとめて抱きしめながら再会を喜ぶ。しかし、そんな触れ合いは許さないとばかりに、周囲から数え切れないほどの魔力の光が降り注いでくる。
俺は防御結界を作り出しその光を全て防ぐが、光は何故か防げば防ぐほど威力が増しているようで、だんだんと魔力の消費も増えてくる。
「こいつは何だ! だんだん攻撃の威力が上がってるぞ!」
「たぶん第六小都市を襲った魔物だと思う! こいつ、攻撃を受けた時にもだんだん攻撃が効きにくくなっていた気がするわ!」
「進化するタイプの魔物か! それにしても早過ぎる!」
魔物の中には戦う度に進化し、姿や特徴を変えて強くなっていく固体も存在する。しかし、それらの固体だって成長する速度はゆっくりで、何十年もかけて徐々に進化するものだ。
それなのに目の前の魔物は、瞬く間に進化していっている。この速度で進化していけば、一日もせずに俺では勝てない化け物が出来上がってしまう。そうなれば、もう手遅れだ。
俺は魔力の光を防ぎながら、剣を振るって近くの防壁を破壊する。その様子を見たシオンが唖然とした表情をするが、そんな事を気にしている暇は無い。
「俺はこいつを倒す! お前達は出来るだけ遠くに逃げろ! シオン、リリィを頼んだぞ!」
「待って! 正気なの! あんな化け物を倒すのなんて無理よ!」
俺の発言に対し、シオンは何故か反論してくる。おかしいな、いつもならお前が俺にこの手の命令をしてくる立場なんだぞ。
「強い上に進化する奴なんて放っておいたらそれこそ倒すのが不可能になる! あいつをこの場で倒さなかったら、誰にも倒せない怪物が誕生する事になるぞ!」
「でも――!」
「行こう、シオンさん」
リリィは珍しく激昂するシオンに諭すように呟く。
「私達がここにいたら、レンは余計な魔力を使う事になる。早く離れないと」
「リリィ! あなたは心配じゃないの! あなたの愛しい人があの化け物に戦いを挑むって言ってるのよ!」
「心配じゃないよ」
「なっ……!」
シオンの言葉に対して、リリィははっきりと告げる。そして、俺の方を笑顔で見つめながら、力強く言い放った。
「だって、私はレンなら誰にも負けないって信じてるから」
その言葉を聞いて、俺は心が満たされていくのを感じる。ああ、誰かに信じて貰えながら戦えるというのはなんて幸せな事だろう。こんな感覚は小都市の戦いでは味わえなかったものだ。
そして、その一言を聞いて、シオンも諦めたように少しぎこちない笑顔を向けてくれる。
「はぁ……分かった。私もレンを信じるわ。だから、必ず勝ちなさい」
「私、待ってるからね」
「ああ、任せておけ」
防壁に開いた穴から二人が逃げ出していくのを見送った直後、俺の足元に影が落ちる。何事だと思いながら空を見上げると、大量の金属の塊が防壁の外へ向かって跳んでいくのが見える。
それが何かは俺には分からない。だが、それが二人を狙った物である事は確実だ。俺は防御用の結界を解除し、飛来する金属の塊に魔力による飛翔する斬撃を放つ。
金属の塊は爆発物の類だったらしくその一撃で爆発四散するが、次々と放たれるので魔力の光を避けながら全て撃ち落すのはなかなかに大変だった。
しかし、ある程度の数を撃ち落すと防壁の外への攻撃が止まる。
それだけではない。いつの間にか都市を襲っていた攻撃が全て止まり、魔物の本体らしき物がこちらを睨みつけてきていた。
「おいおい何だ、和解でもしてくれるのか?」
『……あなたは強いですね』
「喋れるのか……?」
そんな冗談に反応したのかは分からないが、突然巨大な魔物が人間の言葉を話し始める。いや、そもそもこいつは魔物なのか? 人の言葉を話す魔物がいるなんて聞いた事が無いぞ。
それに、こいつは遠くにいるはずなのに声はまるで近くにいるようにはっきり聞こえる。
『私はもっと強くなりたい、その為にあなたの強さの秘密が知りたい』
予想以上に流暢に喋るそいつは、俺の強さの秘密を聞いてくるが、正直言って俺の方がこいつの強さの秘密を知りたい。いったいこいつは何なんだ。
「お前がどうやって生まれた、どんな存在なのか教えてくれたら答えてやる」
どうせこの距離じゃ声なんて聞こえないだろうし、明確な答えなんて期待していなかったが、予想に反して、巨大な魔物は自分が何なのかを話し始める。
『私はアルティメット・マシーナリー・ドラゴン。魔物を皆殺しにし、人間を守る為に作られました』
「アルティメ……? ああ、面倒くさい。お前なんてただのドラゴンで十分だ。……お前、それは本気で言ってるのか?」
ドラゴンは頷くように頭部を動かす。魔物を皆殺しにして人間を守る? じゃあ、こいつのしている事は何だ。そもそも、作られたって事は、こいつは誰かが作った物なのか?
様々な疑問が思い浮かぶが、答えはでない。所詮俺は戦う事しか出来ない人間で、頭を使うのは苦手なのだ。
「まあいい、自己紹介してくれた代わりに教えてやる。俺の名はレン。大切な女を守る為なら誰よりも強くなれる男だ」
『大切な女を守る? 男? よく分かりません』
「理解できないならこれだけ覚えておけ。お前は最強の俺だけを攻撃しろ。そうすれば、お前はどんなものと戦うよりも成長できる」
『なるほど、他のものを殺さずにいれば、あなたは強くあり続けるのですね。理解しました。私は強いあなたと戦って強くなります』
ドラゴンは頭が良いのか悪いのかよく分からない。ただ、これでこいつはリリィとシオンを追いかけるような事はしなくなるだろう。まあ、都市の中でまだ生き残っている奴の事は保障できないが、そっちも運が良ければ生き残れるはずだ。そこは自分の幸運を信じてもらうとしよう。
「そんじゃあ、始めようかドラゴン野郎。どっちが強いか決める戦いをなあ!」
『私は人間を守る為、もっと強くなります。あなたよりも強く』
「それは俺の台詞だ! 我が身、竜を絶つ剣となれ!」
剣と触手を向け合い、俺達は改めて戦いの火蓋を切った。
そして、この時俺の体内の魔力は一割も残っていなかったのだった。




