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4,妖気の紫陽花

※残酷描写あり※

●ハイネside●


 海の香りがする。

 湿った潮のにおい。

 私はさっきまで屋内にいたのに、気づいたら外に立っていた。

 そんな唐突な出来事に、呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ハイネ......」

 幼い少女の声。私に話しかけてくる......。


「ハイネ!」

「っ!?」


 大きな声に驚き、閉じていた目を大きく開けた。

 というより、私は目を閉じていたらしい。


「あ、ごめん。ぼーっとしていた」

「もう!ワープ酔いでもしたのかなっておもったよ!......あ、えっと。とりあえずアンドリューが今その辺の様子を見に行っているみたい」


 緑のポロシャツと緑の帽子をつけた黒い長髪の幼い少女。エリシアは、伝えたいことと私への思いをぶつけるように連続で言う。


「あ、ああわかった」

(ワープ酔い?)


 エリシアは、自分のカバンをあさり、その中から二つのパンを取り出した。


「はい!あげる!友達のお店にあるパン。すごく美味しいんだよ!」


 私はエリシアからパンを取り、一口食べる。

 もっちりとした感触と、口に広がる甘い香りが美味しさになって伝わってくる。


「うん、これはうまい」


 さらに、さっきまでいろんなことがありすぎて、かなりお腹がすいていた。

 そのおかげもあって、より旨さが伝わる。



 まあ、いろんなことと言ってもあまり説明はできないが。簡単に説明する。

 目の前にいる少女。エリシアの持っている魔法の時計。正式にはビンドラという名前の金持ちから、もらった(?)時計だが、実はこれには意思を持っているらしく、持ち主であるエリシアに何らかの道案内みたいなものをしていたらしい。

 その先で、そこにはあるはずもない遺跡とも呼ぶべき場所に着いた。

 そしてそこにいた、自分はエリシアの持っている時計だ。と名乗る少年からいろんな説明をされたあと、謎の巨大な扉を通った。

 そこから着いたのが、ここである。



「それにしてもスゴかったね!お屋敷のお風呂から、どこかの遺跡。そして......海っ!うーん、冒険最高!テンション上がっちゃうー!」

 と万歳のポーズで、エリシアは言っているが。今は夜だ。だから海は真っ暗で見えない。

 しかも、私たちがいるところは、わずかな街灯で照らされている建物と建物が挟んだ狭い路地。

 そんな張り切って言うほどのものか?


「それよりもハイネ。あまり笑わないけど、愛想悪いって言われない?」

「ん、まあ友達にはもう少し笑えとは言われているな......」

(いきなり失礼なやつだな......)

「へへっ、やっぱりね!でも笑うほうがいいよー!笑えば悩みも吹っ飛ぶし、笑顔は可愛さアピールの基本だよ!」


 エリシアはまぶしい笑顔で言った。



 なんだろうな。さっきまでは敵として見ていた少女。そして、私を気迫で圧倒した少女が、こんなにも普通で、どこにでもいる少女なんだと感じた。

 それになんだか、この子と話しているとすごく暖かい。

 少女自身の幸せを分けてもらっているように感じる。


 ●●●


 そんな裕福な時間の中に、新しい音色が入ってきた。


「あれ?なにか聞こえない?」

 と、エリシアが耳をすます。


 私も耳をすましてみると、確かに聞こえる。

 波の音に混じって、響く女性の歌声が。


「ねえ、行ってみようよ!」


 エリシアは手招きしながら、歌声のほうへ歩き出す。


 むやみに行くのは危険じゃないのか。と一瞬思ったのだが、異世界への冒険自体が、すでに危ない道を渡り始めている。と考えたら、その危険も私たちにとっては小さなことだと感じた。


「わかった」



 ●●●



 私とエリシアは歌声の元へとたどり。そして見つけることができた。


 私たちのいる、建物の間の空間。

 そこから出ると、この世界の港。らしきところへと出た。

 あまり私たちの世界とかわらない港。

 強いて言うなら、とても頑丈そうな建物と、先端だけ光を点滅させている細長い建物があるだけだ。


 そして、私たちの目の前にある広場。

 その広場の一ヵ所に、老若男女関係なく、たくさんの人が集まっていた。


 そんな集まりの中に、一人だけ目立つ存在がいた。

 その存在こそが、歌声の正体だった。

 そしてその存在はとても美しい女性で、あまり他人を気にしない私でも、見とれてしまった。


 私はゆっくりとその人々の所へ歩き出そうとした。その時......。


「ハイネ。行ったらだめ......なんだか嫌な予感がする......」


 エリシアが心配そうに私の服を掴む。


「ああ、わかった。とにかく様子をみよ......」


 真剣なエリシアの表情に、私も心配になり、エリシアの意見に同意する。



 その瞬間。なにか聞き覚えのある、鈍い音が聞こえた。

 それはあまりにおぞましい音。

 そんな音が聞こえても、歌声は止まない。


 この音はなんだっけ?たしか、今までで二番目に聞きたくない音だ。


 また鈍く何かが折れる音が聞こえた。


 あ、そうだ......。

 任務の時に間違えて高いところから落ちた。その時に体から響いた音だ。


 そして、その音が何か。目の前で見せられた。


 人々の一番後ろにいた男たち。

 その男たちが何かに巻き付けられると、そのまま枝をへし折るように歪まされる。


「ぁう......ぁー」


 男たちの一人が、うめき声をあげる。

 ただ、なぜかわからないがその男の声には、苦痛という感情がないように感じた。

 よく見るとその場にいた人間たちは皆、同じように下から生えてくる何かに巻き付かれ。ゆっくりと体を破壊されていく。それなのに、皆苦しむどころか、私から見ると(よろこ)んでいるように感じた。


 その光景は、私が今まで見てきた。けがをして苦しむ人間や、人間が首を切断されて一瞬で死んだりするよりも異様で、不気味な光景だったのだ。


 そして、何より一番不気味なのは、(私もあの中に入れば、どれだけ心地よいか......)と考えたことだった。


 気づくと、すでにそこは赤い湖とかしていた。

 体の一部を無くしてもなお幸せそうな表情をする人間達の中。

 その中に唯一無事でいて、不気味な表情をする者がいた。

 それが、歌を唄っている女性だった。


「人間の皆さん!その肉体。その使われてない魔力。私に授けなさい。そうすれば、この上ない快楽を与えてあげる!」


 女性は、破壊されていく人間たちに向かって言い聞かせるように叫ぶ。

 よく見ると、人間たちに巻き付いているものは、その女性の髪だった。


(あ、私も......あの中に溺れたら......)


 と思っていた。その瞬間、誰かに腕を掴まえられる。


「逃げろー!」


 エリシアの声が伝わり。幼さの割りに強い力で腕を引っ張られる。

 その瞬間、私は我に帰った。


「ハイネ!まだワープ酔いが覚めないの!?早くしないと殺されるよ!」


 そうだ、今ここで死ぬのは早すぎる。

 今はあいつから逃げなくては。


 すると、私はエリシアの前に立ち、背中に乗るように身体で指示する。


「乗れ!私なら早く行ける」


 エリシアは一瞬、躊躇(ためら)ったのか。少し遅れてから私の背中へ体を預けた。

 私はそれを確認すると、とにかく走った。

 走って、奴から少しでも遠くへと走らなければ......。


 ●●●


「ハイネ......さっきの人たち......」


 背中からエリシアが震えているのがわかった。

 さすがのこの子でも、人のあんな死に方を見ていたら、こうなるのも無理はない......。

 むしろ平気な私の方が異常なんだ。


「忘れろ。今は逃げることに集中するんだ」


 そうだ。私は今までそうやってきた。


 自分が死ぬことで他のだれかが苦しむかもしれない。

 自分が死ぬことで家族や友達が悲しむかもしれない。

 そんな思いを言い聞かせ、目の前にある残酷な出来事を記憶から捨ててきた。


「ハイネは、いつもあんなものを見てきたの?」


 そのエリシアの純粋な質問に、私は、胸に杭を打たれた感覚を感じた。


「そうだな。私は......目の前で人の死を何度も見た。最初はおまえと同じ気持ちになってたと思う。でも、何回か見ていたら、慣れてしまうものだ」

「なんか......悲しいね......」




 重い雰囲気の中、走っていると。灯りがたくさんある街が目に入る。

(あと、もう少しだ......)と安心したとき。


「ハイネ!止まって!」


 エリシアが突然叫んだ。

 そして私は足を滑らせながら、走っていた速度を減らし、そして止まる......いや、最後は何かに止められた感覚だった。


「なにこれ?見えない壁がある......」

「えっ?」


 私はエリシアを下ろすと、エリシアが手をかざしている所を触る。

 そこには、まるでスポンジのように柔らかい。でも破ろうにも破れない。頑丈な壁があった。


「くそっ!他の道を探すぞ!早くしないと......」

「追い付いた......」


 すぐ後ろ。とても近い距離。

 それは美しくも危険な、女性の声。

 それが、聞こえた瞬間。背中から全身にかけて、恐怖や悪寒といったマイナスの感情が、波として流れていった......。


「わあああああ!」


 久しぶりにこんなに叫んだ気がする。それほどまでに私の心が警告音を発していたのだ。


 そして、その警告音を外に吐き出したい気持ちで、私は美しい声の持ち主に銃を向ける。

 そして私はひたすら撃った。

 そいつが倒れるまで、何度でも。


 しかし。そいつは倒れなかった......。



「うーん、そのオモチャで私を倒そうなんて、無駄だよ」


 そいつは笑っていた。

 そして私の持っている銃も、「カチャカチャ」という空になった合図の音がなる。


(なんでだよ!なんでこいつは倒れないんだよ!)


 恐怖で手が震える......。

 予備の弾を補充しようにも、うまく手が動いてくれない。

 ここまで焦るのは、初めての任務以来だ。


「安心しなさい。あなたたち子供はゆっくりと味わって食べるようにしてるの。あなたたちは可愛いから、一年くらいじっくりと味わっちゃおうかな......気持ちいいわよ」


 そう呟くと、ふたたびその女は歌い始めた。

 その歌声が耳に入った瞬間、身体中に暖かい何かを感じた。


「な、なんだよ......これ?」


 しばらくすると、その感覚が『快楽』だと感じた。

 まるで麻薬を吸わされたような、頭が溶けるような、そんな感覚。


(ヤバイ......これ以上聞いたら、戻れなくなる......)


 そんな思いがよぎった瞬間。


「わあああああ!」


 それは突然のエリシアの叫びだった。

 朦朧(もうろう)とした意識の中、エリシアを見ると、歌う女に思いっきり体当たりをする。

 それでも倒れない女を、がむしゃらに拳で叩き続ける。それでも、びくともしなかった。

 しかし、そのおかげで私を惑わす歌は止まってくれた。

 これで何とか意識は保てる。


「その歌をやめろ!頭が気持ち悪くなるのー!」

 とエリシアは叫んだ。


 それを聞いた女は、驚いたように手を口に当てる。


「あれ?おかしいわ。私の歌はどんな人間も堕ちてしまう、魔法の歌なのに。この子、不思議ね」


 まるで変わったものを見るように、少し小柄のエリシアを上から見下ろす。


「興味深いわ。それにすごくおいしそう......」

 そう言いながら長い髪をエリシアに巻き付かせる。

 そして気づいたときには、髪はエリシアの手足を縛り付け、暴れさせないようにする。


「離してよ!こう見えてもわたし、強いんだからね!」


 それを見て、エリシアが危険と感じ、助けようとした。しかし......。


「っ!?身体が動かない......」


 まるでさっきの快感で、力を抜かれたように、足も手も動かせなかった。


「ああ、無理よ。私たちの歌を人間がこんな近くで聞いたら、しばらくは余韻が残って動けなくなるの。だからおとなしくしてねー」

「わたしたち!?」


 その言葉は、こんな化け物がこの世界には何人もいるという意味になる。

 そんな事実は、今の状況よりも恐怖をおぼえた。


「さあ、まずはその幼い口をいただこうかしら」


 女の顔がエリシアの顔に近づいていく。


「ねえ、キスの経験ある?もし初めてなら私がファーストキスをいただいちゃうわ。ごめんね」


 そして女の唇がエリシアの口に迫る。


「いやだ、わたしの最初のキスは...マルクに......」


 と、その時。横から白いワイシャツと黒いズボンの白髪の青年が現れる。

 そして手を伸ばし、横からエリシアの唇を女の唇から守った。

 女は綺麗にアンドリューの手のひらに口づけをしている形になる。


「っ!」

「ダメですよ。乙女の唇を無理矢理奪うのは......」


 その青年は見たことのある人物だ。

 たしか、名前はアンドリューだったかな。エリシアの兄だ。

 というか旅の仲間の名前を忘れるなんて......。


「ちっ!」

 女は状況理解すると。いきなりアンドリューに向かって、髪の毛を突き刺した。

 しかし、青年はまるで始めから来るのがわかっていたかのように小さな動きで、それを避けた。

 そして青年が女のお腹に右手をかざす。


「失礼ですが、あなたを拘束します」


 そして、左手の親指で、何か糸のようなものを弾いた。

 その瞬間、女は突然飛び上がるように、宙へと飛ばされる。


 そしてそのまま女は、仰向けの状態で、手の届かない高さで固定されていた。


「なにこれ?糸?......こんな、小賢しい!」


 女は体を揺らしながら、暴れ始める


「あまり暴れたらダメですよ。この結びかたと、使っている糸は、どんな大男さえも動けなくなる手法です。そして動けば動くほどに縛りがしまっていく。あまり苦しい思いをしたくなかったら、そのままおとなしく......」

「だまれ!家畜ども!調子にのんなよ!こんな糸なんて引きちぎって......」


 警告を無視し、女は暴れ続けた。

 暴れる度に糸がしまっていき、見た目でもわかるほどに、女の肌が充血していく。

 案の定。女は限界を越えたのか、雄叫びのような悲鳴をあげて、動かなくなる......。



「やった......のか?」


 女の声が消えて、恐る恐る上を見た。

 女は止まったままだ。

 それを見ると、今までにない安心感が沸いてしまった。



「すみません。僕が偵察している間にこんな襲撃を受けるなんて......」


 アンドリューはエリシアを拘束している髪の毛を、持っていたナイフで切っていく。

 夜でわからなかったが、よく見るとその髪の色は、まさに海を表すほどに綺麗な青色だった。

 さっきまで血で染まっていたとは思えない......。


「まったくだよ!タイミングが悪いよ......うっ、わぁぁぁん!怖かったよぉ!」


 エリシアが大声で泣きながら、アンドリューに抱きつく。


「本当にごめんなさい......」


(まるで娘を慰める親だな)と思った。


 こう見ると、エリシアは本当に普通の女の子なんだなと思う。

 だけど、さっき化け物の女が歌を唄っていて人が襲われる前の「嫌な予感」だったり、女の歌の効果を破ったりと、時々見せるエリシアの「力」には助かった。


 こう見るとやはり、エリシアが選ばれし人間であることがつくづく感じてしまうな。



「ねえ、アンドリュー......甘いお菓子買って......」

 突然エリシアがアンドリューにすがってきた。


「はい、わかりました」

 いいのかよ!ずいぶん甘い兄だな!と、アンドリューに言いたくなった。

 まあ死にそうな場面だったのをお菓子一つで片付けるエリシアも、なかなかの心の広さだがな......。



「よし!約束だよ!」


 さっきまで泣いていたエリシアが、突然笑顔になる。


「とにかく急ごう!ここにいたら危険だからね!」


 と、ずいぶん単純な性格だ。

 少しため息がでた。

(なんだか、この少女について来たことが間違いじゃないのか)

 とも思うが、まあ私が望んだことだし、悪くはないかな......。


「そうだな。さっさとここから離れて......とっ!」


 私が歩こうと、一歩踏み出そうとした時、身体に力が入らなくなり、そのまま倒れそうになる。

 すると、誰かが私の身体を支えてくれた。


「気をつけてくださいね。無理をしすぎると、身体に毒ですよ」


 アンドリューだ。

 そう認識できた瞬間。初めて、男の身体に抱きついてしまい、思わず照れてしまう。

 それでも構わず、アンドリューは私を背負い、歩き出した。


「や、やめろ......私は子供じゃない!一人で歩ける......」


 ヤバイ。すごく恥ずかしい。


「しばらくの辛抱ですよ。あなたがしっかり歩けるまではちゃんとエスコートします」


 まるで紳士的な対応に、私の身体が熱く感じるくらいに恥ずかしさと照れが頭にのぼる。


「そうだね、しんぼう!しんぼう!」


 エリシアは無邪気に走る。

 バカにされないか心配したが、そんな心配はいらなかったみたい。

 いや、この状況事態が心配だ!

 ......。



「っ!?」


 それは突然だった......。


 背中に氷を付けられたとか、極寒の地を裸で歩いたとか、そんなレベルを通り越した悪寒が全身を包む。


 そして私の頭の中が警告する。



『後ろを振り向いては、いけない......』



 私がここまで恐怖を感じたのは初めてだった。

(もしも振り向いたら、恐ろしい事が待っている)という言葉が私の頭を何度も繰り返す。


「少し降りてください」


 アンドリューはそう言うと、私を背中から下ろした。


(待ってくれ!お願いだ!一人にしないで......)

 という情けない思いがアンドリューを握る私の手から、伝わってしまった。


「大丈夫です。少し落ち着いて......」


 アンドリューの落ち着いた言葉に私も少し冷静になる。


「アンドリュー。何をする気......まさか......」


 そして、アンドリューの思いが一瞬だけ通じたような感じがした。



 それは多分、私とアンドリューの旅に出る目的が、似ていたからだと思う。

 こいつの旅する目的はわからんが、きっと兄貴なら考えているだろうな。私と同じ事を。


『エリシアを護ること』


 それこそがアンドリューにとっての旅の目的の一つだろう。

 それは私と同じ目的である。


 そして、その共通の目的から導かれるのは、あの恐怖の根元から、エリシアを護ること。


 よく見るとエリシアも私と同じで恐怖を感じている。恐らく、逃げることも避けることも出来ないくらいに、エリシアは硬直しているのだろう。

 それをアンドリューは庇う為に、私を降ろしたのだ。


「ハイネ。あなたなら逃げれます。だから僕たちを構わず......」


(だけど残念だな、エリシアと私たちのこの距離は少し離れている。お前の足なら無理だよ)

 そんな思いでアンドリューを哀れむように見る。


「ハイネ?何をする気で......」


 アンドリューの言葉を無視すると、私は動けない身体を無理矢理動かし、地面を蹴る。


 まだ姿を見ていない恐ろしい存在は、何かをエリシアに飛ばしてきた。

 たしかに、この中で一番戦闘力の弱いエリシアを狙うのは当然だろう。

 だが、そんな思い通りにはさせない......。



 そこからは、とてもゆっくりとした世界が続いた......。

 私はエリシアの所へ着くと、そのままエリシアの身体を押した、そしてエリシアは体勢を崩して倒れる。

 そして私はおぞましい存在である女を正面で待ち構える。

 私の見ている先にいる者は、想像以上の醜さを象った姿の女だった。

 体の形はかろうじて女性の形になってはいるが、身体の皮膚の色は紫色と化し。目が全体的に鋭い赤色に染まり、口は裂け、鋭い牙が剥き出しになっている。髪の毛は綺麗な青から程遠い、紫色の異様な形をした触手と化していた。

 その触手のうちの一本は、私の胸へと向かって飛んでくる。

 この触手は先が鋭く、刺されば確実に胸を裂かれて、きっと死んでしまう。


(まだ旅は始まったばっかりなのにな。少し残念だ)と、私は諦めた時だった......。



 飛んでくる触手と、私の間に誰かの人影が入ってきた。

 私よりも身長は低い、小柄な体型。

 その人影の手には、刀らしきものが握られていた。


「ふん!」


 その影が、その刀を振りかざすと、飛んで来た触手が真っ二つに切れる。

 そして......。


「あんたたち、出来るだけ離れて」


 その影の正体は、歳がエリシアと私の間くらいの少女だった。

 その少女はそれだけを告げると、化け物女に近づいていく。


「サクラぁ!本当にあんた、人間についたんだねぇ!」


 化け物はそう言いながら、少女に向かって触手を飛ばす。

 少女はそれを刀で軽々とはね返す。


 どうやら少女の名前はサクラというらしい。

 一体何者なのか......。


「ローズお姉様から聞いたよ、あんたは弱い人間に無駄に情を持つ。私たち姉妹の恥だと。そんなあんたを殺せとさ!」


(な、なんだよ姉妹って。じゃあ私を助けたこいつも、化け物の家族なのか?)

 そう思っている間にも、話は進む。


「そう。じゃあローズに伝えて、愛莉を返してと......」

「ああ、伝えておくよ。あんたが死んだってね!」


 女の頭についている触手はサクラに一斉に襲いかかる。

 それをサクラは軽々と避けて、回避が出来ないものは、刀で防ぐ。


 そんな守りの戦いを続けていると、サクラの動きが変わった。

 わずかだけど、膝を曲げて体勢を低くすると、女の方へと飛び寄る。

 どうやら、全ての触手を攻撃に徹していた為、防御があまくなった。

 それを狙って駆け寄ったのだろう。

 しかし......。


「あまーーい」


 女の挑発するような声は、まるで待ってました。と言っているような感じがした。


 女は、サクラが斬りかかる瞬間。右手を使って刀を防ぐ。それと同時にもう一つの手が、サクラに伸びた。

 それを見て、とっさにサクラは後ろへと飛んだ。


「うーん、おしい!あともうちょっとでサクラちゃんの内臓を拝めるチャンスだったのにー」


 女は笑いながら、恐ろしい事をさらっと言った。

 よく見ると女の両手は、頭から生える触手と同じく、先が鋭くなっていた。

 おそらくあの手が、刀を防ぎ、サクラを切り裂こうとしたのだろう。


「おい!大丈夫か!?」


 私はサクラが無事か気になった。

 しかし、サクラはずっとしゃがみこみ、動こうとしない。よく見ると、お腹から血が流れているのが見える。


(うそだろ......こいつもやられたら、かなり絶望的だぞ......)


 エリシアは戦うことも出来ないし、それどころか私が突き飛ばしたせいで、ケガをしている。

 さすがのアンドリューにも何か策があるとは思えない。


(私がやらなくては......)

 そう考え、私は今弾が空っぽの銃に、弾を補充しようとした。その時。



「動くな!」



 それはサクラの叫びだった。


 その叫びが、一気に場の空気を変えた。

 それは、敗北への絶望感ではなく、圧倒される緊張感。

 そして、別の恐怖。

 それはサクラから発せられるものだった。

 しかし、私はこの感覚を知っている......。



 とても懐かしい感覚。


 私は思い出す。

 刀使いの、私と同じ力を持つ親友。

 その親友は、私と同等の力量を持っているが、どうしても破れない技があった。


『居合い斬り』。

 そいつが最も得意とする技であり、その技を私は一度も破ることが出来なかった。



 今サクラの発する威圧は、まさにそれと似ている。

 しゃがみこみ、刀を杖のように地面に刺して身体を預けている。そんな隙のある体勢。

 しかし、サクラの顔には冷静さと隠れた自信がある。

 私はそんなサクラに少しだけ希望を持てた。



「サクラ、苦しいの?......なら、いま楽にしてあげるからね!」


 化け物はサクラへと飛び上がり、触手とともに襲いかかる。

 するとその触手は、女本体を包み始めると、突然ハリネズミのように全身から鋭い針がはえてくる。


「死んじゃえ!サクラぁ!」


 触手の塊はサクラをめがけて踏み潰そうとした。


 さすがに不安になった。

 というのも、その触手の塊はサクラの体格を遥かに越え、前代未聞の巨大生物と言ってもいいくらいの大きさだ。

 そんな物体相手に、刀で押さえられるとは思えないからだ。


「つぶれろー!!」


 そして塊がサクラに触れるか触れないのほんの一瞬で、勝負は決まった。


 サクラは地面に刺した刀を、私も見えない速さで振り抜き、巨大な塊を相手に軽々と斬りあげる。


 その瞬間だけ時間が止まったようにも見えた。


 それから数秒。いや、本当は一瞬なのだが、それくらい長く感じる程の時間が経つと、塊は少しずつ裂けていき、最後には果汁の詰まった果物を切ったかのように、血しぶきをあげて二つに割れた。


「ぎゃあああああ!」


 化け物はさっきの叫び声よりも酷い声で叫びだした。

 よく見ると塊の中にいた化け物の左肩から右の腰にかけて下が、なくなっていた。

 そしてそこからは大量の血がふき出している。


「こんな人間くさい奴に、なんで!?」


 そういうと、化け物は残された触手を使って、その場から急いで逃げていった。




 辺りは静かになった。

 しかし、さっきの争いの後は血によって生まれた赤い湖としてはっきり残っている。

 その中に、顔も服も血で濡れたサクラが立っている。


「くそ......逃げられた......」


 サクラはそう言うと、さっき受けたダメージのせいなのか、そのまま意識を失い、その場で倒れた。


「お、おい!大丈夫か!?」


 私は急いでサクラのほうへ駆け寄り、声をかける。


 その時、サクラの顔を初めて見た。

 首に掛かるか掛からないか程のショートの黒髪と白い肌に、小さな顔立ちは、私たちの世界にある『和飾人形(わしょくにんぎょう)(日本人形のようなもの)』を思わせる程の可愛らしい顔の少女だった。


「ハイネ、その子は?大丈夫?」


 エリシアが走りながら聞いてきた。


「ああ。たぶん大丈夫だとは思うが......ってあれ?」


 さっきまでサクラが斬られた腹は、服が破けて、赤い血が服のシミになっていたが、その原因である傷は完全に閉じていた。


 だが、そこはさっきの戦いかたや話の内容からして、このサクラという少女も、さっきの化け物女と同じ身体をしていると思えば話がつく。


 しかし、一番不思議なことがあった。


「エリシア。お前、ケガは?」

「えっ、あれ?治ってる!さっき血が出てたのに、全然痛くない!」


 エリシア自身も驚いていた。


「とりあえずその子を連れてから安全な場所へ。それから考えましょう」


 アンドリューも歩いてくる。


「ああ、そうだな」

 私はサクラを背負うと、そのまま歩き出す。


「うん!行こう!」

 エリシアも、いつもの調子が戻り、アンドリューの元に走り出す。



 こうやって私たちの旅は、幸先(さいさき)のあまり良くない始まりとなったのだった......。



●●●●●



(くっ......サクラ、許さない......殺してやる)


 触手を使って逃げ出す化け物。化け物の名前はユカリ。

 さっきまで、美しい歌声で人々を魅了していた美しい彼女の姿はどこにもない。


「さっき食べかけた人間たちを食べて、傷が治ったら、今度はなぶり殺しだ......」


 そして、さっきまで食事の途中だった人間たちの所へ行くはずだった......。


「あれ?どうして......」


 ユカリは辺りを見回す。


「私の食料たちは?どこ?」

「あなたのお探しものは、これかな?」


 ユカリはその声に驚いた。

 それは知っている人物であり、尊敬する人物だからだ。


「ローズお姉様!」

「久しぶりね、ユカリ」


 その尊敬する女性は。

 長く流れる赤い髪。鮮やかな赤い目。だれもが魅了するような美しい顔立ち。

 華やかな赤いドレスは、まさに全身にまとったバラの花である。


「ずいぶんやられたみたいね。あ、ごめんね。あなたの食料、食べちゃった。まだこれが残っているから、返すね」


 ユカリに投げてきたのは、一本の左腕だ。



「いえ!お姉様から分けてもらえるだけで幸せです!」


 ユカリは目を輝かせ、触手で腕を掴み取り。そのままそれを触手で搾り始める。


「ああ、大変美味しいでございます。私は大変幸せでございっ!?」


 ユカリは異変に気付く。

 よく見るとローズの左腕がない。


「お姉様、腕は一体どうなさって......」


 いまになって気付く。自分が食った左腕が目の前にいる最愛の姉の腕であることを。

 そしてこれが何を意味するのかもわかった。


 ローズだけに使える捕食方法。それは自分の身体の一部を相手の体内に入れ、中から食らっていくという方法。

 つまり、ローズはユカリを食べるつもりなのである。


「お姉さま......どうして?」

「ふふっ、あなたは用済み。ただそれだけ」


 すると、ユカリのお腹から、綺麗な大きい赤色のバラが突然咲きだした。


「いやだ!お姉様!私はまだ死にたくないです!」

「別にいいじゃない......」


 ローズはユカリに近づき、ユカリのあごを軽く掴む。


「剣で斬られたり、燃やされたりするより、こっちで殺されたほうが、苦しまないし、気持ちいいでしょ?」


 その言葉にユカリの赤い目から透明の涙が流れていく。


「それにね、考えて。これであなたは、私とずっと一緒よ。そして私の力になれる。これは私にとって嬉しいことなの。ありがとう。ユカリ......」


 その言葉に、ユカリの絶望に染まった顔が、突然喜びに変わった。


「あ、そうですね。お姉様と一体になるのは嬉しい限りです。どうか私を喰らってくだ......」


 言い終える前にユカリの身体は、お腹から生えたバラに繋がるツタが突然延びてきて、巻き付いていく。そして身体の全てがバラのツタに飲み込まれた。


 そこには、綺麗な花が咲いている人形の塊だけになった。



「お疲れ様、ユカリ。私が仇をとるね」


 そんな言葉とは裏腹に、ローズは笑っていた。


 そしてローズは塊に手をかざす。するとその塊は段々と小さくなっていき、最後は手のひらくらいの大きさになった。



「さて、行こうかしら。ガーベラ」

「はい!お姉様」


 ローズの呼ぶ声に、ローズと同じ体格の女性が現れた。


「もう摘みごろかしらね。この時を待っていたわ、サクラ......あなたは、私のものよ......」



 ローズは不気味な笑みを浮かれながら、もう一人の女性と共に、暗闇へと消えていった......。





始まりました!二つ目の世界!

化け物姉妹たちは一体何者なのか。エリシアたちはその脅威にどう立ち向かうか。という話になっていく予定です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします!

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