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『カルディアナイト』

空から降るものは、透明な雨粒じゃなくて、爆弾だった。


挨拶の代わりに交わされたのは、激しい銃撃。


夢を視るのは、権力者だけだと思っていた。


青い空を知らないリフレイン。


いつか、星の瞬く安寧の地で息をしたいと願った──。




少女は【痛み】を知らない。


傷の手当より、居場所を探すことで手一杯だった。


朝も夜も時間なんて気にしたことも無い。


逃げ惑うことだけで精一杯だった。


休めた地で初めて怪我に気付くのが日常茶飯事。


涙よりも血を多く見た。


流れ出る血は名前も知らない人からの攻撃。


【戦争】は、意味を持たずして始まり、終息の先が見えない。


誰もが戦う事を余儀なくされた。


弱い者は死に絶え、逃げ延びても餓死する始末。


撃たなければ死ぬだけだ。


死と隣り合わせのこの世界は、彼女の感情さえ奪っていった。






「──リフル」



柔らかな声に呼ばれて、彼女は目を覚ました。

朝陽が眩しい。どれだけ眠っていたのか、身体は解れていて頭もスッキリしていた。



「おはよう、リフル」

「……おはよう……ございます……。シオン」



優しい笑顔の青年に挨拶を返す彼女。

彼と出逢ったのは数日前。

敵に殺されそうになっていた時に手を差し伸べてくれた。



「よく眠れた?」

「はい……」

「よかった。ご飯食べれそうかな?」

「い、頂きます……」



空腹には慣れていた筈なのに、美味しそうな匂いに意欲が増してしまった。

何時ぶりの食事だろう。

野菜もパンもジャムもどれも美味しかった。



「沢山あるから、いっぱい食べな」



穏やかな瞳で彼女を見つめるエルシオン。

その言葉に甘えて彼女はたらふく頂いた。



「ご馳走様……です」

「お粗末さまでした。今日は風も心地良いから、お散歩に行かない?」

「はい……。行きたい……です」

「今、洋服持ってくるから、待ってて」



平穏な日。

こんなにゆっくりと時間は流れるのかと改めて感じる。

息をすることすら躊躇っていたあの日々とはまるで違う世界。

此処には、銃も爆弾も喧騒も無い。

何より、彼の隣にいると心が落ち着いた。



「似合ってるよ。姉さんの服なんだけど、もう着ないから」

「これは……」

「ワンピースだよ。キミの蒼い髪と瞳にはその白い服が合うと思ったんだ」

「……ヒラヒラします……」

「スカートだからね」



オシャレなんてする必要すら感じなかった彼女にとって、彼から与えられるものは新鮮なことばかりだった。



「海は見たことある?」

「……絵本で……知りました」



逃げ隠れていた際に側に落ちていたボロボロの絵本。開かれていたページには、蒼い風景が描かれていた。それを何と書いてあるのかは彼女には読めなかった。



「本物は、潮の香りがするんだよ」

「……この音はなんですか?」

「波の音だね。ほら、キミの足元まで来るでしょ」



初めて見た海は、広くて青くてとても壮大な景色だった。

足元にかかった波が冷たくて警戒もしたけれど、慣れると気持ちよかった。



「とても……素敵です」

「うん。オレも、好きだから」

「……好き?」

「お気に入りってこと」



可愛らしく微笑む彼に、彼女は惹かれているのが分かった。

けれど、その想いを何と呼ぶのかはまだしらない。



「リフルは、この街は好き?」

「……まだ……分かりませんが……居心地は良いです」

「そう。よかった」



街の中も案内してくれた。

採れたての果物はみずみずしくて、ふわふわのわたあめも新たな感触に喜びが沸いた。



彼と過ごす日々はとても有意義で毎日が大切な思い出となっていった。

彼女は戦争の恐怖も忘れかけていき、日常に埋没していた。



「明日はお祭りがあるから、浴衣を着て行こうか」

「はい。とても、楽しみです」



賑やかな祭りごと。

ゲームをしてご飯を食べてショーを見て心ゆくまで楽しんだ。

夜には盆踊りにも参加し、花火も眺めた。

戦争の中にいた時には思わなかった。

こんな日が来るなんて、まるで夢を見ているみたいだ。



「こういうのも、初めて?」



祭りの夜。

帰宅した二人はゆるりとベッドに入った。

今日もゆっくり眠れそうだと彼女が横になった瞬間、彼が覆い被さってきた。



「……シオン?」

「毎日、死と隣り合わせの中にいたキミには、少々毒かな」

「っ……」



いきなり首筋を舐められ、彼女はビクンと反応した。



「好きだよ、リフル。ずっと、傍にいて欲しい」

「……私も……シオンのこと好きです。気に入っている……」

「そうじゃないよ。オレの好きは、愛してるって意味だ」

「……愛……?」

「誰かを好きになったことはある?」

「……分かりません……。でも……シオンにこうされることは、嫌では無いです……」

「なら、合意の上でってことで」

「んっ……」



口付けされ、それがとても優しいものであったことを彼女は生まれて初めて知った。

彼は、彼女の反応を気にしながら触れていき、甘い吐息に浸った。




「リフル」



情事が終わり、くたくたになっている彼女を彼は優しげに呼んだ。



「……シオン」

「いい?リフル。これが、愛してるって証明だから」

「……愛……してる……」

「気持ちよかった?」

「……はい」

「大好きだよ、リフル」

「わたし、も……」



その時はまだ確信が持てなかった。

「好き」と言っても良いのかと。

多くの者をこの手で殺めてきた自分が、誰かを愛するなんてこと許されるのかと。




街にも慣れ、彼への想いも強まっていた頃。

安寧の街に浸透し過ぎていたのかもしれない。

いつものように二人は買い物に出ていた。



「海賊?」

「そう。この街に滞在してるみたいなんだって」

「……怖い……ですか?」

「まぁ……賊には一度襲われたことあるからね。トラウマかな」

「シオンのことは私が守ります」

「頼もしいね。ありがとう」



街の中心部にまでは海賊も来ないだろうと人々も警戒を緩めていた。けれど、貪欲な賊は我が物顔で豊かな地に足を踏み入れてきた。



「逃げろ!海賊だ!」

「あっちの人達は殺されたって!」



戸惑いと困惑と様々な心情が表れ、人々が恐怖を纏って逃げてきた。

楽しげに買い物をしていた二人もその騒動に巻き込まれてしまう。



「シオン!」



その気配に気付かなかった彼女は後悔した。

背後から突然、腕を切り落とされた彼は膝をつき痛みに耐えた。



「──久しぶりだねぇ、リフレイン」

「……アイリッシュ……」



薄ら笑いを浮かべる少年。

見覚えのあるその姿はあの時、共に逃げたアイリッシュ。



「海賊になったのですか?」



彼を守る体勢になりながら彼女は問いかける。



「拾って貰ったんだよ。偶、海賊だったってだけだ」

「この街に来たのは何故ですか?」

「食料調達。それと、女と子どもの調達」

「え……?」

「男だけだと欲求不満になっちゃうから。結構良い女もいたし。子どもは餌として使う」

「安寧の地を踏み荒らす事は許せません」

「ごめんねぇ。船長の意向だからさぁ」

「奪う側には回らないと誓った筈ではないですか……」

「そんな安っぽい誓いなんてもう忘れたよ。今は楽に生きる方法を見つけたからね」

「……最低です」

「綺麗に生きてきたキミとは出来が違うんだよ」



少年は彼女にまで手を上げてきた。

その動きを察知し、彼女は素早く避け、少年の背後に回る。



「あらら……。戦闘能力は健在だった訳か」

「投降して下さい。この街から出ていって」

「──なら、お前も一緒に来い!リフレイン」



肘が腹部に入り、その痛みで彼女はふらついてしまった。隙を見逃さず少年は手刀を食らわせ彼女を眠らせた。



「……リフル……」

「残念だったね。彼女は僕のものだ」



パン、と何かを放たれ、彼は意識を奪われた。






言い様の無い感覚に目が覚めた。

下半身から鈍い痛みが伝わってくる。



「やぁ。おはよう、お姫様」

「……っ、アイリッシュ……」

「今いい所だから動かないでよ」



寝ている間に拘束された彼女を少年は襲っていた。

卑しげな音が部屋に響く。



「彼にも抱かれたの?僕より気持ちよかった?」

「……やめて下さい……。こんなこと……何にもならない……」

「僕は気持ちいいけどね。ほら!」

「っ……!」



痛みと快感が混在し、彼女は言葉を発せない。

少年は高笑いしながら腰を振り続ける。



「ねぇ、気付いてる?キミの恥ずかしい格好、彼にも見られてるんだよ」

「……えっ」



言われてすぐに気配に気付いた。横には椅子に縛られた彼の姿。虚ろな瞳で二人の行為を眺めていた。



「シオン……」

「……リフル……」

「寝取りってやつかなぁ。興奮するね」

「……アイリッシュ……。私は……貴方の無事を願いました。共に逃げた時、生きてまた会おうと言ったのは貴方です……。私は嬉しかった……。だから、また会えたら……共に喜び合いたかった……」



涙を流しながら告げる彼女に少年は少し戸惑いを見せた。



「リフレイン……」

「こんなことを望んだ訳じゃない……!笑って……再会したかった……」

「……無理だよ。僕はもう海賊の一員だ。どんな汚れ仕事もしてきた。人だって沢山殺した!今更、キミを大切に扱うなんてできる訳ない……」

「なら何故……私を抱いたのですか……?」

「……仲間だと言ったら僕に譲ってくれたよ。みんな、人殺しの女なんか抱きたくないからって」

「……後悔……しないですか?」

「とっくにしてるよ。お前と別れた時からずっと……。だから……」



ぽたぽたと少年の涙が彼女の頬に伝う。



「……ごめん……。本望じゃない……こんなこと……。でも……やらなきゃ僕は居場所を無くしちゃう……!強引にでも形を取らないと一員だって認めて貰えないんだ……」

「……だから、彼も殺さずに連れてきたのですか?」

「そうだよ。最も最悪な状に持ち込みたかった。お陰であいつらは満足しながら託してくれたよ」

「……そう……ですか」

「痛いよね……。無理矢理したから立つのは厳しいかも」

「大丈夫です。痛みには慣れています」



少年が離れたのと同時に彼女も起き上がった。何とも言えない感覚がまだ消えないがゆっくりと立ち上がり、彼の拘束を解く。



「シオン……。申し訳……ありません」

「……良い……。リフルが……無事なら……」

「早く治療を……」

「オレはもう、助からない……。血を流し過ぎた……。このまま……海に捨てて……」

「嫌です!貴方を見限るなどしたくありません!」

「足でまといになるだけだから……」

「嫌です……」

「……リフル……。最期の願い、聞いて……」

「……シオン……」

「大好き……」



薄れゆく意識の中、彼はそっと彼女に口付けし、ゆっくりと目を閉じた。

初めて逢った時に見せてくれた優しげな微笑を浮かべて。



「……アイリッシュ。私を彼と一緒に海に捨ててください」

「キミはまだ生きる価値がある。命を無駄にしないで欲しい……」



少年が言えた義理じゃない。けれど、彼女を失うことは避けたかった。



「彼のこともちゃんと葬送する。もうすぐ次の島に着くんだ」

「……分かりました」



嵐にも遭わずにすんなりと小さな島に上がった。集落らしき家々がある以外、森と化した場所。



「さて……。人質を集めろ」



船長の男を筆頭に海賊達はテンション高めで行動に移った。



「悲鳴……」



バレないように森の中へと逃げ込んだ少年と彼女は彼の葬送をしながら遠くから聴こえた音に反応した。



「攫った人達を餌にして獲物を引き寄せてるんだ」

「獲物?」

「動物は人間の肉が大好きだから」

「……残酷なことをするのですね」

「ねぇ、リフレイン。僕と遠くの街に行かない?」



突然の誘い。それは少年が海賊から抜け出す手段とも読み取れた。



「私は……」

「──悪いがその願いは断ち切らせて貰う」



不意に現れた影。

彼女の目の前に立ち塞がったのは、綺麗な人。



「海賊の少年。連れ去った者たちは何処にいる」

「……なんの事……」

「先の騒ぎで子ども達を攫って行っただろう。返して貰いたい」

「……あっちの開けた場所に居るよ」

「そうか」

「あんたは……?」

「オレはヨル。済まないが案内してくれ」

「……あぁ」



言われるがまま、少年はヨルに従った。

不安なので彼女も一緒についていく。




人間の臭いを嗅ぎつけた獣達が森の中から姿を見せ、囚われている犠牲者達に近付いていく。逃げることも抵抗することも叶わなくされた人々は恐怖の色を浮かべていた。



「今日は大量だな」



海賊達は愉しげに光景を眺めていた。

ジリジリと獣達が近付いていく。



「やれ」



その呟きとともに獣達は一斉に飛びかかった。

一瞬の悲鳴。

間一髪で現れた影により、獣達は呻き声を上げながら燃えていた。



「誰だ……」

「子ども達は返して貰う」



ヨルは海賊達をその目に捕らえる。



「サイ、リズ!後は任せる」

「はーい」



囚われていた子どもの一人が柔らかな声で返事をした。



「情報をバラしたのはお前か?アイリッシュ」

「……船長……」

「その女を渡せば今回の事は見逃してやる!」

「出来ない!この子は僕の……」

「煩い」



背中に刃を受け、そのまま地に伏すアイリッシュ。彼女が動き、仇を取る。



「殺しの道具なら活かす価値もあるだろ」

「その前に貴方達を殺します」

「お姉さん。その人達、ぼくらに仕留めさせて貰えないかな」



にこやかに言った少年達の手には似つかわしくないナイフが握られていた──。



離れた場所に少年を連れてきた彼女。大量の血が溢れ出して止まらない。強くその手を握るしめることしか出来なかった。



「アイリッシュ……」

「ごめんね……リフレイン……。また……キミを独りにさせてしまう……」

「独りには慣れています……」

「そう……だね……。キミは……強いから……」

「……ごめんなさい……。治す力がなくて……」

「いいよ……。これも報いだ……」

「……アイリッシュ……」

「……好きだったんだ……。キミのこと……。最期に……キミと居れて……よかった……」

「好き……?」



その言葉の意味を理解する間もなく、少年は逝ってしまった。流れる涙の意味さえ確定した答えはまだ見つけれずにいるのに。



「──お前も、一緒に来るか?」



少年を彼と同じ場所に葬送した彼女はその声に警戒した。振り向くと先程の子ども達とヨルの姿。



「……海賊達は……」

「全滅したよ」

「……殺したのですか?」

「戦意を奪っただけ。キミのお友達は死んじゃった?」

「……はい……」

「行く宛無いならぼくらと一緒に来なよ。楽しいよ」

「……良いのですか?」

「構わない。お前が何者であってもオレにそれを咎める権利は無いからな。それに、新しい空気は必要だ」



これが最後かもしれない。

差し伸ばされた手を取れば、独りから抜け出せる。

二人の言葉の意味を知ることも出来るかも知れない。



リフレインは彼らとともに行くことを決めた。



「よろしくね、お姉さん。ぼくはリズ。こっちはサイ。ぼくらも仲間と離れちゃって探してるんだ」

「よろしくお願い致します。リフレインと言います」

「この島にはもう用はない。次の場所に行くぞ」



皆はヨルに従い、海賊船を活用しながら島から出ていった。

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