『もう一度……』
願わずにはいられないんだ……
『また、会いたい』なんて……
想えば想う程、涙が止まらない。
いくら、名前を呼んだって、キミはもう振り向かない。
どんなに手を伸ばしたって、触れることすら叶わない……。
こんなにも、好きだって、告白することも、もう……出来ない。
何度も何度も、受け入れようとしたんだ。
でも……
あんなにもずっと一緒にいたのに、キミが隣にいないなんて……。
無理だ……。
この世界にキミの存在がもう無いなんて……僕には有り得ない。
「人が人を好きになるのって、キセキ?」
接点なんて無かった。
青空の下で寝ていたキミが、いきなりそんなことを聞いたから。
「奇跡だね。稀な出来事だ」
その答えは適当だったのに、キミは受け入れた。
「じゃあ、神様は?どこにいるの?」
幼稚園児と話している感覚だった。キミは僕と同じ高校生じゃないのか。
「案外、傍にいるんじゃないの?守護霊みたいな」
「もし居たなら、ヒーローは死ななかった?」
「そうだね。キミの好きなヒーローは間に合わなかったのかもね」
「エリィは死なない?ずっと……居る?」
「人間はいつか死ぬよ。この世に生まれて来たからには、死んで生まれ変わりしないと」
「どうして?」
「命を繋げなきゃいけないからだよ。世界が起動してるのは、次世代がいるからだ」
「アキも……死ぬの……?」
「その時が来たら誰しも死ぬんだよ。アキだけ特別な訳じゃないでしょ?」
「……病気だって。もう治らない……。死期が近いって」
「だからそんな話したの?病院は?」
「居たくないんだもん。死ぬ事が確実だって言われてるみたいで」
「治療すれば少しは長生き出来るんでしょ?」
「薬キライ。ご飯もキライ。学校もキライ。ぜーんぶ大嫌い」
「どうでも良くなってない?」
「でも、エリィの事は好き」
「なんで?」
「一人だったから。アキも、ずっと一人。だから、仲間」
「群れてる方が安心するのは、不安だからだよ。僕には無縁だ 」
「アキも。ともだちキライ」
「何かあった?」
「変な子だって。頭オカシイって。バカだって。指差されて笑われた。みんなと同じにはなれないって」
「個性的って事でしょ。いいじゃん、言わせておけば」
「アキは何も言ってないよ。ただ聞いてただけ」
「人の悪口ほど、暇なものはないからね」
「うるさかったから、口の中にゴミいれてきた」
「やるじゃん」
「そしたら殴られた。腹も蹴られた。痛かったけど、泣かなかったよ」
「強い強い」
「でもね……最期にバイバイって言う人がいないの」
「親は?」
「顔も名前も知らない。孤児だから、からかわれた」
「それで僕に話しかけてきたと?」
「エリィは、アキのこと、嫌がらない。笑わない。話、聞いてくれる。優しい。だから、好き」
「褒めるの上手いなぁ。何か出てくるって期待してる?」
「ビスケットならさっき食べた」
「なら、付き合う?」
「病院はやだよ」
「僕だって嫌だよ。行きたい所とかないの?」
「……エリィのとなり」
「……お、おぉ……」
「お出かけもキライ。話してるのが好き」
「そう……。僕も出歩くの怠いし……」
「お家。エリィのお家」
「大胆だね、アキは。可愛いから招くけど」
「エリィも可愛い」
「……どうせなら、かっこいいって褒められたいんだけどな」
「可愛い。エリィは、ずっと可愛いよ」
他愛ない話を沢山した。
意思がはっきりしてるから話しやすかったんだ。
それで、みんなからハブられてもまぁいっかって思えたし。
誰かを敵にして徒党を組まなきゃ生きられないのかってくらい、人との関係を恐れてる。
そんな人間にはなりたくなかった。
「あ、ヒーロー」
「まさか芸名がヒーローとは思わなかった」
「ヒーローの歌、好き。全部、歌える」
「聴かせてくれるの?」
「エリィ、感動するよ。アキの歌は天才だから」
「すごい自信だなぁ。期待値あげちゃうよ」
「きっと惚れる」
今でも耳に残って離れない。
キミの的外れな歌声が、聴こえてきそうだ。
ほんとに、今でも耳が二つ付いているのは奇跡だな。
あれほどの歌唱力とは流石に予期してなかったし……。
でも、声は綺麗だったから……ずっと憶えてるんだ。
「エデンのソノ?」
「園ね。りんごが美味しかったーって話だよ」
「神様キライ」
「信仰してたんじゃないの?」
「イヴとアダム、切り離した。キライ」
「一番最初に《寂しい》って思いを知ったからね。余計、辛かったんだよ」
「アキ、神様になりたい」
「……がんばれー」
「エリィが幸せになれる世界にする」
「それは有難いねぇ」
「あとの人間は要らない」
「……どうするの?」
「二人だけの世界を創ろう、エリィ」
「叶うといいね」
「叶えたい。願いは叶うってヒーローも言ってた」
「……どんなに必死に努力したって、報われない事もあるんだけどね」
「諦めながら努力してるから?」
「ダメ元でやっても成功する確率は低いって話」
「アキは違うよ。叶えたいから努力するの。何もしないで無駄だったなんて泣きたくないよ」
挫折も痛みも味わったキミの言葉。
ほんとうに叶うと思えたんだ。
たとえ、才能に負けても、振り返らないキミの強さにもう惹かれていたんだ……。
「エリィは、アキのこと、好き?」
「好きだよー。一緒にいると落ち着く」
「アキも!エリィと居るととても楽しい。お話して触れ合って、笑い合って、すごく好き。同じ世界に生まれたキセキ」
「ありがとう」
「だから、会えて嬉しかった。アキを好きになってくれて幸せだった。誰よりも、愛してる」
「アキ……?」
「……もうすぐ、お別れしなきゃいけない。ちゃんとバイバイできるかな……」
「……なにを……」
「思ったよりも病気、進行してて……。いつ死んでもおかしくないって……」
それまで忘れかけていた現実を突き付けられた感じだった。
そうだ……この子は病気だったんだ。
いつも明るくてにこにこしてて、そんな陰りなんか一切見せなかったのに。
「愛する人がいない世界って……絶望?」
「そういう話はやめようよ……。僕にとっては絶望だよ」
「……アキは……エリィが隣にいないと……怖い。お別れして哀しいのは……アキもだよ……」
「えっ……」
「どうして……生きてる人の方が哀しいんだって思うの……?死んじゃった人だって哀しいって思ってる……」
「アキは死ぬ時、なにを思う?」
「……わかんない……。今はまだ生きてるから……。でも……エリィと別れるのは辛い……哀しい……。ずっと一緒にいたい……」
初めて声を荒らげて大泣きしたキミに、生きている意味を教えて貰った。
望まない死は……たくさんの別れを告げる。
「ねぇ、アキ。《死者に対する最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ》って言葉、知ってる?」
「……ソーントン・ワイルダー?」
「そう。もう会えなくて、哀しいけど……別れの言葉じゃなくて、感謝の意を伝える。その気持ちこそが、一番の追悼になるんだって」
「……エリィは……アキがいて良かった?一緒に色んなお話していっぱい笑って楽しかった?愛してた?」
「うん。ずっと愛してる。だから、まだ終わりじゃないよ」
「あ……明日には……居ないかも知れない……」
「死の間際まで、ずっと傍にいるから。僕が一緒にいる。大丈夫だ」
「……エリィ……」
日に日に弱っていくキミの手を握ることしか出来なかったけど……。
それでも最期の瞬間まで、その温もりを離したくなかった。
このまま、死神が現れてキミの命を狩ろうとしても、絶対に渡さない。
「あ!見て、エリィ。キレイ」
「もうクリスマスかぁ。雪降らないかなぁ」
「雪は寒い……」
「でも、好きな人と一緒にいると暖かいでしょ?」
「……うん。暖かいね」
キミにとっての最期の外出。
街並みは光り輝いて、一際大きなツリーが人目を惹いた。
ぎゅっと強く互いの手を握りしめて、離れないように。
「アキは、春には出会えないけど、桜……キレイに咲くといいな」
「咲くよ。それはもう綺麗に」
「エリィが目に焼き付けてね」
「うん」
キミの分までちゃんと、見届けたい。
雪が降り出してツリーが夜空に輝いた。このままずっと二人で居られればいいのに。
そんな我儘が、神様にもバレてたみたいだ。
──別れは、唐突だった。
「エリィ。今日もお花持ってきたよ」
──違うよ、アキ……!
僕はここだ。ずっとキミの傍に居るんだよ!
どうして…………
「ねぇ、ママー。このお墓、誰のー?」
「ママの大好きだった人のなの。沢山おしゃべりしていつも傍に居てくれた人だよ」
「パパも知ってる人ー?」
「話だけならね。直接会ったことはないよ」
アキ……。
キミは幸せになったんだね……。
病気も克服したんだね……。
どうして、今キミの隣にいるのが僕じゃないんだって何度も思うよ。
誰よりもキミのことを知っていたのは僕だ。
いつだって隣にいたのは僕なんだよ。
それなのに……どうして……僕の隣にキミはいないの……。
──あの日……僕はキミを独りにさせてしまったから……?
「ママー?この人はなんで死んじゃったのー?」
「えっとねぇ……悪い人からママを守ってくれたからなの」
「悪者ー?」
「……無差別殺人犯から、あたしを守って、その代わりに刺されちゃった……。ほんとは……エリィが死ぬ事はなかったのに……。なんで……」
「アキ……。そうやって自分を責めるのは良くない」
「どうして……今……抱きしめてくれてるのがエリィじゃないんだろうって……」
「……それを言われたらオレがキツい……」
「……会いたい……。エリィに会いたい……!またお話したいよぉ……!」
泣き崩れるキミを抱きしめることすら叶わない。
会いたいのは僕だって同じだ。
でも、伸ばしたこの手にキミが気付くことは無い。
僕はキミの守護霊として、キミを守ると決めたんだ。
「……願わくば、キミの世界に……幸多からんことを……」
大好きだった。
ずっと一緒に居たかった。
叶わない願いを今でも想い続ける。
──キミが、僕のことを忘れるその日まで。




