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べんり懐炉とよき友人

 まったりと、食後のお茶を飲みながら食事の余韻を楽しむイヴリンを眺め、ダレンははっと我に返った。すっかりイヴリンの雰囲気に取り込まれていたようだ。

「……イヴリン様。食事も済んだことですから、そろそろお連れの妖精のことを教えていただけませんか?」

 不覚にもまったりしてしまったダレンだが、その動揺はまったく表に出ていなかった。

「ああ、そうでしたね! 構いませんよ。でも、ここでヒュノとパルをお見せすると人集りが出来てしまいますから、どこか……あまり人目につかないところでお話ししましょう」

「分かりました」

 何かごまかしはないか。ダレンはじっとイヴリンの目を見つめたが、当の本人はきょとんと首を傾げるばかりだった。




 朝食を食べた店から数分のところーー町のすみ。何本も繋がる裏路地のひとつ。イヴリンは勿体ぶることはせず、ダレンによく見えるように懐炉箱の蓋を開けた。そこには真っ黒な炭があった。それも、頭の大きい蜥蜴のような形だ。

(これが、昨日の火の玉……?)

 思わずじっくりと覗きこんだダレンの前で、蜥蜴の丸い目が、きょろりと動いた。

「っ!」

 蜥蜴はぱちぱち瞬きすると、ぺろりと細長い舌で自分の口を舐める。舌が口にひっこむときに小さな小さな火の粉が弾けた。

「……これが昨日、男たちを襲っていた火の玉ですか」

「火の玉ですって。良かったわね、ヒュノ」

 イヴリンが笑いを滲ませながら蜥蜴に話かけると、とたんに蜥蜴の身体から橙色の光が漏れ、大きく口を開けてぴょこぴょこと跳ね出した。

『だって僕、火から生まれたんだから! あったりまえでしょ!』

 元気のいい声は幼い。ついでに、ぴょこ、と跳ねる度にきらきらと火の粉が弾けている。

「……元気がいいな」

 関心したようなダレンの台詞に、イヴリンは呆れて溜息をついた。

「うるさくて困ります」

「おしゃべりなのか?」

「ごらんのとおり。ピーチクパーチク騒ぐんですよ」

『それ、鳥の雛のことでしょ? 僕は火の』

 ぱちん、とイヴリンは懐炉箱の蓋を閉じた。もごもごと叫ぶ声が聞こえるが、イヴリンにまた開ける気はないらしい。

「今のが火の粉の妖精、ヒュルヒュノ=ヒプノ=エーテです。今は炭のようになっていますけど、昨日のように火の玉になることも出来ます」

「ヒュルヒュノ=ヒプノ=エーテか。火の粉の妖精とはまた……変わった妖精をお連れで」

 オズでなくとも人が妖精と暮らすことはある。しかしそれは、労働力としてが多い。必然的になにかしら身体能力が優れている妖精を選ぶものだ。ヒュルヒュノが火から生まれた妖精であっても、その火は小さい。家庭で料理に使われるか、旅の間の火種として使われるくらいだろう。

 そんな小さな妖精が人の目に触れるところにちょろちょろいるわけではないから、これはこれで貴重だとも言える。

「そうですか? このとおり懐炉になりますし、火には困りませんから便利ですよ」

 便利、とイヴリンが言った途端に、懐炉箱から聞こえるもごもご声が大きくなった。しかし、イヴリンには聞こえていないようだ。

「それから、わたしの良き友人を紹介しますね」

 ヒュルヒュノの時とは打って変わって、イヴリンはにっこり笑った。どうやらこちらの妖精は積極的に紹介したいようだ。

「パルティ=ルティ=ルノ。彼は暗闇の欠片の妖精なんです。いっつもわたしを守ってくれるんですよ」

 そういうイヴリンの足元から、ぶわりと黒い煙が立ち上った。ダレンは思わず警戒する。イヴリンの家に踏み込んだとき襲ってきた、あの煙だったからだ。

『ごらんのとおり、この暗闇が実体だ』

 黒煙から声がする。わずかに幼さの残る声だが、どこか硬質な感じがした。黒煙がぎゅっと縮こまったかと思うと、そこに小さな人の姿が現れた。黒い髪、黒い目、黒い服。薄暗い路地のなかにそのまま溶け込んでしまいそうな、得体の知れない雰囲気のある妖精だった。

「……イヴリン様のご自宅では、世話になったな」

『人の世話などした覚えはない』

 パルティはそっけなく返すと、イヴリンの目線の高さに浮き上がった。イヴリンと目を合わせるとにこりと笑う。これで、分かった。この暗闇の欠片の妖精は、ダレンを好ましく思っていないらしい。

「もう良いかしら、ダレン様」

「ええ、結構です」

 見せてもよいとは言ったが、連れ歩く様は見られたくということだろうか。ダレンも特に見ていたいわけではなかったので、イヴリンの言葉には素直に頷いた。パルティはじろりとダレンを一瞥してから、また煙になってイヴリンの足元へ姿を消した。

「さて、妖精の紹介も済んだことですし、次はダレン様から教えていただけます?」

「は?」

 唐突に教えろと言われてダレンは瞬いた。こちらは妖精など連れておらず、明かすような秘密もない。言葉に詰まっていると、イヴリンはちょっと眉根を寄せて言った。

「まあ。欲しい情報だけ搾り取って、わたしには何も教えず連れ歩くおつもりなんですか? なんで兄が失踪したのか。行き先に心当たりがあるとか。そういう事を教えてくださってもよいのでは?」

 そこまで言われて、ダレンはああ、と思い当たった。そういえば初対面で逃げられてから、詳細は何も話していないのだ。これでは逃げるのを止めたイヴリンの気持ちに応えられていない。ダレンは小さく頷いて、ひとまずは馬を取りに行き、旅をしがてら話すことにした。


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