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『ニセモノ勇者は最果ての空に手を伸ばす。』

少女は世界を救いたかった。

終末へと導かれた勇者を助けたかった。

大好きな二人が生きた世界を、守りたかった。



それだけが少女の願いだった──。






「今回も勇者の勝ちなんだよ」



奴隷市場にいた頃、子ども達の憧れは勇者(ヒーロー)だった。よく耳にした名前だった。この街に来たという噂も届いた。

けれど、一度も見たことは無い。いつも話を聞くばかりで本当に存在しているのかすら分かっていなかった。



「この子を頂こうか」



まさか買われるとは思っていなかった少女は高値で引き取られた。狭い檻の中から出してくれたのは、二人の青年でその柔らかい表情と声に安堵を覚えた。



「え……名前無いの?何て呼ばれてたの?」



奴隷は人間としての価値を奪われ、ただの道具として扱われる。名前なんて意味のないもの。少女は元から名無しだったので番号で呼ばれる事にも何ら抵抗は無かった。



「何か良い名前ないかなぁ……」

「お前が付けるのか?」

「だって、番号が名前だなんてつまんないじゃん」

「確かにキツイな。それなら、花の名前とかどうだ?」



外の世界を知らない少女は花が何なのかも分からなかった。知識もなく、言葉もろくに知らない。容姿だって特別綺麗でもないのに、何故この二人は自分を買ったのだろうかとそればかりが募っていた。



「花はすぐに散るから儚いよ」

「サクラとか可愛いと思ったのに」

「あ!思いついた!伽羅(きゃら)って名前はどう?」

「……また随分と可愛らしい名前を……」

「特別って意味もあるんだよ。響きも可愛いし」

「良いんじゃねぇの?」

「どうかな?」



名前に拘りなど無かったので少女は頷いた。



「これからよろしくね、伽羅」



二人の青年、エミリアとシンとの出逢いが少女を変えていった。



必要最低限な読み書きを教わり、武術や体術なども護身用として身につけた。穏やかで女房役なエミリアと、冷静沈着で優しいシンは少女のことを本当の家族のように育ててくれた。



「剣技も教わったのか?」

「うん。エミリアから、剣も貰った」

「そうか。あいつは俺より強いからな。いっぱい教わっとけ」

「承知した」



運動面に関しての指導はシンが担い、知識的な勉強はエミリアが担当した。偶に二人が腕慣らしで剣を交えていることもあり、少女は邪魔にならない場所で二人の動きを目で追っていた。

平穏な日々が流れていき、三人での暮らしも当たり前となってきた頃、少女は勇者と出逢った。



「貴方が……勇者……?」



ずっと会ってみたかった存在。けれど、勇者と出逢った場所は廃れた街の教会。外も中も血だらけで倒れている人間達の姿があった。



「そう呼ばれてた時もあったな」

「……違うの……?」

「今は誰も勇者とは呼ばない」

「……なら……誰……?」

「"偽善者”もしくは"人殺し”」

「えっ……」

「悪い奴らは死んだ方がいい。世界に毒を撒き散らす奴らは人間じゃない」



少女が会いたかった勇者(ヒーロー)とは程遠い存在。こんな人が勇者だったのだろうか。氷のような冷たい瞳で見下すような人が子ども達に夢を与えたのだろうか。考えても少女には何も分からない。



「──そっかぁ。まぁ、勇者にも色々あるんだねぇ」

「正義の味方って勝手に周りが旗を上げてるようなもんだろ」



エミリアとシンも勇者には会ったことがないらしく、少女の話に興味津々だった。



「伽羅はその勇者と仲良くなりたいの?」

「……分からない。でも……独りだった……」

「必ずしも仲間がいるって訳じゃないんだよ。独りでだって戦えるし、生きていける。オレは無理だけど。シンと伽羅が居ないと寂しくて死んじゃうよー」

「そりゃどうも」

「……エミリアとシンは……人……殺したこと、ある?」



体術や武術も習得していてその上剣技までも身につけている位だ。人間なんて容易く殺せるのかも知れない。



「無いよ。簡単に他人の命奪えないし、人殺しとかの依頼は断ってるしね」

「俺も殺したことは無い。そいつがどんな奴だろうがどう育ってきてようが関係なく、瀕死で済ませる」

「それ、殆ど殺してない?」

「息があれば死んでいない」

「そういうものかな……」



二人の強さは国でも有名だった。職業が《便利屋》なので依頼も多く、報酬も良いらしい。少女も何度か二人の仕事を見たことはあった。



「──あ。最近、森の中で神隠しが起きてるんだって」

「……神隠し?」

「人が忽然と消えちゃう現象。しかも、若い人ばっかり」

「山賊とかじゃないのか?」

「かもね。だから、依頼は受けたんだけど……」

「あたし、やる」

「……えっ」

「一人でも仕事出来る。二人に……養って貰ってばかりは嫌だ」

「……でも……伽羅はまだ女の子だし……」

「戦闘なら負けない」



少女の強い思いに二人は顔を見合わせた。これまで少女から何かをしたいと言い出したことが無かったので二人も戸惑ってしまった。



「本当に……一人で出来そう?」

「大丈夫」

「──分かった。でもね、危険だ無理だって思ったら戻ってきて。いい?」

「承知した」



半ば心配ではあったが、やる気満々の少女を止めたくも無かったので渋々依頼を任せた。




森の中は静かで鳥の声もしなかった。奥に行けば行く程帰り道を失いそうになる。これでは神隠しにあってもおかしくない。



「──獲物みっけ!」



バサバサっと木の上から現れた人影に少女は身構える。前後左右から気配を感じ、逃げ場を塞がれていた。



「可愛いお嬢さんだ」

「ガキじゃねぇか」

「油断してると殺されちゃうよ」



少女は賊という人達に会った事が無い。なので、彼らが山賊なのかは分からなかったが、普通の人間とは空気が違った。



「通して下さい」

「この森に深入りするのは良くないなぁ。俺らみたいな盗賊に食べられちゃうからね」

「……ここは……あなた方の縄張りなのですか?」

「そうとも言うね。俺らはこの森で獲物を狩ってる。神隠しだって噂を撒けば冒険者やミーハーな奴らが来るからさ。金奪っていい思いしてるだけ」

「……それは……国の規律に違反します。いけない事です」

「カタイ事言わないでよ。嫌いだなぁ、いい子ぶりっ子は」

「ここにきた人達をどうしたのですか」

「言ったじゃん。食べちゃうって」

「言葉の意味が分かりません」

「……そう。なら、その身を持って知るといいよ。お前ら、ガキだからって容赦するなよ。その子、多分強いよ」



彼らは一斉に少女に襲いかかった。その図体の大きさに怯む事無く少女は動きを見ながら攻防していく。剣を抜かなくとも体術だけで戦えた。



「相手はガキだ。力づくでやれ」



どれだけ人数がいるのか、少女が休む間もなく次々に襲いかかってくる。次第に体力も削がれていき、集中力も切れそうになってしまった。



「俺らの勝ちだな」



不意に背後から呟かれ、反応する前に腹部に重たい衝撃を喰らった。ふらつく少女を一人が取り押さえ、両手を塞ぐ。



「まだ成熟前か。やるにはキツそうだけど、この森に入ってきたのは君なんだから。精々後悔しときなよ」



少女は今までに無い衝撃を与えられ、何をされたのかも理解出来ぬまま痛みと苦しみに悶えた。




「──いつからこの森は所有権を持ったんだ?」



快楽に気が緩んでいた盗賊達は気配もなく現れた青年に、何の抗いも出来ず一瞬で死に絶えた。



「酷い有様だな」

「……ゆ……うしゃ……?」

「まだそう呼ぶのか」

「……助けて……くれました……」

「目障りな奴らを潰しただけだ。──動けるか?」

「……痛みが……引きません……。身体も……おかしいです……」

「治癒能力は使えないんだ。このまま、お前の家まで運ぶ。我慢は?」

「……できます……」

「そうか」




帰宅した少女を出迎えたエミリアとシンは、少女の状態に酷いショックを受けた。青年からの報告に困惑と後悔が蝕み、どうしようも出来ないことに苛立ちが抑えられなかった。



「……女性としての……機能を……喪失……」



医者の判断だった。まだ確りと成長しきっていない未発達の少女の身体を何人もの男が弄んだ。対応力のない少女の身体は成長過程を崩され、この先成熟したとしても女性としての機能は働かないという。



「ごめん……!オレらも付いて行けば良かった……!こんな事になるなんて思わない……」



エミリアは泣きながら何度も謝罪していた。シンも深く詫びて悔やんでいた。



「エミリアとシンの所為では無いです……。あたしの責任……失態を冒した……。二人に……辛い思いをさせている……」

「違う……!伽羅は悪くない!オレらの責任なんだよ……」

「伽羅……。辛い思いをしているのはお前もだ。助けてやれなくてすまない……。守れなくて……ごめん……」

「……二人が……謝ることは……」



志願したのは自分だ。任せて貰ったのが嬉しかった。二人の役に立ちたかった。一人でも強いのだと思いたかった。




夜の月は波に揺らいでいた。

潮水はいつもより冷たかった。



「──どうした?」



あの時も今も、青年の気配だけが感じ取れない。少女が気付いた時には隣に座っていた。



「あたしの所為で……エミリアとシンが……泣いてしまう……」

「お前のことが大切だからだろう」

「……二人には……笑ってて欲しい……。辛い思いをさせたくない……」

「そんなにいけない事なのか?」

「……誰かの涙を見るのは嫌だ……」

「どうしようも出来ないことを嘆いたって自分が疲れるだけだ。辛くて泣くのは仕方ない。そういう生き物なんだから。キミを想って、その代わりに吐き出してくれる人間はキミを裏切らない。ずっと傍にいてくれる。だからお前も、手放したりするな。いつか、二人の存在が大きなものになっていく。それはとても優しい想いで、糧になる。あの二人を、自分の為に泣いてくれた二人を守れ。決してその手を離してはいけないよ」



その時の青年の笑みは、勇者と呼ばれるに相応しい程の優しくて強いものだった。

その日以来、青年に会うことは無かった。




「【終末の龍】?」



最近、国中で囁かれているおとぎ話があった。

平穏な街に突如現れたのは、黒き翼を持った紅い瞳の龍。その龍は口から焔を吐き出し、一瞬にして街を焼き潰した。

あらゆる世界でその龍が目撃され、抗う間もなく国々は焔に包まれていった。

最後に残った小さな街にも龍は現れた。

けれど、力を使い過ぎたのか焔の威力は無く、廃れた街外れに身を隠したのだと云う。そこに囚われていた一人の少年が、龍を介抱し出来る限りの世話をした。

龍は人の言葉を話し、理解する能力も持っていた。少年と心を通わせていき、まるで親子みたいに月日を重ねていった。

他人と異なる容姿をしていた少年は、自分を蔑む者たちを龍に葬らせた。龍を使役し、軈て人々を支配するようになっていった少年。今も永らくどこかの国にいるのだという。その龍が現れたら、世界は終わりを告げるのだと後の人々は囁いた。



「その龍を討伐して欲しいって言うのが今回の依頼」

「存在すら分からないのにか?」

「近隣諸国で見た人がいるんだって。この街に来る前に何とかしないと、【終末】はすぐにやってくるよ」



その依頼は三人で請け負った。少女のことがあってから、単独行動は無しになった。

近隣諸国へ出向くには船が必要で三日は掛かる。



「なぁ、聞いたか!?勇者が遂に罰せられるんだって!」



街から離れる間際、人々の話が耳に入ってきた。

偽善者と称し、人殺しを働いていた勇者と名乗る青年の公開処刑が行われる。場所は城が見える広場。勇者は磔にされ、最も重い罪を背負わされるのだという。



「エミリア……シン……。あたし……」

「──助けたいんでしょう?勇者のこと」

「でも……依頼が……」

「大丈夫。勇者を助けてから、龍の討伐に行こう」

「いいの……?」

「伽羅の大切な人だからね」



処刑場には多くの民衆が集っていた。その注目の先には磔にされた傷だらけの勇者の姿。嘗ては正義の為に、弱き者を救う為に活躍していた少年。けれど、仲間を失い、自暴自棄になり、自分の中での正義の為に人殺しも厭わなくなった。見兼ねた王が勇者を捕え、処刑するに相応しい罪も人々にばら蒔いた。



「酷い有様だね」

「どうやって助けんだ?」

「正面突破」

「オレとシンで害虫を駆除するから、伽羅は勇者を助けて」

「ありがとう」



少女は剣を構え、広場に乗り込んだ。



「勇者……」

「……なんで来たんだ……。キミも殺される……」

「貴方を助けたい」

「なにをしている!」



騒動に気付いた衛兵達が一斉に少女を取り囲む。



「逃げろ……。俺なんか助けても、お前の為にはならない……」

「見捨てない。貴方のことも大事な人だから。見殺しにはしたくない」



どんなに剣で鎖を砕こうとしてもビクともしなかった。



「伽羅の邪魔は許さないよ」

「エミリア……シン……」

「こっちは任せろ」



二人が邪魔者を排除してくれている間に勇者を解放しないといけない。だが、余程キツく捕らわれたのか、どうやっても効果は見られなかった。



「もういい……。お前まで罪に問われる」

「嫌だ……!貴方を助けたい!」



ガンッ、と剣が違う箇所に当たり、柱がグラっと揺れた。



「……勇者。少し我慢願いたい」

「……おぅ……」



少女は技を繰り出し、勇者丸ごと攻撃した。そのお陰か、土台が壊れ、柱の方もがたついた。



バリン、と勇者が自力で鎖を引きちぎり、やっと解放された。



「伽羅、逃げろ!」



ほっとしたのも束の間、シンの声が響いた。



「──折角のショーが台無しだ」



王自ら、剣を持ち、その力の差にエミリアが足蹴にされていた。シンも片腕を負傷しており、ふらついている。



「邪魔をしたキミ達には死んで貰おう」



シンは身構える間も無く、王に迫られ、身体を貫かれた。



「シン……!」

「勇者!伽羅を連れて逃げて!」



満身創痍なエミリアが勇者を促しながら伽羅の元に歩み寄った。



「エミリア……」

「伽羅。キミはどうか勇者と一緒に生きて」

「……嫌……。一緒にいたい……」

「このままじゃ皆殺しだ。そんなことさせたくない。だから、キミには生きていて欲しいんだ。──大丈夫。また逢えるから」

「エミリア……っ……」

「勇者。頼まれてくれるかな」

「……わかった」

「待って……!エミ……!」

「キミの幸せを願ってる」



エミリアは最後に伽羅の頭を撫で、シンを助けに向かった。王の視界から外れている内に勇者は少女を連れて離れゆく。



「シン……エミリア……!」



民衆が騒ぐ。王の強さは圧倒的で、身体を貫かれたシンは見世物にされるようにその首を撥ねられた。



「勇者よりタチ悪い……」

「後はお前だけか?」

「オレらを殺しても、お前を討つ者が現れるよ」

「戯言を」



最後の剣は届かず、静かにエミリアの首が地に落ちた。






少女を連れて訪れた先は霧に包まれた白い世界。自分の居場所さえ分からなくなる程、感覚が麻痺してしまう。



「キミはここに居てはいけない。この先に街があるから、そこへ行くんだ」

「……やだ……!どうして……みんな、あたしを独りにするの……」

「俺はこの地で守らないといけないものがある」



不意に大きな影が現れ、その姿から龍だと判断出来る。



「……勇者……」

「【終末の龍】だよ。俺はこの地で龍と暮らしてた」

「……一緒にいたいよ……」

「ごめんね……。人間のキミにはここの空気は毒だ。ここは世界から見放された世界、最果ての地だから。いずれ、キミの命が吸われてしまう。キミを死なせたくない。あの二人の為にも、キミは生きて幸せになるんだ」



それが、勇者の最後の言葉だった。

優しく頬を撫でられた後、気を失い、目覚めた時には既に違う世界にいた。



「幸せに……」



一緒に居たいと思った人達はもう傍にはいない。

少女は強く剣を握りしめる。



「それでもいい。あたしだって、勇者を救いたい」



その想いを胸に少女は旅に出る。

最果ての地を目指して。

必ずまた逢えると信じて、足を踏み出した。


後の長編に繋がる物語。

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