『フェイリアからの手紙』
キミに、「愛してる」って伝えていたら、きっともっと違った世界があったのかも知れないね・・・。
人と話す事に、抵抗があったんだ。
自分の声も好きじゃなかった。
だから言いたい事も言えないままで今日まで生きてきてしまった。
こんな私は嫌われるかな・・・
「二人で、内緒話しようか」
悩んでいた私にキミは、笑いかけてくれた。
人の少ない場所でのお話。
互いの好きなものや趣味の話、他愛もない話ばかりしてたけど、その時間が好きだった。
世界には二人しかいなくて、まるで、アダムとイヴのように、愛しく互いを想い合っていたい。
それがキミに対する私の想い。
キミはどう感じていたのかな。
これも聞いてみれば良かったね。
恋愛なんて私には難しいと思ってたけど、キミはそんなことないよって可愛らしく笑ってくれた。
ホッとしたんだ。
いつまでもキミと一緒にいたい。
欲張りかも知れないけど、独り占めしたいんだ。
二人の内緒話はいつの間にか日課みたいになっていった。
内容もどうでも良いことばかりで、次第に会話が無くても気まずいと思わなくなっていった。
話す内に、キミも人との関わりが苦手なんだって知った。
どこか雰囲気は似ていると感じていたけど、同じだと思うと、大きな安心があった。
「これからは、普通に話そっか。内緒話はもうお終い」
人がいる場所での会話も堂々とすることが出来た。
それはキミのお陰。
話すキッカケをくれた。
私の声を聴いてくれた。
嬉しかったんだ。
そういえば、いつかキミが話してくれたね。
「僕らは皆、出来損ないなんだよ。完璧なんて有り得ない。欠点があるから人は独りじゃ生きていけ無いんだね。僕達もそう。・・・というか、ハグレ者。ちょっと勇気がなくて、自信がなくて、嫌われる心配をしてる。でも其は個性であって欠点じゃない。ただ、心配する部分が大きいだけ。そこをダメだって刺激する人もいるけど、そんな人には笑顔で返せば良いんだよ。あら、ごめんなさいって。治さなきゃいけないって決めつけるのは他人じゃない。僕ら自身だ。気付いて間違っていたのかって知る事が成長なんだよ。だから、一方的に悪いって決めつけて無駄な涙を流すのは軽薄だ。そんな事で、感情を揺らがすのは良くないね」
私も、そう思うよ。
他人の目が怖かった。
囁かれてるのは私の悪口なんじゃないかって。
そう思い込むだけで、私を見る視線が痛かった。
でも、違ったんだね。
関わった事も無い人たちに私を悪く言う理由がないもの。
そう考えるだけで楽になった。
「――知ってる?地球が生まれた時、この世界には神様って呼ばれる存在がいたんだって。神様は独りでも平気だったけど、何せ平穏無事な世界だ。永く生きている神様は独りという概念に囚われた。だから、アダムとイヴを産み出した。第2の存在だね。神様の一部から生まれた二人は初めて名前と言うプレゼントを貰った。この時までは男や女なんて概念は無かったんだ。エデンは其こそ楽園であって、毎日が幸せに満ち溢れていた。神様も同じ存在がいて幸せだったんだろう。でも、運命って言うのは残酷なものだね。イヴは少々好奇心旺盛だったんだと思う」
「――りんごの話?」
「そう。アダムとイヴはそのりんごを食べてしまった。・・・と言うのも、蛇に唆されたから。何も疑う事なく。そして二人は知ってしまった。自分が男であり、女という概念を。羞恥心と言う感情を。神様は世界の理を知った二人をエデンから追放した。いつまでも幸せな御伽話は突然終わりを告げたんだ」
「可哀想・・・」
神様はどんな気持ちだったのだろう。
信じていた二人が禁忌を犯した。
以前と同じではいられない。
その絶望を誰が救ってあげたのだろう。
追放されたアダムとイヴは?
神様のこと、もう思い出しはしないのかな・・・。
「出来損ないって言うのは、そういう意味だと思うんだ。もし、アダムとイヴが完璧な存在だったら人間はもっと立派な生き物だっただろうし、争いも起こさなかった筈だ。世界を操るのは神様じゃない。出来損ないの僕らがいて、丁度良く世界が回るなら、それも悪くないって思わない?」
キミはいつも笑っていた。
好きだった。
私にだけ話してくれる。
「みんな、どこか欠けてて、それを埋めていくのがこの世界なんだよ。誰かが気付いて教えてあげる。持っていなかったピースを一つずつ嵌めていく事で、自分という人間が出来る。完成するまでが長いんだ。だって、すぐに出来たら勿体ないと思わない?」
大好きだった。
キミの話。
ずっと聞いていたいって・・・。
「人はいつか死ぬよ。命は永遠じゃない。だから、後悔の無いように生きたいって思った。でもね、無理だったんだ。失敗しない生き方なんて有りはしない。死を、間近にするとね、もう一度生まれたいって想いが湧いてくる。生まれ変わり。次も・・・人間だったら良いな・・・。キミにまた、逢える・・・。そしたら、今度はキミが僕に教えてね。沢山話したこと・・・。それから・・・キミを好きだったってこと・・・。僕は覚えていたい・・・。ずっと・・・」
どんどん弱くなっていくキミを、見ているのが辛かった。
でも、キミは最後まで想いを貫いた。
こんな私を好きになってくれた。
それだけで十分だよ・・・。
「・・・キミに逢えて良かった・・・。こんな僕を・・・好きになってくれた・・・。また・・・生まれ変われたら・・・キミの隣で目を覚ましたい。キミと一緒にまた・・・沢山話したい・・・」
「私もだよ」
「・・・ずっと一緒にいたかった。キミを独りにしたくなかった。・・・ずっと・・・一緒にいたい・・・」
「うん・・・。私も、すぐに行くよ。だから、また出逢えたらいっぱいお話して。キミの隣で、私は話を聞くの楽しみにしてる」
「・・・うん。僕も・・・たの・・・しみ・・・」
キミは笑って逝った。
こんなにもキミの存在が大きかった事、私は改めて知った。
生まれ変わり。
次もまた、逢いたい。
どんな状であっても良い。
ちゃんと、逢いたい・・・。
「一つだけ、最後の我儘だ。手紙を、書いといて欲しい」
「手紙?」
「そう・・・。僕らの記憶を記す為の手紙。それを書いたら、小さな瓶に入れて、海に渡して。その先で待ってる人に拾われて、僕らの事を知って、またその手紙は別の誰かに拾われる・・・」
「巡り巡って私達の元に帰ってくる」
「そうだよ。これなら、退屈しないでしょ・・・」
「――うん」
私は今、その手紙を手にして、キミとの想い出に浸っている。様々な文字で付け足された言葉は同じ想いの返答で、賑やかな文章になった。
「そして、最後にキミが拾う番」
手紙に少しだけ書き加えて、今度はそっと置いておくだけ。目印だよ。此処にきてねって言う。これなら、迷わないで解るよね。
キミが拾って手紙を読んで、周りを見渡して私を見つける。
そしたらね、私はもう準備万端だから。
「・・・イヴ?」
「そうだよ、アダム」
最初の名前、二人の間で通わせたニックネーム。
内緒話が始まったあの頃の呼び名。
「おかえりなさい」
私が差し伸べた手をキミが握って、微笑み合う。
今度こそ、ずっと一緒にいられますようにって。




