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『偽姫』

止まらない破壊音、耳に障る爆撃。壊れていく幻想郷。夢のような世界は突然終わりを告げた――。



「姫様!こちらへ」

「他の者は?!」

「避難しています!さぁ、早く!」






かぐや姫の没後、月は地球から標的にされた。



まだ発展途上だった月は僅かな資源を失い、神殿も崩落し、天女達も成す術を持たず、降服した――。






「気分はどうですか?オヒメサマ」



暗い檻の中、閉じ込められていたのは麗しき姫。白銀の長い髪と翠の瞳が印象的で、白く細い華奢な体型を隠すように美しい着物を纏っている。



「・・・気持ち悪い」

「そりゃどうも。お月様に比べたら地球の空気は吸うに耐えないでしょうね」

「・・・・・・」

「あれ?ご飯も口に合いませんでした?ちゃんと食べなきゃ死んじゃいますよ?」

「・・・臭い。食えたものじゃない」

「あぁ、そう。でも食事は絶対なんでまた持ってきますよ」

「いらない」

「・・・強情ですね。水だけでもいかがですか?」

「嫌だ。この世界のものは臭い!鼻が痛くなる」



ガンッ



いきなり檻を蹴られ、その振動に姫は身体を震わせた。



「我儘も大概にしてくれません?いつまでオヒメサマ気分な訳?あんたは地球に囚われたんだよ。意志なんか通らないよ。その内、実験台として科学者達に使われる。モルモットみたいに!」



青年の声がその場に木霊した。檻があるのは国会議事堂の地下2階。其所へ入るのにも許可がいる程の厳重さを持っている。青年は政府から特別に認められた元カウンセラー。主に姫様の精神を保つようにとの命を受けている。



「・・・ごめん。ムキになった。そんなに怖がらせたい訳じゃない」

「・・・・・・もう、嫌だ・・・。帰りたい・・・」

「貴方の故郷はもう何処にもありませんよ」

「・・・お前達が破壊したんじゃないか!」

「文句は政府に言って下さいよ。オレはあんたのケアをするだけ。それ以外は受け付けない」

「・・・私の仲間は・・・?何処にいる?」

「会いたいですか?」

「・・・生きて・・・いるのか?」

「えぇ。今はまだ・・・ですけどね」



意味深な青年の言葉に疑問を感じたが安堵もした。




月が侵食され、生き残った僅かな仲間達と避難ボードで地球へと降り立った。だが、着いた先には既に人間が待機しており、姫は抵抗虚しく捕らわれた。天女達も取り押さえられ、行方は知れぬまま。




「――仲間に会いに行けますよ」



捕らわれてから約1ヶ月。青年が唐突に伝えた。



「本当か!?」

「えぇ。でも、貴方の記憶とは異なると思いますが」

「・・・どういう意味だ?」

「見れば解りますよ」



初めて檻から出され、青年に手を引かれながら外へ出た。眩しい陽の光に目が開けづらい。



「さぁ、姫様。ご対面です」



案内された場所で、青年が促した。姫はゆっくりと目を開ける。その瞳に映ったのは――




「・・・なっ・・・」



風が吹き通る広い高原。そこに突き刺さった数本の十字架(木製)。風に煽られて靡いていたのは、天女達が纏っていた天の羽衣。傷一つなく飾られている。



「・・・どういう事だ・・・?お前、仲間は生きていると」

「言いましたよ。あの時はまだ生きてました。でも、地球の男性達に手を出されてしまって、そのまま天女としての位を奪われてしまったんです」

「そんな・・・」

「天女としてではなく、地球の女性として生きる事を望んだ彼女達はこれを差し出して出ていきました。貴方の事など一つも触れずに」

「・・・彼女達が・・・本当に・・・?」

「えぇ。まぁ、政府の監視付ですけどね」



青年は淡々と話した。姫は思いもよらない事態に思考が追い付かなかった。



「貴方にはありますか?地球(ここ)で暮らせる精神が」

「っ・・・」

「――もし、生きたいと願うなら、オレと一緒に逃げませんか?」

「・・・えっ」



意外な言葉に姫は一瞬青年が何を言っているのか解らなかった。



「あんな狭い檻の中じゃストレス溜まってヤバいでしょう?オレもいつまでも政府のお膝元で働くのはウンザリなんでね」

「・・・だが・・・そんな事をしたらお前の命が・・・」

「オレはそんな簡単に死にませんよ。カウンセラーって言うのは肩書きだけなんで知識とかは適当なんです。ちゃんと目を見て話せれば本性位は覗けます」

「・・・そうなのか・・・?」

「貴方の名前も解りますよ」

「えっ・・・」

「ずっと聞いて欲しいって想いで溢れてます。オレも教えるんで、呼んでも良いですか?」



悪意のない優しい笑みを向けられ、姫は彼に安堵を覚えた。差し出された手を、拒む理由も見つからなかった。




「姫がいたぞ!」



後方からガヤガヤと重なった足音が聞こえてきた。青年は強く姫の手を握り、走り出した。




「その着物脱いじゃダメですか?」

「何故?」

「重いんで」

「全部脱げばいいのか?」

「いや、それは流石に。2、3枚脱いでくれたら」

「解った」



姫は走りながら器用に着物を脱ぎ捨てていった。きらびやかな衣が追手の元に被さる。



「何処へいくんだ?」

「オレの家。――あ、軽くなったな。姫様、ちょっと失礼しますね」



青年はグイッと姫を引き寄せ、そのまま腕に抱えながら速度を上げた。



「おい・・・無礼だぞ!」

「だから失礼しますって言ったじゃん。この方が速いんだよね」



軽快な動きで青年は跳躍力を活かし、屋根伝いに飛んでいく。姫は有り得ない動きに青年に確りと掴まっていた。



「流石に射ち落とされはしないか」

「撒けるのか?」

「このままいけば、ですけどね」



更にスピードを上げられ、まるで鳥のように高く高く駆けていく。追手は諦めたのか途中から見えなくなった。青年は慎重に気を張りながら遠回りをして家に着いた。



「お前の家か?」

「そうですよ」



至って普通の家。青年は寛いでいる姫に水を与えた。



「飲めないって・・・」

「少し位何か口にして貰わないとオレが困るんで」

「でも・・・」

「怖いなら手伝いますよ」



青年は姫の持っている水を口に含み、そのまま姫に口移しした。いきなりの行為に姫は抵抗すら忘れ、ゴクンと喉に通してしまった。



「っ・・・」

「苦いですか?」

「・・・いや。不味くはない」

「なら水だけでも摂って下さい」

「あぁ・・・」



姫が素直に頷いた事に青年は安堵し、箪笥の中をがさがさと探った。



「暫くは此処で様子見ですかね」

「・・・もし、見つかったら・・・」

「大丈夫です。迎え撃つ準備は出来てるんで。其にこの家は特別製でGPSにも反応しない位置にあるんで」

「GPS・・・?」

「探索する機械の事ですよ。姫様、ちょっと部屋変えますね」




何かを感じたのか、青年は準備出来た鞄を持ち、姫を連れて自室から出た。向かったのは寝室。特に変わりのない部屋だが、青年が本棚の隣にある壁に触れるとカタンと音を立て、壁が半開きになった。



「おぉ・・・」

「オレしか開けられない扉なんで」

「この向こうには何があるんだ?」

「其はお楽しみです」



姫はもう青年に付いていった。半開きになった壁は二人が通り抜けると勝手に閉まり、何の変鉄もない壁に戻った。壁の向こうには長い廊下らしき道が現れ、青年は進んでいく。距離感が解らなくなりそうになったが、青年が手を握ってくれたので迷う事はなかった。




「はい、到着ー」



また半開きになる扉から出ると、その先は広い公園だった。周りには大きな木々が並び、所々に遊具もある。暖かい陽射しに子ども達が元気よく駆け回っていた。



「此処は・・・」

「避難所です。もしもの時の為に確保しておいたんですよ」

「・・・懐かしい匂いがする」

「貴方のいた所と似ていますか?伏姫様」

「・・・えっ」



突然名前を呼ばれ、姫は反応に遅れた。



「何故、私の名前を・・・」

「言ったじゃないですか。本性位解りますって。オレの事は定家(ていか)とお呼び下さい」

「定家・・・」

「はい」



二人は空いているベンチを見つけ、そこで休む事にした。穏やかな風が通り抜けていく。木々の囁きに姫は耳を澄ました。



「――月は、美しい所だったのですか?」

「・・・あぁ。自然に恵まれた楽園だった」

「そんな所を壊すなんて、人間もバカですよね」

「・・・地球の人間は嫌いだ。自分の欲のままに動く。月の住民達はそのような事しなかった。互いを尊敬し合い、思い合っていた。私の仲間も・・・」

「へぇ。それはそれは、ヘドが出ますね」



低くなった声色に恐怖を感じ、姫は青年に向き直った。嘲笑うような視線と絡み合う。



「・・・定家・・・?」

「そういうのを、綺麗事と言うんです」

「・・・そんなつもりは・・・」

「なら、詭弁ですか?まぁ、どちらにしても幸せ者ですね。月の人達も貴方も」

「・・・我らを蔑むのか?」

「いえ、そんな心算(つもり)ではなく。ただ、どんな所だったのかと気になっただけです」

「・・・・・・」

「話を変えましょうか。実はもう1つ聞きたい事があるんですが・・・」

「・・・なんだ?」

「かぐや姫って不老不死って云われてませんでした?そんな御方が何故、命を絶たれたのかと」

「・・・・・・姫様は・・・心臓を捧げられた」

「誰に? 」

「・・・私だ。私が、かぐや姫を殺した」



ぎゅっと自分の手を強く握りしめながら姫は告白した。




「何年も何百年も生きてきた。姫様は・・・いつも嘆かれていた。嘗て出逢った人達の事を。天の羽衣を着せられて以来、人間界での記憶は一切失った。けれど・・・地球を眺めては泣いていた。どうしてなのか解らないと言ってはいたが、恐らくまだ完全には消失していなかったのだろう。蒼に染まる世界に想いを馳せては嘆くその姿に私は・・・耐えられなかった」




姫の声が震えているのが分かり、青年は姫の手にそっと触れた。



「・・・・・・姫様は、もう眠りたいと仰った。私も楽にさせてあげたかった。だから・・・」

「心臓を抉ったの?」

「っ・・・!気付いたら・・・姫様が倒れてて・・・でも、微笑ってたんだ。やっとゆっくり眠れるって、そう囁かれた気がしたんだ 」

「――で?心臓はどこに?」

「神殿の地下に保存した。たが今はもう・・・何処かに飛び散っているかも知れない」

「・・・そうですか」



青年は納得したのか、それ以降は何も聞かなかった。姫も俯いたまま口を閉ざした――。







いつの間にか眠っていた。風が肌に触り、目を覚ますと青年の優しい笑みが映った。




「定家・・・?」

「おはよう、伏姫。起きたばっかで悪いんだけど、逃げるよ」

「えっ・・・」



手を引かれ、その場から離れた。後ろから幾つかの足音が聴こえる。



「もう少し休ませたかったんだけど、案外早く見つかっちゃったからさぁ。勘弁ね」



青年は鞄から器用に銃を取り出し、何発か放った。突然起こった銃撃にその場にいた人々は恐怖に刈られる。



「あー・・・くそ。狙いが悪い」



追手はわざと一般人達の側を通りながら青年達を攻撃してきた。青年は巧く姫を庇いなから木々の合間を縫って走った。



「早く」

「あぁ」



急かされるようにドアを潜り、また長い廊下を渡った。追手の足音は消えた。姫は安心しながら歩を進める。




「・・・姫様、ごめん。先越されたかも」

「えっ」



青年はドアの前で銃を構えた。この向こうから気配を感じる。



「どうするんだ?」

「投降した方が良いですかねぇ。奴等の狙いは姫様とかぐや姫の心臓です」

「だが・・・心臓は何処にもないぞ」

「・・・貴方だけでも金になると思ったんじゃないですか。科学者達に高値で取引されて貴方はモルモットに降格です」

「そんな・・・」

「どう足掻いたって捕まっちゃう感じかなぁ」

「なら、引き返せば・・・」

「無駄ですよ。あっちも何らかの手段で此処にこようとしてる」

「・・・・・・」

「抵抗の意志を見せなければ乱暴される事はないでしょう。姫様、ごめん。もっと色んな所に連れて行きたかったんだけど」

「いや・・・。十分だ」

「――開けますよ」



ドアの先には政府の軍人達が待機していた。物騒な銃を構えており、 防具服に身を包んでいる。



「姫を確保しろ!」



その命令に軍人達が一斉に動いた。姫は優しく囲まれ、青年には銃口を向けられた。



「定家!」

「当然の報いです。貴方を勝手に連れ出した罰ですよ」



青年は両手を挙げながら微笑んだ。姫は動こうとしたががっちりと体を掴まれ、何も出来ない。



「やめろ・・・!彼は何も悪くない!私を助けてくれた」

「月の姫たる高貴な御方を勝手に外へ連れ出して好き放題したのだろう。その罪は重い」

「違う!定家は私を外に案内してくれただけだ。悪い事など1つも・・・」

「随分と手懐けられたものですね。これもカウンセラーとしてのやり方ですか?」



銃口を定めたまま軍人が問う。青年は笑みを絶やさずに答えた。



「・・・姫様。どうか、お幸せに」

「撃て!」



その合図とともに一斉に放たれた無数の銃弾は青年の体を貫いた。



「やめろ、撃つな・・・!定家・・・!」

「――姫を連れていけ」



銃声が止み、姫が最後に目にしたのは血塗れで倒れ伏す青年の姿。溢れる位の血が部屋を染めていく。




「嫌だ・・・定家・・・!」

「往生際が悪いですよ、姫様」

「放せ!定家の所に・・・」

「我儘な姫様ですね」



ドスッと腹部に重い痛みを喰らい、姫は意識を失った――。











次に目を開けた時、視線の先に映ったのは、白装束を纏った人々だった。マスクからでは顔色を窺えない。ゴーグルには美しい姫の姿が反射していた。



「・・・っ?!」




逃げようと動こうとした時、シャランと小さな音が響いた。手足に繋がれた冷たい鎖。逃げる事も抵抗する事も敵わない。其だけで姫は怖くなった。



「・・・なにを、する気だ・・・?」

「始めようか」



機械音と混ざった声。白装束の彼らはテキパキと動き、数人が姫の着物を脱がそうとした。



「やめろ・・・!無礼だぞ!」

「やれ」



ビリビリっと思いきり着物を引き千切られ、姫の白い素肌が露になった。



「――ほう。月の姫とはよく言ったものだな」




彼らのゴーグルに映る自分の姿から姫は目を逸らした。其処にいるのは、綺麗な顔立ちをした美少年。




「月の姫か。色々と試させて貰うよ――」




数秒後、姫の悲痛な叫び声が響き渡った。






*******



「あの蒼い星はいつも綺麗ですね」



不意にかぐや姫はそんな事を呟いていた。誰よりもかぐや姫の側にいた伏姫は哀しげな瞳を向けるかぐや姫に胸を痛めた。



「地球というそうですよ」

「・・・美しい響き。いつか降りてみたいですね」



その言葉に姫は答えに詰まる。かぐや姫が犯した罪と罰は彼女本人も解っていない。いや、気付いた時には忘却したんだ。天の羽衣という手段で。



「どんな所なのでしょう」

「きっと素敵な所ですよ」

「そうね。懐かしい気持ちがするわ」



かぐや姫はそう微笑んでいたが、地球を眺める瞳は潤んでいた。






「もう、限界よ・・・!私はいつまで生きていればいいの?地球にも降りれない、月からも出られない。私は何の為に生きているの・・・?」



自分の存在が不老不死である事を知ったかぐや姫は嘆いた。涙が枯れる位、声が枯れる位、喚いた。



「姫様・・・」

「いっそ殺して!こんな気持ちになるなら知らなければ良かった!もう生きていくなんて嫌よ」




狂乱。

かぐや姫は散々喚き散らした後、落ち着きを取り戻し、呆然としていた。



「姫様、これを。よく眠れる薬です」

「ありがとう、伏姫。優しい子ね」



かぐや姫は何も疑わずにその薬を口にした。そのままゆっくりと眠るように目を瞑った。



「・・・ごめんなさい・・・、姫様・・・!」



それは、身体を蝕む毒。サンプルとして保管されていたものを伏姫は勝手に持ち出し、かぐや姫に渡した。いくら不老不死と言えど、この毒では助からない。伏姫はかぐや姫の心臓を抉り、一人地下へと運んだ。



その後、かぐや姫は埋葬された。天女達も誰も伏姫を疑わなかった。漸く眠りにつけるのかと見送った。




それから程なくして月は地球に破壊される。何もかもを滅茶苦茶にされ、成す術もなく故郷から離れた――。




*******



何度目覚めた事だろうか。


意識が戻る度に感じる激痛。両手足の爪は剥がされ、歯も何本か抜かれた。辺りには血が滴っている。



「・・・定家・・・」



小さく青年の名を呼ぶ。今はもう何処にもいない。



白装束の彼らは怪しげな器具を手に姫の前に立つ。そしてまた、姫は苦痛に身を委ねた――。











「――よぅ。元気かい?」



ふと声をかけられ、一人晩酌していた少年は顔を向けた。



「誰?」

「私は(むらさき)。あんたに知らせたい事あってさ。伏姫の事で」

「えっ」



妖艶な女は元は天女だったと語った。故郷を失い主君を失い、今はこの店で男相手の仕事をしているのだと言う。そして、囚われた月の姫が機密にモルモットとして試されている事も。



「何故ボクに?」

「知りたかったんだろう?」



紫の見透かすような視線に少年は誤魔化せず、飲みかけの酒を置いた。



「よく解ったね」

「なんとなく。助けに行くの?」

「当然」

「なら力貸すよ」



彼女の案内で訪れたのは最高峰の機密機関と言われている【アンダルシア】。政府も黙認しており、中では何が行われているのか誰も知らない。



「白・・・」



まるで巨大な白い箱。外からも中からも音は塞がれ、関係者以外は入る事も出来ない。



「ぶっ壊せば・・・」

「大丈夫」



紫がにこっとしながら指紋認証システムに触れた。ピーっといとも簡単にセキュリティは外れ、二人は難なく中へ入ることができた。



「・・・関係者?」

「違うけど、ちょっと詳しいお兄さんから指紋貰ったんだ」

「よくくれたね・・・」

「元天女の特権よ。――あぁ、此方ね」



何処まで教えて貰ったのか、彼女はスムーズに進んでいく。少年も警戒しながら付いていった。階段と部屋のドアが現れたり消えたりする不思議な 建物。



「見っけ。このお部屋」



中に入って10分も経たない内に目的の部屋に着いた。手術室のような扉と冷たい空気。さっきまでの部屋とはまるで違い、雰囲気が漂っていた。



「開けるよ」



ガチャっと扉が開き、光が射し込んだ。明るい蛍光灯、静寂した室内、そして血塗れの椅子。



「もぬけの殻かぁ。遅かったかな」

「この椅子・・・」

「酷いもんだね。相当な実験台にされたんだろ」

「・・・・・・」

「うちらに気付いて逃げたか?」



二人が辺りを見渡していると遠くから足音が聞こえてきた。



「――あら。丁度良かった」



暫くして現れたのは、白装束の大人達。その中に伏姫の姿もあった。



「伏姫!」

「・・・・・・だれ・・・?」



力のない声、合わない視線、衰弱しきった体、それでも尚、キミは美しい。



「その子を返して頂こうかしら」

「何だ、お前達は。どうやって入った?」

「普通に。その子はあんたらみたいな人間がどうこうしていい人じゃない」



強気な態度で紫が言った。流石天女と言うだけあってその姿は凛々しい。



「悪いが出ていって貰えないか?此処は一般人が入って良い場所ではない」

「触るな!」



少年に触れようとした一人が、動きを止めた。 そしてそのまま倒れ二度と動く事はなかった。



「貴様、何をした!?」

「別に。お前達も煩わしい」



ゴーグル越しとはいえ、少年の目を見た白装束達は同じように動きを止め、ドサッと倒れていった。



「催眠?」

「ちがう。脳の機能を停止した」

「あら。良い能力」

「伏姫は?」

「衰弱してるけど、息はあるわ」

「すぐに離れよう。此処の空気は重い」

「そうね」



二人は入ってきた時と同じようにスムーズに出口へと辿り着いた。



紫がお世話になっている下宿先へと向かい、そこで伏姫を介抱した。実験台にされた割には肌に傷跡はなく、寧ろ美が増している。食事を与えられなかったのか、体は以前より細くなっていた。



「3日くらい掛かるかなぁ」

「寝かせているだけでいいのか?」

「栄養失調だからね。まぁ、水しか摂らないならあまり体型は変わらないけど」

「お前も、食事は合わないのか?」

「最初はね。でも、慣れるしかなかった。見た事も触れた事もないようなモノを口に出来ると思う?勇気を出して食べたら吐いたわ。それが続いて、でもある日いきなり美味しいって感じたのよ。それからは普通に食べてるわ」

「そうか」

「ねぇ、そう言えばまだ貴方の名前知らなかったわね。教えて」

「・・・業平・・・」

「そう。じゃあ、業平。あとは頼んでいいかい?仕事に行かなきゃならなくて」

「あぁ」

「何かあったら呼んでね」

「ありがとう」



紫は忙しそうに出ていった。少年は眠っている伏姫に優しく触れた。



「伏姫・・・」

「・・・・・・てい・・・か・・・」

「えっ」



小さく呼ばれた名前。まだ覚えていたのか――。




「お久し振りです、姫様」



少年は伏姫の額にキスをしながら囁いた。






********



月が破壊された事はすぐに報じられた。屋根の上で空を見上げていた青年は幾つもの流れ星に感動していた。それが月の欠片である事も。



ガンッ



「痛った・・・!」



いきなり頭を強打され、何かと振り返ると高そうな箱が転がっていた。あまり見た事のない不思議な模様に興味を惹かれ、手を伸ばした。



「・・・何だこれ」



中に入っていたのは紅い宝石のような小さな硝子の石だった。その輝きに魅入られ、青年は指で摘まんだ。




「あれ・・・?甘い匂いする・・・」



試しに舐めてみると砂糖のように甘かった。アメのような食感でクセもない。



「ただの飴かぁ」



舐めながら立ち上がり室内へ戻ろうとした時、小石に躓き、よろけてしまった。



ゴクンッ



「――あっ!」



よろけた拍子に飲み込んでしまい、青年は固まった。だが、体に変化はなく口の中も正常だ。



「やっぱりただの飴だったのかなぁ」



その時はまだ、何も考えていなかった。まさかそれが、かぐや姫の心臓で、不老不死の源だと知ったのは、政府軍に撃たれ、意識を失った後。



長い眠りから覚めたような気分で起きると、自分の死体が目の前に転がっていた。辺りは血の海で鉄の臭いが漂っている。どういう状況かと周りを見渡すと鏡に姿が映った。其処にいたのは可愛らしい少年。まだ幼い顔立ちだ。



「・・・嘘・・・だろ・・・」



生き返った。すぐにそうだと感じた。やはりあの時口にした紅い石はただの飴などではなかった。

其にしても、ただ若返っただけで体に変化はない。視線が低くなった事くらいだ。



「・・・伏姫」



記憶も残ったままだ。少年は名前を変え、姫を探しに出た。途中で危ない奴等に拉致られそうになったが睨み返したら全員動かなくなってしまった。其が自分の能力だと解り、政界の奴等が足を運ぶという barへ向かった――。




********




「これからどうするの?」



伏姫が目覚めた事を紫に伝えると、彼女はすぐに来てくれた。



「どっか、遠い所まで行くよ。誰も姫の存在を知らない所」

「そんな場所・・・」

「無いかも知れない。でも、このまま此処にいたらまた捕まる。もう誰にも、姫には触れて欲しくない」

「業平・・・」



少年の想いに紫も同意した。伏姫も何も言わなかった。



「道を示してあげる。夜明け前にこの国を出な」

「紫・・・」

「私も行きたいけど、もう力を持たないからな。姫を守るには力不足だ。だから、業平に任せるよ」

「・・・ありがとう、紫」



彼女の助けもあって、二人はまだ暗い内に国から出た。海を渡れば知らない国に行ける。運転しやすそうな漁船を借りて、穏やかな波に揺られた。



「姫様、お加減いかがですか?」

「・・・きもち、わるい・・・」

「すみません、そういう乗り物なんで。きつかったら寝てて下さい」

「嫌だ。お前の側にいたい」

「それは光栄です」



伏姫は少年にくっついた。



「――姫様。楽しい旅にしたいですね」

「あぁ・・・。そうだな」



夜明けが近付いてきた頃にはもう二人の乗った漁船は見えなくなっていた。



「上手くやれよな」



黎明が過ぎ、明るい陽射しが紫を照らしていた――。



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