2,旅立ちの日
●エリシアside●
珍しく私は早起きが出来た。さらに、昨日の夜は早く眠ることも出来た。
もしかしたら、昨日たくさん遊んだから疲れたんだと思う。
私はゆっくり身体を起こして、部屋の隅に置かれたリュックサックを見る。
「今日からか......少し寂しくなっちゃうな」
何だか少しだけ暗い気持ちになる
「......うん!ダメだ!こんなんじゃあこの先前に進めない!」
私は自分に言い聞かせて、両手で頬を二三回たたく。
私はそのままベッドから降りると、部屋の窓を開ける。
まだ日が見えない、薄暗い朝の街が広がる。
昼間はにぎやかな街もすごく静かで、人もあまりいない。
そして部屋に入ってくる、夜明け前の冷たい風。
朝の弱い私にとってはすごく新鮮で、何だか不思議な感じだった。
(この街ともお別れか......やっぱりさびしいな。でも、私は決めたから。私を必要としている人がきっとどこかにいる。もしかしたらこの旅は、私をそんな人たちに導いてくれるためのものかもしれないんだ)
そう決意を決めたと同時に部屋のドアから軽く叩く音が響いた。
「エリシア。準備はできた?」
お母さんの声だ。そろそろ起きる予定の時間だから、起こしに来たんだ。
「待って!着替えたら行くよ」
私は窓を閉めて、外出用の着替えをタンスから取り出した。
●●●
準備を終えるとリュックサックを開けて中身を確認する。
「着替えよし!小物よし!化粧品よし!......うん!完璧!」
リュックサックを閉めて背負うと、部屋を見渡す。
「部屋の整理もよし......今日でお別れだね」
私は感謝を込めて部屋にお辞儀する。
「帰ってきたら、またよろしくね」
笑顔で呟くと、ドアの横にかかっている帽子を取って、そのままかぶる。
「いってきます!」
私は部屋を後にした。
●●●
最後の朝食を家族の皆で食べる。
私とアンドリュー。お母さんとそして......。
「お父さん!?」
私のお父さんが帰ってきていた。
お父さんはいつも世界中を駆け巡り。お医者さんの仕事をしている。
だからいつもはお家にいないのだが、なぜかそこにいた。
「ただいま」
「お、おかえり。お父さん」
私は久し振りの再開に一瞬ためらった。けど、あまり変わらない姿に安心した。
「そうだ、エリシア。お誕生日おめでとう......」
「えー。もう一週間も前に終わったよー」
私はお父さんの座っているいすの横に座りながら、冗談を言う。
「はははっ、そうだね。でももう十二か......随分大きくなったな」
「えへん!」
私はほこらしげに鼻をならす。
「それより!今日から旅立ちだよ!冒険だよ!うーん、楽しみ!」
私は興奮して思わずお父さんに言う。
「そうか。なら大人になるエリシアにはこれをやらないとなー」
すると、一枚の紙切れを渡す。
「こ、これは!」
列車の十年間乗り放題チケット。
私が夢に見ていた。世界一周の旅が実現する為のチケット。
私はそれを受け取る。
「うっ......」
私は少しうつむく。
その時、お母さんが台所から歩いてきた。そして私を見る。
「エリシア。どうしたの?......」
「やったーー!」
私は両手を上げ。喜びを身体で表した。
私の表現は、家族全員を驚かす。
「うそっ!?本当にくれるの?」
私は念のために確認する。
「も、もちろん。エリシアとアンドリュー。可愛い子供二人が旅を出るならこれくらいは用意しないとな......」
私は思わずお父さんを抱き締める。
「お父さん。大好き!」
するとお父さんは、私の頭をなで始める
「ああ、お父さんもエリシアのことが大好きだよ」
それから、少しだけゆっくりの時間を過ごしながら、私とアンドリューの準備ができた。
「じゃあいってきまーす!」
「いってきます」
残念だけど、お父さんとお母さんは用事があるため、お家からの見送りとなった。
「いってらっしゃい」
「気をつけていってきなさい」
お母さんと、お父さんも手をふって見送ってくれる。何だか寂しいけど、幸せな気持ちになった......。
●●●
朝一番の駅。
普通なら人気のいないはずの時間帯。そこにはたくさんの人が集まり、一つの団体ができていた。
皆、私の知り合い。街の人たちだ。
「元気でね、しっかりお兄さんの言うことを聞くんだよ」
「病気には気を付けて」
「また帰ってこいよ!」
街の人たちの何人かが、わざわざ早い時間にやって来て、私たちを見送りに来たのだ。
もちろん、昨日お別れ会をした皆も駅に来ている。
「エリシア!絶対俺たちのこと忘れるなよ!」
バンが大きな声で言う。
「エリシアちゃん。私も絶対忘れないからっ......」
アルプールも泣きながら言う。
「エリシア。何があっても、笑顔を忘れないで。俺は、エリシアは笑顔が一番素敵で、好きだよ」
とマルクも、泣いてはいないけど、寂しそうな笑顔で言う。
(マルク......あなたのその言葉が私にとっては素敵で好きだああ!)
なんて興奮していると、アルプールの後ろからリィーが出てきた。
「あ、あのさー。これ......」
リィーの手には紙袋があった。すごく良い匂いがする。
「お母さんが、持っていきなさいって。うちで焼いてるパン......」
リィーは私にその袋を渡す。
私はそれを開けて見てみた。そこには袋いっぱいにしき詰められたパンの海があった。
「す、すごい!ありがとう!」
私は、それをリュックサックに少し無理矢理な感じで詰めた。
「リィーも、絶対わすれないよ......」
私がそう言うとリィーが突然抱き付いてきた。
「あ、あんたが寂しがらないように、こんなしてるだけだから......」
身体中からリィーが震えているのが感じる。
「リィー......」
リィーは負けず嫌いだから、悲しい時でもあまり皆の前で泣き顔を見せないようにする。もちろん私の前でも。
「エリシア......必ず帰ってきてね。みんな待ってるんだから......」
リィーのその言葉に、私はうなずくしかなかった。
そして、列車到着を知らせる鐘が、駅中に響いた。
そのタイミングで、私とリィーはお互い離れる。
「うん!必ず帰るから!」
もう一度うなずき、笑顔をつくる。
そして、鐘のお知らせ通りに列車は駅へやって来た。
「みんな!またねー!」
手を振りながら、私は列車に乗る。
そして列車の扉は閉まる。
そのあとも手を振り続けた。
もしかしたらこの時、私は泣いていたかもしれない。それでも私は笑顔を崩さないように頑張った。だからきっとみんなも笑ってくれたよね......。
列車はそのまま駅を出発する。
●●●
と、しんみりするのはここまでだ!
ぬれていた顔を拭き取ると、私の気持ちのスイッチが変わる。
私は今から旅立ちに向ける喜びと緊張を楽しむのだ!
「よし!行くぞ......ってあれ?何か忘れてるような......」
私は流れていく街の風景を見ながら考える......。
「アンドリューゥゥ!!」
「はい?呼びました?」
私が叫ぶと同時に、別の車両からアンドリューが現れた。
「わっ!?もう、いるならいるって言ってよ!」
私の言葉を聞きながらも、アンドリューはそのまま客席の方へ歩いていく。
「すみません......実はホームでお話ししていました。たしか、マルクという少年でしたね」
「えっ!?マルクとお話ししたの?でもあのときマルクは私たちと一緒に......」
ちょうど良い席を見つけ、私たちはしゃべりながら座る。
「もしかしたら、エリシアに言いたいことを伝えたら、そのまま僕の所へ来たと思います」
(そっか......本当はもうちょっと話したかったけど......)
私は少し寂しい気持ちになった。
「泣かないでください。せっかくのマルクさんとのお約束をすぐに破ることになります」
「な、泣いてないもん!」
私は強がりながら顔についた水を拭き取る。そうだ、これは水だ!涙ではない!
「というかマルクと何の約束したの?」
気になったので聞いてみる。
「エリシアの笑顔を守ってください。と言ってましたよ」
その時思わず身体中が熱くなるくらいに照れてしまった。
「な、なんか......恥ずかしいな......もうマルクったら、そんなに私の笑うところが好きなのかな?」
そして、頭がぶっ飛びそうなくらいに頭が混乱する。
「そうですね。エリシアのことを愛してるのではないですかね?良かったですね。良い男性に巡り会えて」
(もう、やめてぇー!)と叫びたくなる。もう私の心が弾けとびそう。ということで......。
「そ、それよりさ!......最初はどこに行くか決まってるの?」
話をごまかすことにする。
「ん?そうですね......まずはある人物と会おうと考えてます」
アンドリューは一枚の写真を見せた。
「あ、お父さんが写ってる。あと、隣の人は?もしかして、この人が今から会いに行く人?」
私がお世話になっている父の隣には、明らかにお金持ちをアピールしているように、派手なアクセサリーやスーツを身に付けている中年の男が、立っている。
「はい。その方はビンドラ氏。いわゆる資産家で、父とも何度かお会いしている。大富豪......らしいのですが、どうも父はあまりビンドラ氏を性格的には好まないとのこと」
「ふーん......」
(たしかに、性格わるそうー)
と写真をみて思った。
「それで、どうしてこの人と会うの?もしかして、この人から旅の資金を?」
私は手でお金の形を手で作りながら尋ねる。
「いえいえ。資金は今持っているので充分ですよ。それよりも重要なことです」
私の頭の上に、はてなマークが浮かぶ(もちろんイメージで)。
「『プリエルクロック』って聞いたことがありますか?」
(プリエルクロック......プリエル...クロ......)
アンドリューの質問の答えを考える。
聞いたことがある名前だが、どこで聞いたか思い出せない......と数秒考えると。
「プリエルクロック!なんでアンドリュー知ってるの!?」
そうだ。夢で見たあの男の子の名前。自分の夢で見たものがなぜ他の人にわかるのか。
「あ、まあなんといいますか......新聞を読んでいると時々見かけたりしますよ......というより、そんな驚かれるとは思いませんでした」
「新聞?」
私の反応にアンドリューは少し困っていたが、突然カバンの中を探り始めた。
「これです。これがプリエルクロック」
そこに写っていたのは。一つの金色の懐中時計だった。
それを確認すると、少し安心した。
とりあえず、その写真をよく見るために手に取った。
「へぇー。時計なんだ......」
そう言いながら、ふと夢のことを思い出す。
『この時計はね、なんでも願いを叶えることのできる、魔法の時計』
あの男の子が言ったこと。私はその言葉について考えた。
「あのさ、実はアンドリュー。私その時計を夢で見たことがあるんだ」
「ゆめですか?」
私はうなずく。
するとアンドリューは自分の腕時計を見て、考え始める。
「そうですね......まだ先は長いですし、とりあえず出来るだけその夢のことを詳しく聞かせてもらえますか?」
「もちろん!」
このときの私は、なぜか宝探しのために謎を解いていく。トレジャーハンターになった気分になり、心が踊り出す気持ちになった。
●ハイネside●
その部屋には、なにも飾りのない真っ白な壁と、その一面に無駄に大きな鏡がある。
そこには私と、私の友達のイリヤがいた。
「やあ、君たちはこれからテストを受けてもらうよ」
それは、一つのスピーカーから聞こえる。機械的な冷たい優しさの声だ。
「さあ、君たちの誰でも良い。目の前の拳銃を手に取り。その男に向かって引き金を弾くんです」
声が言っていた通り、目の前にある木のテーブルの上には、私たちがよく使う拳銃だ。
しかし、その中身は練習用に使っているゴム弾や任務用の麻酔弾ではない。
人を殺すための鉄弾だ。
「いやだ!私は人を殺したくない!」
私が叫ぶと同時に、突然テーブルの向こう側から男が現れた。
「くっ......死にたくねぇ......」
口からは唾液がただれて。目のしょう点も合ってない。
そんな気の狂った男は、私に向かってきて、突然首をしめてきた。
「うっ......あっ......」
声がでない。
苦しみよりも恐怖や動ようが強かった。
(私......死ぬんだ......いやだ......もっとイリヤやみんなと......)
段々と気が遠くなっていくと、突然部屋中に銃声が響いた。
そして、しめられていた首がゆるんだ。
「ハイネから離れて......」
その声はイリヤだ。イリヤはテーブルの置かれていた銃を構えていた。
その銃の先からは、煙がはき出ている。
「うっ......」
よく見てみると、男は私の側で、うつぶせで倒れている。まだ生きているようだ。
それに気づき、イリヤは再び引き金を弾く。発砲音と共に、弾丸は男の頭を撃ち抜いた。
それと同時に響く、「ぐちゃ」というつぶれた音。
そしてイリヤは口は開く。
「ハイネは手を汚す必要はない。私だけで充分だから......」
イリヤは、どこかへ歩きだすと、そのままこの密室から出る扉を開けた。
待って!イリヤ!お願い......行かないで......。
●●●
「......イリヤ!」
さっきの光景とは違い、目の前にあるのは、向こう側が透けて見えるレースカーテンと、無駄にでかい高級な掛け布団だ。
「また......夢か......」
私は呟くと、これまた無駄にでかいベッドから這い上がった。
私、ハイネ・アルネックは、今回の仕事の依頼主であるビンドラ氏が、気前よく昨日から貸してくれた客部屋で宿泊させてもらっている。
よほどこの依頼主は金持ちらしく、自宅には家具やインテリアがたくさん置かれても、走り回れるくらいの広さの部屋がいくつもある。
そのうちの一つを使わせてもらっているのだが、私はあまりこういう暮らしになれていないため、正直言うとあまり休めなかった。のが本音だ。
「おはようございます、ハイネ様。旦那様がお待ちでございますので。準備が出来しだい、食堂まで来ていただくよう、お願いします」
「うん?あ、ああ」
たぶん、この家のメイドだろう。
若い女性の声が部屋の外からドア越しで聞こえてきて少し戸惑う。
「......よし」
私はそう言いながら歩きだすと、上下に身に付けている下着を脱ぎ始める。
ちなみに服は着ていない。私は寝るとき、基本服を着ない。と言ってもそれは一人で寝るときだけである。
下着を全て脱ぎ終わると。置かれている白いソファーに投げ捨てる。そしてそのまま向かったのは浴室だ。
無駄に広い浴室。夜は何だか寂しい感じだが、朝は解放感があって気持ちが良い。
私は無言で表情を変えず、シャワーのお湯をかぶる。
(そういえば、昼に来るって言ってたな......あの兄妹が来るのは......)
正直言って、昨日受けた依頼。今日訪問予定の兄妹のうち、妹を捕まえること。それはあまり乗る気ではなかった。
あの子の第一印象から、自由が好きで。活発のある元気な娘だと、感じられた。
そんな子が、この家の主にくさりで縛られて、望まないことをやらされるのは、心が痛いからだ。
しかし、私の心のなにかが外れてしまったように。そんな人情よりも、依頼主が望んだことを叶えることを優先にしてしまった......。
目の前にある、シャワーの湯でくもった鏡。
それを手で拭くと、そこに映る自分。
銀髪の長い髪。青い瞳。白い肌。
私は両親の顔を覚えていないから、父か母のどっちから、この姿を受け継いだかはわからない。
でも一つだけ受け継いでいないものがある。それは、青い瞳の中にあるにごりだ。きっとこれは私が産んだ『虚無感』だと思った。
(最近、鏡をあまり見ていなかったが。私の目はこんなに冷たかったんだな......)
私はその『虚無感』の目をした自分を見て、そう思ったのだった......。
シャワーから上がると、いつもの動きやすい服装を着て、愛用の銃をホルダー(銃をしまうためのポケットのようなもの)に収める。
「よし、出るか......」
そして私は客室から出る。
客室をでると、赤いじゅうたんのしかれた広い廊下があり、私は左の方向の通路へと歩く。
「「おはようございます」」
掃除していたメイドたちが挨拶してくる。
「あー、おはよう」
私はそのまま軽く返して歩きだす。
そしてしばらく歩くと、食堂に着いた。ちなみに部屋から出て十分たった。ただ食堂に向かっただけで十分もかかるとは、さすがに面倒くさい。
と、まあお客さんの家をとやかく言うのは失礼だな......。
「失礼します」
ドアを開けると、さっきまでいた客室よりも倍くらいの広さの空間があり。天井にはシャンデリア。壁には立派な絵画。床には心地良さそうな赤いじゅうたん。
「やあ、よく眠れたかね?ハイネ君」
部屋の中央に置かれた、無駄に長いテーブルの、私から見て右端に、私の仕事の依頼主が座っている。
「まあ座りたまえ。これから君にやってもらいたいことを伝えたいのだ」
依頼主のビンドラ氏が、手を広げ向かいの席へとうながす。
私はそのままその席へと座る。
「なあに。そんな難しいことはない......ただ君は、昨日見せた小さなお嬢ちゃんを捕まえるだけでいい。ああ、でもそれは私の合図を待ってからだ......その間君は私のガードマンの振りをすれば良い」
(振り......か......)
その言葉でわかった。
この男が私をやとったのは、別に命が惜しいからではない。それなら回りにいるサングラスをかけた立派なガードマンで充分だからだ。
つまりこの男は、今から来る少女が欲しいために私をやとったのだ。それも、私たちの機関にも秘密にするために、にせ依頼を使ってまでも......。
「わかった。つまり合図でこの娘を捕まえるってことで問題ないんだな?」
ここは念のための確認だ。
「あー、もちろんだよ。まあ話しはただの確認だけだ。さあ、君には私が神になるための祝いの席へ招待するよ!楽しいモーニングタイムを......」
ビンドラ氏は手を叩く。すると周りにいたメイドたちが一斉に動き出す。
「さあ、私の専属シェフによる朝食を堪能ください」
この時私は思った。
(こいつ......友達いないな......)
そう思いつつも、私は並べられていく食材たちをほおばっていく。今から始まる仕事のために......。
●●●
そして時間はやってきた。
広い建物に響くチャイム音。
「「「お待ちしておりました!エリシアさま!アンドリューさま!」」」
メイド達が整列し、玄関からホールの真ん中。つまり私とビンドラ氏がいるところまで、花道を作っている。
「おー!すごいよーアンドリュー!メイドさん達がお迎えだ!」
ターゲットの少女がすごくはしゃいでいる。
それを兄がなだめている。
ターゲットは緑色のポロシャツと短パン。緑の帽子という緑色の主な格好と、帽子から出ている、さらさらとした黒い髪。そんな見た目の元気のあるどこにでもいるかわいらしい少女だ。
兄のほうは、ビンドラ氏に会うためなのか、黒いスーツとおしゃれな靴をはいて、きれいな格好をしている、白い髪と赤い瞳の、顔の整った好青年だ。
というかこの兄妹は本当に旅人なのか?おしゃれにこだわりすぎだろ。
「お招きいただいてありがとうございます」
兄妹が私たちの前に立ち。兄があいさつをした。
「いやいや、君のお父さんには大変お世話になってるからね!まあ、ゆっくりしていきなさい。もしよかったら君のことをよく聞かせてくれ」
そう言いながら奥へと招き入れる。
「お姉ちゃんって、もしかして用心棒?」
突然妹の方が声をかけてきた。
「あ、えと......みゃあそんな、感じだな......」
突然の声かけに思わず驚く。
(というかかんでしまった......はずい......)
「ふーん。すごくきれいなお姉ちゃんだね!頑張ってね!」
そう言い残すとそのまま兄の方へ走っていった。
「変わったやつだな......」
私は照れて赤くなった顔から平常の顔に戻して、そのままビンドラ氏たちを追いかける。
●●●
「いやあ懐かしいねえ」
「まさかこういうことだったんですね」
ビンドラ氏とお客さんの兄の方の二人は、さっきまで私が朝食を済ませていたテーブルで、話が盛り上がっていた。
「それにしても、ビンドラさんのガードマンは、随分美しい方ですね」
ってなぜ私の話を!?
「アンドリュー君は彼女がお好みかい?良い目を持ってるね!」
(お前は何様だよ!?)
気づいたら私の話になっている。
「でも彼女はね、両親を亡くして身寄りの者がいないんだ。それを私が引き取ったんだよ」
やや真剣な顔をしてビンドラ氏が言った。
(この依頼主。調子に乗るなよ!誰がいつ私を引き取ったって......)
「それはうそですね?」
ターゲットの兄は、見透かすように言い放つ。
その瞬間。ビンドラ氏も私も思わず凍りついてしまった。
「すみません......実は最近、心理学についての本を目にしまして。どうやら人は嘘をつくとき、左上を無意識に見てしまうらしいですよ」
それを聞いてビンドラ氏は少し安心したような、不安なような様子でもあった。
しかし、私は(こいつも嘘をついている)と思った。
なぜなら、ビンドラ氏が私について話しているとき。こいつは所々で私を見ていた。ビンドラ氏の目なんか見ていない。私のわずかな怒りの表情を見逃さなかったから、嘘だと見抜いたのだ。
こんな状況でも冷静によく見ていて、見事に言い当てるのは、なかなかの精神力と観察力だと感じる。
(もしかしたら、結構やっかいなターゲットかもな......)
●●●
そして話しは進み、ある程度の時間が過ぎた頃。
「それではビンドラさん」
ターゲット兄が、口調を変え。それと同時に緊張感が走る。
この時は偶然にも妹の方はトイレに行っていた。
「さっそくですが、前に話した『時計』。の件を......」
その言葉にビンドラ氏はだまったままだ。
ターゲット兄は一つの箱をカバンから取り出す。
「父から聞きました。貴方は父が持っている、賢者の石とも呼ばれる秘宝。『ブラッディルビー』を望まれていると」
(ブラッディルビー......。たしか、前にウワサで、どんな大金持ちでも手に入れられないものだったな......なぜこいつがそんなものを?)
疑問がうまれるも、話しは着々と進んでいく。
ターゲット兄は箱の中身を私たちに見せる。
とても深い赤。今までに見たことのないほどの深い輝き。それは宝石にあまり興味のない私でさえ、目を奪われるものだった。しかし......。
「つまりアンドリュー君は、これとプリエルクロックを交換してほしいと?」
「はい。ぜひお願いします」
ビンドラ氏は、一つため息をつくと。席を立ち上がる。
「私はどうやら、欲深い人間なのかもしれない......。その宝石も。ここに置いてある絵画や造形物も。この『時計』と比べれば、ただのオブジェだ......」
そして兄もゆっくりと立ち上がった。
「つまりは、この話は無しということで?」
「うーん......そうだね。この話は終わりだ。しかし、実はこっちにも提案したいことがあるんだ」
ビンドラ氏は右手を上げる。
すると、部屋のすみにいた黒いスーツの男達の他、別の部屋からも男達がやって来て、一斉に銃をターゲットに突きつける。
「やはり貴方はエリシアが目的でしたか」
そう言いながら、無抵抗の意思をしめす為に、両手を上げた。
「君の命を保証しよう。妹さんの命も。その代わり、君の妹さんはいただくよ......」
ビンドラ氏がそう続けて言うと、上げた右手の人差し指だけを立てる。それは私への合図だ。つまりは本命のターゲットの確保。
そう理解すると、私はターゲットの方へ向かおうとした。その時.....。
「ではビンドラさん。僕はその交渉を認める訳にはいかないので、僕も少し手荒くしますよ?」
そう言うと、ターゲットの兄は右手の人差し指を動かした。
その瞬間。今いる部屋の外からもの音が聞こえた。ガラスの割れた音だ。
ガードマン達は、外へ様子を見に行った。
「くそっ!仲間もいたのか!」
「さあ、どうですかね?」
ターゲット兄はこんな状況でも、余裕な表情を見せる。
「ビンドラさんも好きなんですよね?嘘。僕は嫌いです。嘘は真実をにごらせる......」
「この生意気なガキが!」
ビンドラ氏はその余裕そうな態度に怒りをおぼえたのか、胸ポケットから金色の拳銃を取り出す。
「やはり、紳士的な貴方も偽りなんですね......残念です」
ターゲット兄の方は、なぜかため息をつく。
「わしがこの手でぶっ殺して......」
すると、部屋中が突然なにも見えなくなった。
(これは、睡眠ガス!?......まさか、外から?)
とりあえず、ガスの薄い空間である床付近を求め、身体をふせると。そのまま息つぎをする。
「エリシア!今のうちに逃げてください!」
その声は、あの余裕そうな顔をしていた兄の声だ。
(こいつはバカなのか。こんな煙で視界が悪いときこそ、身を隠すチャンスだろ)
少しあきれながら、私はとにかく自分の仕事を再開する。
(ターゲットはトイレにいる。大丈夫。方向は......ここだ!)
私はなにも見えない視界の中。さっきまでの記憶を頼りに、この部屋専用の洗面所の場所を特定する。
そしてそのまま一直線に走り、その先にある部屋へと入ると、そのまま扉を閉じる。ガスがここに入って来ないようにするためだ。
耳をすますと、さっき入った扉の向こうから銃声が響く。どうやらあの男はやられたのだろう。
だが......たぶん、そこにいるガードマンたちはガスの影響で全員寝ているだろう。ならばターゲットを捕まえられるのは私だけだ。
私は、無駄に広い洗面所を歩きだす。
この部屋から脱出するには、私の横にある小さな窓だけだ。だが、まだ開けられている様子はない。カギも閉まっている。
つまりターゲットはまだここにいるな......。
ゆっくり。わずかな動きもとらえるように、神経をとがらせる。
そして、私が奥の部屋へ入ろうとしたとき、後ろから物音をたてないように走っている人の気配を感じた。
私は一気に振り替えると、その人影に飛び込み、捕まえる。
(当たりだ。ターゲット確保)
私はターゲットの少女を、うつぶせにしたまま手足をおさえる。
「離して!はなれてよ!」
少女は、身体をばたつかせ、逃れようとする。
「おとなしくしろ!」
(しょうがない......あまりやりたくないけど......)
私は少女を仰向けにして、ホルダーから銃を取り出す。そして、少女のひたいに銃口を、向ける。
「あまり暴れないでくれ。手間を取りたくない」
私の持っている銀色の銃を少女は凝視する。
少女の動きは止まっていたが、少女の恐怖が(ドクン、ドクン)と胸のこどうで、私の身体にはっきり伝わってくる。
「残念だがもう暴れてもムダだ。誰も助けられない。お前の兄も撃たれ、運が良くても致命傷だ......悪いが、ここでお前の旅は終わりだ......」
そう言い放ったとき。少女の目が変わったような気がした。
具体的には説明ができないが、とにかく少女はまだあきらめていない様子だった。
「私の旅は終わらない。まだ、始まったばかりなのに!まだ、私はスタートもしてないのに!終わらない、終わりたくない!」
突然の少女の強気に私は思わず怖じ気づく。
「な、なぜだ!なぜそこまで!?」
思わず聞いてしまった。こんな殺されるかもしれない状況で強い態度をとれることに、思わず興味を持ってしまった。
少女は少し黙る。そして数秒すると口を開く。
「救いたいんだ.....」
「えっ?」
聞き取ることは出来たが、反射的に返してしまう。
「私......本当のお父さんとお母さん。死んじゃったんだ。私が産まれてすぐに......」
その一言に私の心は衝撃を受ける。それでも少女は続ける。
「八歳の頃にね、聞いちゃったんだ。今のお父さんとお母さんがお話ししてる所を......すごく悲しかった。そしたら、色んなことを考えちゃって。なんで私に隠していたのか。私をだまそうとしたのか。実は私のことをただの他人として見ているんじゃないのか......私を愛していないんじゃないのか......」
この時私は、無意識に少女のひたいから銃口を下ろしていた。
そして私の心が、少女の心と一緒になったかのように、すごく苦しかった。
「それで私は思わず友達の家に逃げちゃった。家族の顔を見るのが嫌だった。そんなことを全部その友達に言ったんだ......そしたら怒りもせず、なぐさめるわけでもなく、友達はただ黙って、大きい世界地図を持ってきた」
(世界地図?なぜそんな話を?)と思ったが、とにかく黙って聞いてみた。
「すると友達は、『人生というものには、一つ一つに必ず意味があると思っている。幸せの時も、苦しい時も、必ず何か意味がある』って。そう言いながら友達は地図を広げたんだ」
(人生には全て意味が......)と私は心の中でつぶやく。
「そして、広い地図の中の真ん中にある。とても小さな島に指をさしたんだ。『これが俺たちの国だ』って。すごく驚いたよ、私の街から海まで列車を使ってもすごく遠いのに、海に囲まれた島が私たちの住んでる所って......すごいよね?」
「ああ。そうだな......」
思わず同情してしまった。
「それを見てすごく世界が広いことに気づいたんだ。そしたら友達が『世界はこんなに広い。こんな広い世界の中で、君は今の家族に出会った。俺たちにも。それって何か意味があるんじゃないかな?』」
(出会えた。意味......)
私は、今日夢で見た。かつての親友を思い出す。
「それでね。『また逆に世界がこんな広いのも、またその意味があると思うんだ』って、その友達はマルクって言うんだけど、すごいこと考えるよね」
その少女の表情は笑っていた。
「それから私はその意味について考えたんだ。なんで今の家族に育てられて、私を産んだお父さんとお母さんが死ななきゃいけないのか。なんでこんなに苦しいのか。ずっと考えた......」
少女は笑みをうかべながら、しかし目から涙が流れてた。
「でもよくわからなくてさ、すごく悩んだ。するとその時にたまたま見ていた新聞で、家族のいない子供達を見たんだ。でもその子供たちは笑っていた。なんで笑っていられるんだろうって......。でも、よく見ると子供達には、周りに『友達』という家族がいたんだ。皆が支えあって生きていた。それが笑顔の理由なんだってわかった」
私はなんだかその少女の言葉が、他人事ではないと思った。
「それでわかったんだ、他人の苦しみを少しでも分かち合い。その苦しみを幸せに変える為に、私の苦しい人生があったんだなって。そう思うと、なんだか今の家族に愛されているかどうかなんてよりも、とにかく今の家族を幸せにしたいなあって思ったんだ。変かな?」
その言葉は、私の人生のヒントだと感じた。いや、もしかしたら答えかもしれない......。
「いや、変じゃない......」
「ありがとう!それでね、私は決めたんだ。世界には私と同じように苦しんでいる子供達がたくさんいるんじゃないかなって、あの世界地図のどこかの国で、苦しんでいる子がいるかもって。その子達に、生きる意味を教えていきたい!家族の素晴らしさを教えたいんだ!それが私の旅に出たい理由......あれ?お姉ちゃん、どうしたの?」
少女は私の顔を見て、心配そうな顔をする。なんだかボヤけて見える。
「お前は......強いな。私よりもはるかに......」
頬に熱い何かを感じる。それを拭き取ると、ぬれていた。
そこで気づく。私が泣いていたことを......。
「本当に......なんでだろ。私はいつも苦しいことがあればすぐに逃げるのに、なぜお前は本当......」
そうだ。私はこの子と同じで、両親を失い。血の繋がらない家族との関係に悩んでいた。でもこの子は私と違って、その悩みと戦って。今やりたいことを見つけている......。
「わたしも......」
声がでない。すごく胸が苦しい。でもなんだかこの苦しみが、この子の言うように意味があるとしたら......。
「私も、救えるかな......うっ、わたしも!君みたいに!強くなって!私の大切な人を救うことができるかな!」
思いが全て崩れるように、言葉が口からこぼれていく。涙と一緒に。
「......わたしも......つよ......」
「うん!きっと!」
私は少女の返事に、思わず少女の顔を見る。
そこにはとびきりの笑顔がうかんでいた。
「お姉ちゃんにも色々苦しいことがあったのかも知れないけど。それには必ず意味があって、きっとそれがお姉ちゃんを強くさせるから。だから、泣かないで」
少女は私の顔に流れる涙を、片手でふいてくれた。
「ありがとう......」
私は思わずお礼を言った。
●●●
流れる涙を全てぬぐい、落ち着きを取り戻したと同時に、扉が開いた。その扉はさっき私が入ってきた扉だ。
「はぁ......はぁ......よくやったぞ、ハイネ!さあ、その娘に願い事を言わせるんだ!」
依頼主のビンドラ氏だ。
(こいつ、しぶといやつだな)
そう思っている間に、ビンドラ氏は胸元から一つの金色の懐中時計を取り出した。
「あれが、プリエルクロック?」
少女はさっきの笑顔から真剣な表情をして、つぶやいた。
「そうだよ。さあ、私を人類の王にさせろと願うんだ!そうすればお前に裕福な暮らしを与えるぞ!」
すると、ビンドラ氏は私に向かって時計を投げてきた。
どうやら、私に少女をおどして、無理矢理願いさせろ。ということだろう。
しかし......。
「任せたぞ!ハイネ......っ!?」
ビンドラ氏は気づいたらしい。私が前に出している手は、時計を受け取るための手ではなく。「お前を撃つ!」という手の表れであることを。
さっきまで少女に向けていた銀の銃の銃口は、ビンドラ氏のひたいへと向けていた。
私はその狙いをさだめた銀の銃の引き金を、そのままためらいもなく引いた。
銃声は部屋中に響く。
普通の人間なら見えるはずもない、放たれた銃弾が、私の目にはっきりと見え。投げられた時計をこするかこすらないか、ギリギリな所を飛んでいく。
「私情の問題により、私は任務を放棄します。申し訳ございません。ビンドラさま」
そう言いながらも、私の顔には明るい表情がうかんでいた。
そして、とんでいく銃弾は確実にビンドラ氏のひたいのど真ん中に命中する。
しかし、この銃弾は当たった所を貫通するわけではなく。まるで体のなかに収まるように見える。
それに撃たれたところからは血も流れていない。
これは、殺傷能力のある銃弾ではなく、相手を一瞬で気絶させるための、特殊な麻酔弾だからだ。
そして、ビンドラ氏の身体が宙を舞うとそのまま床に倒れる。
それと同時に私の手には、あの『プリエルクロック』という魔法の懐中時計が収まっていた。
「たしか、エリシアだったよな?」
「えっ?う、うん......」
少女はかなり動揺していた。
私は少女。エリシアを起こすために手をかす。
そしてエリシアを立たせると、そのまま私の持っている時計。『プリエルクロック』を渡す。
そして、私が秘めた思いを言うことにする。
「エリシア。お前の旅に私を連れていってくれないか?」
エリシアは驚いた顔で私を見る。
「えっ?いいの?でもお姉ちゃんは私を捕まえるために......」
私は持っている銀の銃を、引き金の部分に指をかけて、そのまま回しはじめる。
「ああ。だけど私もお前と同じで、やりたいことを見つけたんだ。任務よりも大事なことを......」
そして銃の回転を止めると、そのままホルダーにしまう。
「強くなりたい!私の能力とは関係なく、『自分自身』をもっと強くしたい。それが私のやりたいことだ。そのためにも、お前の旅に連れていってほしいんだ。だめか?」
私がそう聞くと、エリシアはゆっくりと表情がやわらかくなり。そのまま笑顔になる。
「歓迎だよ!お姉ちゃんはすごく強そうだから、仲間になれば百人力だよ!」
どうやら返事はオーケーらしい。ならば早速やらなければならないな、あいさつを。
「ハイネ・アルネックだ。よろしく」
「うん!よろしくね、ハイネ!あらためて、エリシア・クロイムです!」
こうして私は、この少女の壮大な冒険の物語へと巻き込まれていくのだった。
話が長くなりました。すいません...。そして、長々読んでいただいてありがとうございます!
前回は人物紹介みたいになったので、ある意味ではこの話が一話みたいになっちゃいましたね(汗)
もしも、おもしろいと感じたかたは。今後ともよろしくお願いします。