『世界を守る存在(もの)』
この世界は、3人の超能力者によって守られていた。けれど、誰もその存在を知る人はいない。3人はひっそりと能力を隠し、世界の安寧を見守っていた。
「ぜーったい、天和先生だよ」
学校帰り、雪菜は自信満々に言った。
「えー?あたしは仁科先輩だと思うけどなぁ」
「うちは美波ちゃんだと思うね」
名前が上がった3人はいずれも学校で目立っている存在だった。天和先生は文武両道で手先も器用で何でも知っているという博識の高校教師。仁科先輩は運動部を代表する程の助っ人でどんな競技も楽々とこなしてしまう。憧れている女子も多いという話だ。美波ちゃんは大金持ちのお嬢様。容姿端麗で品行方正で誰に対しても愛嬌の良い美女。男子達には高嶺の花とされている。
「奈留は誰だと思うー?」
「えっ……と……蓬先生かな」
「あー、なるほど!っぽいね」
適当に名高い人を挙げて置かないと話が続かなくなる。蓬先生はミステリアスな雰囲気の男性教師で天和先生と親しいらしい。
「何で正体バラさないんだろ。超能力者なんて崇められるじゃんね」
「無闇に晒したら五月蝿いからじゃない?」
「カッコイイと思うんだけどなぁ」
「騒がれたい訳じゃないんだよ」
雪菜はミーハーだから3人の正体を知ったらきっとファンになってしまう。能力者に味方は要らないのだ。
「それか、絶対有り得ないだろって人がそうだったりして」
「えー?」
「まぁ、他の学校にもいそうだけどね」
「誰なんだろーなぁ」
3人の存在が囁かれるようになったのは、半月前。政府がその存在を明らかにし、国王に仕えるようにと王様がお触れを出したからだ。けれど、3人の超能力者は名乗り出ず、王様は政府に見つけ出すようにと伝令を出したとのこと。忽ち3人の存在は国民達の耳にも入り、誰だ誰だと疑っている。
「俺がその3人の一人?」
授業が終わりになる直前、生徒の1人が天和先生に直接聞いた。クラスメイト達はみな気になっていたので耳を傾けた。
「ないない。そんな有能じゃないよ」
「えー?そうだと思ったのになぁ」
「仮にそうだとしても、王様の召使いは御免だね」
「そっかぁ……。そしたら仁科先輩かな」
騒ぎ立てる生徒達を天和先生は静かに見守っていた。
「あたしが超能力者?何それ、面白い冗談だな」
部活時間、仁科先輩は女子生徒達に囲まれながら質問されていた。
「違うんですか?」
「有り得ないよ。超能力なんて持ちたくもないね」
そう言い放つ先輩は少し怒っているようにも見えた。犯人探しならぬ超能力者探しは他の生徒達もやっていた。みんな一目でいいからその存在を見てみたいのだ。
「ーー随分面白い事してるね」
雪菜達と分かれた奈留に1人の少年が話しかけた。
「高みの見物?」
「教えてあげれば良いのに。3人のこと知ってるって」
「面倒になるのは御免なの」
「なかなか言わないから草臥れちゃったよ」
「だったら自分で明かせば?『僕が超能力者です』って」
「それじゃあ自慢みたいじゃない」
「自慢したいんでしょ?」
「……奈留には全部お見通しみたいだね」
「あの2人も見つけて欲しくて待ってるんじゃない?」
「当たり。でも、煩いのにちょっかい出したでしょ」
「あれは友達の付き合い。でも、勘づかれたかも」
「いいよ。あいつらは自分からは動かない」
「…こんな騒ぎになるまで何で黙ってたの?」
「お前こそ。誰が好き好んで王様の面倒見なきゃならない訳?何の力もないクセに富だけで地位を掴み取った空っぽの人間だよ。あんな奴より俺は奈留だけに仕えたいね」
「告白と捉えていいのかな」
「それ以外に何があるの?」
「グレてるだけかと」
「ふふ。面白い事言うね。だから好きだよ」
「そう」
「こんなバカ騒ぎもそろそろ終わる。その時が来たら奈留、俺は君だけの従者だ」
いきなり真剣な表情になり、少年は奈留の手を取りその甲にキスをしたーー。
彼の言った通り、超能力者探しはあっという間に終わりを告げた。それというのも、奈留の学園に自ら超能力者だと名乗る少年が転入してきたからだ。
生徒達は驚きに満ち、また喜びにも似たような歓喜に湧いた。彼はその証明だとでも言うように宙に浮いたり、モノを操ったりと能力を披露した。
「手品みたい」
歓声に混じって奈留は呟いてみた。少年はすぐに奈留に気付き、歩み寄る。
「どうして疑うの?」
「有りきたりだなって」
「君は超能力に求め過ぎてるんじゃない?あとは何をしたら納得するのかな?」
「……じゃあ、あと3人の超能力者を当ててみて。能力者なら感じるんじゃない?」
「どうして僕が4人目だと?」
「だって貴方の事は知らない。ずっと3人でいたから」
「除け者にされちゃったかぁ。実は王様の命令で此処にきただけなんだけど」
「3人はいないよ」
「用があるのは君なんだよ」
「えっ」
バンッと思い切り後方の壁まで突き飛ばされ、奈留は痛みに耐えながら吐血した。
「奈留!」
雪菜達がすぐに駆け寄り、奈留を支え起こす。何が起きているのか分からず騒ぎは大きくなるばかり。
「ごめんごめん。力の加減間違えた」
「謝りなさいよ!女の子を傷付けるなんて最低!」
「さっきはあんなにはしゃいでたのに、もう敵視するんだ。案外、そういう風に演じてたりして」
「訳分かんないこと言わないで!奈留は友達だもん。傷付けられたら許せないよ!」
「その言葉に絶対って言い切れる?」
「当たり前でしょ!さっきから何……」
「その女は超能力者達の仲間だよ。」
少年の一言に雪菜達含めた全員が奈留に視線を向けた。
「奈留……?」
「ごめんね、みんな。明かす事なんて無いと思ってたからずっと黙ってた」
「えっ……」
「知ってるよ。3人の超能力者の事も、どこにいるのかも。でも、世間に知られるのが怖かった」
奈留は哀しげな表情で告白した。雪菜達はまだ呑み込めていないようで不安な顔色で奈留を見ていた。
ーーガラッと空気を打ち破るように教室に入ってきたのは、仁科先輩と美波ちゃん。名の知れた2人のツーショットは珍しく奈留は生徒達の視線から逃れた。
「悪いね、話し合い中だった?」
「今、告白させた所」
仁科の問いに少年が親しげに答えた。
「奈留ちゃん。うちらと一緒に来てくれるかな」
「どうして?」
「君を囮にして3人の臆病者を誘き出すの」
いつもの清楚な笑顔で残酷な事を言う美波ちゃんに生徒達は戸惑いを見せた。
「無意味よ。貴方達が関わっていたら3人は現れない」
「どうかなぁ。世界を守ってるくらいだから、君1人守る為なら簡単に姿見せるわよ」
「あの子達には自由に生きてほしい。国王の従者になんかさせない」
「歯向かう気?」
「放って置いて欲しいの。この世界を守る為にあの子達がどれだけの犠牲を払ったか分からないでしょ?」
「そんな事は重要じゃないの。これ以上我儘言うと力付くで連れていくよ」
「どうしようっての?」
「死なない程度の怪我を負うだけよ」
背後からカチッと嫌な音が突きつけられた。振り向けない。頭に向けられているのは拳銃。そんな物騒なものを所持している者なんか1人しかいない。
「ガキの我儘は嫌いなんだよ」
天和先生はタバコを吹かしながら呟いた。
「自分からバラしていいの?」
「おぅ。隠すのは性に合わねぇ」
「みんな見てるよ」
「丁度頃合いだ。お前を使って3人を王様の元へ突き出す。そうすれば俺らは昇格出来る」
「そんなもので動いてたの?ちっさいね」
「その減らず口、今すぐ利けないようにしてやる」
トリガーを引こうとした天和を雪菜達が止めに入った。訳も分からず震えながら怯えているのに、奈留を守る気持ちだけが強く前に出ていた。
「……大事なお友達を失いたくなかったら、自分から名乗り出ろ。あいつらを呼び出すってな」
「……分かった。あんた達に従う」
天和は銃を下げ、仁科先輩と美波ちゃんに目で合図した。奈留は2人に捕えられ、その場から連れていかれた。
後日。
国王の城の前で奈留は磔にされていた。その姿は痛々しく満身創痍でとても酷い拷問を受けたのだと見て取れる。集まった人々は奈留の姿に目を背けていた。雪菜達も遠目から窺ったが直視など出来るものではなかった。
「ほら。さっさと呼べ」
国王を中心に天和達が奈留を促す。これまで誰にも正体を明かさずにいた超能力者達が現れるのを待った。
「……呼んで来るものじゃないし」
「舌切り雀になりたい?」
美波ちゃんがにっこりと脅す。奈留は流石にもう痛みを伴うのは避けたかったので素直に謝った。
「もうすぐ、此処に来るよ。あんた達のお目当ての超能力者は」
「最初からそうすれば良いんだ」
4人目の少年も仁科先輩達と同じ位置に立ちながら奈留を見下すように言った。
「……ごめんね……」
そう呟いた瞬間、地面が 大きく揺れた。地震とも取れる程の地響きが恐怖を煽った。混乱が波乱を呼び、逃げることさえ敵わない。動くだけで酔ってしまいそうだった。
程なくして揺れは治まり、混乱もなくなった。けれど、最初に気付いたのは仁科先輩。自分の左足がないことに目を剥いた。
「いやぁあああ……!!」
その叫びは美波ちゃんのと重なった。美波ちゃんも自分の右腕がないことに気付き、絶望のような悲鳴を上げた。
「どうした?何があった?」
1人狼狽える天和は自分の視力が失われた事に気付いておらず、停電が起きたと思っている。
「ーー五月蝿い」
その静かな透き通る声が鳴った途端、皆が口を閉ざした。そして操られるままに視線が一つに集まる。その先に見えたのは、奈留を抱えた少年とその隣で微笑を浮かべる青年、そして清潔さのある紳士。一目で彼らが超能力者だと誰もが直感した。
「許さない。奈留をこんな酷い目に合わせて」
「無様に転げ回っておっかしい。奈留が味わったのはそんな痛みじゃ足りないんだからね」
「死なない程度の怪我を負うだけの覚悟はあったんだろう?」
必死に痛みに耐える美波ちゃん達を見下しながら3人の男性は見下した。
「奈留がいたからこの世界を守ったっていうのに、これじゃあ、救わない方が良かったかな」
「国王を殺せばもうオレらを縛るものはないね」
「愛羅、光秀。あんな奴らに構っている程、私達は暇ではないよ」
「分かってますよ、明王さん」
「では、国王を拝見しに行きましょうか」
「あ、先に行ってて。光秀、奈留お願い」
「うん。またあっちでね」
青年と紳士は音もなくその場から姿を消した。残った少年は奈留と仲の良かった雪菜達の元へと歩み寄った。
「……な、なに?」
「ありがとう。ずっと奈留の友達でいてくれて、奈留を守ってくれて。君たちがいたから奈留も学校生活を楽しめた。感謝してる」
丁寧にお礼を言われ、雪菜達はどう応えていいのか戸惑ってしまった。
「奈留はもう君たちとは一緒にいられないけど、ずっと憶えてるよ。あの子は優しいから」
「……あんた、奈留を連れていくの?だったら、何があっても奈留を守ってよ。死なせないで」
「分かってる。奈留だけは絶対に守るって誓ってるから。君たちも奈留のこと、忘れないで欲しい」
「当たり前じゃない。ずっと友達よ」
「ーーありがとう」
最後に少年は偽りのない優しい微笑を浮かべ、姿を消したーー。
その後、王が亡命したという噂が国中に流れた。それまで不安定だった治安も安全になり、国の空気は豊かなものとなった。王という存在がなくなり、皆が平等で平穏の世界が出来上がった。今ではもう誰も超能力者達のことを憶えてはいない。
「さってと〜♪次はどんな国かなぁ」
「光秀はいつも楽しそうだね」
「当然!愛羅だって」
「そりゃあね。奈留と一緒だし」
「奈留ちゃん、前の国では大変だったね」
「まぁ、1度高校生ってやってみたかったし」
「似合ってたよ〜!制服姿。ね?明王さん」
「あぁ。見違えたよ」
「ありがとう!学生もいいものね」
奈留はまだ着ていた制服を一瞥しながら呟いた。
「あの国にいたのって何年位?」
「10年近くはいたと思うよ〜。最初にピンチ救っちゃったから王様にバレちゃったけど」
「…そっか。通りで寂しい訳だ」
「一つの国に思い出は残さない。そう決めただろう」
「うん。大丈夫だよ、先生。雪菜達に未練はない」
「それが一番だ」
「…でも、忘れようとするのは難しいね……。今まで平気だったのに……今回はちょっとキツイ…」
「奈留」
泣き出しそうになる彼女を少年が抱きしめた。人に忘れられる事ほど怖いものはない。その人の記憶から名前が消える。その存在も無かったことになっていく。そう考えてしまう奈留はどうしても感情の整理が付かなかった。
「嫌なら、忘れなくていい」
青年と紳士には聴こえない程の小さな声で少年は囁いた。
「愛羅……」
「いい友達だよな。羨ましいよ」
「…うん。大好きなんだ」
「なら尚更、憶えてて構わないから。あの2人には内緒だよ」
「いいの?」
「うん。俺は奈留のしたいようにすればいいと思ってるから」
「…ありがとう、愛羅」
奈留は涙目で嬉しそうに笑ったーー。