『僕らを還して』
地球という惑星があったそうだ。
遥か、過去のこと。
蒼い世界が壮観で、その頃は、海や森も生きていた。
イルカもくじらも海に住み、人々との共存を保ってきた。
人間という存在がいたらしい。
モノを創り、モノを食べ、モノを葬送する。
今では考えられないが、動物の肉を主に食べていたそうだ。
共存という言葉の意味が解らなくなってくる。
人間はズル賢い生き物だったらしい。
騙し、裏切り、傷付き、己を殺す。
この命を自らの手で葬るなんて、想像も出来ない。
生きる為に生まれて、世界を知る為に生きる。
その概念を覆すようなことを平気で行っていた。
人間のスゴい所は、一から創造する事だ。
それを実現させる力も持っている。
科学が何より発達を遂げ、その内に楽さを身につけていった。
人の手は、子どもの頭を撫でるもの。
温かい玉子焼きを作るもの。
優しく抱き締めてくれるもの。
小さな命と繋ぐもの。
決して、誰かを奪う為のものではなかった。
暮らしに満足さえあれば、幸せだった。
笑ってご飯が食べられれば、何も要らなかった。
一緒に歩いてくれる存在がいてくれれば、
其れだけで良かったんだ……。
「助けて……」
あの時の僕らを還して。
人間で在った頃の僕らに戻して。
暖かい陽射しをもう一度、確めたい。
あの蒼を美しいと感じられる心が在った頃の僕らに……。
頬を伝うこの涙さえ解らない。
伸ばそうとした手はぎこちなくて、重たい。
歩く度にがしゃんがしゃんと音のする身体。
転んでも痛みを感じない冷たい体。
呼吸すらしているのかも解らない。
目に映る世界が美しいものなのかも、考えることさえなくなった。
けれど、僕らは生きている。
人間ではない存在として。
食事も睡眠も取らない。
ただ、戦う為だけに創られた。
遥か、過去のこと。
地球は、名も知れぬ惑星から攻撃を受け、半壊した。
人類のほぼ大半が死に、残った僅かな少人数であるものを創造した。
それが、僕らだった。
ミサイルにも爆弾にも負けない強靭の鋼。
鋼鉄の刃は、名も知れぬ惑星を切り裂いた。
強さしか僕らには与えられなかった。
それで、この惑星が生きるのなら……。
けれど、今はもう誰もいない。
地球という惑星があった事すら覚えていない。
それでも尚、僕らはこの場所にいる。
変わらぬ陽射しは僕らを照らし、草花を成長させる。
伸ばした手に掴めるものは虚空だけ。
遠い空さえ、色も見えない。
風が吹いている。
けれども僕らは何も感じない。
勝手に産み出されて、可能性だけを込められて。
僕らはこの場所から出ていくことも、
飛び出すこともできない。
ただの、ガラクタ。
草木の蔓に覆われて、機能は殆んど低下。
終わりの無い世界で、何も感じずに。
僕らは、この場所にいる。
この、意識だけは、まだ、途絶えない。
叫ぶことすら出来ない僕らが何を求めても、無。
永遠の虚無の中で在り続けるこの意識だけは……。
『僕らを還して……』
その祈りすら、もう届かない。
僕らは、ずっとこの場所に、いる――。




