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買い物と観光

「……で、これはどういう事でしょう」

 目の前にはいかつい顔つきの男。その隣には得意げにマントを持つイヴリン。朝食を終えてすぐ、イヴリンに引っ張られてやってきたのは服飾店。それも、旅人向けの。

 そして今、イヴリンはさも当然のように、マントを買うと言いだしたのだ。

「どういうも何も。商品を持って、これが欲しいと言ったのですから、支払っていただきたいんですが?」

 だから。なぜ当然のごとく払えと、店主ならともかくイヴリンが、言ってくるのかダレンには分からな……いや、 分かりたくなかった。

「イヴリン様。羽織っておられるのはマントでは?」

「……ええ、そうですよ」

 イヴリンはきょときょとと自分のマントを眺め、不思議そうに首を傾げてそう返してきた。絶対に言いたい事は分かっているはずだ、とダレンは思う。

「それで、破れているようにも見えませんね」

「ええ、まだ破れてはいませんね」

 まだ、ときたか。ダレンはふぅ、と小さく息を吐いた。小娘如きに簡単に腹を立てるなど子供じみている、と自分に言い聞かせる。

「イヴリン様。イヴァン様を探すのに、何も茨の道を行くわけではありませんよ。そこまで装備せずとも、私がお守りいたします」

「まあ、頼もしい! さすがはしん……騎士様ですね!」

 イヴリンが言葉を選んでくれたことにほっとしつつも、ダレンは苛立ちを押さえつけてイヴリンの言い分を聞いた。王族であろうがオズであろうが、主から新鋭騎士が離れているなど、恥だ。

「ですがダレン様。妖精だって大人しくて力の弱いものばかりではありませんわ。好戦的だったり、怒りっぽいものだっているんですよ? いくらダレン様がお強くても、万が一がないとは言い切れませんでしょ?」

 言いたい事は、分かる。だがイヴリン一人なら守れる自信が、ダレンにはあった。だからこそ、イヴァンの新鋭が己一人で事足りるのだから。

「おっしゃることは分かりました」

「それじゃあ!」

 イヴリンの目が純粋に輝いている。この、無垢な少女のような仕草は大変可愛らしいのだが、それでほだされるほどイヴリンの中身を知らないダレンではない。

「しかし、イヴァン様の妹である貴女を襲う妖精がいるでしょうか?」

「うぐ」

 そう。この少女はオズの肉親なのだ。オズを決して傷つけない妖精たちが、オズの怒りを買うような真似はしまい。イヴリンを襲うとしたら、それは人間の方だ。

 しかし襲われてもすぐにどうこうなる事はないだろう。なにせイヴリンにはヒュルヒュノとパルティがいる。時間を稼ぐくらいは出来るだろうし、何より自分は側を離れる気はない。昨日は田舎娘だというのを隠しもしないで歩き回っていたため、変な輩に絡まれないかと見守っていただけだ。

 それに、お洒落を気にするイヴリンが可愛らしい服をねだるならともかく、旅のマントに執着する理由が分からない。

 そこまで考えて、ダレンはふと思い当たった。

(もしかして……今のは建前か?)

 ダレンは目の前のイヴリンを見ながら、記憶を辿る。それは逃亡したイヴリンを捕まえた時のことだ。あの時はさっさと逃げられてしまい、腹立たしいのと呆れたのと悔しいので、すっかり記憶の隅へ追いやってしまったが、あの時イヴリンはーー震えていた。

 そう、震えていたのだ。口は達者で、連れの妖精にやらせていた事は過激だったが……イヴリンは確かに、震えていた。

「……どうしても、そのマントが欲しいのですか?」

「え?」

 突然、真摯にそう尋ねてきたダレンに、イヴリンは目をぱちぱち瞬かせる。しかし機を逃してはもったいないと思ったのだろう。戸惑いながらも、すぐに大きく頷いた。

「ええ、もちろんです。店主のお墨付きなんですよ? 武具なんて着けない私に、丈夫なマントくらいあってもいいでしょう?」

「……」

 これが本音だろう。

「分かりました。それでイヴリン様の不安が少しでも軽減されるのなら」

「……ありがとうございます」

 ダレンの妥協が腑に落ちないようだが、イヴリンはとりあえずほっとしたようだ。

 迷惑そうに二人のやりとりを聞いていた店主が、やっと買うのか、と呆れた顔でダレンから金銭を受け取る。

「利かん気なお嬢ちゃんだな」

 店主の憐れみの視線に、まだ朝食を食べたばかりだというのに、どっと疲れを感じるダレンだった。



 それから王都へは程なく到着することとなった。道は王都へ近づくにつれて広くなり、それと共にイヴリンの口数が減っていった。ダレンがちらと様子を見てみれば、どうやら景色に目を奪われているようだ。

 イヴリンの目には、初めて見る大きな街が映っていた。住んでいた村とは何もかもが違う。どこを見ても新鮮で、思わず夢中になってしまうのだ。

「あの門を潜れば、もう王都の中ですよ」

 ダレンの声は耳に届いたものの、イヴリンは風景から目を離すことが出来ない。大きな石造りの門を潜る時にダレンが誰かと話しているのを聞いたような気がするが、それどころではなかった。門から中はタイルが敷き詰められた道が続く。ところどころ模様が作られており、ついあちこちに目を止めてしまう。立ち並ぶ店や家の壁は丸く統一されており、全体に和やかな雰囲気だ。

 王都の住人なのだろうか。ふと目に止まった女性たちは詰襟の上品な服を纏い、ふんわりと揺れるスカートの裾から繊細な柄のレースが見えた。一般人でも住む場所によってこんなにも違うものなのか、とイヴリンは唖然とする。

 不思議なもので、土埃にまみれた旅人たちも、王都に一歩足を踏み入れればどこか品良く感じられた。

 門から続く道は幅を広くとられており、イヴリンたちのように馬で入る者もいれば馬車で入る者もいる。当然ながら徒歩で入る者もいて、これまた当然ながら、王都を出る者たちもいた。あっちからもこっちからも、ひっきりなしに人や物が行き交い、イヴリンはきょろきょろと見回すのに忙しい。

 その様子をちらりと見て、ダレンは思わず笑んだ。利かん気で生意気な小娘だが、こうして田舎丸出しで王都を眺める様子は可愛げがある。しかも、王都に入る少し前から一言も言葉を発していない。僅かに口は開いているものの、それすら気付いていないようだ。

「イヴリン様」

 試しに声をかけてみれば、一拍置いてから反応があった。

「今、呼びました?」

 はっと目を見開いた様が、余計にダレンの笑いを誘った。

「ええ、呼びましたよイヴリン様。どうです、王都は賑やかでしょう?」

「ええ、本当。人の行き来も多いですし、お洒落な人も多いんですね!」

 言いながら、イヴリンの目は往来から外れない。

「ねえ、ダレン様。あの女性たちは王都の人ですか? とっても素敵」

 イヴリンの指差す先には、丁寧に髪を結い上げ、詰襟の上品なワンピースを着た女性たちがいた。まだ年若く、イヴリンと同じ年頃だろうか。何かの店の前で談笑している。

「ええ、そのようですね。イヴリン様はあのような格好がお好きで?」

 年頃の娘らしく、イヴリンもお洒落が好きそうだとダレンは聞いてみた。するとイヴリンが目を輝かせて言うのだ。

「ええ! 素敵だと思いません? 凛としていて、可愛らしいじゃないですか。私もあんな服を着てみたいわ。高いのかしら。ダレン様はご存知?」

 一瞬、これはおねだりなのかと勘ぐったダレンだが、イヴリンの様子があまりに無垢で、勘ぐった自分が馬鹿らしくなる。

「あれは手頃なものだと思いますよ。それに、イヴリン様ならばよくお似合いになるでしょう」

「そうかしら?」

 問いかけたイヴリンの笑顔には、年頃の娘のような照れは見られない。似合うだろうと言われて純粋に喜んでいた。

「ええ、きっとお似合いになります」

 そうされるとダレンの方もからかう気にはならず、素直に頷いたのだった。


 王都の大通りから少し道を外れ、イヴリンとダレンは馬から降りて歩く。

 ダレン曰く、目的の月の丘は、首都に近い『豊穣の森』にある。しかし森自体は広く、今から月の丘まで行くと帰りは夜中になってしまうそうだ。

「ですから明朝、月の丘へ向かいましょう」

「それはつまり、今晩はここへ泊まるという事ですね!?」

 思った通りのイヴリンの食い付き様に、ダレンは笑いを噛み殺しながら答える。

「そういう事になります」

 やった! と叫び声が聞こえそうな程、イヴリンの目はきらきらと輝いていた。

「ではダレン様、さっそく宿を決めてお昼を食べましょう? それで、案内してくださいません? 何せ広そうなんだもの。一人で回ったらそれだけで夜になってしまうでしょう?」

 一気にそれだけ言い切って、イヴリンは期待一杯、ダレンを見つめた。


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