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『暁の空に手を伸ばす頃。』

二人の皇子は互いの強さを認め、惹かれ合っていた。


其々、異なる世界に生まれ、生きる為の強さを授かった。




資源豊かな王国の第1皇子・エミリアは生まれつき病弱で他の国を知らない箱入息子だった。厳格な父に剣術・体術・銃の使い方など幼少期より叩き込まれ、国で一番の強さを誇れる位になった。体も動かす事によって徐々に免疫力が上がり、発作も起こさなくなった。父からも自慢の息子だと誉められ、自信も身に付いた。優しく穏やかで見目麗しい彼に、国民も心を許し次期国王の座に着いてくれる事を願っていた。



平和な世界の中で暮らしていた彼は、ある日隣国へ出向く事になった。外に出るのは初めてで見るもの全てが新鮮だった。距離は半日掛かる程。馬を使えばすぐに到着した。

その国は、彼の国とは違い、 静かな所だった。入口の門で名乗り、国の紋章を見せると簡単に通してくれた。城の大きさは彼の国と変わらず、立派な造りだ。兵士達の数も多く、律儀に構えている。



「お前が隣国の皇子か?」



出迎えたのは図体のでかい兵士だ。睨み付けるように問いかけ、威圧感を放っていた。彼はそうだと頷き、紋章を見せる。兵士は黙って一番きらびやかな部屋へと案内した。中にいたのは、一人の少年。



「貴方が、国王様ですか?」

「王は死んだ。この国に何の用だ?」



少年は感情の無い声で答え、エミリアを見据えた。



「ご病気か何かで?」

「俺が殺したんだ」

「えっ・・・」

「国民から税を騙し取って傲慢な国政を働いていた。反論した際に俺に剣を向けたから殺した」

「・・・妃様は?」

「元からいない。今は俺が国政を担っている」

「そう・・・」

「用が無いなら帰れ」

「えっと・・・肥料を分けてほしいなぁと」

「お前の国には腐る程あるだろう?」

「いや・・・同盟国の都合で交換出来なくなっちゃって・・・。この国ならあるかなぁって」

「好きなだけ持っていけばいい。終わったらさっさと帰れ」

「・・・・・・」



パンッ



少年は瞬きもせずに銃弾の落ちた先を見た。エミリアは彼の態度に苛つき、銃を向け放ったが予想外な反応に驚いた。



「いきなりとは失礼だな」

「外すって解ってた?」

「狙うならもっと上手くやれ」

「なら、お望み通り」



パンッ――パンッ――パンッ



3発とも軽々と避けられ、距離を縮められた。エミリアは銃をしまい、体術に切り替える。彼も腰に着けた剣には触れず対等に受けた。二人とも速い動きで側近の者達には目で追い掛けられない程。エミリアは自分の動きに付いてくる彼に感心し、笑みを灯した。



「――隣国の皇子は病弱だと聞いていたが」

「克服したんだよ」



どんな技も攻撃も予期しているかの様に避けられ、エミリアは内心焦っていた。国で自分についてこれる者はいなかった。



「武器を使ったらどうだ?」

「そっちこそ」

「そうか」



彼は躊躇う事なく剣を抜き、思いっきりエミリアの顔スレスレに突き刺してきた。



「容赦ないね」



エミリアも剣を抜き、対等に戦った。どちらの腕もかなりのもの。其は対峙した二人がよく解っていた。



キィィン



飛ばされたのは彼の剣。だが、エミリアも体力を消耗していた。



「・・・甘く見ていた様だ。お前は強いな」

「君だって、凄く強い。正直、負けるかもって思ったし。最後のは力任せだから」

「其でも、剣を飛ばされたのは初めてだ。俺は、シン。この国の第2皇子だ」

「第2?お兄さんがいるの?」

「あぁ。だが今は眠りの底にいる」

「えっ・・・」

「病気だ。眠ったまま目覚めない」

「そんな病気があるの?」

「現に彼はそうだ」

「ふぅん・・・」

「お前の名は?」

「あぁ。オレはエミリア。第1皇子」

「同盟国の都合とは何だ?」

「其がさぁ、教えてくれないんだよねぇ。だから、同盟を打ち切ろうかって話が進んでて」

「そうか。俺の方でも調べてみるよ」

「お、優しいじゃん」

「強い奴に会ったのは初めてだからな」

「じゃあ、これから宜しく」

「あぁ」



その日を境に二人の仲は深まっていった。エミリアは良くシンの国へ遊びに来る様になり、その度に手合わせを申し込んだ。シンもエミリアの強さに惹かれ、手合わせする内に心を許していった――。



「解ったぞ」

「・・・何が?」

「お前の同盟国の都合だ」



いつもの様に手合わせを終えた後、二人は夕陽を眺めながら休んでいた。



「あぁ・・・。で?何だって?」

「内乱が起きているらしい。その国は奴隷制度を敷いてたんだろう?奴隷達の反乱によって国は情緒をなくした」

「其で連絡取れなかった訳か・・・」

「お前の国は大丈夫か?」

「心配ないね。うちは安泰」

「其は羨ましいな」

「此処もでしょ?」

「どうだか。平穏はいつ崩れるか解らないからな」

「怖い事言わないでよ」



その時はまだ冗談にしか受け取っていなかった。

エミリアとの仲も深まってきた頃、 シンの兄であるセスの担当医師が重い口を開いた。



「目覚めの時は近いです。そろそろ準備をした方が・・・」

「解った。対処は出来るようにしておく」



心配なのは、エミリアの存在を知られてしまう事。折角距離が縮まってきたのに、手離したくない。



そんな思いとは裏腹にセスは何の前触れもなく目を覚ました。



「――おはよう、セス」

「・・・あぁ。おっきくなったね、シン」



セスは優しく笑いながら久々の現実を味わった。エミリアには暫く会えなくなると伝えてある。何も問題は起こらない。



「――お前、腕が鈍った?」

「えっ・・・」



手合わせもしていないのにセスは言ってきた。シンは相変わらずエミリアには勝てずいつも惜しい所で負けていた。その話もセスには打ち明けてはいないのに、シンの見た目だけで判断してきた。



「この国での強さは変わらない」

「誰かと会っているの?」

「・・・どうして?」

「表情が、柔らかくなったね」



もはや隠し事は出来ない。セスは人の心を見透かすような言葉を使う。シンはこれ以上伏せるのを止め、エミリアとの事を話した。



「やっとだね。シン、その子の国に連れていって」



シンは断れず、セスと共にエミリアの国へ向かった。



その頃、エミリアは国民達と触れ合っていた。どの人々も親切に接し、エミリアは其が有り難かった。国王の父は恐れられ、妃の母は美し過ぎる為、畏れ多くて近寄り難い存在だった。エミリアは二人の良い所を受け継ぎ、愛されていた。彼にとっては其が当たり前の日常で変わらない日々だと思っていた。



ただ、最近はシンに会えず寂しがっていた。自分と対等の強さを持つ彼との手合わせは楽しかった。彼も本気で相手をしてくれる。その想いに感謝していた。



「――目覚めたのか、セス」

「お逢いしたかったです、お父様」



エミリアの知らない所で話は進んでいた。裏門から入国したセスとシンはエミリアの親に会っていた。親しい様子でセスは二人に接する。



「ところで、エミリアは?」

「今は外にいる。会うつもりか?」

「そのつもりで来たからね」

「約束が違う。エミリアには会わないと」

「関係ないよ。あんたが約束を交わした相手はとっくに死んでるからね。今は無効だよ」

「会えばどうなるか解っているのか?」

「えぇ。どんな表情をするのか楽しみだ」



彼らはセスを止められなかった。彼の能力を恐れていたから。



エミリアを見付けるのに時間は掛からなかった。国民達に囲われ、賑やかな集まりが出来ている場所があった。シンは国民達と触れ合うエミリアに惹かれているのが解った。



「エミリア」



名を呼ばれ、振り向いた瞬間、彼の表情が固まった。国民達もセスを見てざわつき始める。エミリアの瞳には、自分と同じ姿の少年が映っていた。



「・・・だれ・・・」

「ボクは君だよ。名前はセス。そんなに驚く事じゃないだろう?双子の兄なんだから」

「双子・・・?」

「何も聞かされてないんだね。可哀想に。余程大事に育てられたんだな」

「・・・何を・・・」

「簡単な話だよ。君の両親がボクを隣国に売ったんだ」

「売った・・・?」

「シンの国は跡継ぎがいなくてね。丁度良くこの国に双子が生まれたから片割れを渡しただけの話だ」

「でも・・・其ならオレの方が売られる筈じゃ・・・」

「王のプライドが許さなかったんでしょう。君は生まれつき病弱だったからね。そんな子を跡継ぎになんて出来ないだろ?だから必然的にボクになった。解るかな?」



唐突にそんな事実を突きつけられ、エミリアは困惑していた。



「・・・シンも・・・知ってたの?」

「・・・・・・悪い」



自分だけ何も知らなかった事にエミリアは俯いた。シンも罪悪感に囚われ、どんな言葉を掛ければいいのか解らない。



「――さぁ。偽りの平和は終わりだよ。エミリア、君はこの国から出ていきなさい」

「・・・えっ?」

「シンの国には既に跡継ぎがいる。この国には病弱なお前しかいない。其にボクは此処の国の生まれだ。加えて第1皇子でもある。言いたい事、解るよね?」

「っ・・・!」

「この国に皇子は二人も要らない。お前はもう用済みだ」



バンッ――



何時その素振りを見せたのか気付かない内に、銃弾はエミリアの肩を掠めていた。



「エミ!」

「早く出ていかないと今度は外さないよ」

「やめろ、セス!追い払う事ないだろう!?」



シンはふらつくエミリアを支えながら言った。



「目障りなんだよ。同じ顔がいるなんて」

「弟だぞ!?」

「だから何?今更そんな感情あると思うの?シン、お前ももう帰りなさい」

「っ・・・!」



パンッ――



エミリアの銃を取り、シンはセスに銃弾を放った。セスは避ける事もなく外れた銃弾を一瞥した。



「エミ、走れるか?」

「何とか・・・」



シンは彼を支えながら国から出ていった。セスは追うことはせずに呆然としている国民達に話を整理した。






肩の傷も治まり、エミリアはシンの国にいた。まだ話を呑み込めない。シンは彼が落ち着くまで一人にしていた。



「シン様!」

「何だ?」

「隣国の兵士達が攻めて来ています!」

「何だと?」

「国民を騙した皇子を出せと・・・」

「騙した?」

「同盟国を崩壊させ、偽りの優しさを振り撒いていたエミリアを排除しろと喚いています」

「誰がそんなデマカセを・・・」

「セス様です。巧みな話術で国民や兵士達を味方に付け、エミリア様を悪者に仕立て上げたのだと思います」

「あいつ・・・!」

「お逃げ下さい!此処にいては危険です。裏に馬を用意しています。お早く!」

「・・・解った」



シンはエミリアを連れて国を離れた。出来るだけ遠くへ向かった。エミリアも何も聞かずシンに付いていった。



森の中を馬で掛ける。この先には知り合いがいる国がある。シンはエミリアが付いてきている事を確認しながら進んだ。



「・・・ぅ、わっ・・・!」



突然、エミリアの馬が唸りを上げエミリアを放り投げた。そのまま馬は勝手に暴れ、その際にエミリアの腕を踏み潰し勝手に走っていった。



「エミ!」



シンは馬を止め、エミリアに駆け寄る。踏まれた腕は無惨にも骨が砕けていた。



「ごめんね、シン・・・。迷惑ばかり掛けて・・・」

「歩けるか?」

「何とか・・・」

「この先に知り合いの国がある。そこで手当てしてもらおう」

「・・・・・・」



彼に支えられながらエミリアは進んだ。歩く度に腕に激痛が走る。



「エミ・・・痛いのか?」

「もう・・・いいから・・・。シンだけ逃げて・・・。オレの所為で君に迷惑は掛けたくない」

「今更そんな事言うな。最後まで見捨てねぇよ」



その優しさが逆にエミリアを罪悪感に誘った。どんなに突き放そうとしてもシンはエミリアの手を離しはしない。それが解っているから辛かった。



森を抜け、拓けた場所に国はあった。けれど二人の前に立ちはだかったのは、無数の兵士達。弓矢と銃を構え、その中心にはシンとも仲の深い少年が待ち構えていた。



「何の真似だ」

「お触れが届いたんだ。国殺しのエミリアとその付き添いのシンが来たら捕らえるようにと」

「っ・・・!」

「シン、逃げて。君まで捕まったらダメだ」

「エミ・・・」



エミリアはシンを無理矢理離れさせ、銃を手に取った。先頭で構えていた兵士達を狙い撃ち、怯ませる。



「早く!」



パンッ――



シンを促した瞬間、エミリアの胸を銃弾が突き抜けた。其を合図と取ったのか、 無数の弾丸がエミリアを襲った。



「止め!」



少年が命令した時にはもうエミリアは立っているだけでも精一杯だった。



「エミリア!」



シンは倒れそうになる彼を抱えるようにして座り込んだ。



「・・・シン・・・」

「エミ・・・」

「逃げて・・・」



僅かな命の中でエミリアはシンの心配をしていた。自分の所為で捲き込んでしまった。罪悪感が増幅し、嫌な空気を運んでくる。



シンはエミリアを抱えながらその場から立ち去った。追っ手が来る様子もなく、先を急いだ。自分達を知らない国に行けば治療をして貰える。そう願い、足を動かした。



「エミ・・・。まだいくなよ・・・。必ず助けるから」



微かに揺れる視界の中でシンの姿は良く見えた。自分の為に必死で駆けている。その温かさに涙が溢れた。




この先にどんな国があるかなど解らない。けれど、エミリアの呼吸は徐々に弱くなっている。



「見えた。あそこに行けば助かる。エミ・・・!」



希望が見えた矢先、彼の腕から温もりが薄れていった。エミリアの意識はもう遠退き、瞳の色が消えていた。



「エミ・・・」



冷えていく彼の体。あと少しの先に希望があるのに、シンの足は止まってしまった。



「嘘だろ・・・。まだ・・・お前に勝った事もないのに・・・。こんな所で逝くんじゃねぇよ・・・。エミ・・・!」



何度も何度も彼の名を呼んだ。けれど、反応のない事にシンは涙が止まらなかった――。






「――あの。どうされました?」



通り掛かった少女がシンに声を掛けた。



「・・・けて・・・」

「えっ・・・」

「助けて下さい!早くこいつを治療しないと・・・」

「お、落ち着いて下さい!」

「助けてくれ・・・。お願いだから、早く治療を・・・」

「・・・・・・」



少女はシンの言動に不審を抱いた。どう見ても抱えている少年はもう・・・



「死んでいるじゃない」



優しげな微笑を浮かべたまま、エミリアは愛しい者の腕の中で永遠の眠りに身を委ねていた――。



「・・・助けて・・・」

「もういいんだよ。貴方が頑張る事はない」

「・・・エミ・・・」

「彼の表情を見れば解ります。貴方の腕の中で最期を共に出来た事、嬉しかったのでしょう」

「・・・嬉しかった?」

「はい。深い仲だったのですね。見てください。とても幸せそうな表情をしています」

「エミ・・・」

「彼を休ませてあげましょう。貴方も大分お疲れの様ですから」



少女の計らいで案内された国。そこでエミリアは埋葬された。シンも体を休め、その国に暫く身を寄せる事にした。




それから数年の時が経ち、 セスが攻め込んできた。国の領土を拡げる為に。



「久しいな、セス」

「――おや。生きていたのか」



視線が交錯し、二人の剣が重なった。少女が見守る中、勝敗を決したのは――



「怒りで強くなったか」

「その事については礼を言っておこうか」



ザンッ――



飛んだのはセスの首。そして、シンは自分の体に剣先を向けた。



「シン、ダメだ!そんな事したら・・・」

「復讐は果たした。もう・・・独りは嫌なんだ」

「でも・・・」

「今までありがとう。エミリアの所、いってくる」



シンは笑顔で剣を自分の胸に突き刺した――。






******




穏やかな風が少年の髪を靡かせた。



「おっそい。いつまで待たせる気?」

「悪い」

「でも、来てくれたんだね」

「あぁ。独りには出来ないだろ」

「ありがと」



暁の空が二人の少年を照らす静かな世界。誰にも邪魔されない空間が二人を包む。



「これからはずっと一緒だね」

「あぁ。もう、独りにはさせない」

「うん」



幸せそうに肩を寄せ合う二人。繋いだ手はもう二度と離す事はない。




******




「・・・なーんて、会話してんのかなぁ」



暁に染まる中、二つの墓標の前で少女は呟いた。



「今度は幸せになってよね」



優しく微笑み、少女は鼻歌を奏でながらその場から立ち去った――。


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