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『叶わない願いほど、僕らは必死に祈るんだ』

「時の詩人は、蒼空に奏でる

世界の戦争が、無に還るように

その小さな手が、光を掴めるように

どうか叶って…

果てに呑まれてしまう前に… 」


彼女は同じ歌を虚空へ向けて紡いでいた。

太陽が姿を消してから、世界は闇に包まれていた。

長い夜がもう何年も続いている。作物は絶え、人々は貧困の恐怖に怯えていた。

彼女の瞳に映るのは、醜く争う亡者たち。


光を失った日から、突如現れた戦士の亡霊。彼等は何を想って戦っているのか、その意図は誰も知らない。銃や刀を武器に血潮が舞う。生身の人間達は安寧の時など与えられず、生が途切れぬように小さく息をしていた。


何も無い空を見上げて、彼女は再び歌い出す。

「この詩が枯れてしまう前に、どうか…光よ戻って…」


微かな銃声が家の近くで響いた。空気が一層ざわめいている。歌が止んだ。彼女は哀しげな表情を浮かべて地上の様子を見守っていた。

一人の少年が血相を変えて家へと飛び込んだ。家中で少年が見たものは、愛する者達の変わり果てた姿。可愛い妹の笑みはその面影すらも失っていた。美しい母の顔は無く、父の残骸は片足だけ。少年の声なき叫びに、彼女は歌を乗せて奏で始める—


『罪無き子どもを戦は嘲笑う

 無力な殺意は心を殺し

 軈て彼等は動き出す

 戦禍に揺らめく決意 天に掲げて—


 瞳に宿るのは憎しみの灯火

 手に握りしめた大きな刄

 生死を抱かぬ亡霊を恨み

 彼は彼方へと姿を消した—


 さぁ、始めよう

 宴会という名の戦争を

 これが運命の最後の姿

 血潮は舞わない 架空の獲物


 喩え闇に堕ちれども

 この戦争を終らせる

 最初で最期の大舞台

 もう何人も失わない…』



彼女はもうこの地に要は無いと翼を広げ、

蒼空へと帰ろうとした。

未だに止まない戦争と、訪れない光。

彼女が手を下しても、解決へと導かれるかは解らない。

救う手立てがない訳じゃない。

其でもこの戦争を起こしたのは、人間達だから。後始末は自分達で着けた方が安定を保つ。

第三者が土足で干渉してはいけない。


『イヴ!』


彼女を呼ぶ声が暗い空に響いた。その名を知っているのはたった一人だけ。


『君が犠牲になった時から

 世界の終わりは決まってた

 人身御供に命を絶たれ

 誰も助けはしなかった


 救われると信じてた

 世界が色を取り戻し

 光に感謝が出来る事

 願わずにはいられない


 謝りたかった

 ずっとずっと

 君に想いを

 伝えたい…


 叶わぬ願いに涙は枯れて

 結局後から後悔するんだ

 「ごめんね。」

 最期にそう言えたなら

 どんな罰でも受けて立つ


 もう声なんて

 君に届いてるだろうか

 ならば願いはただ1つ

 どうか安らかに謳って…』



少年の声は彼女に届いた。けれど、彼女の詩が奏でられる事はもうなかった。そして、彼女の姿は音もなく蒼空へと消えていった。

同時に亡者達も姿を消し、その地には小さな花が咲き誇った。

長かった闇が漸く明けて透明な雨が降りだした。冷たく跡を残さずに地に溶けていく雫。



『彼女が泣いてるみたいだ…』



あの子が最期に残した言葉を今でもよく憶えている。



『綺麗事で世界が救われるなら、誰も涙を流さない』




少年はその言葉を強く想いながら、旅を続けた。




彼女が謳っていた旋律を奏でながら…。





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