『磔の勇者に、マリーの花束を。』
救いたい命があった。
必ず助けると約束した。
絶対に、また生きて逢えると信じていた。
──叶わない願いを抱いてしまった。
「憐れな勇者だ」
磔にされたのは、痛々しい拷問を受けた勇者。
彼が何を犯したのかを全員知っている。
それは民衆の願いを破壊するもので、勇者はそれを正義だと思い、実行した。
けれど、簡単には進まなかった。
彼がやろうとしたことは、罪として処理されてしまうのだから。
「約束が、絶対の契だとは限らないんだよ。勇者……」
嘆くのは、勇者に思慕を抱いていた天使の末裔。
彼女も勇者に手を貸した。
でも、彼女は罪には問われなかった。
この世界で天使の末裔は彼女だけ。
たった一つの存在。
貴重なサンプルを偉い人達は見逃さない。
手離したくないという我儘な事情で彼女は鎖を逃れた。
「……エフィー。彼らは……?どうなった……?」
勇者にとっては残酷な結末でしかない。
それを彼女から伝えるのも残酷でならない。
助けると公言した。
そう出来るという自信が彼にはあった。
だから、夢のままに散った現実を言葉にするのは辛い。
それでも、彼女は真実を話した。
その目で見たことを、正確に。
「……死んだ……?一人残らず……?」
「……虐殺でしかない……。泣き叫ぶ子をあいつらは顔色一つ変えずに殺した」
守れなかった命がある。
もっと生きたかった想いがある。
叶えたい夢だって持っていた筈だ。
それを、いとも簡単に踏み潰した。
「……助けるって約束したんだ……。必ず、守るって……。なのに……おれは……一人も救えなかった……」
「そうだ。お前の願いは傲慢過ぎたんだ」
「……それでも……おれは……」
傷の手当もされずに磔にされた勇者。
痛々しい傷跡は炎症を起こしており、彼女にも手が付けられない程に悪化していた。
「もうそろそろ、死んでしまうな……」
「エフィー……。キミを巻き込んでごめん……。辛い思いをさせる……」
「辛いのは勇者だ。あたしは、嘆かない。貴方の死後も泣いたりしない」
「……そうしてくれると、有難い……」
「墓に花は添えよう。あそこに咲いていたマリーの花だ」
「……ありがとう」
暫くして、勇者は息絶えた。
彼女は有言実行し、彼の墓に鮮やかなマリーの花束を添えた。
囚われたのは、害を及ぼす存在として。
罪も悪も知らない無邪気な子ども達は、有無を言わさずにアクリル板の壁の向こうへと棄てられた。
何も無い世界に子ども達は空だけを眺めて生きていた。
見上げた天も、灰色だった。
救いなんて無かった。
誰も助けになんて来なかった。
──抱いた絶望の感情が、心を殺した。
「必ず……!お前達を助けるから!」
異国の勇者はそう言って、子ども達を救う手立てを考えてくれた。
それが、禁止された行為であっても、勇者は裏切らなかった。
ずっと、救いの手を伸ばしてくれていた。
「ユノ!」
日に日に仲間が息を引き取っていく中、まだ生にしがみついていた少年は、いつしか勇者へ希望を抱くようになっていた。
「この壁を壊して、必ず助けるから!」
「……勇者さま……」
「だから、まだ耐えて欲しい……。もうこれ以上、辛い思いはさせない」
「……ありがとうございます。勇者さまに出逢えただけで、ボクらは幸せです」
「絶対、出してやるから!一緒に生きよう!」
救い出せると信じて疑わなかった勇者。
その懸命な姿に子ども達は光を感じた。
ここから出られたら、お腹がいっぱいになる位、美味しいものを食べたい。
オシャレな服を着て、買い物に行きたい。
勇者さまとたくさん話したい。
色んな世界を見てみたい。
──微かな夢を描いてしまった。叶うと信じたから。
「だから……」
まだ生きていると苛立った政府が、銃を乱射しながら現れた。
無抵抗な子ども達は、あっという間に死に誘われた。
「また、人間として、生きる事が許されるなら……その時は……」
無数の銃弾が少年の身体を貫いた。
死にゆく間際、少年は僅かな晴天をその目に宿した。
天使の歌声には諸説ある。
人を楽園に導くだとか、死を引き寄せるだとか。
天使の末裔である少女には、些細な能力も備わっていなかった。
歌も、上手ではない。
でも、勇者は素敵だと褒めてくれた。
それだけで嬉しかった。
だから、勇者の願いも叶えたいと思ったんだ。
「あたしを実験にしても、天使は生まれない。出来損ないを増殖させるだけだよ」
政府に楯突いた。
もう、守るものも一緒にいたい人も死んじゃったから。
失うものが何も無い者はとても厄介だと聞く。
本当にそうかもしれない。
腹を撃ち抜かれても抵抗した。
片腕がちぎれても敵の頭に噛み付いた。
何でも出来ると過信が生まれた。
殺しても罪を受ける事は無い。
死んでも誰も悲しまない。
とても、最強なんじゃないかと思った。
けれど、一つだけ心残りが浮かんだ。
──勇者の墓と隣にして欲しい。
叶えてくれる者はもう誰もいない。
肩書きだけ特別で、得られるものが何も無いと知ったら手のひらを返される。
人間は愚かだ。
勇者みたいな人間こそ特別だったのかもしれない。
彼の信念は強かった。
想いを抱ける者は、死んでも尚、愛しいと思える。
彼女も、勇者みたいになりたいと願っていた。
忖度なく、手を差し伸べられる人間に、なりたいと思った。
「また、いつか逢えるなら……」
その時は……
「共に肩を並べて、話せる友人に……」
後方からの銃弾が、彼女の額を撃ち抜いた。
視界が闇に染まる。
意識も遠のく。
死が手招きしている。
終わりへ導く最期ではなく、再会へと標す手解きへと。
──また逢えたねって、聴こえた気がした。




