『ラピスラズリ』
キミはその瞳で何を見てきた?
他人の過去しか映さぬ碧眼
抱えきれない記憶と衝動
断ち切る事さえ叶わずに…
いつから視え始めていたの?
断片的に脳裏を過る知らない残像
幼き意識を数多の情報が押し潰す
真実さえも解らなくなって
僕は僕だと自分を抑える
この眼に視える世界は知らない
全部誰かの空想だって肯定してよ
感情すらも壊れる気がした
ある夜は少女の過ちを視て
ある夜は殺し屋の夢を視て
ある夜は自殺少女の過去を視て
ある夜は少年の罪を知る
記憶を殆ど覆われたキミ
保つ意識が揺らぎ始める
ホントに誰かの過去なのか—?
僕の記憶は正しいのかな
夜には不安が押し寄せる
また誰かの過去が入ってきて
右目が疼く 助けを求めて
僕には何にも出来ないのに…
他人を知るのが怖かった
誰かと関わるのも避けていた
無意識に視える相手の記憶
触れてはいけない硝子の門
気付かれないように話してた
知らない振りを続けてきた
不審に思われないように
僕は平然を装って…
誰にも相談出来なくて
独りで嘆き悩んできた
こんな出来事聞かされたって
信じる者はそうそういない
この眼に慣れ始めてきた頃
一人の少女が僕を見付けた
「キミも秘密を抱えてる?」
意味深な眼が僕を捕らえた
僕の気持ちに気付いたのは
彼女も同じ眼を持ってたからで
蒼い綺麗な瞳は澄んだまま
触れても彼女は何も視せない
「今まで苦しんで来たんだから
此からは楽しく生きたいね
もう視える暮らしは飽々したの
貴方もそうは思わない?」
どうしたらこの眼を捨てられる?
自分では何にも出来ないクセに
いっそ死んだら楽になれるかなんて
バカな事ばっかり考えるんだ
そんな僕をキミは笑わない
真剣な眼で聞いてくれる
「二人だったら大丈夫だよ」
きっともうすぐ救われる
今までずっと独りだった
不安も恐怖も全部真に受けて
どこにも流せずにいた自分
弱さはもう必要ないとキミに誓う
新しい世界に出逢おうよ
キミといるだけで安堵した
僕にも何かを出来るって
初めて自信を持てたんだ
キミは笑顔を絶やさない
いつも穏やかで優しくて
そんなキミを守りたかった
世界から拒絶されようとしても
僕の右目は涙も出さない
ただ視る事しか選ばずに
今日も誰かの過去を視る
でももう恐れはしなかった
知る必要があったんだって
今ならそう思える自分がいる
キミと出逢えて気持ちが変わった
だったら誰かを救いたい…
小さな力かも知れない
たった二人しか出来ない事を
其で誰かを癒せるならと
生きる意味を見付けた気がした
キミと出逢って時が過ぎ
ある日キミは僕に告げた
「この眼を持つのは一人でいいよね?」
少女はいつもの笑みで僕の眼に触れて…
「痛い…!痛いよ…」
「ごめんね…。もう解放してあげるから…」
僕だけ楽になるなんて
キミは二倍の辛さを背負う
どうしてこんな結末なんて
最初からキミは望んでいたの?
僕の右目を奪ったキミは
遠い彼方へ姿を消した
空っぽになった僕の右目は
温かい陽射しだけを感じて
「ラピスラズリの瞳。確かに頂いた。
此であの子も救われる−」
少女は夕闇に微笑んだ
左目に触れて石を取り出す
其は偽りを象った瞳
何にも映す筈はなくて…
「名前くらい聞いておけば良かったかな」