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Innocent・Flower   作者: 花咲 刹那
少女と兎と水の姫
2/5

第一輪・月夜に舞う水の姫

 聖 刹那へ

 アナタの『イノセント・フラワー』を読んで見たけど、ええダメね、全然駄目ねっ! 読者様が置いてけぼりよっ! 自分だけ理解していればいいというものではないと私は思うわ。

 夏の風が虫の鳴き声を乗せて、夜の校舎の窓に入り込む。

 夜風に短い向日葵色(ひまわりいろ)の髪を(なび)かせ、紅い瞳で夜空を見上げる美しい少女。

 半袖の黒いセーラー服を着ている。

 彼女の名前は、夏葵焔(なつきほむら)この女学園に通う女学生。

「月が綺麗ですねぇ~」

 能天気にそんなことを口にする。

「誰に告白してんだよ、夏葵(なつき)

 夏葵が振り返る、そこには同じく黒いセーラー服を着た、猫の耳のように黒く短い髪が、ぴょこ、と出ていて、天色(あまいろ)の猫のような瞳の可愛らしい小柄の少女が呆れ顔をしていた。

 天猫茅(あまねこかや)。夏葵の友人の一人。

「そうですね、本当に綺麗な月です。こんな夜にお茶会とは風情がありますね」

 蝋燭(ろうそく)(あか)りに浮かぶ長く艶やかな黒髪、撫子色(なでしこいろ)の瞳、お(しと)やかにセーラー服に身を包むその姿は、大和撫子という言葉が相応しい気品に満ちた少女だ。

 紅月渚(こうづきなぎさ)。夏葵と(かや)の友人。

「そうでしょっ! 発案者のわたしに感謝してよね」

 夏葵は元気にそう言って、くるりん、と回りながら近くの席に着席する。

「まあ、お前がお菓子作ってくれたもんな」

 茅も夏葵の隣の前の席に座る。

「紅茶をお()れしました。さあ、お茶会を始めましょう」

 (なぎさ)は紅茶の入ったティーカップをソーサーに乗せて、夏葵と茅の座っている机の上に置く。

「ありがとう」

「あ、ありがとう」

 夏葵と茅は渚に礼の述べる。

「どういたしまして」

 渚はそう言って微笑む、それから茅の横の席に座る。

 机の上には夏葵が作ったクッキーやゼリーが置いてある、どれも美味しそうに出来ている。

「それでは、期末試験も終わってもう直ぐ夏休みということでそのお祝いとしてお茶会を開催しま~す」

「はい、始めましょう」

「お菓子食べ過ぎんなよ、夏葵」

 夏葵が言い終わると、渚が頷いて、茅が茶化す。

「もうっ! 人を食いしん坊みたいに言ってっ!」

「事実だろ。……あ、あちゅいっ!」

 夏葵がぷんぷん怒っているのを見て茅は笑いながら紅茶を口にして、可愛い声を上げた。

「渚、何で夏なのに熱い紅茶淹れてんだよっ! オレはアイスティーにしてくれって言ったよなっ!」

「昼間ならともかく、夜は冷えてきますから熱い紅茶の方がいいと思ったのですが……」

「仕方ないよ、茅は猫舌なんだから~。渚、ふぅ~ふぅ~してあげて」

「分かりました。茅、ティーカップを貸してください」

「バ、バカにしてんのか夏葵。これぐらい飲めるって、あちゅっ! あちゅいっ!」

 茅は涙目になりながらも紅茶を飲もうとする、渚は心配そうにそれを見て、夏葵はにこやかに茅を見ながらクッキーを食べている。 

 それから何時間も紅茶を飲みながら、お菓子を食べながら三人で談笑に花を咲かせた。学校の話、夏休みの話、そして……恋の話。

「――で、渚と茅は付き合っているんだよね?」

「な、何言ってんだよ、夏葵!」

「わたくしと茅とは友人だと思うのですが、もちろん、夏葵とも」

 唐突に夏葵に話題を変えられて困惑する茅、渚は落ち着いて答える。

「わたしのことはいいから、二人の話、聞かせてよ」

 夏葵は穏やかな声で話を促す。

「わたくしと茅は幼馴染です、ですが、それ以上に茅とは不思議な縁で結ばれている気がします」

「オレも、渚とは、ずっと昔から一緒にいた気がする」

 渚と茅の目と目が合う、そう彼女たちは『(えにし)の糸』で結ばれているのだろう。

「わたくしと茅は女ですが、茅が望むならわたくしは貴女の伴侶になります」

「お、オレだって渚と一緒にいたい、でも伴侶とか、恋人とか、形に(こだわ)らなくてもいいんじゃないか? オレたちにはオレたちの形があるだろう」

「そうですね、わたくしと茅には一緒に過ごして育んでいく絆があります、形は後から出来るものですね」

「ああ、だから、今は難しく考えないで今を生きていこう」

「そうですね、今を生きていきましょう」

 渚と茅の会話は、とても年頃の少女たちの会話には思えない。それを夏葵は静かに聞いている。

 夏葵は二人の間に自分には踏み込めない領域があるのがわかる。それを寂しくは思わない、羨ましく思うだけだ。

「……そう。いいな~そういう関係」

 夏葵は瞳を細めて呟く。

「何言ってんだ、夏葵だって一緒だろ」

「そうですよ。夏葵も一緒、です」

 茅も渚も夏葵に微笑む。

 縁は二人だけを繋いでいるわけじゃない、渚と茅を繋ぐ縁が夏葵を繋いでくれた。

「ありがとう。茅、渚」

 夏葵も微笑みを返す。

 きっと、自分にも縁を繋いでくれる人が現れる。

 そう、夏葵が考えていると、髪の長い少女が二人、脳裏を()ぎった。

 一人は紫の髪の少女。

 もう一人は髪が長いとしか分からない少女。

 夏葵は、その少女たちのことが気になった、気になったが……。 

「夏葵、うとうとしてるけど眠いのか?」

「眠いのですか? 夏葵」

 茅と渚が夏葵に声をかけるが、おそらく聞こえてないだろう。

 視界がぼやけて意識が(かす)む。

 その少女たちのことを思い出そうとすると眠くなる。

「ね、眠く、な、ないよぉ~」

 夏葵は凄く眠そうにしている。

 必死に思い出そうとするが、霧の深い森を進むように意識が霞んでゆく。

『無理に思い出そうとしないで……(あや)

 水のように透き通った声、その声を聞いた夏葵は、まどろみの中へ沈んでゆく。




「やっぱり、寝たな」

「やはり、寝ましたね」

 茅と渚はぐっすり寝ている夏葵を見ている。

「置手紙を書いて帰りましょうか」

「そうだな、帰るか」

 渚は、鞄から紙を取り出して手紙を書く。

 数分で手紙を書き終えて夏葵の寝ている机の上に置いて、校舎から出て二人は学生寮に帰った。




「ふぁ~、寝ちゃった~。渚も茅も起こしてくれればいいのに~」

 夏葵の独り言は教室に虚しく響く。

「この薄情者たちめ~!」

 席から立ち上がると手紙が落ちたのに気が付く。

「置手紙……どれどれ……」

 

 夏葵へ

 わたくしと茅は学生寮に帰ります。

 夜の森は危ないですから、わたくしたちの寮の部屋に来ていただいても構いません。

 わたくしのベッドで寝てください、わたしくは茅と一緒に寝ます。

 紫莱(しらい)先生には連絡しておくので安心してください。

 家に帰るなら夜道に気を付けてください。

 明日も授業があるのでしっかり休んでください。

 渚より


 追伸・お茶会は、とても楽しかったですし、お菓子もとても美味しかったです。

    今度は、紫莱先生と的場(まとば)先生もご一緒しましょう。


 丁寧な字で書かれた手紙だった、渚の字だということが理解できた。

 紫莱先生とは、夏葵の後見人で、この学園の教師で森の深くの一軒家で一緒に暮らしている。

 的場先生とは、この学園の校長先生で紫莱先生と仲良しである。

 手紙を読み終えた夏葵は手紙を鞄に入れて家に帰ることにした。

「寮に行っても、渚と茅がイチャコラしてるの見るだけだからね」

 そう言って教室からでて昇降口に向かい歩き始めた。

 夜の校舎を一人で歩くのは心細い。

「な、何か出そうだね……」

「疑心暗鬼、じゃないかしら?」

「そうだよね、怖くもないものを怖いと思うからお化けが見えちゃう……ってえっ?」

 聞き覚えのない少女の声に後ろを振り返る、だがそこに少女の姿はなく藍色(あいいろ)の蝶が数羽舞っているだけだった。

「綺麗な蝶だね……。あはははは……」 

 乾いた笑いが込み上げる。

 夏葵は怖いものが苦手である。

 下駄箱で靴を履き替えて風のように走り去って行った。


 何十羽の蝶が群がり小さな少女の姿を(かたど)り一人の少女となる。

 涼しげな着物を着た、長い白髪(はくはつ)と雪のような白い肌と藍色の瞳が印象的な綺麗な少女。

「あの子が貴女の捜していた少女ね」

「そうね、元気そうで安心したわ」

 水のように澄んだ声の少女の声が返ってくる。 

 そこには、水色のサマードレスの上にフードのある黒いローブを着た少女がいる。

「また、(めぐ)り逢えそうね、綾」

 声が波紋のように響いていき、少女たちの姿は幻のように消えた。




 帰宅しようとしていた夏葵は何故か西洋墓地に迷い込んでいた。

 いつもは大雪だろうが、濃霧だろうが迷うことなく帰れるのに今日は帰れなかった。

「あれぇ~、おっかしいな~」

 辺りを見回しても墓標ばかり目に入るので仕方なく墓地の中を進むことにした。

 この墓地には片栗の花が自生しているようだ。

 片栗の花言葉の一つ『寂しさに耐える』それは、まるで死者は孤独に耐えている、ということを訴えているようだった。

 寂しいから生者(せいじゃ)彼の世(あ よ)に連れて()くのだろうか。

 そんなことを考えていると夏葵は寒気がしてきた。

 そこに草むらから若紫色(わかむらさきいろ)の毛並みに赤い眼の(うさぎ)が出てきた。

「な~んだ、兎さんか……」

 少し驚いたが、出てきたのが兎で安心した夏葵。

 可愛い兎なので撫でようと一歩踏み出す。

「っ、いった~い」

 何かに足を引っ掛けて前に倒れこむ。

 そして、足元を見ると何かが引っ掛かっている、いや、何かが彼女の足を掴んでいた。

「ヴァァァァ……」

 低い声とともに地面が隆起して人の姿をした腐った死体が姿を現す。

 体も衣服も目も当てられない程にボロボロで、白目をむきこちらを見ている。

「ひっ……」

 悲鳴を上げようとしたが、足を掴んでいる手を強引に払ってから逃げ出す。

 振り返らずに、墓地の中を全速力で駆けて行く。

 しばらくして、走り疲れたため座り込んで体を休める。

「はぁ、はぁ……ゾンビ、じゃないっ! ただの見間違いだよね、うん」

 死体が追いかけて来る気配はない。

 疑心暗鬼。

 彼女が怖いと思うから彼女の心が、ありもしないものを見せているかもしれない。

 数分休んだので体力が回復した。

 立ち上がろうとすると、先ほど見た兎がこっちらに向かって来た。

「あっ、兎さんだ。こっちおいで~」

 手招きすると、兎が彼女に近づき、膝の上に、ぴょん、と乗った。

「可愛いなぁ~」

 兎の背中を撫でる、すると、嬉しそうに瞳を細める兎。

「家で飼おうかな~」

 そんなことを言ってみる。

「……本当に?」

 幼い少女の声がした。

 (まばた)きをした瞬間に兎の姿はなく、白いサマードレスを着た兎の耳がある若紫色の長い髪の少女が赤い瞳で彼女の顔を覗き込んでいる。

「あれっ、貴女は誰っ?」

 彼女の質問には答えず、兎のような少女は可愛らしい顔で微笑んだ。

「ねぇ、夏葵ちゃん……」

「えっ、わたしの苗字を知っているの?」

「あたしを家で飼ってくれるんだよね……?」

「えっと、それは……」

 野良兎ならともかく、見ず知らずの少女を拉致するという犯罪行為に手を染めるわけにはいかず、直ぐに答えることが出来ない。

 その反応を見た兎のような少女は、哀しげに俯く。

「そう……ダメなんだね」

 少女は立ち上がり夏葵に背を向ける。

 夏葵は申し訳なさそうな表情をしている。

「……じゃあ、夏葵ちゃん」

「うん、何かな?」

 夏葵も立ち上がり少女に一歩近づく。

「……夏葵ちゃんがあたしを飼う、って言うまで此処(ここ)から出してア・ゲ・ナ・イ」

 少女は振り返り、赤い瞳を(あや)しく光らせる。

 それと、同時に墓場から数え切れない程の死体が姿を現する。

 少女は飛び上がり近く木の上に飛び乗る。

「夏葵ちゃん、あたしを飼う、って言ってくれないから皆怒っているんだよ」

 皆、それはこの亡者たちのことだろう。

 本来なら物言わぬ(しかばね)だが夏葵に群がり始める。

「い、嫌っ! 来ないでぇ!」

 夏葵の叫びは亡者たちに届くことない。

 兎のような少女は可哀想に夏葵を見つめる。

 空を見上げる、そこには禍々(まがまが)しく赤い光を放つ月が浮かんでいる。

 夏葵は、その夜、未練に満ちた涙を流した。

 涙が(こぼ)れ落ちるのと同時に一人の少女が舞い降りた。

 水を(まと)い穂先が三つある水色の矛、三叉戟(さんさげき)一薙(ひとな)ぎ。

 穂先より激流が放たれ、群がっていた亡者たちが激流に呑まれて消えてゆく、まるで幻だったかのように。

 長く流れる流水のような水色の髪に隠れた右眼。宝石のような碧色(みどりいろ)の左眼。水色のサマードレスの上に黒いローブを着た麗しく華奢(きゃしゃ)な少女。

 夏葵はその美しさに息を呑んだ。

「綺麗……」

 夏葵の声に振り返り水色の髪の少女が微笑む。その微笑を見て夏葵は顔が真っ赤になる。

 兎のような少女は不快そうに水色の髪の少女を睨む。

「誰っ? 夏葵ちゃんのお友だち?」

「そうね、綺麗な花だから惹かれたのかしら、貴女も私も」

 水色の髪の少女が夏葵の方を見てから兎のような少女を見る。

 水のように澄んだ声が墓地に響いていく。

「綺麗? わたしが……?」

 夏葵が顔に疑問符を浮かべて水色の髪の少女を見る。

 水色の髪の少女は微笑みを浮かべたまま答える。

「ええ、綺麗な花よ。でも此処は……墓場」

 そう言って声音が低くなる。

 夏葵は身構える、この人も敵なのだろうか、と一歩下がる。

 水色の髪の少女は微笑みを崩さぬまま夏葵へと一歩足を前に出す。

「墓標には花を供えるもの……でもね、こんな綺麗な花は、散らすのも、供えるのも勿体ないから、私が貰って行くわっ!」

 もう一歩、夏葵の方へ進もうとしたところで方向転換して三叉戟を構えて兎のような少女に飛び掛る。

 兎のような少女はどこからともなく刀身が若紫色の刀で受け止める。

 木から飛び降りて体勢を立て直す兎のような少女。

 だが、そこに追撃するように水色の髪の少女が木の上から一直線に迫る。

 兎のような少女は下段より刀を斬り上げて上空より迫る三叉戟の穂先を防ぐ。

 水色の髪の少女が着地した、隙を狙い上段に刀を振り上げて斬り付ける。

「はぁっ!」

 水色の髪の少女はバランスが取れていないところを狙われて反撃する事は出来ず、前転してかわす。

 そこに屍たちが取り囲み、水色の髪の少女は身動きが取れないくなると思いきや。

「未練を残していると来世に成れないわよっ!」 

 またもや、三叉戟を一薙ぎして激流を発生させ、群がる屍を一掃する。

 激流の余韻(よいん)が残った水色の髪の少女に向かう一太刀。

 兎のような少女の切先を穂先で受け止める。

 水色の髪の少女は距離を取ってから突く。

 突きをかわしてから斬り付ける兎のような少女。

 三叉戟と太刀が交差しては火花を散らす。

 赤い月が照らす墓地に鳴り響く剣戟(けんげき)

 いつまでも続くと思われたその剣戟は唐突に終わりを告げる。

「はあぁぁぁっ!」

 裂帛(れっぱく)の気合とともに兎のような少女の一太刀が水色の髪の少女を切り裂く。

 勝利を確信した兎のような少女がにたりと(わら)う。

 しかし、切り裂かれたの水色の少女ではなくは黒いローブだった。

 兎のような少女は辺りを見回す、しかしそこに水色の少女の姿はない。

「――月をご覧なさい」

 清く響く声を聴き、空を、月を見上げる。

 赤い月を背に水色の髪の姫が舞う。

 水色のサマードレス。水色の髪。水色の三叉戟。

 天より槍投げのように三叉戟を投げ放つ。

「月より(こぼ)れし水の花よ――月澪水花(げつれいすいか)

 三叉戟が空を、風を裂き貫いていく。

 そして、(あお)い花が墓地に零れ落ちる。

 花が水面(みなも)に零れて波紋を起こすように、三叉戟が波紋を起こして墓標を破壊していく。

「うわっ!」

 夏葵は勢い良く飛ばされる。

 水色の髪の少女が舞い降りて、その腕を掴む。

「まだ、その花を散らすには早過ぎるわよ?」

 優しく微笑む少女。

「あ、ありがとうございます」

「ふふっ、どういたしまして」

 西洋墓地だった所が見る影もなくなっている。

「うわぁ……呪われそう」

「その心配はないわ」

 夏葵の呟きに水色の髪の少女が首を横に振る。

「どうして?」

「なぜなら、此処は墓場ではなかったから、かしら?」

 彼女がそう言い終わると、霧が晴れるようにして元の森に戻っていく。

 空を見上げても月は赤くはなかった。

 そして、目線を下げると、刀を杖に立ち上がる少女の姿がある。

 兎のような少女は白いサマードレスは綺麗なままだが、体中傷だらけだ。

「――で、戦いを続けるの兎さん?」

 地に突き刺さる三叉戟を抜き穂先を兎のような少女に向ける水色の髪の少女。

「やめておくわ……」

「そう、賢明ね」

 水色の髪の少女は三叉戟が霧のように消えてゆく。兎のような少女も刀を消す。

 兎のような少女は赤い瞳で夏葵を見つめる。

「夏葵ちゃん……あたしは夏葵ちゃんのこと諦めないから」

 そう言い終わると、脱兎(だっと)(ごと)く逃げてゆく。

 

「……まったく、始めは処女の如く(のち)は脱兎の如し、な子だったわね」

 どこからか少女の声が響き、藍色の蝶が何羽も集まり一人の少女となる。

 白髪に藍色の瞳。涼しげな浴衣を着た小柄な白い肌の少女。

 藍色の瞳が夏葵の姿を映す。

「あら、こんな所にも、脳ある処女が爪を隠してるわね……ってあ痛っ!」

 言い終わる前に水色の髪の少女が小柄な少女の頭を、ぽすん、と叩く。

(あい)。処女、処女うるさいわよ」

(みどり)。何なら貴女たちの純潔をここで奪い去ってあげようかし……って痛い、痛い」

「綾を巻き込まないで」

 碧と呼ばれる少女が藍という少女の頭を軽く叩く。

 そんな二人のやりとりを見ていると緊張が一気に解けた。 

「綾、大丈夫? 怪我はない?」

 気が付くと、目の前に碧がいる。

「あ、うん。平気だ……よ?」

 突然の抱擁(ほうよう)に夏葵は戸惑う。

 花の香りが鼻をかすめる。

「良かった。貴女が無事で本当に良かった」

 耳元で囁く碧。水のように透き通った声が頭の中を流れていく。

 彼女の体温は驚くほど低いのに、夏葵の体温はみるみる上がり体中が熱くて顔だけではなく耳まで赤く染まる。

 夏葵は碧の腰に腕を回す、サマードレスを着た細い腰に手が当たり動悸(どうき)が激しくなる。

 「み、碧さん……」

 彼女の名前を呼ぶ。

 碧は首を傾けて穏やかな微笑みを浮かべる。

水姫碧(みずきみどり)よ」

「水姫碧……」

「そう、私の名前」 

「水姫、碧……」

 夏葵は、そっとその名前を呟く。

「碧、そろそろ……」

「ええ、そうね……」

 藍が碧に声をかける、すると碧が名残惜しそうに夏葵から離れる。

 夏葵も彼女との別れがきたことを感じて表情を曇らせる。

 碧が一歩近づく、夏葵も一歩近づく。

「碧、また……逢えるよね?」

 夏葵が聞いても碧は答えない。

 夏葵は俯く。

「……綾」

 知らないはずの懐かしい名前を呼ばれて顔を上げる。

 すると、柔らかい感触が額に当たる。

 くるり、と回って距離を取ってから手を振る碧。

「また逢いましょう、綾」

 そう言って、朝の(かすみ)に消えてゆく。

 藍も小さく笑ってから数十の蝶となり飛んでゆく。

 頬を赤く染めながら額に触れる夏葵。

 額に触れた唇の感触が、また逢える、と告げているようだった。

 

 

 

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