薬・万屋
「熱心に見ていたけど、お嬢さんに武器は似合わないよ」
「あ、う……」
驚いたのと、窓にへばりついていたのが恥ずかしいのとで、イヴリンは口をぱくぱくさせるのが精一杯だ。
「いかつい装具も似合わないと思うし。入用なの?」
「あ……ええ、まあ。どうしてもというわけではないけれど」
店とイヴリンを見比べ、青年が不思議そうに首を傾げた。イヴリンはなんとなく曖昧に答えてしまう。
「そうなんだ? 何か身を守るものが必要なら、僕の店を見てみる?」
「え?」
そんなことを言われて初めて、イヴリンは青年をじっくり眺めた。色白な青年は、襟ぐりの詰まった薄鈍色のマントに身を包み、両手で何かの箱を抱えていた。
「……あなたは何を売っているの?」
すると青年はにこりと笑う。
「薬だよ。日用から危険物まで、なんでも揃う万屋さ。薬限定のね」
「危険物……」
とたんにしぶい顔になったイヴリンに青年は笑う。
「そんな顔しなくても! お嬢さんに危険物売ったりしないよ。お客を選んで売るのが僕の方針だからね」
ちょっとだけ不審を感じたイヴリンは青年に問う。
「それじゃあわたしに何を売ってくれるの?」
「うん、そうだな……。暴漢対策にお勧めのがあるよ。あ、あそこに青い屋根の店があるでしょ。あそこが僕の店なんだ。ちょっと寄ってくれれば薬を渡せるけど、寄って行く?」
魅惑的なお誘いだ。イヴリンの自衛手段はヒュルヒュノとパルティだけなのだから、もうひとつくらい、奥の手が欲しい。ちらと宿屋と空を見比べて、イヴリンはこくりと頷いた。
青年の店はこの武器・装具店から三軒先だ。空はわずかに宵色が見えてきたくらいなので、ちょっと薬を見て帰れば大丈夫だろう。
「それじゃあ」
そう言って青年は歩き出した。イヴリンも後をついていく。
「ねえ、お嬢さんの名前は?」
「イヴリンよ。あなたは?」
「僕はノアだよ。もし気に入ったら、ご贔屓に」
おどけて頭を下げるものだから、イヴリンは思わず笑ってしまった。
「贔屓にしたくなっても、そうそう足を運べないわ。わたしの住んでいる村からはちょっと遠いもの」
「なんだ、そうなの。それじゃあたまには巡業してるから、もしも気にいってくれたら村の名前を教えてよ。そこまで行くから」
「そうね。気に入ったらね」
そうこうしているうちに青年の店へ着いた。小さな店に見えるが、実は奥行きがあり、たくさんの薬を取り揃えているという。
「扉は開けておくよ。すぐに帰りたいだろうから」
店に着くなりそう言って、青年はイヴリンに店先で待つように言って奥へ消えた。そしてすぐに戻ってきた。手に二種類の瓶を持って。
「これが?」
なぜ二種類あるのか不思議そうなイヴリンに、青年はくすりと笑って瓶を差し出す。そこにはひと舐めしたらなくなってしまいそうな、ごく少量の液体と粉末がそれぞれ入っていた。
「そう。これが」
青年は少し腰をかがめ、イヴリンにだけ聞こえるように声量を落として説明する。
「いいかい? これを使う時はまず、この液体を飲んで。次にこれを、ばらまく。そうすると暴漢たちを瞬時に眠らせることが出来るから」
「……ようするに睡眠薬なのね?」
そんなもので大丈夫なのだろうか、と不安がよぎる。だが、青年は自信たっぷりに頷いた。
「まあ、そうだね。でも強力だから、必ず液体を飲んでから使うのをお勧めするよ。でないと一緒に落ちちゃうからね」
「粉をばらまいたら、関係ない人も寝てしまうんじゃない?」
それは不本意だと訴えると、青年はこてんと首を傾けた。
「だって、相手は暴漢だよ? 人気のあるところでは襲ってこないだろ?」
「……確かに、そうかもね」
頷いて瓶を眺めるイヴリンに、青年はくすりと笑って差し出した。
「あげるよ。使ってみて」
「えっ? でも」
戸惑うイヴリンに青年は笑う。
「一回分しかないけどね。それで信用が買えるなら安いもんだよ」
「あら……」
そう言われるとなんだが少し罪悪感があるが、しかし、ありがたく受け取っておく。
「いいのね?」
「いいよ。それで気に入ったら……」
にっこり笑ってイヴリンが続けた。
「贔屓にするわ!」