『一番高いりんご』
手を伸ばしても、決して届く事のない紅い実。
熟したまま、木にぶら下がっている。
ボクらは、その実を育てる事しかしてはいけなかった。
手にしていいのは、貴族の方だけ。
高値で引き取って貰うには、傷一つない実を作ること。
作業に励むのは、大人にならない子ども達。
毎日、朝から晩まで実りの木を世話しなければならない。
一日でも怠れば実の味が揺らぎ、品が下がる。
サボった罰としてきついお仕置きをされてご飯も与えられない。
ボクらに自由なんてなかった。
作業が終われば暗い檻の中に収監されて、ただ夢を見る。
その夢すら覚えていない程、体は限界だった。
その実がどんな味がするのか、とても興味があった。
食べてみたい。一口でもいい。その蜜を吸えるなら。
罰を受けたのは、一番年下のリュウ。
いつもの作業中に紅い実が自然と落ちてきた。それを彼女は監視の目を盗んで食べてしまった。
それに気付いたアヤセとリンが自分にも寄越せと彼女から奪おうとしている所を監視に見つかった。
リュウだけが懲罰房へと連れていかれた。
アヤセとリンは自責の念に囚われ、俯いていた。
あの紅い実はボクらが手にしていいものじゃない。
そう思うのに、手に入れたい衝動が収まらなかった。
「此処から出よう。助けにきた!」
世界が変わったのは、突然の事だった。
いきなり現れたのは、『勇者』と称えられる者達。
強さを表すかのように彼らは監視達を薙ぎ倒していく。
その姿にアヤセ達は惹かれていたが、ボクは小さな違和感を抱いた。
でも、その後、優しく微笑んでくれた勇者に安堵を覚え、彼の手を取った――。
助けられたボクらは、手厚く介抱され沢山の食事を与えられた。
ボロボロだった服も新しいものに変えて貰い、豊かな暮らしが出来た。
アヤセとリンは勇者に強さを習い、ボクとリュウは弓矢を教えて貰った。
サヤは魔法使いに認められ、ユキは催眠を覚えた。
こんなに穏やかな日を過ごせるなんて思わなかった。
閉じ込められていた感情が、素直に表現出来る事に喜びを感じた。
其からは、勇者達と一緒に旅をした。
沢山笑って戦って黎明を迎えた。
楽しいと感じる事が出来た。
満足していた部分もあった。
――でも、ボクは皆みたいに上手く馴染めていなかったんだ。
どうしても、あの紅い実が気になった。
未だに食べれていない。
もう強さも大分身に付いた。
一人でいても戦える。
だから、 誰にも内緒で皆から離れた。
そして、あの場所に戻ってきた。
ボクらの代わりに新しく拾われてきた子達が同じようにあの紅い実のお世話をしていた。
その姿にボクは初めて辛いと感じた。
惨めな姿が以前のボクらと重なる。
・・・嫌だ。戻りたくない。
監視に見つかる前にあの紅い実を取って帰りたかった。
けれど、そんな上手くはいかない。
「おにーさん、どこからきたの?」
子どもの一人に気付かれ、物珍しそうな目をキラキラさせながらあっという間に他の子ども達にも囲まれてしまった。
その事態に監視も気付き、群がっている子ども達を怒鳴りながら監視はボクを見た。
「お前・・・以前此処にいた・・・」
あの時から日は経った。
でも、長い事陽の光を浴びていなかったボクらは成長期を知らず、身体は幼いままだった。
捕まえようとしてきた監視を弓矢で射ち、その隙に逃げる事は出来た。けれど、後ろから聴こえるその悲痛な声に、足は止まってしまった。
騒ぎを起こした罰として子ども達は無理矢理、牢獄へと連れていかれそうになっていた。またその姿に過去が重なる。
「――やめろ」
2、3本射たら、監視達の肩に刺さり、動きを鈍らせる事が出来た。すぐに子ども達を助けたかった。その想いにあの時の勇者の微笑が頭を掠めた。
「一人で連れていくには、後ろががら空きだぞ」
背後に迫っていた影を、現れた勇者が仕留めてくれた。ボクらを助けてくれたみたいに。
「もう、心配したよ。見つかって良かった」
「大分探したんだからね」
アヤセとリンの姿もある。皆、ボクを探しにきてくれたのか・・・。
「あの時の勇者か!」
勇者は余裕綽々で敵を討ち倒していった。
「さぁ。今の内に逃げて・・・」
子ども達の避難に集中する余り、監視達が応援を要していることに気付かなかった。
「ミオウ!」
ザンッ
ボクを庇って倒れた勇者の背中には痛々しい傷が付けられていた。
「勇者!」
剣が叫ぶ。勇者は血を流したまま動かない。
「勝手な事をされては困るんだよ。こいつみたいになりたくないのなら、子ども達を返しなさい」
また、大きな手が捕まえようとする。
勇者の仲間達は泣きながら呼び続けている。
ボクの所為で、捲き込んでしまった・・・。
「返しなさい」
バシッ
触れようとした監視の手を振り払い、色のない瞳でボクは見据えた。
「子ども達は解放して下さい・・・!代わりにボクが戻ります。もう・・・誰も傷付けたくない・・・」
震えている声に気付いた。ボクは、怖いのか・・・?
あんなに強さを手に入れたと思っていたのに。
「ミオウが戻るなら、おれ達も一緒だ」
アヤセがボクの肩を支えながら言った。
「勇者達と子ども達は見逃して下さい。どんな罰でも受けます」
ユキが皆の意思を受け取り、代弁した。大人達は口元に妖しげな笑みを浮かべ、あっさりと承諾した。
暇潰しになるなら、何でも良いのか――。
その後、ボクらはまた暗い監獄に収監された。
あの時から何も変わっていない。
やることも。
あの紅い実はもう熟し、綺麗な赤を強調させていた。
結局、食べる事は叶わなかった。
1度でも、手にしたのなら、少しはなにか変わったのだろうか。
勇者達の行方はあれ以来解らない。
生きているのかも・・・。
けれど、彼らはもう助けには来ないだろう。
ボクらは、チャンスを活かせず、恩人までも傷付けてしまった。
その代償は大きい。
この手に残ったのは、弓矢で戦う能力だけ。
それももう、牢獄では意味がない。
紅い実を育てるだけの毎日には武器は不要だった。
元の生活に戻るまでに時間は掛からなかった。
でも、時々思い出す。
勇者達と旅をしていた頃を。
一緒に戦った日々を。
たくさん笑って夜を共にしたことを。
辛くてもその想い出だけが支えになった。
あの時出逢わなければ、こんな気持ちにはならなかった。
今更、「ありがとう」なんてもう言えない。
せめて、小さな声でも言っておけば良かったな。
勇者達は今頃、どんな夢を見てる――?
「――おい、起きろ。寝坊助」
耳元で呼ばれ、眠たげな眼を開けると明るい陽射しが入ってきた。
暖かい光。
この目に映る風景はとても穏やかで優しい世界。
「おはよう、ミオウ」
「もう朝御飯過ぎたぞー」
「ほら、ミオウの好きなあんぱん」
ユキが焼きたてのパンを渡してくれた。
緑豊かな草原で駆け回るリュウとサヤ。
その向こうで互いの強さを高め合っているアヤセとリン。
和やかな空気に勇者達も寛いでいた。
「おいで、ミオウ。お話聞かせてあげる」
勇者は色んな事を知っていた。
沢山の世界を旅してきたから。
その話を聞くのが好きだった。
世界を見れた気がした。
ボクは、勇者の膝の上に座りながら目を閉じてまた新しい世界の物語に耳を澄ませた――。
「・・・ダメだ、こりゃ。いっちまったな」
監視達が見下す先には、少年達の姿があった。
あの紅い実を付ける木の下で、全員仲良く丸くなりながら笑みを浮かべて眠っていた。
一人の少年の手には、真っ赤に熟した紅い実が大事そうに握られていた――。




