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朝食選びにも手は抜かない



 イヴァンのことが好きか嫌いかと問われると、とても困る。昔からそうだ。

 でもすごく昔は、懐いていたような気がする。つまり、好きと迷いなく言える程度だったんじゃないかと。

 イヴァンはいつも穏やかで、目が合えば優しく笑む。イヴリンが懐いていた頃は、特に口数が多いわけでも少ないわけでもなかった。


 イヴァンもイヴリンも、いつからか変わった。

 いつからかは分からない。でも、確実に変わった。


『イヴ』

 いつも能天気に呼びかける声とは違う。イヴリンはうっすらと目を開けた。どうやら夢と過去の間で混沌としていたようだ。

 するりと暗闇が瞼をなで、イヴリンの口元が思わず緩んだ。

「もう朝ね?」

 声を出すと、少し頭が回転し始める。ゆっくり瞬きして、横向きの姿勢のまま窓に目をやった。

 空はうっすらと青く色づいている。陽の光はこれから強まり、目に映る色を鮮明にしていくのだろう。

『イヴ、もう少し寝るか?』

 パルティが人形ひとがたを取ってふわりと目の前に浮かぶ。イヴリンはにこりと笑って、寝台から身を起こした。

「起きるわ。ダレン様に付き合ってあげなくちゃね」



 寝間着からワンピースに着替え、髪を丁寧に櫛ですいて、手際よく数本に分けて編む。大きめの三つ編みには、手触りの良い絹のリボンを結んだ。髪を染めなおすことはしなかったが、まだ少し赤みがかっている。そのせいで少しかさついているのは我慢だ。

 簡単に化粧をすませて、いくつかあるうちから、襟ぐりの広いワンピースに合わせて耳飾りと首飾りを選んだ。

「どうかな……」

 さすがに高級宿ではないので姿見はない。化粧台の鏡の前でくるり、くるりと確認して、イヴリンは首を捻った。

「手首になにか欲しいわよね?」

『イヴ、もういいんじゃない?』

 あくびしそうな間の抜けた声で意見したのは、化粧台に置かれた懐炉箱から顔を出している、ヒュルヒュノだ。イヴリンは返事をする前に、人差し指で懐炉箱を閉めた。

『〜〜〜〜! 〜〜!』

「分からないのに言うんじゃないの」

 もごもごとヒュルヒュノが怒っているが、イヴリンは鏡の自分ににこりと笑いかける。

「うん、紐飾りにしましょう。それで耳飾りはやめておこうかな」

 イヴリンがうきうきと身支度をしている間、パルティは懐炉箱を背もたれにして、面白そうに見物していた。


 支度が終わり、大きな背負い鞄を持って部屋を出ると、ちょうどダレンも部屋から出てくるところだった。

「おはようございます、ダレン様」

 にっこり笑ってそう言うと、ダレンの眉がぴくりと動いた。

「おはようございます、イヴリン様」

 なんとなく腑に落ちない態度だったので、イヴリンは首を傾げて考える。そして、ぽん、と拳を手の平に落とした。

「ああ、また知らぬ間にわたしが逃げるんじゃないかと心配で、見張ってらしたんですね?」

「……っ、見張るなど」

『こちらを伺う気配はしてたな』

「!?」

 どこからか指摘され、ダレンの視線がさっと彷徨う。

「やっぱりそうよね? ね、ダレン様。昨日もお伝えしたように、もう路銀がないんですから、ダレン様から逃げる理由がありません」

 しれっとそんな事を言い、どうして信じられないのですか、と訴える視線を受けてダレンはわずか睨んだ。

「……分かりました。ひとまず信じましょう。しかし旅を始める前に、あなたの連れている妖精について伺いたいのですが」

 堂々と連れ歩かない様子から、ごまかしたり流そうとするかと思われたが、イヴリンは拍子抜けするほどあっさり頷いた。

「ええ、いいですよ。でもダレン様。朝食は外でいただきましょう?」

「何故、外で? この宿でも朝食は食べられますが」

 それなりに良い宿だ。料理の味もそう悪くない筈だが。しかしイヴリンはにこりと笑って言った。

「卵料理が美味しいって評判のお店があるんです! ぜひ、食べにいきましょう!」

「……」

 宿に続いて、食べ物もか。ダレンの顔にそう出てしまっても仕方ないだろう。




 イヴリンが評判を聞いた店は、宿屋からすぐの小さな店だった。小さいながら人気を博しているようで、辿り着いた時にはすでに席の空きは少なくなっていた。

「良かった! 見てくださいダレン様。待ってる間に列が出来てますよ」

「……本当ですね」

 楽しそうに入り口を見るイヴリンに対し、ダレンはあらぬ方を向いて返事をする。ダレンには『あれが食べたいからこの店に行く』という発想がない。

「ここの卵料理はとけるような食感が有名なのですって! わくわくしますね!」

「……そうですか」

 ダレンに向けて言っているのだろうが、当のダレンがそっけない返事をしても全く気にする様子はない。今までダレンが見てきたような仏頂面ではなく、にこにこ、にこにこ、と心底楽しみにしているようだ。

 なんだか気を張るのが馬鹿らしくなって、ダレンはふと口元を緩めた。

「あっ、きました!」

 イヴリンの目がいちだんと輝くと同時に、二人の間ににゅっと大皿が差し出される。

「お待たせいたしました、“とろとろ卵のチーズグラタン”と“トマトたっぷり、とろたまと食べる極上ソーセージ”でーす!」

 ウェイトレスがとびきりの笑顔で皿を置いていくと、なんの興味もなかったダレンでも、思わず料理に魅了されてしまう。ふわりと立ち上る湯気。とろりとした卵のつや。

「これは、美味しそうだ」

「あら、やっとダレン様も興味を持たれましたね! さっそくいただきましょう!」

「そうしましょうか」

 この時ばかりはダレンも、イヴリンにつられるようにあつあつの卵料理を口に頬張ったのだった。


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