ちいさな同伴者たち
ダレンはイヴリンの家を調べていた。行き先の手がかりが欲しかったのだ。しかしざっと探したところ、行き先を特定出来るようなものは見つからなかった。
(とはいえ小娘の足だ。そう遠くへは行けていないだろうし、容姿は割と目立つ。すぐに見つかろう)
そう考えたダレンは、すぐに出発した。しかし、村の者は誰ひとりイヴリンが出かけて行くのを見ておらず、周囲の村や町に聞いても、すぐには見つからなかったのである。
ダレンはすぐに気付くべきだったのだ。オズの妹であるイヴリンが、オズの恩恵を受けていることを。ダレンの注意を惹き付けたあの黒い煙がそれであったことを。
それに気付いたのは、イヴリンが立ち寄ったあの町に辿り着いた時。そこからは、ほとんど、行き先の手がかりらしいものは見つけられなかったのである。
「おい、イヴリン! イヴァンのせいで俺ら怪我したんだぞ」
昔よくこうやって、兄のイヴァンに対する怒りをぶつけられていた。
「お前の兄貴だろ、なんとかしろよ!」
兄がオズだから。
「イヴァンにつっかかったのが悪いんでしょ」
それ以外にかける言葉が見つからなかった。だって、イヴァンに敵わないことは分かりきってるのに。
「イヴァンが卑怯なんだよ。お前妹なんだから、イヴァンの代わりだ!」
そうやって暴力を震われたり、悪戯されそうになったことが何度もあった。けれど怒りの矛先がイヴリンに向けられると、自分がされた時よりもイヴァンは怒る。その報復は容赦なくて。
「イーヴィル! オズなんてイーヴィルじゃないか!」
そんな罵声も何度聞いただろう。オズ《妖精の番人》は人間界と妖精界の橋渡し。人の守護者。そんな風に呼ばれていたって、中身は狂った人なのだ。
『イヴ? 泣いてるの?』
心配そうな声が聞こえて目を開けた。すると目元を覆っていた闇が、気を利かせてするりと晴れる。夜空には、星がたくさん瞬いていた。
「ヒュノ、わたし、泣いてる?」
確かに、一度瞼を閉じると涙が耳へ流れた感覚があった。なんだか体がだるくて、拭う気にもなれない。
『泣いてる。イヴ、悲しい夢でも見たの?』
ぺろりと熱い舌で涙を拭われた。くすぐったくて笑ってしまう。
「悲しくはないわ。大丈夫」
ゆっくりと体を起こして、イヴリンは真っ黒な蜥蜴を胸の前に抱いた。蜥蜴の胸の辺りがほんのり橙色に光っている。
「あったかい。ほんとにヒュノは便利ねぇ」
『あのさ、イヴ。僕イヴを慰めたんだよ? なんで懐炉にされてるの』
「ヒュノは懐炉としての魅力が大きいの。感謝してるわ」
『だからさ、違うんだよね。イヴはさっき僕が慰めたことにお礼言わなくちゃ』
「パル、ありがとう」
暗闇に話しかけると、そこに小さな人が現れた。真っ黒な髪と瞳。纏う服も真っ黒だから、闇と同化して見分けづらい。
『イヴの為だから』
こちらは少し笑ったようだ。そのやり取りに、真っ黒蜥蜴は不満を大きくする。
『なんでさ、いっつもパルティ=ルティ=ルノには感謝するんだよ。僕の方がこき使われてるのに』
「こき使われてるだなんて発想がダメなのよ。パルを見てごらんなさい。献身的じゃないの」
イヴリンはそんなことを言いつつも、真っ黒蜥蜴の頭を指先で撫でる。
『ヒュルヒュノ=ヒプノ=エーテは構われたがりだからな』
『僕が構ってちゃんみたいなこと言わないでくれる!』
「みたいじゃなくてそのまんま言ってるのよ、ヒュノ」
ぷんぷん怒り出したヒュルヒュノは、心地良い温度よりも熱が上がってきた。イヴリンはやれやれと腕を伸ばし、ヒュルヒュノを地面へぽとりと落とす。
『あっ、イヴ!』
途端に新たな抗議をはじめるヒュルヒュノに、イヴリンはさも当然に言う。
「だって、あっつくなってきたんだもの。火傷しちゃうでしょ」
『うっ……だ、だってイヴとパルティ=ルティ=ルノが!』
悔しそうに喚くヒュルヒュノは無視して、イヴリンはふたたび体を鞄に預けた。
夜空にはたくさんの星。朝まではまだ時間がありそうだ。
『イヴ、添い寝しようか?』
パルティが小さな手でそっとイヴリンの頬に触れた。その小さな手に触れられると、とても安心する。
「今夜はそうしてもらおうかな」
『承知した』
言うや否や、パルティの姿は大きな獣へと変貌した。その体に身を委ね、イヴリンはふたたび眠りについたのだった。