第六話〜監獄
雪原を抜ければ、また仄暗い洞窟が目の前に広がっていた。
ヨルはひたすら歩き続ける。
最下層には誰かいるのだろうか?
疑問も絶望も何もかも、空間の中に溶けてゆく。
乾いた洞窟の中に、足音が反響する。
誰もいない場所で、ランタンの光だけが、どこかヨルを救うかのようだ。
突然の灯りに驚いて、一目散に逃げ去ってゆく暗闇の生き物を眺めながら
巨大な貝殻が転がる平原を越えていく。
大昔この場所は海の中だったのかもしれない。水の浸食したような跡があちこちにあった。
リューリーンはまだ意識を保っているのだろうか?
私を助けてくれたんだ。
そんな思いを胸の中、支えにしながらゆっくりと先を目指す。
なめらかな岩肌に囲まれた岸壁を通り過ぎると、小さな岩の壁に無数の穴があき、そこの中を何かが動いていた。
油断しないように、気を配りながら、こっそりと穴の中を覗き込んだ。
空気孔のように壁に空いた穴の向こうで小さな女の子が座ってこちらを見ていた。
誰?思わずヨルはそう叫んだ。
「うわぁあーい」壁越しに楽しげな声が聞こえた。
壁には小さなひびが刻まれていた。ヨルは女の子を傷つけないよう
慎重にピッケルを壁めがけてぶち当てる。
壁はおもちゃかウェハースのお菓子のようにあっけなく崩れおちた。
崩れた壁の向こうから、埃にまみれながら女の子が楽しげに、こちらへむかってはしゃいできた。顔や手足に微かに残る石の跡から、もしかしたら結晶ビトの末裔かも知れない。
洞窟の中に入ってから、初めてできたお友達。そうヨルは思った。
女の子がヨルのあとをニコニコしながらついてくる。
変な光景だと、ヨルは思った。
暗がりを歩くのは危ないからと、予備のランタンを一つあげた。
中にヒカリキノコかトカゲでもつめればいいと思う。
どっちがいいと?聞いたらトカゲの方が好きらしいので、そっちにしてあげた。
トカゲのほっぺたをそっと叩くと仮死状態から復帰して尻尾が淡く光り出す。
それをランタンの中に詰めて手渡した。緑色にランタンが光る。
闇の中をコソコソと何かが蠢く音が聞こえる。小さな背丈をした生き物の無数の視線を感じていた。明るいものが怖いのだろう。
さあ、行くよ。
ヨルはそう女の子に告げて、先を目指して歩きだした。下の階へ行くためにひびを探すのだ。この階層は天井からの水漏れのせいか、あちこちに水たまりがあった。上の層から雪の溶けた水でも滴っているに違いない。
歩くたびに波紋が広がる。水面には魚の影だけが動き、ヨルたちが歩くと、驚いたように影は動きまわった。それから、興味深そうにヨル達の後を付きまわしてきた。暗い洞窟の中で過ごすうちに、影だけになってしまった生き物なのだろうか。
水たまりを越えて行くと、洞窟の中に広がる草原にいくつも岩が転がっていた。
何か規則的に並べられているのだろうか?白っぽい石灰岩のようだ。
岩が点在するそのそばには無数のひびがあった。
こんなにたくさん。どれを壊せばいいのだろう。よくわからなかった。
下がっていて、女の子にそう促すと、ヨルは目についたひびを片っ端から砕いていった。
一つめを潰し、二つ目を叩き、三つ目から黒い血が噴き出したとき、残りの四つのひびが
共振し、ひびは伸びて、互いに連結するかのようにひとつになった。
巨大な紋章が草原に描かれた。
これで最後かな。ヨルはそう思い、力一杯ピッケルを振り下ろす。
大地の底が今再び抜けた。