『レミングはそれを望まない。』
※一部、残酷な描写が含まれます。
「ねぇ。あたしと一緒に自殺しない?」
その言葉には何の不安も感じられなかった。「今日、カラオケ行かない?」と同じ位の感覚で言っている。しかもその台詞はつい先日聞いたばかりだ。
「・・・しないけど」
僕は、半ば呆れながら答えた。――当然だ。誰が自殺を誘われて了承すると言うのだ。
「あらら、残念・・・」
全く残念がっていない様子で、三神 由良姫は空を仰いだ。由良姫とは随分大層な名前だと感じたが、「名は体を表す」と言うのか、男女問わず憧れの美人だった。
身体の芯が細く、長い脚は短いスカートで強調されている。赤みがかった茶色の長い髪はサラサラでつい触れたくなってしまう。整った顔立ちと柔らかい声が可愛らしく愛嬌もある。性格は明るい方で頭も良いし運動能力も高い。全てにおいて完璧だと思わざるを得ない。
「昨日は誰を誘ったの?」
「六花ちゃん。でもふられちゃった」
それが正解だ。OKなんて出す生徒などこの学校にはいないと思う。
「ダメかなぁ?咲々霧クン。あたしと一緒に違う世界に行ってみない?」
「違う世界?」
「生きるのを諦めた世界」
ハッキリとした答えを言われた気がして僕は怖くなった。
そうだ。この子は普通の子とは全然違う。
「何でその世界に行きたいの?」
「んー?だってさぁ、見てみたくない?あの世界がどんなのか」
あの世界とは地獄の事だろうか。其とも天国か。どちらかに行くとしたなら彼女は天国行きだろう。けれど行き場所が決まっていても其は死後の世界だ。どんなに夢を見たってその先は誰にも解らない。
「自殺ってさ、どうやるの?」
「えっとねぇ、色々考えたんだぁ。飛び降りるのはちょっと痛いからやめようね。首吊りは苦しそうだし、手首切るのも勇気いるかなぁって考えるとさ、痛くない死に方が全然ないんだなぁって気付いちゃって」
そんなのある筈ない。寧ろ其は自殺とは言わない。自分を殺すのだ。痛みと引き換えに楽になる方法。
「だったらしなきゃ良いんじゃない?」
何も無理に命を粗末にしなくても彼女なら生きていけそうだ。いや、こんな完璧な美少女が自殺なんて流石に勿体無いのではないか。
「それは愚問だよ、咲々霧クン。自殺したい子に向かってしなくていい、なんて言葉は禁句。本当に居場所がなくなっちゃうから」
一瞬だけその笑顔に殺意を感じた。僕はそれが怖くてもう何も言わなかった。
その日の放課後、三神は違う子を誘っていた。だが、またフラれたらしくガッカリしながら帰っていくのを僕は窓から眺めていた。
何故、そんなに死にたいのだろう。悩みなんて無さそうな気がするが。
僕には関係ない事だ。何日かすれば三神も飽きて止めるだろう。
だが、それは叶わなかった。
次の日、僕が登校すると三神を中心に生徒達が集まっていた。三神は、死とはどんなものか、と言う話をしていた。皆は真剣に聞いている。
「ねぇ・・・。何であの子の話聞いてるの?」
怖くなって僕は近くの子に聞いた。
「面白いからだよ。今よりも楽になれるなんてさぁ、うちらにとっちゃ最高じゃない?」
「でも、死ぬんだよ?」
「あったんだよ。苦しまずに死ぬ方法」
「えっ・・・」
それは、練炭自殺というものだった。密閉された部屋で行われ、気付かぬ内に死へと誘われる。最も苦しまずに死ねる方法。
けれど、何故、それで皆が彼女の話を聞いているのか。昨日までは耳も貸さなかったのに。
「三神・・・さん。どうやってみんなを誘ったの?」
「んふ。一緒に来てくれたらエッチさせてあげるって言ったの」
「・・・は?」
「皆、あたしを狙ってるんだねぇ。まぁ、当然だよね。こんな美少女、他にいないもんね」
自分で言うのかと僕は呆れたが、そんな誘いに乗る皆もどうかしている。彼女についていけば その先には死が待っている。
「やっぱり止めた方が良いんじゃ・・・」
「なら、咲々霧クンは見張ってて。大人に見られたら厄介だから」
「どこでやるの?」
「教室」
「容赦ないね・・・」
「これはね、復讐なんだよ」
「復讐?誰へ?」
「カミサマ」
三神は楽しそうに笑った。これから死ぬ人間の見せる表情じゃない。
僕は肯定も否定もしないまま、見張り役になった。
決行は今夜だ。一ヶ所だけ鍵を開けておいた窓から入り、教室で準備する。 窓、ドア、ありとあらゆる隙間をガムテープや粘着テープで頑丈に埋める。少しでも空気が漏れていたら完全には死ねなくて後遺症が残るらしい。三神の指示で皆は動き、着々と準備を進めていった。
僕は廊下で待ち惚けしながら三神からの連絡を待った。携帯を3回鳴らし、一時間経って誰も室内から出てこなければ帰っていいと。警察や親には絶対に連絡しないでとせがまれたので渋々了承した。
誰が死のうが僕には関係ない。其ほどの付き合いはなかったし、勝手にすればいいと思った。
僕は待った。月の光が丁度教室に射し込んでいた。
先程、これから死ぬと言う合図は受けた。深夜の教室でこんな事に捲き込まれるとは思わなかった。だが、そんなに怖くはない。寧ろ新鮮な感じだ。
色々と考えていると、一時間を過ぎていた。教室からは何も聞こえない。上手くいったのだろうか。
僕は気になってドアの窓から覗いてみた。
「・・・えっ?」
何も・・・無い・・・。
三神の姿も皆の姿も教室には誰もいなかった。僕は不安になってドアを開けた。案外簡単にテープは破れ、中に入れた。
誰もいない。練炭もないし、机や椅子もそのままだ。皆は何処へいったのだろうか。
「んふ。ビックリした?咲々霧クン」
不意に背後から聞こえた声。それと共に腹部に激痛が襲った。 紅い滴とととに刃先が見えていた。
「っ・・・!?」
「咲々霧クン。本当に死にたいのは、君でしょう?」
「・・・な、にを・・・」
「だって、書いてたじゃない。誰か僕を殺して下さいって」
いつかの記憶。僕はいじめを受けた事があった。悲惨な毎日に悲鳴を上げて、逸そ死ねたら楽になると逃げ道に迷い混んで書き込んだサイト。
自殺サイト。
それを三神は知っていた。
「だから、殺してあげる」
1度抜かれた箇所から血が溢れ出た。僕は痛みに耐えながら壁に寄りかかった。
「どんな気分?痛い?其とも嬉しい?」
三神は笑いながら近付き、また僕の身体にナイフを突き刺した。
「ぁ・・・あぁ・・・!」
「痛い?ねぇ、教えて。どんな感じ?肉が潰れたの分かる?どんな風に痛いのかなぁ?」
ケラケラ笑いながら三神は何度も何度も僕を刺した。彼女に血が跳ね返って紅く染まっていく。ぐちゃっと言う嫌な音が耳につき、もう痛みが麻痺していた。
「あたしは、人をね、殺してみたかったの。人の死ぬ瞬間を見てみたかったの。ねぇ、どんな気分?もう、内臓ぐちゃぐちゃだけど、まだ痛みあるの?ねぇねぇねぇ!教えてくれなきゃ解んないじゃん!」
ぐちゅっと小さな音が響き、三神はもう僕が息をしていない事に気付いた。
「なぁんだ。呆気ないんだね」
彼女は、変わらぬ笑みでナイフを自分の胸に突き刺した――。
『――本日未明、木兎高校の教室で二人の生徒の遺体が発見されました。一人は、三神 由良姫さん。もう一人は、咲々霧 玲奈さん。咲々霧さんは何度もナイフで刺されたらしく、内臓が破裂した状態で発見されたとの事です。三神さんに至っては、自分で胸を刺したのではないかと警察は判断している模様です。尚、詳しい事が分かり次第、またお伝えします』
ブチッ――
「自殺って解ったかなぁ」
「あれ位やれば断定的でしょ」
「付き合わせちゃってごめんねぇ?玲奈」
「いつもの事だし」
「あれ、何番目のあたしだっけ?」
「さぁ?もう逸そ100番目にしといたら?」
「成程。じゃあ、玲奈も100番目ね」
「わかりやすわね。今度はどんな死に方がお望み?」
「んー、飛び降りてみる?落ちるまでは飛んでる気分になるし」
「何でもいいよ」
「じゃあ、決定」
二人の少女は楽しそうに笑いながら街中を歩いていった――。




