第一話〜草原
迫る記憶の波に身を任せながら、清々しい草原の中でヨルは目を覚ました。
ここはいったいどこなのだろう?
ヨルは小さな野原で瞬くと、それから染みる草の匂いに、目をしぱしぱさせた。朝方の平原は、夜露に濡れて少し肌寒い。
どうでもいいか、そう思った。どうせ時間だけはたっぷりある。
ゆっくり歩こう。そう思って荷物を背負って、重い腰を上げた。
黄色いリュックサックは重みで詰めた中身で、はちきれんばかりだった。
いったいこの中には何を詰めたんだっけ?もうよく思い出せなかった。
黒く切りそろえられた髪が風にわずかになびき、風と共に透明な空気が運ばれる。白いスカートから覗く黒いタイツに包まれた自分の足、今はそれだけが頼りだ。
しばらく前には体の中に埋め込まれた種はすでに発芽し左目からはすでに青い花が咲きかけていた。こちらの目では正しいものが、もうあまり見えなかった。
それでも、まあいいや。そう思ってヨルは平原を歩く。
石灰質の大地が草の合間から顔をのぞかせ、小さな足の裏で乾いた音を立てる。コツンコツンと足音が響く。
背中に背負ったリュックにぶらさがるランタンが、ふらふらと揺れ、地面に青い光を投げかけた。足取りは軽く、草原はどこまでも続くかのようだ。脊の高い草をかき分けるとき、その中に何か潜んでいるんじゃないのかと、ドキドキしてしまう。
くらやみを越えて私はいくのだ。
そうやって誓いながらも歩く。次第に背が高くなり、先が見えなくなる草むらをかき分けてヨルは進む。小さな虫がとびまわって、鬱陶しい。鋭い草は気を緩めれば指先を切り裂いてしまいそう。ふいに草むらが切れ、黒くひび割れた大地が広がった。
ここだ。この場所を私は探している。
ヨルはなぜだかそう確信した。
その思いをを裏付けるかのように、途絶え始めた草むらがは、急速に乾燥しきり、死に絶えた地面が広がり始めていた。禍々しくうねる、黒いひびが紋章のようにその中央に刻まれている。
ヨルはリュックの横に取り付けた大型のピッケルを手に取り、ひびのそばへとゆっくり進む。ピック部分に取り付けられた不思議色の石が、怪しげに光った。
呼吸を整え、ピッケルを頭上に振りかぶって、全力で大地のひびめがけて振り下ろした。震動が手を伝わり、地面を鳴り響かせる。ヒッコリーでできた柄を通して、腕が震える。
千切れそうなぐらいに震える手を押さえて、もう一度だ。そうヨルは思った。
全体重を乗せて、もう一度地面めがけてヨルはピッケルを振り下ろした。
轟音と共にヒビが広がり、ゆっくりと大地が崩れだした。
わずかでも身がまえる時間ぐらいはあった。その一瞬でヨルは覚悟を決め、地面の穴から、草むらや岩と共に遥か下の洞窟へと吸い込まれていった。